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モウヒトツノシンジツ

「ミスティ……」


マーギンは石になったミスティの顔を抱き寄せる。壊れてないのは顔と胴体だけで、首や手足が砕け、離ればなれになっている。


「誰だっ? 誰がミスティにこんな事をしたんだっ!!!」


そう怒鳴るマーギンから威圧と怒りのこもったドス黒い魔力が溢れだし、光まばゆい神殿内が暗黒に包まれたようになっていく。


「申し訳ありませんっ」


ガタガタとミャウタンは震えながら謝り続ける。


「俺は誰がやったんだと聞いているんだ」


謝り続けるミャウタンに地の底から聞こえてくるような声でマーギンは再び質問をする。


「分からないのです」


「分からないだと?」


ガタガタガタガタっ。マーギンの威圧に震えるミャウタン。


「時は数百年前、眠る使徒様の石像は皆から崇められておりました」


ミャウタンは震えながらなんとか声を振り絞って話す。


「それで?」


「何者かが神殿に侵入し、石像を壊したのだと言い伝えられております」


「ミャウ族が壊したのか?」


「ミャウ族はラー様を祀る民。その使徒様にこのような事をするはずがございません」


「外のやつか?」


「それもおそらくとしか分からないのです。ある朝突然このようなお姿になっていたのです。そしてミャウ族がこの事を知った時、嘆き悲しみ、外との交流を断つ事に決めたのです」


必死に震えを抑えながらミャウタンは説明を続ける。


その様子をミスティが泣きながら震えているように見えたマーギンは深呼吸をする。ピンクロウカストに食い散らかされた集落でミスティに怒鳴って泣かせた時の事が頭に過ったのだ。それにミャウタンに怒りをぶつけても砕けたミスティの石像を元に戻す事はできない。


「顔を上げろ」


「使徒様……」


「俺は使徒じゃない。魔法書店店主のマーギンだ」


マーギンはそう言った後、ミスティの顔をそっと台座に戻して、ミャウタンが知る全てを聞くことにしたのだった。



「ミスティが壊された時はお前は生まれてなかったんだな?」


「はい。数百年前の出来事でございます。族長になるものにこの事が伝えられるのです。今のミャウ族達は真相を知りませぬ」


「儀式会場にあった銅像はレプリカか?」


「はい。本物の使徒様像はここに隠し、代わりの像を作ったのです」


「お前は族長の娘であって族長じゃないんだろ?」


「族長はもう何年も前に亡くなっております」


「ならお前が族長なんじゃないのか?」


「ミャウ族の族長は男性しかなれません。使徒様はこの集落の民と触れ合って何かお気付きになられませんでしたか?」


「外からきた俺と交流を好むもの、拒むものに別れるな」


「そうです。古い言い伝えに従って外のものを受け入れないもの、外の世界に憧れるものとに別れているのです」


「よく集落内で揉めて争いにならないな」


「争いになります。なぜ外部との交流を絶ったのかを説明しても数百年前の出来事に縛られる必要はないというものも出てくるでしょう」


「それで選民意識を持たせたのか」


「はい」


なるほどな。


「で、もしかしてお前のその姿は変化の魔法か?」


「その通りでございます」


と、ミャウタンは変化を解いた。


「醜くて申し訳ございません。素の姿はとても使徒様には見えませぬ」


変化を解いたミャウタンは老婆に近い姿であった。


「今まで大変だったな。お前はミスティの事で謝ってくれたが、お前が悪いわけじゃない。ここは国ではないが、鎖国派と開国派が揉めないように使徒の生まれ変わりとして皆をまとめてきたんだな?」


ミャウタンは涙をこぼして頷いた。おそらく、これまでの人生を誰とも結婚せずに使徒の生まれ変わりとして有り続けてきたのだろう。それも限界に近づいてきてたわけか。


「もう一つ聞くが、この神殿はずっと昔からこんなに見事な黄金の神殿だったのか?」


「いえ。大昔は石造りの神殿だったようです。この場所で金が採れる事が分かり、その金でこの神殿を作ったようです。それが仇となったのかもしれません」


「金を奪いに来たやつがいたのか?」


「はい。この神殿を建設したときは黄金時代と呼ばれ、外との交流も盛んだったようです。使徒様の像が壊されたのもその頃です。その後、この神殿を隠し、ミャウ族の集落には何も奪うものがないと思わせるように慎ましい生活をするようになりました」


隠ぺい魔法もその頃に開発されて受け継がれてきたのかもしれんな。


「あの使徒を祀る儀式は昔からやってたのか?」


「マナの心は親心というくだりは受け継がれてきたものです。その後の踊りは皆のストレスを発散させるためのものです。閉ざされた集落に縛り付けられるストレス、外の世界と交流を望むものと排除するものとの対立を和らげる事に役立つのです。ポニーが私の代わりとして外に出ている間はその儀式ができませんでしたから、使徒様が来られた時には皆に相当ストレスが溜まっていたのです」


あの儀式は本来月イチぐらいで行うらしい。おそらくラリパッパと同系統の魔法だろうな。その後の宴会もストレス発散に役立つのだろう。


ミャウ族の歴史を聞いたところでマーギンが切り出す。


「しばらくこの神殿にいてもいいか?」


「はい。使徒様の御心のままに。その前にもう一つお伝えしたいことがございます」


「なんだ?」


「使徒様の像がこの集落にお越しになられた時の話でございます」


そういや、なぜミスティの石像がここにあるのかだよな。


「聞かせてくれ」


「はい。使徒様のお仲間がラー様の使徒様像をここにお運びになられたという言い伝えでございます」


「えっ? 使徒の仲間?」


「はい。こちらにお越し下さい」


年老いたミャウタンに案内されて神殿の祭壇裏に回る。そしてそこで詠唱すると古びた扉が現れた。


「使徒様、言い伝えではこの扉を開ける事のできるものが現れれば開かれんとあります。何かお分かりになられますか?」


扉であることは分かるが、取手もダイヤルも何もない。マーギンは煤けた扉の汚れを洗浄魔法を使って綺麗にしてみる。


「これは魔導金庫か? あっ……」


「何かお分かりですか?」


扉の上にうっすらと文字が刻まれている。


【俺の名前を言ってみろ】


世紀末感溢れる文言が刻まれている。これは勇者パーティ時代の文字だ。それにこの字は……


「ガインガルフ」


マーギンはガインの名前を声に出した。


カチャ、ギーーーっ。


マーギンがガインガルフの名前を唱えると扉が開いた。


「おぉー、やはり使徒様で間違いなかった。言い伝えは本当じゃった。そのもの黒き髪をまといてヒノモトの地に降り立つべし。失われしものとの絆を結びついに人々を安寧の地へ導かん」


伝承をブツブツと言い続ける年寄りミャウタン。


マーギンが開いた扉の中を見ると、中に入っていたのは手紙とガインが使っていた魔斧(バトルアックス)のヴィコーレだった。


ガイン……お前がミスティの石像を見付けて持って来てくれたのか。


「ミャウタン、この中身は俺宛のものだ。もらってもいいか?」


「もちろんでございます」


そう答えた後も、そのもの黒き髪をまといてヒノモトの地に降り立つべしとブツブツと言っている。


そうか、ヒノモトとはここの事だったのか。シンジツとはミスティの石像のことだろう。ガインが運んでくれた時は壊れてなかったんだよな……


「ミャウタン、悪いけど1人にしてくれないか」


「か、かしこまりました」


ミャウタンは変化の魔法を掛けてミスティ似に変化して神殿を後にした。そのうしろ姿を見て涙がこみ上げてくる。あれが本当にミスティだったらどれほど良かったか……。


ミャウタンが神殿を出た後に壊れたミスティ像のところにいき、声を上げて泣くマーギン。


「な、なんでこんな事になってんだよお前……あの後何があったんだよ……」


首の折れたミスティの顔はまるで眠っているように見える。もし、この石像が壊れてなかったら石化が解けた時にまた一緒に過ごせたのかもしれないと思うと涙が止まらない。


「うっ、うっ、うっ。なんでこんな事になってんだよお前……」


マーギンは長い時間、ミスティの顔を抱きしめて泣き続けたのであった。



どれぐらいの時間が経ったのかマーギンにも分からない。しかし、チューマンの事もある。こうしている間にもまずい事になっているかもしれないとマーギンは立ち上がる。


「お前、魔王を倒す前に石化を解くなよ。魔王を倒したらずっとそばにいてやる。石化を解くなら俺がそばにいる時にしろ。石化が解けて死ぬ前に治療魔法を掛けてやるから」


マーギンは壊れたミスティ像をとりあえずくっつけておこうと米粒を取り出す。それをねりねりして壊れたところを修復していった。


「良し、完璧。今起きるなら起きていいぞ」


マーギンは返事をしないミスティの石像にチュッとしてみた。様々な物語では王子様がチューをすると眠りから目覚めるのだ。


シーーン。


「そりゃ、そうか。俺は王子でもないし、お前も姫じゃないからな。どうだ? こんな経験することなかっただろうから、俺がしてやったんだぞ。ありがたく思え」


シーーン。


「この獣めっ」と言われる事を期待したマーギンは何も反応をしない石像を見て涙をこらえる。


「先にガインの手紙を読んでおくか」


マーギンはガインが書いた手紙を開けて読む。



ーマーギンかミスティへー


『この手紙を読んでいるということは石化から解けたのだろう。安全な場所に運んでやったことを感謝するがいい。ガッハッハっ』


なんだこの手紙?


『マーギンが魔王を討った後、石化したマーギンとミスティをその場に残したことは後悔してもしきれなかった。任務を優先せざるを得なかったとはいえ一生の不覚だ』


『その後、瘴気が晴れるまで長い年月を要した。俺がくたばる前にやり残した事をやらねばならんとあの場所に戻った。そこで草木に埋もれたマーギンとミスティの石像を見付け出せて良かった。アリストリア城に連れて帰るよりも安全な場所に置いておく方がいいと判断して、ミスティはヒノモトに、マーギンはヤミノモトに預かってもらう事にしたのだ。お前ら、使徒様と崇められていたからきっと丁寧に扱うだろうとの判断だ』


ガインは俺達が使徒様と呼ばれていた事を知っていたのか。


『お前らの石化が解けるかどうかは俺には分からん。が、もし魔王が復活するような事があればお前らは石化から復活するだろう。その時まで崇められてろ。魔王が復活せず、お前らの石化が解けないとしてもそのまま崇められるのだ。神様になったみたいだと少しは気休めにするといい』


『ミスティの魔導金庫の開け方は本人に聞け。マーベリック陛下からの伝言が入っている。何が書かれているか俺は知らんから自分で確かめろ。金庫の開け方のヒントは一応残しておいた』


『ヴィコーレは相応しいやつがいるならそいつに渡せ。どうせマーギンには使えん代物だからな。ま、今の俺にも満足に使えんからここに入れておくということだ。笑いたきゃ笑え。人は歳をとるのが宿命なのだ』


『心残りはもう一つある。それはマーギンの剣の修行を途中で止めてしまったことだ。理由はまぁあれだが死んだ人の悪口を言うのもなんだから濁しておく。ただ俺の本意でなかった事は理解してくれると嬉しい。基本の技は叩きこんだが、極意をマーギンに伝えられなかった事が心残りだ。技術は自分でなんとかしろ。基本を応用すればいい。と言ってもお前は基本を無視して変な事をやりやがるからな。基本を疎かにするな』


ガインの小言が綴られている。なんだよこれ? 親父かお前は。


『ミスティ、お前を縛った王族はもういない。復活したら自由に生きればいい。誰の命令にも縛られる事はない』


『マーギン、最後に剣の極意を伝えておく。怒りは力になるが、恨みは目を曇らせる。そこをはき違えるな。フォースを信じろ』


フォースってなんだよ? それを書け、それを。


追記


『もし俺の墓があるとすれば酒と焼肉を供えてくれ。化けて出てやるからその時に極意を掴んだお前の剣を見せてくれ。では2人とも達者でな』


ガインガルフ





すまなかった。



ガインからの手紙は詫びの言葉で締めくくられていた。最後の文字は何かで濡れたように滲んでいたのであった。

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蒼き衣
元々300完結って話だったし、最終章突入なのかな…? 怒涛の展開…というか風呂敷広げっぷりですなぁ。
げっ、同じこと考えてた、頭マーギンかよ
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