マナ
「待たせたな」
ミスティが現れるかと少し期待をしていたマーギンはミャウタンへの興味を一気に無くす。ポニーの変化はほぼ完璧で、実物のミャウタンもミスティとよく似ているが違う人だとすぐに分かったのだ。
顔立ちはよく似ているが、ミスティの髪色は明るい金髪で瞳はエメラルドグリーンだ。ミャウタンは銀髪で瞳の色は緋色。ミャウ族は褐色の肌だが色白ではある。髪色や瞳の色からすると色素が薄いのかもしれない。
「別に」
素っ気なく答えるマーギン。
「ミャウタン様、マーギンはこの地の救世主となる者であります。何卒協力の申し出をお願い致します」
その横でロブスンがミャウタンにそう言って頭を下げる。
「協力を願い出るかどうかは私が判断する」
ロブスンの言葉にミャウタンはニコリともせずにそう答えた。
少し気まずい雰囲気の中、変化を解いたポニーがテテテッとマーギンの元に駆け寄ってくる。そして、隣に座ってペタッとくっついた。
「ずいぶんとポニーに懐かれたのだな」
「そうみたいだな。で、俺に協力を依頼するかどうかは別として、事態は相当まずい事になってるぞ。ミャウ族とワー族だけでなんとかできるのか?」
「お前はその状況をなんとかできると言うのか?」
「さぁね。それを判断するのがお前の役目なんだろ?」
マーギンの反応は冷たい。もしかしてミスティかと少し期待したのがハズレたのと、極端に排他的なミャウ族の対応に嫌気が差していたのだ。今も周りにいるミャウ族達がマーギンの横柄な態度に殺気立っている。敵意にも似た感情にイラ立つマーギン。
「ロブスン、俺がここにいるのはミャウ族にとって良くないみたいだな。俺も気分が悪いからワー族の集落に案内してくれるか? チューマンの対策はワー族達の能力を見て考え直す」
「マーギン、頼む。抑えてくれ」
殺気立つミャウ族とイラ付くマーギンの間に挟まれるロブスンは中間管理職のようにオロオロとする。
「正直、俺はミャウ族がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。ワー族達には協力をするつもりだったから結果は変わらん。俺とワー族でなんとかすればいいだけだ。その後、ワー族は王国側の人間と色々と協力して楽しい集落を作ってもいいんじゃないか? ナムの民も美味いもん食って楽しそうにしてただろ? 戦いを望むなら王都に来て特務隊に入るか?」
「特務隊?」
「そうだ。前に一緒に居たやつらはほとんどがその特務隊に入った。特務隊とは魔物討伐をする専門の部隊だ。初めはロブスン達に驚くだろうが、お前らの強さを見たらすぐに仲間になれると思うぞ」
「俺達が受け入れられるのか?」
「あぁ。隊長は王国の貴族であってもお前らが想像しているような人達じゃない。王都の気候が合わないようならタイベで特務隊をやってもいいんじゃないかな。ここみたいにお前らが魔物討伐をして当然みたいな環境じゃなく、ありがたがられる存在になる」
「俺達がありがたられる?」
「そう。ハンターは依頼を見て自分の利益になるかどうかを判断して仕事を受ける。特務隊は国の命令というのもあるが、どちらかというと志で動く。俺達がやらねば誰がやるってやつだな。ここでやってる事と変わらんだろうが、お前らが魔物討伐をやって当然みたいな感じにはならんよ」
「勝手な事を言うなっ。ワー族は我々ミャウ族を守る為に存在するのだ!」
先程から殺気のようなものを放っていた男が怒鳴る。
「俺はここの歴史を知らないけど、なぜワー族がミャウ族を守る事になってるんだ? ワー族はミャウ族に何か弱みでも握られてんのか?」
「そんなヒトモドキの奴らが存在を許されているのはミャウ族の慈悲があるからだ」
とんでもないことを言ったその男にマーギンの感情が爆発する。
《パラライ……》
「その発言は許さん」
マーギンがパラライズを発動させる前にミャウタンがパラライズを無詠唱で発動させた。
バタンっ。
その場で気を失うように倒れる男。
「ロブスン、すまぬ。今のは聞かなかった事にしてくれまいか。この者は私が責任を持って処分するゆえ」
「はっ、畏まりました」
ミャウタンがそう言った事でマーギンの感情も収まっていく。しかし、パラライズを使えるということはミャウタンは闇属性持ちなのは確定だな。
「マーギン、この地の歴史を知らぬようならしばらく滞在し、そちらも己の目で見て救うべき地か否かを判断すれば良い。お前たち、この者に滞在許可を与える。今後、余計な口出しをするでないぞ」
周りにいた者達にそう命令したミャウタン。
「今から儀式を行うから見に来るが良い。この地の歴史の1つでも知る事に繋がろう」
ミャウタンにそう言われて儀式に参加することになり、ポニーがマーギンの手をつないでこっちだよと儀式会場へと案内する。道中でマーギンを見上げてニコッと笑うポニーの頭をなでなでしてやる。
「マーギンはミャウタン様が嫌い?」
変化ポニーで同じ事をした時には頭を叩かれたが、今は優しく撫でてくれたのだ。
「嫌いってわけじゃないんだけどな。なんかムカつくポイントがあるんだよ」
「よく分かんない」
「だろうな」
不毛な会話をしながら儀式を行う場所に行くと、すでに大勢の人が集まっている。儀式会場である広場の前方には銅像が建っていた。
ミスティ像?
マーギンが目にしたのはミスティのような姿をした銅像。毎日磨かれているのかピカピカだ。
「これはラー様の使徒様の銅像だよ」
マーギンが銅像を見て固まっていると、ポニーが説明をしてくれる。
「ラーの使徒って、男じゃなかったのか?」
ナムの長老から聞いた話ではラーの使徒は男性だったはず。
「私にはこの像は女の人に見えるよ」
「だよな」
「でね、ミャウタン様はラー様の使徒様の生まれ代わりなんだって。この像とミャウタン様ってそっくりでしょ?」
「そうだな」
マーギンはこの時にナムの村の長老の話が頭の中で繋がる。各地で使徒様と呼ばれたものはミスティだったのではなかろうかと。長い年月の間に女性が男性に入れ替わって伝わったとしたら?
過去にピンクロウカスト退治にミスティとこの地に来たのは転移魔法を使ってきた。ということは、その前にミスティはこの地に訪れた事があったということだ。
あれ?
マーギンがその事に気付いた時にもう1つの仮説が出てくる。
ムーの使徒って俺じゃね?
長い年月の間に言い伝えの中でラーの使徒が女性から男性に変わった。ムーの使徒が男性から女性に変わったとしたら全てが繋がる。
『ラー様の使徒様にかいがいしく飯を作るムー様の使徒様』
長老の話にこんなくだりがあった。ミスティ飯を旨さ控えめと言った後から飯当番は俺になった。当時のシャーラムでも飯は俺が作っていた。
あれ?
「なんで俺がミスティの嫁になってるんだよっ!!」
ビクッ。
いきなりマーギンが大声を上げたので怯えるポニー。ロブスンまでもがシッポを股間に挟んだ。
「あ、いやすまん。思い出し怒りだ」
思い出し笑いは聞いたことがあるが、思い出し怒りなんて初めて聞いたポニーはオドオドするのであった。
そんな事をしていると集まっていたミャウ族が輪になりだした。キャンプファイヤーでもやるのだろうか?
「マーギン、輪に加わるぞ。もうすぐ儀式が始まる」
「ロブスン、晴れ乞いの儀式をやるのか?」
「いや、使徒様を讃える儀式だ。この地に伝わるありがたい言葉を皆で唱えるのだ」
えらく宗教じみた儀式もやるんだな。これもこの地の歴史を知るのに役立つのだろうか?
ざわざわしていたミャウ族達も静かになり、お互いの肩を組むようにと言われる。とりあえずマーギンはポニーとロブスンと肩を組んだ。
使徒像の後ろからミャウタンが現れると、輪の一部をあける。そこからミャウタンが輪の中心に入り、お付きのような人が台座を持ってきてその上に登った。
「これから使徒様を讃える儀式を行う」
シーーン。
皆が真剣な眼差しをしてミャウタンを見つめる。
「マナの心は親心ぉぉぉっ!」
ミャウタンは両手を前に伸ばして握った拳の親指だけを立てて大声で宣言する。
「マナの心は親心ぉぉぉっ!」
ミャウタンに続いて皆が同じ言葉を大声で叫ぶ。なんだこれ?
「押せば生命の泉湧くぅ」
「押せば生命の泉湧くぅ」
だからなんの儀式なんだよこれ? わけの分からない儀式が始まった。
「マナの心は親心ぉぉっ!」
「マーナッナナナッマナナッマナナッ」
「押せば生命の泉湧く」
「マーナッナナナッマナナッマナナッ」
初めは続いて叫んだ後にマーナッナナナッと歌い出すミャウ族。
「ダンスウィズミー、ダンスウィズミー、ダンスダンスダンス」
「マーナッナナナッマナナッマナナッ」
ミャウタンが踊りながら歌うとミャウ族達は肩を組んだまま左右に身体を揺らしてマーナッナナナッと歌う。
どっかにハンナリーが来てんじゃないだろうな? とマーギンは身体を揺らされながらキョロキョロするのであった。