同時進行
北西の辺境伯領にたどり着いた大隊長一行。
「まずはノイエクスの治療を優先する」
ここにたどり着くまで延々とボア寄せを掛けられ続けていたノイエクスは毎日毎日ボアの集団に襲われてきた。アイリスだけでなく、交代でラリー達が応援に入ったり、ロッカが手本を見せるように応援に入ったりはしていたが、怪我の絶えなかったノイエクスは辺境伯領で治療を受ける事になった。
「オルターネン、俺とお前は領主邸に向かう。ロッカとアイリスはノイエクスの付き添いを頼む。ラリー達は宿の手配等諸々だ」
大隊長は各自に指示を行い、領主邸に向かった。
「ノイエクスさん、治療に行きますよ」
アイリスがニコニコしながらノイエクスを急かす。
「1人で行ける。歳下のくせに子供扱いするな」
「ノイエクス、ならば大隊長が命令をした時になぜそう言わん? 命令された後にそのような事を言い出すのは良くない事だ」
ロッカに真っ当な事を言われて悔しそうな顔をする。
「だいたいお前らはどうしてあんなに強いんだよっ。ハンターってのは皆あんなに強いのか?」
「ハンターが強いのではない。我々が強いのだ。お前とは修羅場をくぐってきた数が全く違う。差があるのは当然だ。それより先に治療だ。運が悪ければ今日中に治療の順番が回ってこないかもしれないのだ」
ロッカはノイエクスに有無を言わせず、教会に連れて行ったのだった。
◆◆◆
「これはこれはケルニー伯爵、突然お越しになるとはどういうことですかな?」
「特にゲオルク殿に用事があった訳ではないのだが、特務隊の訓練と隊員の勧誘を兼ねてこの地に参った。貴殿の領地に入って挨拶もしないのは不義理かと思いましてな」
「勧誘ですと?」
「はい。魔物の脅威は確実に大きくなっているのはご存知のことでしょう。特務隊は各地でその脅威に対する組織。地域地域に隊員が必要になると思いましてな」
「我が領地はハンターが対応できない場合は領軍がその任務を負う。特務隊の出番はありませんぞ」
「北の領地でも領軍が対応しきれない時も出てますからな。ゲオルク領はノウブシルク軍への対応もあるでしょうから、特務隊が必要になる事もありましょう。別に軍の邪魔をする気はありません。北の領地では協力しながらやっておりますからここでも可能かと?」
「特務隊は騎士隊の管轄ではあるが、隊長に一任する事になっていたのではないか? 大隊長たる貴殿がどうしてそこまででしゃばる? その隊長が頼りないということか」
「隊長のオルターネンはよくやっております。まだ正式発表はされておりませんが、自分は現場に出るのですよ」
「は?」
「隊長はオルターネン。自分は現場で魔物討伐をすると申し上げたのです」
「貴殿が隊長の下になるということか?」
「時にはそういう事もあるでしょうな。誰が上とか下とかそのような些末なことより、早急に強い魔物に対応する力が必要だという判断をしたまで。自分はまだまだ部下達より強いですからな」
大隊長はそう言ってわっはっはと笑ったのであった。
「では、挨拶は致しましたので、これにて失礼」
「待たれよ。ここまで来られたのを挨拶だけでお帰り頂くのは心苦しい。中でお茶……いや、酒でも飲みながら話を聞かせてくれまいか」
「ではお言葉に甘えましょう」
こうして大隊長とオルターネンは辺境伯の屋敷へと招かれて話をすることになったのであった。
◆◆◆
「無事に治療してもらえて良かったな」
「マーギンさんがいればこんなに並ばなくて済んだんですけどねぇ」
「マーギンは治癒魔法も使えるのか?」
「マーギンさんに使えない魔法なんてないですよ」
「しかし、マーギンが同行していたらノイエクスはもっと酷い目にあってただろうがな」
「あー、そうかもしれません」
と、ロッカとアイリスは大笑いする。
「ノイエクスさん、マーギンさんが同行してなくて良かったですね」
「あいつがいたらどうなってたんだ?」
「心を折りにきたに決まっている。死ぬ寸前まで戦わされるか、延々と襲われそうで襲われないとかな。一睡もできないままそれが倒れるまで続く。で、倒れかけた時にボアに襲われるように仕向けられるとかだ」
ロッカは騎士隊の護衛訓練の事をノイエクスに話す。
「あの話は本当なのか?」
「本当だ。私達も参加していたからな」
そこまで話すとラリー達が現れた。
「宿を取った。飯屋も付いてるからそこでなんか食おうぜ」
「おっ、そうだな。近くか?」
「門に近い。魔物討伐に出るなら外に近い方がいいだろ?」
「それもそうか。なら、そこまで競争だ。ビリの奢りな」
と、ロッカがダッシュしてそれに皆が続いた。当然遅めのランチの支払いはノイエクスがすることになる。
「お前、足遅いよな」
ラリーにお前呼ばわりされる貴族のノイエクス。
「うるさいっ。騎士の中ではこれでも速い方なんだぞ」
「なら、騎士はトロ臭いやつばかりってことだな」
「お前らが異常なんだよ。ハンターの中でもお前らは特別なんだろうが」
「私は遅い方ですよ。距離は走れるんですけど、スピードが出ないんですよね」
「アイリスは本気で走らないから遅いのだ。やれば走れるだろうが? マーギンに甘える癖が抜けてないのではないか」
「マーギンさんがいればおぶってくれますからねぇ。とっても楽チンです」
「マーギンはお前を背負って走っても速いのか?」
「アイリスを背負ってもバネッサより速いだろうな。私達も本気で走るマーギンは見たことがない。あいつの凄さは魔法だけではないぞ。身体能力、気配の消し方と察知、洞察力や魔物の詳しさとか別次元だ。剣はめったに使わんが、剣技もかなりのものだ」
「あの俺達をやった剣もマーギンの技なのか?」
「そうだ。ラプトゥルというタイベにいた魔物の倒し方を私に見せる為に使った剣技だ。あれには惚れ惚れした。今でも目に焼き付いているぞ」
「ちっ、あいつには何をやっても通用しねぇんだよな」
「当たり前だ」
そんな話をしていると注文を取りに来た店員が話しかけてきた。
「あの……」
「あぁ、すまん。注文はお勧めで頼む」
「お客さん達マーギンって言った?」
「ん? あぁ、言ったが」
「マーギンって、黒髪黒目の人?」
「そうだ。マーギンを知ってるのか?」
「うんっ。冬にここに来たの。すぐに帰っちゃったけど。1番高いワインとか頼んでもらっちゃったんだよねぇ」
「へぇ、そうだったのか」
「夜に一緒に飲みに行った時も全部奢ってもらっちゃったんだ。今日は一緒じゃないの?」
皆はマーギンがここで女遊びをしていたんだなと勘違いしたのであった。
◆◆◆
「ローズさん、先日このようなことがありましてね」
ローズは結婚相手になる人から食事に誘われてレストランに来ていた。自分の見た目を盛大に褒められた後に下らない話が続く。
「それは凄いですね」
「そうでしょう。で、今度はこのような宝石を手に入れるつもりなのですよ」
「良いものが手に入るといいですね」
「えぇ。手に入れたらお見せしますね」
嬉しそうに話す相手に空笑いをするローズ。中身のない話が耳をすり抜けていくのが苦痛だ。
自宅に戻ると両親がどうだったと笑顔で聞いて来る。
「そうですね。楽しく食事をさせて頂きました」
「そう。良かったわね。オルターネンが戻ってきたら、次はうちにお招きをいたしましょうね」
「はい」
◆◆◆
「貴様っ、ミャウタン様になんということをするのだっ。いくらミャウタン様の客人とはいえ、許される事ではないぞ!」
いきなり変化ポニーの頭を叩いたマーギンに1人の男が寄ってきて怒鳴った。
「頭に虫が止まってたんだよ。ミャウ族はそれすら許されんのか?」
しれっと嘘を吐くマーギン。
「お前達、いちいち余計な反応をするでないっ。これから重要な事を決めねばならんのだ。着替えてくるから皆を集めておくのじゃ」
「は、はい」
門番もそうだったが、この様子だとポニーがミャウタンに化けている事を知っている人は少なそうだな。限られた者しか知らない極秘事項なのかもしれない。余計な事をしないように気を付けねば。
「なぁ、ポニー。どこに向かってるんだ?」
いきなり余計な事を言うマーギン。
「ミャウタン様だ。人の名前を呼び間違えるとは失礼だぞ」
と、ロブスンに怒られる。
「ん? 俺はミャウタンと言ったぞ」
しらを切るマーギン。皆の聞き間違いにすり替えるつもりなのだ。
「そ、そうか。気のせいだったか。すまん」
あまりにも堂々と言うので本当に聞き間違いだったかな? と、いう気になったロブスンは謝った。
そして、少し離れたところに大きな屋敷があり、その中に案内された。
「では着替えてくるからここで待っておれ」
変化ポニーはそう言い残して奥へと入っていき、しばらく待たされる。
「ロブスン、暇だな」
「黙って待っててくれ」
アウェイでじーっと座ってるマーギンは退屈そうにしながらふぁーーあ、と、あくびをしている。
「待たせたな」
マーギンが口を押さえてふぁーーぁとしていると本物ミャウタンが現れたのであった。