妬まれるぞ
「マーロック、これは対大型クラーケン用のバリスタだからこれぐらいの威力が必要になる」
「それでもこんなに威力があるなんておかしくないか?」
「まぁ、その辺は詮索すんな」
マーギンがそう答えると、マーロックはこのバリスタがヤベーものだと理解した。クロスボウの威力も強烈だったしな。
「じゃ、俺は港に戻してくれ。職人達をゴイル達の所に連れていかないとな」
港に戻ると職人達が復活していた。大きいライチのような実、サモワンのジュースを飲ませてもらったようだ。酔い止め効果とかあるのかな?
「マーギンさん、今日中に移動しますか?」
港の人達が聞いてくる。
「大きなイカを獲って来たんですよ。一緒に食べましょう」
「おっ、何イカ?」
「これですよ」
「おー、コブシメかな? デカいね」
「はい。炒めると美味しいですよ」
コウイカ系の身が分厚いイカだ。いつもは網焼きにするらしいので、マーギンが調理をすることに。その間に貝やらエビやらどやどやと持ってきてくれたので、マーロック達も呼んで宴会になる。
「ガーリックバター醤油炒めですか」
「そう。それと、ゴマ油ネギ炒め」
コウイカ系のイカは中華っぽくしてやるとよく合うのだ。
皆でうまうまと食いつつ、ここでサメのヒレを干してもらうことに。
「こんなにサメを狩ってきたんですか」
「そう。ヒレは干しておくと高級品になるから、サメを狩ったら同じようにしておいてくんない?」
「それは構いませんけど、肉はイマイチですよね」
「サメ肉は鮮度落ちが早いからね。でも新鮮だと旨いぞ。それに加工すると全く違う食い物になるからな。ここに一つ練り機を置いていくから自分達で作りなよ」
マーギンは練り物を作るための魔道具をいくつかアイテムボックスに入れてきたのだ。
サメ肉を包丁で細かく切り、塩と卵白とタイベの粘り気のある芋と混ぜ合わせて練り機に投入。
「なんですかこの魔道具は?」
「練り物を作る魔道具だ。サメ肉以外でも白身の魚で色々試してみて。卵白や芋とかの配合でも味や食感が変わるから」
しばらく魔道具がサメ肉を練るのを待ち、できたすり身をお湯で湯がいたものと揚げたものを作る。
「これがはんぺん、こっちは天ぷらだよ」
皆で試食する。
「旨いっ」
「マーギンさん、この食べ物に醤油が合いそうですね」
醤油職人達が食べながら試したいと言う。
「元は魚だからね。はんぺんはバター醤油と合うし、天ぷらは生姜醤油とかも合うぞ」
と、醤油との相性を試す間に酒もどんどん入り、ただの飲み会となる。ゴイル達の所に行くのは明日にして宴会を楽しんだ。醤油職人達もこれで一気にナムの村に受け入れられるだろう。
翌日、マーロック達はまだバリスタの練習をするとのことなので、マジックコンテナと練り物を作る魔道具を渡しておく。マジックコンテナは水や食料を積むのに役立つだろう。練り物の魔道具は孤児院で使いたまへ。
マーギンが醤油職人を連れてゴイル達のところへ行くとゴイル達は街に出ているようで村にはいなかった。
「長老の所に挨拶に行こうか」
長老の所に行き、はんぺんと天ぷらをお土産に渡して職人達を紹介する。
「よく来た。準備はしてあるのでそこを自由に使っておくれ。ゴイル達は来週には戻ってくるじゃろう」
長老に場所を聞いて用意してくれた所に行くと、大きな倉庫みたいな感じだった。1階が醤油を作る所。2階が住む場所だ。
「樽とか作らないとダメですね」
「全部指示してやらないとダメだから頼むな」
「はいっ」
まずは住処を確保するのに持ってきたマット等を準備して生活拠点を作る。ここで自炊できるように魔導コンロや水の出る魔導具をだしていくと驚かれた。
「こんな最新の魔道具を用意してくれていたんですか?」
「あると便利だろ。風呂とかどうする? この排水設備だけだと2階に風呂を作るの無理だな」
「風呂なんて、王都の家にもなかったですからいいですよ」
「なら、前に俺が作った場所で入れよ。お湯とか出るように改造してやるから」
マーギンは前に作ったガゼボと風呂の所に連れていき、風呂を改造していく。追い炊きはできないけれど、金属を加工してお湯と水が出る魔道具を設置していく。
「な、な、な、な、なんですかっ。どうしてそんなに簡単に魔道具ができるんですかっ」
醤油職人達は目を丸くする。
「俺は昔魔道具の開発とかしてたからな。これぐらいのはお手の物なんだよ」
「それなら魔物討伐なんてしなくても、一生安泰じゃないですか」
「魔物が今ぐらいの規模で済んでるならな」
「本当に魔物が増えて強くなるんですか?」
「なるよ。というかもうなりつつある。だから俺は魔物討伐をやらないとダメなんだよ。なんでも安全第一だ。安心して暮らせる環境がないと魔道具もへったくれもないからな」
マーギンがそう答えると、醤油職人達の顔が引き締まった。
「我々は戦えませんが、ここで必ず醤油の生産ができるようしてみせます」
「おう、頼んだぞ。多分環境が違うから、できる醤油の味も王都とは違うものができる。必ずしも王都と同じものができなくても構わん。その土地にあった味というものがあるからな」
「はいっ」
醤油作りをする建物から風呂までは少し離れているがそれは我慢してもらおう。
その後、マーギンは職人達に改造して欲しい事はないか? と聞き、醤油の樽を置く場所に土の足場を作ったり、樽に使う木を用意して板にしたりと準備を進めていくうちに数日が過ぎゴイルが戻って来た。
「マーギン、来てたか。丁度良かった」
醤油職人達を紹介する前に険しい顔をしていたゴイルがマーギンを見てホッとしたような顔をする。
「なんかあったのか?」
「明日、ここにミャウ族が来る」
「太陽神ラーを祀る民か。前の魔物騒動が片付いてないんだな?」
「あぁ、そうだ。というより状況が悪化しているみたいだ」
ゴイルの話によると、前よりも黒い魔物の数が増えたらしく、このままではワー族の集落はおろかミャウ族の集落もヤバいらしい。
「俺は長老に相談するために先に戻ってきたんだ。マーイがワー族を連れて明日ここに来る」
「そうか。俺はここにいない方がいいか? ミャウ族は王国の人間を嫌ってるだろ」
「いや、できれば手を貸してくれないか。ワー族が倒せない魔物を俺達がなんとかできるとも思わん」
「手を貸すのは問題ないけど、向こうが拒否したら俺は何もせんぞ」
「多分大丈夫だと思うが……」
一緒に長老の所に来てくれと言われて、そこで詳しくゴイルの話を聞くことになったのであった。
ゴイルの話では黒い魔物の数が増え、ワー族1人がやられてから、ワー族を狙いに来るようになったとのこと。そのことで一つの集落を捨てたようだ。
「その集落を狩場と認識されたんだな」
「あぁ、そいつもそう言っていた。前は偉そうに力を合わせるべきだと言っていたのが、今では力を貸して欲しいと懇願する態度に変わっている。よほど切羽詰まった状況なんだろうな」
「で、協力するやつは現れたのか?」
「いや、パンジャにいるやつはナムのものがほとんどだからな。勝手に協力するやつは出てねぇ」
「で、ゴイルがどうすべきか長老と相談することになったのか」
「あぁ。ミャウ族とワー族がここに立ち寄って話をしてから帰るらしい」
上から目線から懇願する態度に変化か。かなりプライドが高い民族らしいから、相当まずい状況になってるのだろう。
だいたいの様子を聞いた後、ゴイルに港の集落に練り機を置いてきたことを伝え、精米機の様子を聞いてみる。
「おぉ、それもあったな。白い米は好評だぞ。毎日フル稼働だ」
「もしかして他の神を祀る民にも知れ渡ったのか?」
「そうだ。他の作物とかと交換するときに米の価値が上がってな。こちらがもらうものが増えたぞ」
「そりゃ良かったけどさ、そのうち他のやつらと揉めないか?」
「どうしてだ?」
「ナムの村だけが先に裕福になるだろ? 他の集落から妬まれると思うんだよね。 米との交換レートは前と同じにしておいた方がいいぞ」
「向こうから、米を白くしてくれと言ってきたんだぞ。その分果物や野菜を増やすと言ってな」
「それでもだよ。豊かさの格差はこれからもっと広がる。醤油の生産やサメやソードフィッシュの買い取りとか今まで捨てていたものが金に変わっていく。あの草やクズ真珠がいい例だろ? 他の集落から妬まれるに決まってる。そのうちナムの村以外が結託して、のけ者にされるぞ」
「そんな事になるのか?」
「なるよ。新しくできたものは別として、今まで交換していたものは同じ交換レートにしとけ。米を精米したいなら、魔道具で自分でさせればいいんだよ。精米機が1台で追い付かないようならまた作ってきてやるから」
「マーギン、お前はどうして俺たちにそこまでしてくれるんだ?」
「俺はここの雰囲気とか人とか好きなんだよ。俺が関わったことでそれが変わったり、俺の作ったもので揉めたりするのが嫌なだけだよ」
そんな話をしながら飯を食って酒を遅くまで飲んだのだった。
翌日、ドドドドっと大きな足音が聞こえ、きゃーーっとマーイの悲鳴が聞こえてきた。
「ハナコっ、止まりなさいっ。ハナコってばーーーっ」
ハナコはマーギンの事に気付いて走ってきたのだ。
「ハナコ、元気だったか?」
プォォオンと鳴いてからマーギンに鼻を巻きつけ、そのまま食べてしまうのではないかと思うぐらいハムハムする。
「マーギンが来てたのかぁ。どうりでハナコが走りだしたわけね」
ハナコの愛でデロデロになったマーギンを見て呆れてそう言うマーイ。
「ハナコ、もう落ち着いたか?」
鼻をぽんぽんと叩いてやると、ようやくハムハムをやめて解放したので鼻をさすってやる。
「よう、マーイ。ちょっと大人っぽくなったな」
「化粧のせいじゃない? そんなすぐに変わらないよぉ」
「そうか? 前より綺麗になってるぞ」
ナチュラルに口説くマーギン。
「そう? なら私を嫁にして王都に連れて帰る?」
都会に憧れるマーイは王都に行ってみたいだけでマーギンにそう答える。
「嫁にならなくても、ゴイルが許可するなら連れてってやるぞ」
「マジでー? いつ? ねぇいつ??」
「マーイ、やめろ。今はそんな時じゃねぇだろうが。ワー族達はどうした?」
「後ろから来てるよ。おーーい」
そうマーイが呼ぶと、フードを被ったやつらが現れた。
「マーギンか?」
「えっ?」
「俺だ」
と、1人の男がフードを取った。
「おー、ロブスンじゃないか。久しぶりだな」
ワー族の男はラプトゥルと首輪を交換した狼系獣人のロブスンだった。
「マーギン、頼む。俺達の集落を救ってくれないか」
ロブスンはいきなりそう言って頭を下げると、他のワー族達も頭を下げた。
「貴様らーーっ。いきなり何を言い出すのじゃーーっ。こいつは王国の人間じゃろうがっ。いくら困っていると言っても王国のやつに手伝ってもらうことなぞ許さんぞっ」
1番後ろから現れた小柄な女の子。その娘を見てマーギンは固まった。
「ミスティ……」
そしてそう呟いた後、フリーズするのであった。