シスコ、大変だな
マーギンは孤児院で早めの夕食を食べた後、ボルティア邸へと向かう。
「お約束もなしに申し訳ありません。自分は王都で魔法書店をやっているマーギンと申します」
「マーギン様、ようこそボルティア家へ。ご案内いたします」
執事の人に忘れられているかもしれないと自己紹介をしたがちゃんと覚えてもらってたようだ。
未だに魔法書店をやっていると思っているマーギン。
「おぉ、マーギンくん。タイベに来ていたのか」
「はい。成人の儀のパーティーの時はありがとうございました。アイリスも喜んでいたのでホッとしました」
「お礼を言わねばならんのはこちらの方だ。娘の成人の儀のパーティーに参加させてもらったことを心から感謝する」
お互い大人の挨拶した後に、ワインバーのようなところに移動して、今後の事と貨物船の事を相談する。
「なんだと? ライオネル―タイベ間の貨物船がなくなるかもしれないだと?」
「えぇ。船主から聞いた訳ではないのですが、船長から船を買わないかと持ち掛けられました。海の魔物の討伐費用の事もあるので船主も潮時だと思っているのかもしれませんね」
「ん? 討伐費用は領主が半額負担をすることになっているはずだが?」
「前回も高額報酬を請求したので、ライオネル領主に半額負担してもらいましたけどね。それでも高額なんですよ」
「今年から魔物討伐費用は最低半分は領主負担と決まってね、ライオネル領はトナーレの不正を問われ、処分がなかった代わりに討伐費用の大半を負担することになっている。船の商会にはほぼ負担がないはずなのだがな」
「その事は告知されていますか?」
「そういえば告知はされてないかもしれないな」
だろうな。俺もこの事は初耳だ。ロドリゲスも何も言ってなかったからな。
「そのうち正式にハンター組合にお知らせがいくかもしれませんね」
「そうだな…… 貨物船はいくらぐらいで売りに出されるのかね?」
「船長の読みでは2〜3億Gぐらいではないかと」
「ではその話はこちらでなんとかしておこう。貨物船がなくなるのはタイベ領として死活問題であるからな」
「そうですね。ハンナリー商会は自前で運搬するので問題はないのですが、領全体で考えると相当まずいですね。客船もそうですけど」
「貨物船より客船の方が経営は良くないだろうな」
「一般の人が乗るには高いですし、船の出る日がだいたいしか分からないですからね。自分は貨物船にも乗せてもらえるのでまだ良いですけど」
「なるほど。客船も貨物を、貨物船も人を運べるようにすれば利便性は高まるな」
「その方が便利でしょうね。船の改装が必要になるでしょうけど」
「では客船の船主にも声を掛けておく。恐らく客船も貨物船もボルティア領で買い取る事になると思うが、後は任せていいかね?」
「何をですか?」
「運営をだよ。タイベ領からの業務委託とでもいうのだろうか? 船の持ち主はボルティア家で、運営はハンナリー商会ということだ。こちらとしては安定した流通をしてもらわないと困るのだよ。知らぬ間に船を売却されてしまうのを事前に防げて良かった。では頼んだよマーギンくん」
「あ、はい」
まぁ、人もそのままだろうし、問題ないか。港の使用料とかもおまけしてもらおう。
シスコ、大変だな。
すっかり他人事なので気軽に引き受けたマーギンなのであった。
翌日、醤油職人をアニカディア号に乗せてナムの村の港へ。
「おー、めっちゃスピード出るじゃん」
「追い風だからな」
帆が風を受け、10人が漕ぐ。今はトップスピードでの安定性能の確認をしている。
「マーギン、職人さん達。ちょっと揺れるから掴まっておいてくれ」
マーロックにそう言われて、船長室の壁に身体を固定するように掴まる。
「右90」
船長室からラッパのようなものに向かってそう叫んだマーロック。
ズザザザザザッ。
マーロックも舵を切ると、船がまるでその場を回転するかのように曲がる。
「うわわわわっ」
強烈なGが身体にかかる。
「全速力」
船体が90度ほど向きを変えた後に再び加速体勢に入る。
「左90」
スピードが乗ったところで今度は左に。船体が傾くがサイドフロートが海面について船体を支え、アニカディア号は安定してて曲がっていた。
「右旋回」
旋回?
ぐるーーん。
左側の漕ぎ手はそのまま漕ぎ、右手の漕ぎ手が反対方向に漕ぐ事で、船ではありえないぐらいの方向転換をするアニカディア号。
「うぇぇぇっ」
醤油職人達は盛大に船酔いしたのであった。
「ひどい目に合いました……」
ナムの村に到着したアニカディア号から降りた醤油職人達の顔は真っ青だ。
「悪かったな。お前らを降ろしてからやりゃ良かったな」
マーロックは頭を掻きながら謝った。
醤油職人達が復活するまで港集落の人達に面倒をみておいてもらい、マーギン達は海へ繰り出す。バリスタとクロスボウの試射をしないとダメなのだ。
「まずはクロスボウからやろうか」
まずはサメを探す。さすが漁師もやっていただけの事があるマーロック達。サメが出そうな場所に行きすぐに見つけた。
「この矢で射ってくれ」
「親分、なんですかいこの矢は?」
「これはバンパイアアローってやつでな。当たればこの空洞から血が噴き出る。それで弱るのも早まるし、血の臭いでサメが集まるから獲物を探す手間が省ける」
「おおーっ」
さすが親分と褒め称えられるマーギン。マーギンもだんだんと親分と呼ばれるのにも抵抗がなくなってきていた。
バシュっ
「あっ……」
「威力がある分難しいだろ? スコープをこうやって覗いて、身体にクロスボウを密着させてしっかり安定させるのがコツだ」
バシュ。
バスッ、ブシャァァッ。
マーギンが手本を見せたバンパイアアローがサメに当たり、血が噴き出した。
シュルルルルルッ。
勢いよく出た糸もすぐに止まり、動かなくなった。皆でドッセー、ドッセーと引きあげる。
「サメを食うんですかい?」
「後でな。ほら、集まってきたぞ。どんどん練習しろ」
クロスボウ担当達はどんどん上達していき、マーギンのアイテムボックスにサメが溜まっていく。
「親分、バリスタは試さねぇのか?」
「そうだな。サメ相手にはオーバースペックだけどしょうがないか」
今度は距離を取ってバリスタでサメを狙う。
「セーフティロック」
「セーフティロック」
「ハンドルを回せ」
ぐるぐるぐるとバリスタのハンドルを回して弦を張る船員。魔導アシスト付きなので余裕だ。
「矢をセット」
「矢をセット」
矢というより銛をセットし、サメは水面にいるので、バリスタの高さを調整ハンドルを回して上げていく。
「こいつのスコープはかなり高性能にしてある。覗いてみろ」
バリスタ担当に覗かせる。
「あっ、距離とか出てます」
「そう。それに夜でも見えるようにしてあるからな。で、標的がセンターにきた時に引き金を引け。対象と距離が離れると矢の軌道とか考えないとダメだから、何度も試射して調整をしていかないとダメなんだよ」
まずはノーマル状態での試射。距離が離れたらどれぐらいの角度を上げるかを調整するか必要なのである。
「目標をセンターに合わせてスイッチ、目標をセンターに合わせてスイッチ」
担当がスコープを覗きながらブツブツといい続けている。
「セーフティロック解除」
「セーフティロック解除」
セーフティロックを解除して、発射。
バンッ。
大きな音がしてアニカディア号の船体にも衝撃が伝わる。
バァンっ。
「あっ……」
見事にサメに当たったのはいいが、サメが肉片となって飛び散ってしまった。完全にオーバーキルだ。
「お、親分。なんだよこの威力は……」
マーロック達は余りの威力に腰が砕けるようになっている。
マーギンが改造したバリスタは完全に兵器と呼んで良いものになっていたのであった。