それぞれがやらねばならないことを始める
「オルターネン、北西の辺境伯領に向かう。お前と何人か同行させよ」
大隊長は魔物調査と辺境伯領でも特務隊の人員を募集するという名目で視察を行うため、幾人かを同行させることにした。
「では、ロッカとラリー達を連れて行きましょう」
「カザフ達ではなくか?」
「はい。恐らくロッカはラリー達と組むことになります。それに諜報活動をするならあいつらは適任でしょう」
「なるほどな」
「それとノクスとアイリスですかね」
「なぜだ?」
「ノクスは単純に兄心ってやつです。どこかで実戦することになるでしょうから、それで心が折れるかどうか見ます。今はホープへの対抗心だけでやってますが、本当にやっていけるかどうか不明ですので早めに見切りたいのです」
「アイリスは?」
「あいつは危ないところはありますが、敵の弱体化もできますし、炎系の遠距離攻撃魔法も高威力です。なんと言ってもマーギンの1番弟子ですから。ホープとサリドン達には隊員の訓練をしていてもらいます」
「分かった。明日に出発する」
「了解です」
その日のうちに同行するものに伝達された。
「うちらからはロッカとアイリスだけかよ? オルターネン様と同行とかずりぃぞ。うちも連れて行けよ」
ロッカに話を聞いたバネッサが拗ねる。
「お前は王都近辺で何かあった時に残ってないとダメだそうだ」
「ちぇっ、抜け駆けすんなよな」
「何の抜け駆けだ?」
「知るかよっ」
バネッサはオスクリタをヒュンヒュンと大道芸のように投げながら訓練所に向かって行ったのだった。
マーギンは醤油職人達と打ち合わせをしていた。連れて行くのは3名。最低でも1年はタイベに滞在してもらわないといけないので独身男性だけだ。
「こんなに給金を頂いていいのでしょうか?」
「構わんよ。身1つで行ってもらうことになるからそれなりにお金も必要になってくると思うしね。タイベに行ってる期間は多分3年くらいになると思う」
マーギンが渡したお金は3年間分として1人3000万G。ここでの年収は300万Gぐらいなので、3倍以上のお金だ。ナムの村で醤油を作ってもハンナリー商会と関係ないので仕方がない。
マーギンはオルターネンから伝えられたことを考えないようにして、やらねばいけない事をこなしていく。そして出発の日を決めてシスコのところへ。
「シスコ、醤油職人を連れてタイベに行くけど一緒に行くよな?」
マーギンの顔を見るなりキッと睨み付けるシスコ。
「な、なんだよ?」
「あなたって人は……」
「何怒ってんだよ?」
「なぜ私が昼のシャングリラの経営責任を負う事になってるのよっ」
シスコがシシリーに引き継ぎをしたいわ、と言われて目を丸くしたのは先日のこと。
「お前が了承したからに決まってるだろ? いくら俺でも勝手にお前に押し付けるかよ」
「いつ私が了承したって言うのっ!」
「え? 新店舗のステンドグラスの打ち合わせをしてた日だよ。昼のシャングリラのことを頼むなと言ったら、分かったわと返事したじゃねーか」
「私が他の事に気を取られていた隙を狙ったのね……」
「お前なら他の事をしててもちゃんと聞いてるだろうなぁと思っただけだ」
「あなたって人はっ、あなたって人はっ」
ワナワナと震えるシスコ。
「で、もう出発するけど、どうする?」
「無理に決まってるじゃないっ」
「なら、夏前にお前を迎えに戻ってくるわ。それとも日を決めて向こうで待ち合わせるか?」
「迎えにきなさいっ。私1人だと護衛を雇わないとダメでしょっ」
「1人でも大丈夫だろ?」
「キィーーーーーッ」
いかん、バネッサと喧嘩している時の顔だ。ストレス発散の相手にされては敵わん。と、ストレスの元のマーギンは退散したのであった。
「えーーっ、マーギンはタイベに行っちゃったのっ?」
昼のシャングリラで般若のような顔をしているシスコにマーギンが出発したことを聞かされるカタリーナ。マーギンはローズと会うのを避けるようにあちこち素早く行動していたので、カタリーナはマーギンを見付けられず、マーギンの居所を知ったのはタイベに向けて出発した後だった。
「そうよ。フェアリーも暇なら手伝いなさい。帳簿の計算位できるでしょ」
「私はこれから……」
キッ。
「やります……」
もちろんローズも巻き込まれてハンナリー商会業務をさせられるのであった。
醤油職人が一緒なので馬車でライオネルに移動したマーギン。
「タイベに行くのに早い方の船に乗るつもりだけどいいかな?」
「早い方?」
「タイベに行くには客船と貨物船があるんだよ」
「貨物船ですか?」
「上等じゃないけど部屋もあるし、飯は俺が作るから問題はないよ」
「船賃も同じなんですか?」
「客船だと1人30万Gだから、4人で120万Gだね。貨物船なら無料で乗れると思う」
「貨物船を希望します」
もらった3000万Gに船代も含まれていると思った職人達は無料でいける方を希望したのだった。
ライオネルで船の出発日を調べたところ、貨物船が丁度明日に出発する予定だった。
「よっ、船長いる? タイベまで乗っけてもらいたいんだけど」
受付の人がすぐに船長のクックを呼んでくれ、そのまま船へ。職人達は船室に案内され、マーギンは船長室へ。
「メンバーが違うじゃねーか」
「あの人達は醤油職人でね、タイベに醤油の伝導に行ってもらうんだよ」
「ほう、そんなことまでやってるのか」
「タイベの飯は醤油があったほうがいいと思うんだよね。でも王都で作ったものをタイベまで運ぶと高くて買えないからね。現地生産現地消費ってやつだ」
「こっちが損するじゃねーか」
と、船長のクックが笑った。
「あ、そうだ。一応謝っておくけど、ハンナリー商会の流通は自前でやることになったんだよ」
「ほう、どうやって運ぶつもりだ」
「あの海賊達が運んでくれる予定。去年の冬も貨物船が出ちゃったから、マーロックが送ってくれたんだよ」
「冬の海に船を出したのか? しかも小型船だろ?」
「あ、俺をギリギリまで待っててくれたんだよね。ごめんね、余計な手間をかけた上に間に合わなくて」
「それは気にしなくていいが、小型船で冬の海を操船する技術持ってるのに驚きだな」
「岸近くの航路だったんだけどね」
「なるほどな。大型船が通れねぇ航路か。あいつらもやるもんだ」
「そうだね。ライオネルの漁師達も驚いてたよ」
「それとちょいと相談があるんだがよ」
「何?」
「お前、貨物船を買わねぇか?」
「は? この船をってこと?」
「そうだ。ほれ、海の魔物討伐用の金を貯める事になっただろ?」
「そうだね」
「海の魔物も増えはじめててな。クラーケンとかならこの船も影響を受けるが、そうじゃなきゃ小型船だけの影響だ」
「まぁ、そうだね」
「で、金を払うのは大型船がメインだろ? しかし、その貯めた金を使うのは小型船だ。船主が割に合わないと言い出してな。貨物船もそう儲かる仕事でもねぇし、売りに出そうかと言ってやがるみたいだ」
「へぇ、でも俺が買っても運営できないしなぁ」
「あの嬢ちゃんの商会なら買うか?」
「うーん、いくらぐらいなんだろうね?」
「この船も年季が入ってやがるから2〜3億Gってとこだろうな」
「思ったより安いけど、購入資金を回収するの無理じゃない?」
「そうかもな。まぁ、ダメ元で聞いてみたんだがよ」
船長のクックは浮かない顔をする。
「この船が他に売られたらどうなんの?」
「どうだろうな。他の航路に回されんじゃねーのか」
「他ってどこに?」
「まぁ、行く先はねぇな」
だよなぁ。ライオネルから船が出てるのは北の領地とタイベだけだ。北の領地との海運は魚介類だけなので漁船が担う。王都とは流通は陸路で領都がメインだからな。
「廃業になるかもってこと?」
「かもしれん」
それは困るな。ハンナリー商会だけの事を考えると影響はないけど、タイベ全体の事を考えると宜しくない。
「タイベの領主に聞いておいてやるよ。貨物船がなくなったら領主も困るだろうから」
マーギンは船長のクックにそう返事をしたのだった。
タイベに向かう間に手持ちのバリスタ、つまり改良型クロスボウの試射を兼ねて魚を狙う。
「おっ、ラッキー! なんかデカいのがいるわ」
貨物船のデッキに降りて目標物を探しているとカジキらしきものを発見。矢に切れない糸を括り付けて狙いを定める。
スコープを覗いて、シュートっ!
バシュッ シャボボボッ
残念ハズレ。
マーギンが想定していたより反動が大きく狙いがズレたようだ。糸をたぐり寄せて回収して再びセット。クロスボウを身体にしっかりと固定して再びシュート。
バシュッ バスッ
シュルルルルルルッ
矢がカジキに当たった事により勢いよく糸が出ていく。
「カジキでこれか。急所に当てないとダメか。これ、マルカとかならもっと殺傷能力を上げないとヤバいな」
マーギンは糸に電撃を流してカジキを弱らせてから引き上げて血抜きをする。
そして金属のインゴットを取り出し、バンパイアアローや魔道具と化した矢を作り、次の獲物を探して海面を凝視する。こうして何度も試射を繰り返し、アイテムボックスにカジキストックが溜まっていくのであった。
船旅は順調に進み、タイベに到着。まずはマーロック達の拠点になっている孤児院へ。
「あ、親分っ」
だからその呼び方はやめろ。
マーロックは出かけているらしいので、蚊取り線香作りをしている子供達の手伝いをして、晩御飯には仕留めたカジキ料理を皆に振る舞う。こいつらもよく食べるわ。子供達の口からカジキが出そうになってるのを見てマーギンは微笑んだ。
明日は醤油職人達には旅休憩として自由行動をしてもらい、海の魔物討伐船にバリスタ設置をしなきゃな。
カジキのニンニク醤油ステーキを食べながら、マーロックとその打ち合わせをするのであった。