心の負担を増やさぬようにするだけでは足りない
時は少し遡り、マーギンが遺跡漁りをしていた頃。
「初めまして、フェアリーローズと申します」
「この度は当家にお越し下さいましてありがとうございます」
ローズは両親と共にとある貴族の家に招かれていた。貴族間の決まりきった挨拶をした後、お互いの自己紹介をし、仕事のことやこれからの事が話される。
「私が姫殿下の護衛任務を解かれるのはまだ数年先になります」
「えぇ、存じ上げておりますよ。姫殿下の護衛に就かれるとは素晴らしい事ではありませんか。もし、そのまま護衛任務を続けられる事になっても私は構いません。ご自身のお力でそのような誉れを任命されるとは騎士の鑑ですね」
そう誉めた男性は王城内部で働く子爵家の次男。ローズの事は以前から城で見かけて知っていたらしい。そして、凛々しい騎士姿も今着ているドレス姿も褒めちぎった。
「では、お話を進めさせて頂いて宜しいですな」
「は、はい。宜しくお願い致します」
バウム家当主はそう答えたのであった。
マーギンがリッカの食堂でマチョウセセリを皆で食べた日。マーギンが帰った後にロドリゲスはダッドと2人だけで飲んでいた。
「マーギンはどえらいものを背負ってやがんだな」
女将のミリーが部屋に戻った後、そう切り出した。
「何か聞いたのか?」
「聞いたというか、問い詰めたってとこだな」
「無理矢理聞きだしたのかっ」
「結果的にはそうだな」
「まさかお前、魔眼を使ってマーギンを見たんじゃねーだろうなっ」
ダッドはロドリゲスの胸ぐらを掴む。
「ちげーよっ。落ち着け」
「ならなぜマーギンが話したってんだ」
「俺は前からあいつの違和感には気付いていた。単に強いってだけじゃねぇ、付与魔法まで使える魔法使いだ。そんなやつはこの時代にいるってのが信じられんかったからな」
「前にもちらっとそんな事を言ってたな」
「あぁ。それと宮廷魔道士の服のボタンだ。立派な紋章入りのボタンの付いた服を庶民が持てるはずがねぇしな。で、その紋章を俺はどこかで見た事があったんだよ」
「何っ?」
「それをどこで見たかどうしても思い出せなかったんだが、この前にふと思い出した」
「どこで見たんだ?」
「古文書だ。昔、北西の辺境伯領の骨董品屋で見付けて、妙に気になって買った本だ」
「お前、そういうの好きだからな。何でも気になるだろうが」
「それはそうかもしれんがな。で、その本に刻まれていた紋章がそうだったてわけだ」
「マーギンにその本を見せたのか」
「そうだ。俺が全く読めなかった本をあいつは読めた」
「お前が全く読めない本か……」
「3冊中、2冊はなんとなく読めた。あまり思いの詰まった本じゃなかったのか、本当になんとなくこういう内容だろうな程度だ。だが、残りの1冊は全く読めなかった。想いが詰まってるのは確かだが、俺を拒むような感じがして読めなかった本だ。マーギンはそれを食い入るように見た」
「それで確信したのか」
「そうだ。なんとなく読めた本は魔王討伐の冒険譚だ。読めなかった本はマーギンの知り合いが書いたものだったらしい」
「内容は聞いたのか?」
「魔物討伐の作戦とかの記録だそうだ。俺の勘だとマーギンの為に残した記録だったんだとピンときた。あいつも悲しそうな顔をしやがってな……」
「本は古文書かもしれんが、マーギンにとっちゃ数年前の出来事だからな」
「あいつは魔王討伐の勇者パーティーの1人だったのか?」
「そうらしい」
「しかし、冒険譚にはそんなやつは出てこなかったんだ。お前は理由を知ってるのか?」
「俺も全部を知ってる訳じゃねぇ。ただ、魔王を倒した後に仲間に石化されて、数年前に目覚めてここに来た。あいつもここに来た当初は何も分からず、何年かはほとんど誰とも関わりを持とうとしなかった。うちに来て、まかないと安酒を飲む毎日だ。シャングリラのタバサを知ってるだろ?」
「あぁ」
「初めにマーギンを助けたのがタバサだ。だからタバサが亡くなった後もシャングリラにずっと義理立てしてやがる。リンダもマーギンの助けになるような事はしてやってるがな」
「そうか」
「だが、あいつはまた動き出した。そして本当に世界が変わっていくんだと俺は思う」
「そうだな。マーギンが生きてきた時代と似たような感じになるんだろうな」
「だが、時代が変わっても変わらねぇものがある」
「変わらないもの?」
「あぁ。俺にとっちゃマーギンはマーギンだ。ここでまかないと安酒を飲んでる気のいいやつだ。魔王が復活しようがしまいがそれが続けばいいなと俺は思っている」
「お前もマーギンが可愛いんだな」
「そうだな。家族みたいな感じだ」
ダッドはそう言ってロドリゲスに酒を注いだのだった。
ー大隊長が王妃に面会を求めた日ー
「スターム、マーギンさんの約束の日は了解しました。で、私に聞きたい事とはなんですの?」
「私が伺うような事ではないのは重々承知の上ではございますが、カタリーナ姫殿下とマーギンの事でございます」
「カタリーナとマーギンさんのこと?」
「はい。王妃様はマーギンをカタリーナ姫殿下のお相手とお考えなのでしょうか」
「ずいぶんと踏み込んだ事を聞くのね」
「申し訳ございません。しかし、これは確かめておかねばかならないのです」
「なぜ?」
「可愛い部下達の行方もございますし、マーギンの今後の事もございます」
「そう。可愛い部下とは、オルターネンとローズの事ね」
「はい」
「カタリーナの相手にマーギンさんがなって下さればいいなと思っているのは事実です」
大隊長はそれを聞かされて眉をひそめる。
「ですけれど、それは叶わぬでしょう。マーギンさんにその気はないでしょ?」
「は、はい」
「普通であれば第3王女とはいえ、チャンスがあるなら取り入ろうとするでしょう。なんとか姫の相手にと」
「マーギンは普通ではありませんので」
「そう。マーギンさんはカタリーナを姫だからではなく、1人の女の子として可愛いがってくれている。カタリーナもそれが分かっているので、安心してマーギンに甘えているのでしょう。残念ながら、女性として見ているわけではないのは分かっております」
「それでは……」
「マーギンさんはカタリーナと違って義務で結婚する必要のない方です。あなたが心配するような事にはなりませんよ。ローズとそうなる予定なのかしら?」
「いえ、ローズには別の縁談の話が進んでおります」
「へぇ、意外でしたわ。マーギンさんが女性として接しているのはローズだけでしょう?」
「はい。恐らくそうではありますが、マーギンはローズとそうなることを断り続けました。オルターネンは何度もマーギンに意思確認をしておりましたが、返事は変わらなかったようです。最終確認があの成人の儀のパーティだったのです」
「マーギンさんはローズと結婚するのを断ったのね」
「はい。マーギンは自身のことより使命を最優先しているのです」
「使命とは魔王討伐かしら?」
大隊長はギョッとする。その事は王にも報告を上げていないのだ。
「ご存知だったのですか」
「マーギンさんは魔王がいた時代の方なのでしょう? なぜその時代の方がここにいるのかは分かりませんけれども、きっと世界を救う為にこの国にこられたのだと私は思っております」
「王妃様……」
「そのような方がこの国に留まっていたのは、ローズの影響が大きいと私は理解しております。他の仲間の方達もそうでしょうけど、ローズとオルターネンがこの国とマーギンさんとの架け橋になったのは間違いありません」
「私もそう思っております」
「でも、もうどうにもならないのね?」
「王妃様との面談後にローズが他のものと結婚するとオルターネンがマーギンに伝えます。それが本当の最終確認です」
「そう。ローズの結婚相手が誰か知りませんけど、上手くいかないようであれば王家が責任を持ってお相手を探します」
「ありがとうございます」
「スターム」
「はい」
「あなたはもうこの件に関して口を出さないようにお願いします。関わる人が増えるとマーギンさんの心の負担が増えますわ」
「かしこまりました」
大隊長は王妃の公務室から退出したあと、王の元へと向かう。
「マーギンの心の負担を増やさぬようにか……」
大隊長ことスターム・ケルニーは自分がマーギンの心の負担を減らしてやる方法はこれしかないなと決断したのであった。
大隊長は王への謁見の順番をすっ飛ばして割り込む。
「お前が順番を守らぬとは何があった?」
「陛下、お願いというか許可を頂きます」
王にNOと言わせない態度を取った大隊長は自分の考えを王に伝えて許可を取った。
そして、その2日後、マーギンが王妃の元へと訪れたのであった。