冷たい風が吹く
騎士隊訓練所に連れてこられたマーギン。
「てめぇ、なんで顔を出さねぇんだよっ」
バネッサにいきなり怒られる。
「寂しかったならそう言えよ」
「誰が寂しいなんて言ったんだよっ」
まずはいつものコミュニケーションから始めるマーギン。
「まぁ、それは置いといて、バネッサにこれをやる」
マーギンは暗器オスクリタをバネッサに渡す。
「クナイならもう持ってんだろ? ってマーギンこれ……」
バネッサは持った瞬間に何か今までの武器と違うのを感じたようだ。
「骨董品屋で見つけてな。なんか良いものらしいぞ。貴重品だからなくすなよ。武器だから使わないとダメだけど、使っても必ず自分のところに戻ってこいと念じとけ」
マーギンは事情を隠してそう説明した。バネッサは無言でオスクリタを見つめている。
「俺達の土産はなに買ってきてくれたんだ?」
次はカザフ達のおねだり。
「お前達の土産というか他のみんなには狩ってきた肉だ」
「やったーっ、肉肉ぅ」
うむ、君たちは単純で宜しい。
「マーギン、私には別のがあるのよね?」
当然カタリーナもここに来ているのでお土産をせびる。ここで浮気した? とか言うなよ。そもそも俺が誰かとなんかあったとしても、誰に対しての浮気だというのだ?
「カタリーナにはこれだ」
「うわっ、アンティークドールだ」
そういう言い方をすると貴重なものに見えるから不思議だ。
「これも同じ骨董品屋で見つけてな。気に入ったか?」
「うんっ。ありがとうマーギン。浮気したのは許してあげる」
やめろ。
コンッ
「あ痛っ。バネッサ、何すんだよっ」
こいつ、早速オスクリタを投げて来やがった。
「うははははっ、こいつ戻って来やがったぜ。おもしれえっ」
思った通り、バネッサはすぐにオスクリタに認められたようだ。
「人に投げるな」
「おっぱい、それ投げても戻ってくんのか?」
カザフは興味津々だ。
「おうっ、こうやって投げても戻ってきやがんぜ」
バネッサがヒュッと投げるとくるくるっと回ってシュタッと手元に戻ってくる。ブーメランかヨーヨーのようだな。
カザフ達がスッゲェスッゲェと褒めるものだから悪ノリするバネッサ。
シュパっと投げて手元に戻った時にポースを取る。
「おまんら、許さんぜよ」
スケバンかお前は。
「ちい兄様、屋上使えるかな?」
「問題ない」
「タジキ、狩ってきた肉を調理するぞ」
「何作るんだ?」
「ペキンマチョウだ」
「なんだよそれ?」
「本当は鴨みたいな鳥でやるんだけどな、今回はマチョウのモモ肉でやってみようと思う」
厨房を借りれるぞと言われたが屋上でやることに。色々と聞かれるのが面倒なのだ。
皮と身の間に空気をいれて膨らませるのは無理なのでそれは諦める。熱湯を掛けて皮を張らせてから調味液と砂糖を溶かした熱湯を掛ける、乾かすのは魔法でやってオーブンへ。超なんちゃってだけど、誰も北京ダックなんて知らないからよしとする。タジキに教えながら作業をして、
「焼けるのを待つ間にまんを作るぞ」
「まんてなんだ?」
「肉まんの肉なしだ」
「肉まんて?」
そういや作ってなかったな。
まんはパンと作り方が似ている。使う粉が違うのと、焼かずに蒸すのが特徴だ。
混ぜて捏ねて寝かせてとかしていくとけっこう時間が掛かる。そして蒸し上がったところでマチョウも焼けたようだ。
「うわーっ、旨そうっ。みんな呼んでくるっ」
調理はカザフ達とやっていて、見ていたのはバネッサだけ。カザフ達は皆を呼びに行ったので2人きりになった。
「あのクナイはなんなんだよ? 投げて戻ってくるなんて変じゃねーかよ」
「あれは特別な武器だ。多分他のやつが使っても戻ってきたりしない。武器が持ち主と認めたやつだけに扱えるものだな。大切に使ってやってくれ」
「マーギンはそれを知ってたのかよ?」
「俺は天才だからな。価値が分からずに売っぱらったやつがいたんだろ」
「へぇ、でもうちが使えると初めから分かってたのか?」
「お前は特別だからな。きっとあのクナイに認められると思ってたよ」
「うちをそんな風に見てたのかよ?」
「あぁ、お前は特別だ。だから無茶して死ぬなよ。離れてちゃ助けにいってやれないからな」
バネッサは今までマーギンに助けられてきた事を理解している。そして心の中ではずっと頼りにしてきたのだ。
「なら、マーギンも一緒に特務隊をやればいいじゃんかよ」
「俺は俺でやらないとダメな事があるからな。それに俺が側にいるとお前は甘えるだろ? そろそろ他のやつを育てる側に回る番だ」
「甘えてなんかねぇっ」
「俺がいると注意散漫になったり、後の事を考えずに魔物に突っ込むだろうが。カザフはそのうち俺がいてもいなくてもお前と同じ事をするようになる。だからお前がちゃんと見てやっててくれ。そうしないとお前の目の前で死ぬことになるぞ」
「お前、もしかしてうちらと離れようとしてんのかよ?」
「そうは思ってないけど、別行動になる事が増えるのは確かだろ? そのうちあちこちで強い魔物が出始める。それぞれが別の仲間を率いて討伐することになっていくんだよ。特務隊に入ったからにはハンター時代みたいに自分達の好きなように動けなくなる。だからお前にカザフを頼んでおくんだよ」
「お前も一緒にいろよ」
バネッサはいつもと違うような感じでマーギンに一緒にいて欲しいと言う。
「そうだな。色々片付いたらお前らとまた遊べるようになるかもしれんな」
「マーギン…… お前は何を抱えてんだよ」
バネッサが寂しそうにそう呟いた時にみんながやってきたので、取り分けしていくことに。マチョウの皮をこそぐように切り、甘味噌を付けて、希望者にはネギの細切りと共に食べてもらう。
「皮もまんもうめぇっ」
みんな大喜びだ。皮を食べた後のモモ肉もしっとりと焼けていて旨い。
一品だけというのも寂しいので、マチョウセセリを塩焼きと唐揚げにしていく。
コンッ、コンッ。
「バネッサ、クナイを投げてくんなっ」
唐揚げを揚げていると痛くない程度に力加減をされたクナイがマーギンの頭を攻撃してくる。
「うちはなんもしてねーぞっ」
「えっ?」
後ろを振り返るとアンティークドールが……
「ひぃぃぃぃっ」
悲鳴を上げるマーギン。そして皆がマーギンの方を見る。
「あれ? そんなところに置いてなかったのに」
カタリーナの一言でさらに怖さが増す。
「カタリーナ、ちゃんと部屋に置いとけよっ」
「えー、せっかくもらったのに連れてきてあげたいじゃない。ほら、マーギンの方ばっかり見てる」
怖いことを言わないで欲しい。人形は魔物とかと違った怖さがあるのだ。
マーギンが人形の視線から外れるように動いてもずーっと視線が合ってるような気がする。
「甘辛にしてくれよ」
とりあえず唐揚げを揚げてしまって皿に山盛りにしているとバネッサが味付けを希望してきたので、甘醤油をフライパンで温めて絡めていく。
じーーーっ。
めっちゃ人形に見られている気がする……
「あーっ、もうっ。お供えしてやるからそんな目で見るなっ」
マーギンは甘辛にした唐揚げを人形にお供えしてやる。
「まずまずだな」
その時にバネッサの声がリンクしてビクッとする。やめろ、人形が喋ったかと思うじゃないか。
その後、人形はカタリーナに回収していかれたのでホッとするマーギン。
「マーギン、もうちょい甘めにしてくれよ」
まずまずだなと言ったバネッサが味のリクエストをしてくる。
「まだ甘くすんのか? いつもと同じにしてあるぞ」
「なんか違ぇんだよ」
と言われたので味見をしてみる。
「ちょい甘みが足らんな」
「だろ?」
おかしいな? 目分量だから見誤ったのかもしれん。
マーギンは少し砂糖を足して味見をしてからもう一度絡め直すのであった。
ペキンマチョウも唐揚げも食べ尽くした後に大隊長とオルターネンがこっちに来た。
「マーギン、この後違うところで飲みなおさんか?」
皆には聞かれたくない話があるのか、場所を移したいと言ってくる。
「タジキ、後は任せていいか?」
「どっか行くの?」
「あぁ、大隊長が娼館に行きたいって言うから案内してくるわ」
皆の前で大声でそう言ったらゴンッとゲンコツを食らったけど、これは約束を破ったバツだからな。
個室のあるワインバーで話をする。
「マーギン、あの転写した本の原本はなんだ?」
大隊長はガインの書いた本が気になっていたのだろう。オルターネンと3人ということは過去絡みだと想定していると言うことだな。
「あれは、俺の剣の師匠だった人の遺品ってやつかな。ロドリゲスが古文書として買ったやつをもらったんだ」
「組合長が持ってただと?」
「ロドリゲスは俺の服のボタンの紋章をどこかで見たのを思い出したと言って、その本を見せてくれたんだよ。で、俺が今の時代の人間じゃないとバレたんだ」
「そうか。ロドリゲスも知ったか」
「まぁ、ロドは誰かに話すようなやつじゃないからいいけどね」
「お前がそう言うなら構わんがな。しかし、巡り合わせとは不思議なものだな。遥か昔の本が現存していて、しかもお前の手に渡るとは」
「強化魔法とかもあるからね。何もしてなかったら現代まで残るとは思えないから」
「それならもっとたくさんの本が現存していてもおかしくないだろ? お前がいた時代のもので、お前の関係者のものが残ってお前の手に渡る。これは偶然か? いや、偶然ではないだろう。その本にはお前に残したメッセージとかはなかったのか?」
確かにガインの作戦記録とマーベリックの日記。この2つが俺の近くで保管されていたのは不思議だ。ここが元アリストリア王国ならその偶然もあり得るかもしれない。しかし、ここは元魔国だ。マーベリックの日記では魔王討伐後も瘴気が濃くて近づけなかったと書いてあった。当時、ここに国ができるなんて分からなかっただろうし。
「不思議だね。俺にも理由はよく分からないわ」
「そうか。お前に分からないものは俺達に分かるわけがないな。しかし、これを書いたお前の師匠は魔王が復活する可能性に気付いていた可能性が高いな。その時にこの作戦記録が役に立つと残してくれたのだろう。お前はそれだけ信頼されてたのだ。きっと魔王が復活してもお前が何とかしてくれるだろうと」
大隊長の言葉がマーギンの心を揺さぶる。
「ガインは本当に俺を信頼してくれてたのかな」
「そうだ。お前が仲間に石化された理由はお前が不要だったとか、邪魔になったとかではないのは確かだと思うぞ。本当に邪魔なら石化させた後に叩き壊すとかするだろうからな。それと強化魔法や石化の魔法がどれぐらいの強度を保てるのか分からんが、お前は指先や髪の毛の一本に至るまで欠損することなく、数千年間存在し続けたのはそういうことだろう」
確かに。ミスティの魔法がいくら優れたものであったとしても、石像を野ざらしにしていたら少しは風化するだろう。アリストリアの王城も残ってたとはいえ、かなり崩れてたからな。
マーギンは自分の中で思った事がまた疑問を呼ぶ。
俺は目覚めた時に普通に地面に倒れていた。草のつるが巻き付いていたりしたわけではない。仮に石化魔法が風化しないものだと仮定して、その後、その場にずっと数千年放置されていたら、木に飲まれたり、草のつるで埋もれたりするものではなかろうか? なぜ俺は普通にあの場に倒れてただけで済んだんだ?
疑問が頭の中をぐるぐる回り、しばしフリーズするマーギン。
黙ってしまったマーギンにオルターネンが声を掛ける。
「マーギン、魔物討伐の事は俺達に任せておけ。そしてお前は自分のなさねばならぬ事をやれ。色々と調べていかねばならぬ事があるのだろ?」
オルターネンがそう言ってくれる。
「ありがとう、ちい兄様」
「それと、マーギンにそう言われるのは嫌ではないが、その呼び方は卒業してもらわねばならん」
「えっ?」
「ローズは他の男と結婚する予定が決まった。姫様の護衛任務が終了してからになるがな」
「そうなんだ」
オルターネンの言葉を聞いて、瞳孔が一気に小さくなり、瞳の光が消えるマーギン。そうなるべきだと思っていたはずの自分の心に冷たい風が吹く。
「そうだ。お前には何度も気持ちを確かめさせてもらったが、返事は同じだった。きっと、お前の最優先事項は使命だというのは変わらないと理解した。だからお前はそれに向かって全力を尽くせ。俺としてもローズをお前の足枷にするわけにはいかんのだ」
「うん、ローズは俺みたいな人間かどうか分からないようなやつより、ちゃんとした人の方がいいよ」
マーギンは精一杯そう答える。
「ローズには俺から伝えたと言っておく。自分から言いたくなかっただろうからな」
「分かったよ、ちい…… オルターネン様」
マーギンが自分の事をちい兄様ではなく、オルターネン様と呼んだ事にオルターネンもまた、とてつもない寂しさを感じるのであった。