時にはフクロウのように
今日は騎士隊本部に報告に来た。
「戻ったか」
渋い顔で迎える大隊長。
「はい、それで報告にと思いまして。もう辺境伯の領軍から報告届いてます?」
「マルクの所へ行こうか」
この様子じゃすでに何らかの報告は入ってるな。
渋い顔の大隊長と共に軍の統括マルク閣下の所へと向かった。
「よう、やっと戻ってきたか。場所を移そうか」
と、個室のある高級レストランへ。
「ワインでいいな?」
「まだ昼前なのに飲むんですか?」
「飲まんとできん話だろうが」
と、いう大隊長。護衛任務でなければ飲むんだな。
高そうなワインをつまみなしで飲みながら報告。
「で、魔王はお前のことだな?」
「魔王?」
「巨大な火の鳥を召喚した魔王が出たとの報告があった」
「あー、それ俺ですね」
「手出し無用と言ってあっただろ? お前の事が他国にバレるのはまずいとは思わなかったのか。お前の力ははっきり言うと兵器なのだ」
「俺とはバレてないと思いますよ。多分人とも思われてませんから」
マーギンはどのような状況だったかを説明した。
「ノウブシルク軍の魔導兵器だと?」
「そこで使われたものは回収してきました。分解して仕組みも確認済です。今の段階では脅威にはなりませんね」
「今の段階ではだと?」
「こういうのはどんどんと改良が加えられて進化していきます。実戦で使えるものまで進化したら戦争の概念が変わります。今回の戦闘はその始まりですね。剣や弓矢では太刀打ちできなくなりますよ」
「まずいな……」
「まぁ、ノウブシルクは戦争どころではなくなるかもしれません。もしくは自国の土地を放棄して他国を乗っ取ろうとする可能性はあります。北西の国ウエサンプトンとかはその先駆けだったのでしょうね」
「どういう意味だ?」
「ついでにノウブシルクの滅ぼされた地域にも行ってきたんですよ」
「何がいた?」
「マンモー。巨大な魔物です。単体なら皆の力を合わせて工夫すれば倒せるかもしれませんが、群れでこられると特務隊や軍でも難しいですね」
「そんなに強いのか?」
「巨体な上にパワーとスピードの両方を兼ね備えてます。群れで突っ込んでこられたら辺境領の砦ぐらいは簡単に崩しますよ。そのまま町で暴れられたら壊滅です」
「こっちまで来そうか?」
「マンモーは気温の低いところに出る魔物です。北の領地に出るかどうかは微妙なところですね。冬の気温が去年、一昨年以上に下がれば可能性はあります」
「マルクどう思う?」
「報告では魔王が出現しなくてもノウブシルク軍を撃退できたとなっていたがな」
「それなら俺は見てるだけでしたよ。魔導兵器が思ったよりしょぼかったので、手出ししなくても良かったかもしれませんが、それは結果論です。それでも手出ししていなかったら魔導砲の弾がもう一発砦に当てられ砦が崩れて、ノウブシルク軍が砦町に雪崩込んで占領されていたと思います」
「砦町が占領されたら王都軍が出ても厳しいな」
「そうですね。今後どうするかの対策は国として考えておいてください」
「スターム、お前はどう思う?」
「辺境領からの報告と、マーギンの報告の内容が違うがマーギンの報告が真実だろう。このまま辺境伯に任せきりだと国が危ないだろうな」
「だな。陛下にこのまま報告するとどうなるだろうな?」
「こじれるに決まっているだろうが。分かってて言わせるな。本件はお前の役目だろう」
「そういうなよ。お前の方が陛下に近しいじゃないか」
2人は王にどう報告するか悩む。このまま報告すると国が危なくなる。が、マーギンからの報告もすると、辺境伯が虚偽の報告をしたと辺境伯と王家がこじれるばかりか魔王がマーギンだとバレる。王はマーギンの報告を信じるだろうからな。
「お前、介入するならもっとやり方はなかったのか?」
「本当はノウブシルク軍を焼き尽くしてやろうかと思ったんですけどね。師匠との約束が俺を思い止まらせました。焼き尽くしていたら本当に魔王になっていたかもしれませんね」
「自軍の軍人の首を刎ねたのはなぜだ?」
「あれは死体の首を刎ねただけです。魔導銃の餌食になった軍人を助けようとしていた者もそうしないと死にそうでしたので」
「しかし、領軍は自軍の軍人を魔王に殺されたと思っているぞ」
「でしょうね。それでノウブシルクとシュベタインが対魔王で協力してくれるといいんですけど、無理なんでしょうね。そうなるようにノウブシルクのどこかの町を滅ぼしてきましょうか? それで協力体制を組めるかもしれませんよ」
「やめろ。お前はそんな事をしなくてもいい」
「じゃ、国で対策をお願いしますね。対人戦は専門外なので」
「分かっている。ただどう報告するかがなぁ」
大隊長と軍統括閣下が頭を悩ませる。
「あっ!」
「いい方法ありました?」
「お前、王妃様に真実を報告してくれ」
「なんでやねんっ」
関西弁でツッコむマーギン。
「王妃様に真実を伝えてくれれば後は何とかして下さるだろう」
「大隊長がすればいいだろ。そんなの俺の役目じゃない」
「いいのか?」
「何が?」
「お前、王妃様の前で姫殿下を抱きしめたよな?」
「あ、あれは事故じゃないか」
「王妃様にそんな言い訳が通用すると思うか?」
「思わない……」
「俺が間に入ってやる。だからお前も間に入れ」
すっかりそんな事を忘れていたマーギンは渋々バーター条件を飲んだのだった。
カザフ達の様子を見て帰るか? と聞かれたが、自分が寂しがってると思われても嫌なので会わずに帰ることに。王妃への面会は3日後を予定すると言われ、そのまま家に戻った。
家で1人のマーギンはガインの作戦記録を読む。
「なんか違和感を感じたけど、気のせいかな?」
何度読み返しても違和感を感じたポイントが分からない。そして、特務隊がどれぐらい大きくなるか分からないが、ガインの記録が役に立つかもしれないと思い、この時代の文字に訳して書き直すことにした。
オルターネンはハンターのようなパーティ編成と、人数の多い編成を組むと言っていた。ガインの記録は大人数の編成に役に立つだろう。この時代よりはるかにたくさんの魔物討伐をしていた時の作戦記録だからな。
得意な武器や能力をこう組み合わせて、魔物の種類がこういう時にはこうと、記録を見ただけで分かるような内容だ。後は失敗をしやすいポイントや、それを踏まえた作戦か。なるほど。やらかすやつが出てくるのも想定していたのか。ガインらしいわ。
ふむふむと感心しながら転記していく。が、やっぱり違和感を感じる。何がおかしいのだろうか?
あっ、これか。マーギンが気付いたのは文字。時々、妙にクセのある字が混ざるのだ。豪快に見えて繊細な面を持ち合わせていたガインがこんな文字を書くだろうか? 貴族は字が綺麗でないとダメなのだとか言ってたしな。
ふと、ガインの文字と自分の文字を見比べる。
「うん、俺が貴族なら恥をかくな」
美子ちゃんに文字の書き方を教えてもらっとけば良かったな、とか思いつつ転記していく。2日かけてその作業を終え、ガインの記録と自分の書いたものと見比べてみる。
「えーっと、誤記や抜けはないよな」
と見直している時にふと気付く。
あれ?
マーギンはクセのある文字だけを抜き出してみた。しかし、順番に抜き出しても意味のない文章になり、ただの文字の羅列だ。いや、待てよ。
「もしかして、この跳ね方は順番を表しているのか?」
跳ね方の種類は12種類。12種類とは時計の数字と同じ。作戦も1時の方向から魔物が出た場合とか書いてある。
文字の書き終わりが跳ねている方向を時計の数字と合わせて並び替えてみた。
【ヒノモトニシンジツネムル】
なんだこれ? 凄く意味深でありそうで、たまたまこう並んだだけなのか分からんな。ニシンと干物が眠るだったとしても意味はないし、ジツが余るから違うな。
ヒノモトってなんだろうか?
うーん、と考えるも何も思い付かない。
それから何度もガインの記録を読み直してみるマーギンなのであった。
そして、今日は王妃との面会で私室に連れて行かれるマーギン。
「お戻りになられましたのね」
「はい」
「何か良いものは見つかったのかしら?」
「何もなかったというのが見つかりました」
マーギンはミスティの魔導金庫の事は伏せた。
「それは残念でしたわね」
「そうですね。でも気になっていたことが1つ減りました」
「他に気になる事はありますの?」
「えぇ、これですね」
マーギンはノウブシルク軍の魔導銃を出した。
「これは?」
「ノウブシルク軍が使った兵器です」
そして大隊長達に話した内容を王妃にもした。
「よろしくない内容ですわね」
「はい。辺境伯からの報告との齟齬があるようで、自分と受け止め方が違うのかもしれません。ゲオルク領軍は他にも作戦を持っていた可能性もありますし」
一応、辺境伯の立場が悪くならないような報告にしておく。
「で、スターム。なぜマーギンさんにこのような報告をさせたのかしら?」
マーギンを見る優しい目とは違い、刺すような視線で大隊長を見る王妃。
「はっ、その…… マーギンが自ら王妃様に報告をしたいと申したものですから……」
おいっ。
「そう。ならば王にはマーギンさんの報告は伏せて、辺境伯の報告の事実確認の為にあなたがゲオルク領に赴くと報告しなさい。ヨーゼフには特務隊の魔物討伐訓練をするために領地へ来たと言えば大義名分ができるでしょう」
「はっ、かしこまりました」
大隊長よ、カタリーナの件はどうした?
しばらく待っても大隊長が話し出さないので、違う話題をするしかなくなる。
「王妃様、前にお約束をしておりました魔木の実酒とシロップをお待ちいたしましたのでお土産にどうぞ」
それぞれ1瓶ずつ出して渡す。
「あら、覚えていてくださったの? 嬉しいですわ」
王妃に笑顔が戻る。
パンパンと手を叩くと、お茶とクッキーのようなものが運ばれてきた。
「これに掛けていいかしら?」
「はいどうぞ」
王妃はクッキーのようなものに少しだけ魔木の実シロップを掛けて食べ、美味しいですわと少女のように微笑んだ。次にシャンパングラスのようなものを持ってこさせたので、魔木の実酒を少し注ぎ、冷えた炭酸水を出して割る。
「とっても良い香り。少し甘めですのね」
「魔木の実には甘みはありませんけど、カタリーナが飲むかと思って甘めに漬けました。あいつにも同じものを渡してあるんですけど、甘めでない方がお好きでしたら、今年は甘さ控えめで作ってお渡ししますよ」
「あら、それは楽しみですわ。カタリーナも幸せものですわね」
あっ、この流れはいかん。と、大隊長を見る。
こいつ…… 目を逸らしやがった。
「マーギンっ、ここにいたーっ」
絶妙なタイミングで入ってくるカタリーナ。そしてソファに座っているマーギンの後から抱きつこうとするのでスッと避ける。
べしゃっ。
「もうっ、なんで避けるのよっ。お帰りのハグぐらいいいじゃない」
「お前、いくら母親の部屋でもいきなり入って来るなよ」
「えーっ、いいじゃない。私室なんだし」
「親しき仲にも礼儀ありだ。姫なんだからマナーぐらいちゃんとしろ」
「いつもちゃんとしてますー」
「してませんー」
お互いにいーっだ、みたいな感じで言い合う。
「仲が宜しいわね」
あっ……
「それよりマーギン、どこに行ってたの?」
「あちこち回って北西の辺境伯領を見てきた。お前には土産を買ってあるぞ」
「私にだけ?」
「いや、別に買ったのはお前とバネッサだけだな」
「ふーん。マーギン浮気した?」
は?
「なんだよそれ?」
「皆に買ってくるなら分かるけど、2人だけに買ってくるなんて怪しいじゃない」
「たまたまだ。土産とか買うつもりじゃなかったからな。買ったものがたまたま2人向けだっただけだ。皆には珍しい魔物肉があるからそれが土産だ。それと浮気ってなんだよ?」
「だって、あのパーティーで抱きしめた人にだけ買ってきたんでしょ?」
リッカも抱きしめたとは言えない。ここは大隊長に間に入ってもらって……
大隊長を見るとフクロウのように首を180度回してマーギンと目を合わないようにしていたのであった。
そして、マーギンは気付いていなかったが、護衛に付いているローズもまたマーギンと目を合わせていないのであった。