鳥人
子供に絵本を読み聞かせるようにロドリゲスに読んでやった後にリッカの食堂に向かった。
「おや、2人で来るなんて珍しいじゃないか」
出迎えてくれたのは女将さん。閉店間際なので客も少ない。
「おっ、ミリー。相変わらず美人だな」
ロドよ、眼帯外した方がいいぞ。
ばいんっ
マーギンはいらぬ事を考えただけで女将さんのボディアタックを食らう。
「吹っ飛ぶだろうが」
マンモーかお前はと言いかけてやめる。まだ寒いのに女将さんから湯気が出ているような気がしたからだ。
「で、マーギン。お帰り。どこに行ってたんだい?」
「北方面に魔物の調査ってところだね。女将さんみたいなのが群れてたわ」
ドスドスドスドスっ
張り手を食らい店から押し出されるマーギン。
「ミリー、店に入れてやれよ。旨い土産を持ってきたらしいぞ」
「あらぁ、いい子ねぇ」
食い物で機嫌の治る女将さん。だからそんな身体に……
ギヌロっ。
口に出さなくても伝わるマーギンの心の中。ミリーも魔眼持ちなのかもしれない。
ロドリゲスはリッカに小遣い代わりの萌えキュンセット2人分を頼んでくれたので、それをつまみながら閉店を待つ。
「マーギン、薪と炭助かったわ。来たなら声ぐらいかけろ。朝に薪小屋を見て驚いたぞ」
閉店後に大将から薪と炭のお礼を言われる。
「バタバタしてて、声を掛けられなかったんだよ。大将も薪がないならないで言えよ」
「まぁ、そうなんだがよ。そんな時ばっかり声掛けんのもアレだろ?」
以前は毎日来ていたリッカの食堂も、店が忙しくなってからはほとんど来なくなっていたから少し疎遠になりつつあったのだ。
「珍しい肉を手に入れたから土産に持って来たんだ。それでいっぱいやろう」
「おっ、何の肉だ?」
「マチョウのセセリ。鶏のセセリより何十倍もデカいから食いごたえあるよ」
と、炭火をセットして焼いていく。
「これは仕入れられるか?」
皆さんお気に召したようだ。
「この辺にも出るならな」
「どんなところにいる魔物だ?」
「砂地や荒地みたいな場所。乾燥した所だね。こいつを目当てに狩りにいくのは面倒だね」
「そうか、そりゃ残念だな。これだけデカいと他の料理にも使えそうなんだがな」
皆と一緒に話をしながら食うマチョウセセリは1人で食うよりずっと旨く感じたのだった。
食べ終わったリッカは先に部屋に戻っていく。
「リッカちゃん機嫌悪そうだな」
さんざん食ったけど、ほとんど話さなかったリッカを不思議に思うロドリゲス。
「それがさぁ、マーギンの女ったらしぶりをまともに見たからなんだよ」
女将さんがリッカの機嫌が悪い理由を説明する。
「俺がいつそんな事をしたんだよ?」
「貴族の家でパーティーをした時に姫さんと踊って、バネッサを抱きしめてたじゃないか」
「あっ、あれは理由があったんだよっ」
「理由なんざどうでもいいさね。あんたが女を抱きしめるのをまともに見たんだからああなるのは当たり前さ」
「お前、そんな事をしたのか?」
「し、してない……」
したマーギンは横を向く。
「はぁ、お前がバネッサとねぇ」
「だからそんなんじゃないって」
「それに姫さんも随分とあんたに馴れ馴れしくしてたじゃないか。まさか本当のお姫様だなんて思いやしなかったのに、王妃様まで連れてくるとか、あんた何をやらかしてんだい?」
俺がやらかしたわけではない。
「お前、どっぷりと国の中枢に食い込んだんだな」
そんな言い方するなよロドリゲス。
「そんなんじゃないよ。カタリーナのお守りをさせられているだけだ」
「あんた、あの美人貴族じゃなくて、姫さん狙いなのかい?」
「だから違うって。ローズともそんなんじゃない」
さんざん誰にするんだい? と、しつこく聞いてくる女将さんにうんざりする。1人の方が楽だったかもしれないと思うマーギンなのであった。
ーその頃の北西の辺境領都ー
「ブリケ、無事かっ」
無事に怪我が治り、砦町から領都へと戻ってきたアージョンは一目散にブリケの職場へ。
「やっと帰って来たのね。 無事かって、それはこっちのセリフよ」
「領都に、領都に鳥人は来なかったか」
「鳥人? なにそれ?」
食堂の大将に咳払いをされ、ブリケの仕事が終わってからいつもの焼き鳥屋に場所を移し、砦で何があったのかを話した。
「悪魔みたいな鳥人が現れて、俺達の仲間の首を刎ねやがったんだ」
「えっ? アージョンは大丈夫だったの?」
「俺は弱いクセにいきがるなと言われて相手にされなかったんだ。クソッ」
アージョンはあの時の事が頭から離れなかった。
「でもよ、その鳥人ってやつが来たからノウブシルク軍が引いたんじゃないのか? 砦を崩したり、弾が飛び出す魔道具とか聞いたことねぇぞ。鳥人が来なきゃそのまま侵攻されててもおかしくなかったんじゃないか?」
「それはたまたまだ。あいつは人を殺そうと現れたんだ。次は領都だと言いやがった」
「そいつはおっかねぇな。もしここに来たら領軍で勝てそうなのか? たった1人でノウブシルク軍を追い返したんだろ?」
「分からない。その場にいたもの全てが恐怖で動けなかったらしい。俺は死にかけてて見てなかったけど」
「死にかけたって? どういうことよっ」
ブリケがアージョンの言葉に怒る。
「俺は敵を撹乱させる役目で……」
「1番危ない役目じゃないのっ。本当に死んでてもおかしくなかったじゃないっ。どうしてそんな役目を引き受けたのよっ。あんたは魔物討伐をするために軍に入ったんでしょっ」
「俺は人を守る為に軍に……」
ブリケの剣幕に押されるアージョン。
「人を守る為に人を殺すのっ? 鳥人が現れなかったらあなたは人を殺してたかもしれないのよっ」
「あいつらが攻めて来るから仕方がないだろ」
ポロポロと泣くブリケ。
「私はアージョンに人殺しなんてして欲しくない……」
「ブリケ……」
「アージョン、国や人を守る為に戦うのが軍人だ。敵が人間なら人間を殺す事もあるだろうし、殺される事もある。人を殺しても平気なやつもいるだろうが、人を守りたいと思っているお前はそれに耐えられるのか?」
「そ、それは……」
「戦いの場にいるとそういう感覚は麻痺する。それに慣れたらお前がお前でなくなるんじゃないのか?」
「大将……」
「どうしろとは言わんが、お前が本当にやりたいことは何かよく考えろ。今回の事でお前の命が助かったことも心が壊れなかったことも幸いだ。殺された仲間は残念だったが、それはお前のせいじゃない」
「でもまだ息があったんだ……」
「軍人ってのは死ぬのも仕事だ。下手すりゃ死ぬことが前提で作戦を決行させられることもある。それが納得できるならいいけどよ」
「大将は納得できなかったのかよ?」
「自分がその役目だったらもうここにはおらん。仲間を見送った時の事は忘れられんよ」
「でも誰かがやらないとダメなこともあるだろ」
「そうだな。だからお前がやりたいならやれ。それがブリケより大事なことならな」
「ブリケより…… でも俺は……」
「もうアージョンはアージョンの好きなようにすればいいのよっ。私はいつ帰ってくるか死んでるのか分かんないような思いをするのはもう嫌なのっ。お金持ちのハンターを見付けるから、アージョンはアージョンのお好きなようにっ」
ブリケはそう叫んで店を出ていってしまった。
守りたい人の為に命を掛けて戦ってもこんな事を言われるアージョンの気持ちは沈んだ。
「追いかけないのか?」
「俺は何をやってるんだろうな?」
「さあな」
「それにお金持ちのハンターってなんだよ」
「お前がいない時に連れて来たハンターのことじゃないか? 随分と羽振りが良かったらしいぞ。ブリケが勝手に店で1番高いワインを出しても怒らなかったらしいからな」
「浮気してたのか?」
「そんなんじゃねーよ。お前から何も連絡がなくて心が張り裂けそうだったんだろ。その男はここでさんざんブリケが愚痴ってたのをずっと聞いてやってたわ。ブリケはそのまま酔いつぶれやがったがな」
「そいつの宿に泊まったのかっ」
「いや。ブリケの事は俺に任せて1人で宿に帰ったよ。王都に住んでるらしいが異国人だなありゃ。それに凄腕の魔法使いだ。ブリケを口説いてたら落ちてかもな」
「なんだとっ」
「心配すんな。そんな気はまるっきりなさそうだからブリケもここに連れて来たんだろ。それに……」
「それに?」
「あいつ、西側の貧しい村の魔物討伐をしていったんじゃねーか?」
「え?」
「俺にこの辺の魔物状況とか、ハンターがいなくてどうしてるんだとか聞いてきたからな」
「それだけでどうしてそう思うんだよ?」
「この冬、西側は魔物被害が出てないそうだ」
「えっ?」
「どこの村もだ。東側はハンターが討伐に出てもチラホラ被害が出てる。ハンターが行かなかった西側の被害が全くないってのもおかしな話だ」
「偶然だろ?」
「アージョン、この世の中に偶然てのはない。あるのは必然だ。何かしら要因があるもんなんだよ。お前が抱えていた仲間の首だけ刎ねて、お前は生かされたのも必然。俺にはそう思えるがね」
「大将、何か意図があって俺は生かされたってのか?」
「お前の話じゃ、その場にいる全員が殺されてもおかしくなかったんだろ? で、そいつは首を刎ねたやつ以外に誰かを殺したのか?」
「い、いや。今回の戦いで死んだのはノウブシルク軍の攻撃を受けたやつだけだ……」
「で、その鳥人は次に領都を狙うと言ったんだよな?」
「そうだっ。領都にはたくさん人がいそうだとな」
「で、今までなんの連絡すらしなかったお前は休みをもらって領都に戻ってきたわけだ」
「ブリケが襲われたらと思って無理矢理戻って来たんだよ」
「でも領都は平和だったわけだ」
「う、うん」
「よかったな。お前もブリケも無事で。冬を無事に乗り切った西側の村も平和だ。その平和が続くといいな」
「大将、それはどういう意味……」
「どうして追いかけてきてくれないのよっ」
店を出ていったブリケが怒りながら戻ってきた。
「ほれ、今日の支払いはツケといてやるから機嫌取りにいけ。面倒臭ぇからここでやるなよ」
「奢りじゃねーのかよ?」
「男ならしっかり稼いで払えっ」
そういってドンっとアージョンの背中を押してブリケの方へいかせた大将。
「はぁ、若いやつらは面倒臭くてたまらんな」
そう呟いて、ブリケの後を付いていくアージョンを見送ったのだった。
「お前、俺がいない時に他の男と来たそうだな」
「そうよ。顔はあれだったけど、いい男だったわぁ。クソ高い請求にも驚きも怒りもしないし、もっと領都にいるって言ってたのにすぐに戻ることになったから、世話になったお礼に今度珍しい魚の干物を送ってくれるって約束してくれたし。はー、お金持ってる人っていいわねぇ。大人の余裕ってのを感じたわ」
「魔法使いなんだってな」
「すっごい高い魔法書の店もやってるんだって。お金はちょっと強い魔物を倒した泡銭だって言ってたけど」
「どうしてすぐに戻ることになったか聞いたか?」
「ううん。もう2日もいたから戻らないとダメだと言って、雪の中帰っていったわよ。あっ、アージョンもハンターになればいいじゃない。人も守れるし、人を殺すこともないし、お金も稼げるじゃない。軍より向いてると思うわよ」
「ハンターか……」
「そう。そしたら、10万近い請求でも、さらっと払えるようになるかもしれないじゃん」
「そんな高い請求だったのか?」
「うん。でも高いワインだと分かってたから大丈夫だって。ちゃんと味も分かってるということは、何度も飲んでるってことでしょ? アージョンもそれぐらい稼げるようになってね」
そうにっこり微笑むブリケの笑顔がアージョンには悪魔の微笑みのように見えたのであった。