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当たり前が当たり前でなくなる日

辺境伯領都で立てられたフラグを回収し終わったマーギンが王都に戻ったのは春の足音が聞こえはじめた3月下旬。


「ただいまーっ」


と言っても誰もいない魔法書店。カザフ達はここに帰ってきていないのか、少し埃が溜まっていた。


マーギンは洗浄魔法を掛けてから風呂へ。ここも使ってなかったようなので綺麗にしてから疲れを癒やした。


「ふぅ、誰もいないと静かなもんだな」


一応冷蔵庫の中を確認するとスッカラカンになっていてスイッチも切られていた。棚の魔木の実酒やシロップとかはそのまま置いてある。


「あいつら、騎士隊宿舎で寝泊まりしてるのかもしれんな」


オーブンのスイッチを入れてマチョウの胸肉ローストの準備を始める。下ごしらえは済んでいるので後はじっくりと焼くだけだ。


オーブンの温度が上がったので胸肉を入れておく。焼き上がるまで暇なので、魔導銃の仕組みを確認することに。


「思ってたよりシンプルな作りだなこれ」


銃身にはライフリングもないし、弾は単発式でその弾も丸い形をしている。領軍の軍人との距離が近かったとはいえ、よく当たったなこれ。


分解していき魔導回路を確認する。随分と下手な隠蔽だ。敵に渡った時の事をなんにも考えてないのか?


「えーっと、回路自体も効率が悪いなこいつ。で、内容は……」


ノウブシルク軍の魔導銃は魔力を爆発させて鉄の弾を発射するという仕組みだった。火縄銃の火薬の代わりに魔力を使うようなものか。火縄銃の仕組みは知らないけど。この効率の悪い回路だと爆発力もしれている。撃った時のパンっという軽い音はこういうことか。魔導砲も弾が飛んでいたから似たような仕組みなのだろう。


これでは魔物討伐の実戦で使うのは無理だな。命中率も威力もてんでダメだ。魔導砲も1発撃つのに時間が掛かるし、あれだけ重いなら移動するにも非効率だ。城壁を守るバリスタみたいな使い方をするぐらいだな。


マーギンは自分が考えた魔導銃の仕組みがこの時代に蘇ったのかと心配していたが、そうではなかった。しかし、この時代の人が自ら銃を生み出したのだとすれば、どんどんと改良されて強力な兵器が生み出されていくだろうと新たな心配事が発生する。命中率も威力も上がった銃が量産されれば戦争の概念がまるっきり変わってしまう。


「俺が兵器を作ろうとした時にミスティが怒ったのはこういう事を懸念したからなんだな」


銃があれば魔法が使えなくても引き金さえ引けば簡単に人を殺せてしまう。もちろん剣や弓矢でも人を殺せるが、銃は人を殺す難易度が格段に低い。


「魔物討伐に使ってくれるだけなら必要なものなんだけどな」


マーギンはそう呟いて分解した魔導銃をアイテムボックスに収納した。



そうこうしているうちに出来上がったマチョウローストが程よく冷えるのを待って、夜のシャングリラへ。


「おや、誰じゃったかの?」


「とうとうボケたかババア」


「ボケてなんかおるかっ」


「ほれ、土産だ。皆に分けてやってくれ」


「なんの肉じゃ?」


「マチョウって魔物だ。鶏肉と牛肉の中間みたいな感じだ。あっさりしているから物足りなかったらバターとか溶かして掛けてやってくれ」


「そうかい。なら私も頂こうかね」


「喉に詰まらせて死ぬなよ」


「お前が死ぬまで死なんから心配するでない」


ババア、永遠に生きるつもりかよ?


マーギンの事情を知っているババアは笑ってそう答えたのであった。


道すがらロッカ達の家の隣に建物を建てているのを見つつ、ハンター組合に顔を出しにいく。ロドリゲスに黒い魔犬とかの話をしておかないとダメなのだ。


「組合長と話がしたいんだけどいるかな?」


「あっ、はい」


受付の人がすぐにロドリゲスを呼びに行き、部屋に案内された。


「久しぶりだな」


「ちょっと遠出してたからな。いくつか報告があるんだよ」


「なら、誰かに聞かれちゃまずいな。外で話を聞くわ」


と、サボる口実にされてまだ早い時間なのに個室のある飲み屋へ。


「何にする?」


「ウィスキーのお湯割りにしようかな」


「おっ、いいねぇ。俺もそれにするか」


おつまみにサラミを頼んで、それをつまみながら報告をする。


「で、どんな魔物だ?」


「まずは黒い魔犬だ。ゲオルク辺境伯領で2匹倒した」


「辺境伯領? そんなところに何をしにいってたんだ?」


「ちょいと調査にね。で、黒い魔犬ってのはな」


と、噛まれるとヤバい事を説明する。


「そんなやつがいるのか」


「もしかしたら黒い魔犬が発生すると群れでも伝染していくのかもしれん。今回同じ群れに2匹いたからな。群れの中で伝染していくとしたら、黒い魔犬だけの群れとかが出るかもしれん。こっちでもし出くわしたら遠距離攻撃だけで対応するように通達しておいてくれ」


「分かった」


「後はノウブシルクの北側の土地にマンモーの群れがいた。ノウブシルクの北側の集落が魔物に占領されたと聞いたから、なんの魔物か見に行ったんだ」


「ノウブシルクに入れたのか?」


「砦は通ってない。山を抜けたんだよ。街にはどこにも寄ってない」


「ヤバい時期にヤバい事をするもんだなおい」


「様子を見てきてくれと頼まれたからな」


「あの大隊長にか?」


「そう。他の用事で大陸中央に行ったついでにな。中央付近にはマチョウとマスピナがいたけど、まぁ、あれぐらいならハンターでも対応可能だな。こっちに出るとは思わないけど」


「で、大陸中央には何があった?」


「遺跡ってやつだ。砂に埋もれてたのは発見したけど、荒らされて何も残ってなかった」


「やっぱりあそこには遺跡があるのか」


「ロドは知ってたのか?」


「俺は調査とかするのが好きだからな。ま、パーティ内でもそういう役割だったてのもあるがよ」


と、答えた後にロドリゲスは少し黙る。


「お前、今日はもう空いてるか?」


「リッカの食堂の営業時間が終わったら行こうと思ってるぐらいかな。別に約束はしてないけど」


「なんか珍しい食い物でもあんのか?」


「大将達とマチョウのセセリで飲もうかと思ってる」


「おっ、いいねぇ。なら、それまで暇だな?」


「まぁね」


「なら、今からうちに来い」


「家に?」


「そうだ。お前に聞きたい事があるんだ」


「ならここで聞けばいいじゃん」


「いや、実物を見て話そう」


と、意味深な事を言われてロドリゲスの家に。


「物は多いけど綺麗にしてんだな。嫁さんは?」


「うるせえっ」


独り身だと分かりきってるのに聞いたら怒られた。


「お前、こいつが何か分かるだろ?」


と、ロドリゲスが持ってきたのはボロボロの本だった。これ……


「お前のマントのボタンの紋章をどこで見たか思い出せなかったんだが、ようやくどこで見たか思い出してな」


本の背表紙に刻まれた紋章を指差すロドリゲス。


「どうして古文書の紋章とお前のボタンの紋章が同じなんだろうな?」


「ふ、不思議だね……」


そう答えるマーギンにロドリゲスは真剣な顔をする。


「お前、過去から来たのか?」


そう言われて黙るマーギン。


「事情を知ってるのはダッドぐらいか」


「そうだね……」


「おかしいとは思ってたんだ。誰も知らないような過去にいたとされる魔物にやたら詳しいしよ。お前、隠す気はあんまりねぇだろ?」


「初めはそうでもなかったんだけどね。そうも言ってられなくなったというのが理由かな」


「魔王復活か」


「そう。俺に課せられた使命は魔王討伐なんだよ。だからその為の力を持っている」


「なるほどな。で、他の魔物はこの時代の人間にやらせようとしてんだな?」


「そうだね。いくら俺が力を持ってるといっても、1人じゃ限界があるからね」


マーギンは目を伏せたまま答えている。


「そんな顔をすんな。俺は口が固い方だ。余計な事は誰にも喋らん。人の秘密にも興味はない」


「その割には色々聞くじゃないか?」


そう言うとロドリゲスは眼帯を外した。


「ロド、その目……」


「綺麗だろ? この目は魔眼とでもいうのか、この目で人を見て、心を読もうとするとそいつの心が見えるんだ」


眼帯に隠されていたロドリゲスの目は金色をしていた。そしてすぐにその目を眼帯で隠す。


「随分と厄介な目だな」


「そうだ。人の心を読めるなんていいもんじゃない。知らない幸せってのがあるもんだと大人になって気付いたわ」


そうか。ロドリゲスは子供の頃に人の心を知らない間に読んでしまっていたんだろうな。


「大将達は知ってるのか?」


「ダッドだけな。ミリーは知らねぇから言うなよ」


「言わないけどさ」


「まぁ、これでお互いの秘密を知った訳だ。安心したか?」


ロドリゲスは自分の秘密をバラす事で信用しろと言いたかったのだろう。


「で、これが読めるなら何が書いてあるか教えてもらいてぇってことだ」


「見せてくれる?」


と、本を見てみる。3冊あるうちの2つはゲオルク領都の骨董品店にあったものと同じ。魔王討伐の冒険譚の本と絵本だ。


「この2冊は同じ内容の本だ。こっちが大人向け、こっちが子供向けだ。内容は勇者の魔王討伐物語だね」


「読まなくても分かるのか?」


「辺境伯領都の骨董品屋で同じ本を見たからな」


「お前もあの店に行ったのか?」


「もしかして、本を買って行ったというのはロドの事か?」


「そうかもしれんな。こっちの本は何が書いてある?」


マーギンは少し震えた手で最後の1冊を手に取って本を開いた。


これはガインの字だ。身体や性格と同じく豪快な字だから一目で分かった。


中身は軍の編成や作戦等が書かれている。これは作戦記録のようだ。マーギンはザーッと目を通していく。勇者パーティの事は何も書かれていない。が、何か違和感がある。



ー過去のマーギンとガインガルフー


「日記なんて付けてるのか?」


「そんな感傷的なものではないぞ。記録を残しておけば自分にも役に立つが、俺の次に軍を任せられる者への参考にもなるのだ」


「へぇ。後のことは後の人が考えれば済むことじゃん」


「組織というものは人格と似たようなものを持つ。人が変わってもその組織に根付いた考え方や思いというものはそうそう変わらんのだ。時代とともに変えねばならんことも出てくるが、変えてはいけないものもある。このような記録がその礎となるのだ」


「なんかよく分かんないや」


「お前も人生経験を積めば分かるようになる。目先だけを見ているとつまらん人生になるぞ」


「俺の人生なんて、魔物討伐だけだろ?」


「それも魔王討伐するまでの話だ。死なん限り人生は長い」


「なんだよそれ? 当たり前じゃんか」


「当たり前が当たり前でなくなる日もくるからな。こうだと思い込むと真実が見えなくなるぞ」


「だから意味が分かんないって」


「お前はこれが日記だと言ったな?」


「日記じゃなくて記録なんだろ?」


「どうだろうな?」


「なんだよそれ?」



あの時の会話はなんだったのだろうか? マーギンはガインの書いた記録を読んでいてふとあの時に話をした内容を思い出した。


あの後、飲み比べだとか言われて潰されたんだったよな。だから記憶が曖昧なのかもしれん。


「何が書いてある?」


本を読んだまま動かなくなったマーギンにロドリゲスか声をかける。


「これは軍のえらいさんが、軍の編成や作戦内容を書き留めた記録だね。歴史的な価値はあるだろうけど、お宝ってほどのものじゃない」


「知り合いか?」


「まぁね。俺の基礎体力と体術とかを叩き込んでくれた人が書いたものだ。軍といっても対魔物の軍だったんだよ」


「今の特務隊みたいなものか」


「規模はもっと大きかったけど、そんな感じかな」


「そうか。ならそいつは形見って訳か。その本はお前に返すわ。持ってけ」


マーギンは形見と言われて、ガインの書いた記録がズシッと重たくなったような気がした。


「その代わり、冒険譚を読み聞かせてくれよ」


とロドリゲスに言われたので、絵本を読んでやるマーギンなのであった。

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― 新着の感想 ―
ジワジワ盛り上がってきてワクワクしてきたぜ
着々と勇者部隊の遺品が集まってるな
展開が早くて とても良き
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