この獣がっ
やむを得ずノウブシルク側に去る事になってしまったマーギンはそのまま気配を消して逃げたノウブシルク軍を追う事に。
「まだここにも軍隊を控えさせていたのか」
補給部隊と合流した軍人達はまだパニック状態が収まらず、補給部隊達は何が起きているのか訳が分からない。しかし、後から戻ってきた指揮官が虚ろな目で撤退、撤退、撤退、撤退…… と、呟きながら補給部隊に目もくれず領地へと進んだ事により、補給部隊含めて辺境領へと帰って行った。
こっそりと後を付けていたマーギンも砦に到着。ノウブシルク側の砦はシュベタイン側の砦と比べてお粗末な感じがする。太い木を使っているものの木製の砦なのだ。恐らくシュベタイン側からは攻め込んだ事がないのだろう。
マーギンはまた山に登り、砦の検問を通らずにノウブシルク側に入り、砦町を素通りして大きな街を目指す。
昼過ぎだというのにもう暗いので、遠慮なくホバー移動だ。
ノウブシルク側はシュベタイン側とは比べものにならないぐらい寒い。というか外気が痛い。顔を隠した布から漏れる息でまつ毛とかが凍っていくのだ。
「こんな地域に住むとか馬鹿じゃないの?」
そんな事を呟きながら、移動を続けて外壁に囲まれた街を発見。恐らくここが辺境伯領都だろう。さて、どうしようか。門でハンターの身分証明を見せても怪しまれるに決まっている。なんせシュベタイン側から人が来るはずもないのだから。夜中に壁を越えて侵入しても、髪の毛の色で異国人だとすぐにバレる。顔立ちもぜんぜん違うしな。
とりあえず森の中に潜み、テントを張って休憩。今日はかなり魔力を使ったからすごく疲れているのだ。自分のステータスを見て魔力残量を確認してもE表示のまま。化物並に魔力が残っているはずなのに、魔力切れのようなだるさを感じる。これは魔力が残り20%切ってるのかもしれん。それでもE表示とかどうなってんだよ? まさか、壊れてんじゃないだろうな?
鑑定魔法の魔力値カウンターが壊れるかどうか分からないけど、もし壊れていたらと思うとゾッとする。まだまだ大丈夫だと思って強大な魔法を使って魔力残量がいきなり0になり、死ぬかもしれないのだ。
「自重しよう」
と呟くと、どの口が? と頭の中にどこからともなく聞こえた声に突っ込まれつつ就寝した。
翌朝、寒くて目が覚めるが暗くて時間が分からない。
「多分、夜明け前だよな?」
しかし、隠れて行動するのには暗いのは好都合と思い、インスタントスープだけを飲んで移動。どこの街にも入るとまずそうなので、魔物に滅ぼされたという集落を探してみる。なんの魔物が出たのか確認をしておきたいのだ。
ホバー移動だと深い雪もへっちゃらなのは良い。足で走ってたら滅ぼされた集落を探すだけで春になるところだったな。
北へ北へとマーギンが移動すると、巨大な魔物の群れを発見した。
「あー、あいつらが出てんのか。そりゃ集落が滅ぼされるわな」
発見した魔物はマンモー。いわゆるマンモスタイプの魔物だ。長くて硬い毛に覆われたマンモー。普通の剣では毛を斬ることさえ難しい。火魔法や雷魔法は効くが、この寒さの中であいつを倒すほどの火力を出せる魔法使いはこの時代にはほとんどいないだろう。
「あいつが群れで南下してきたら、特務隊でも倒すの難しいな。アイリスのファイアバレットを何発当てれば倒せるだろうか?」
マンモーは力も半端なく強い。森の木々も軽々なぎ倒して突進するだけのパワーもスピードも兼ね備えている。普通の人間だと長い鼻で撫でられただけで死ねるだろう。
ー過去のマーギンとミスティー
「ミスティ、なんでこんな寒い所で魔物調査をするんだよっ」
「うるさいっ。マンモーがどれぐらいの気温まで下がったら移動してくるのか知らねばならぬじゃろうが」
「来たら来たで倒しゃいいだろ」
「ならお前が一生マンモーの群れに備えておれっ」
勇者パーティがいない時にマンモーが南下してきたら対応できる者が少ないため、南下予想を可能にするために調査に来ていたのであった。
「うむ、群れている場所の気温は氷点下10度以下じゃな」
ミスティは調査結果を書面に書き込んでいく。
「このまましばらくここに滞在して様子を見るぞ」
「嫌だ、俺は帰りたい。寒すぎて死ぬ。こんな寒い所に人なんか住んでないんだから、マンモーなんかどうでもいいだろうが」
「やかましいっ。こういう調査は後々役に立つのじゃっ」
「魔王を倒しゃこいつらもいなくなるんじゃねーのかよ。いつもお前が一刻も早く魔王を倒す事が人々を救うのじゃっ、とか言ってんじゃんかよっ」
「毎回毎回口答えをするなーーっ」
と、ミスティが大声を出すものだからマンモーがこちらに気付いてしまった。
ドドドドドドっ。
マンモーの群れがこちらに走ってくる。
「あわわわわわっ。逃げるぞミスティ」
「おおーっ、あやつら、あんな巨体じゃというのに、新雪の上でもあんなスピードで走れるのじゃな」
ラッセル車のように雪を吹き飛ばして突進してくるマンモー。それを見たミスティは変なところに感心して興奮している。
「いいから来いっ」
「見よっ、マーギン。デカいやつらが先頭になって道を作り、後から来るやつがその道を走ってくるのじゃ。なるほどなるほど。だから矢印のような形で進むのじゃな」
逃げろと言っているのに書面に書き書きしてマンモーを見ているミスティ。
「ちいっ」
マーギンはミスティを抱き上げ、マンモーの群れから離れようと走る。
「何をするのじゃスケベーっ。尻を触るなぁぁぁっ」
ゴンっ。
「あうっ」
真っ赤になって叫ぶミスティに頭突きを食らわせて黙らせるマーギン。
「ダメだ、追い付かれる」
深い雪は移動速度を極端に落とす。ミスティを抱きかかえているからなおさらだ。
マーギンは逃げるのは無理と判断してフェニックスを出そうとする。が、以前に怒られたのでフェニックスは止め、雷魔法に切り替えた。
《サンダーボルトっ!》
バーーーンっ!
マーギンがそう唱えると、雷がマンモーの群れに落ちた。感電してその場で倒れていくマンモー達。
「ふぅ、電撃は効くみたいだな」
「離せっ、離さぬかっ」
マーギンの腕の中で顔を真っ赤にしながらジタバタと暴れるミスティ。
「お前、温かいな」
ジタバタ暴れるミスティから温もりが伝わってくる。暴れているから発熱しているのだろう。
「いいから離さぬかっ。このスケベっ」
「お前にスケベなんかするやついるか。どこを触っても同じ感触のくせに」
ゴスっ。
いらぬ事を言うマーギンに頭突きを食らわせるミスティ。
ズズズズッ。
離せーーっと暴れるミスティをホールドしたままのマーギンはなんか嫌な音が聞こえたので意識を集中する。
「離せと言っているのが……」
「黙れ。なんか嫌な音が聞こえた」
「なんじゃと?」
ズドドドドドドっ
「げっ、雪崩じゃんかよっ」
「ギャーーーーーっ」
マーギンの雷魔法の衝撃が雪崩を引き起こしたのだ。どこにも逃げ場がなく、雪崩に巻き込まれたマーギンとミスティ。マーギンはミスティを庇うように抱き締め、そのまま雪に埋まった。
雪の中でマーギンが下になり、ミスティが上に覆いかぶさっているような体勢の2人。
「た、助かったのか?」
「みたいだな。咄嗟にお前を盾にしたのが功を奏したようだ」
雪まみれではあるが二人の間には空間が出来ていて息はできる。
「私を盾にしたじゃとーーっ」
「騒ぐな。酸素が減る」
「酸素とはなんじゃ?」
「酸素とは酸素だ。息をするのに必要なんだよっ」
上手く説明できないマーギン。
それよりマーギンはミスティの顔が至近距離にあるのが照れくさい。そして照れ隠しに、
ちゅーーっ。
と、唇を伸ばしてみる。
「なっ、何をするのじゃっ。この獣めっ」
真っ赤になってちゅーを避けようとしたミスティがそのまま雪からズボッと顔を出した。
「なんじゃ、こんなに浅く埋まっておったのか」
マーギンが下から見上げていた景色は雪が明るかったため、浅くしか埋まってないだろうと気付いていたので焦っていなかったのだ。
「お前がさっさと逃げようとしないからこんな目にあったんだろうが。魔物マニアもたいがいにしろよなっ」
「それより、今の貴様の不埒な行為は許してやらんからなっ。この獣めっ」
「はん、一生そんな経験しないだろうから気を遣ってやったんだよ」
「なんじゃとーっ」
「本当のことだろうがっ」
喧嘩しながら2人は雪に埋もれたであろうマンモーを確認しにいく。マンモーを発見したミスティは雪の上でもあのように突進できる仕組みを調べるのに足の裏とかを丹念に見たのだった。
「そういや、ここの地形はあの時の場所と似てんな。下手に攻撃したらまた雪崩を引き起こすかもしれん」
マーギンはそう呟き、マンモーを討伐するのは止めておいた。
もうフラグの回収は終わったので王都に帰ることにしたマーギン。ふと、あの時にミスティに本当にちゅーしてたらどうしただろうな? と、思い、誰もいない空間にちゅーーっと唇を伸ばしてみるのであった。