次は領都だ
出された魔狼シチューを食べると、ミスティ飯みたいな味だった。懐かしいけど旨さは控えめだ。
さて、本当に本軍が攻めて来るなら小競り合いではなさそうだな。様子を見に行こうにも砦は警備が強化されててノウブシルク側へ抜けるのは無理だろう。
ノウブシルクへ抜ける道は砦のある所だけ。山と山の間の渓谷って感じなのだ。そのまま山間の道がノウブシルクの辺境領に続いているのなら、防衛側が圧倒的に有利だ。攻めて来る軍の通り道が分かりきっているからな。この季節に軍隊が山中を抜けて来るとも思えない。抜けて来るとすると隠密みたいな特殊部隊だろうか。
マーギンは夜を待って山を登ってノウブシルク側の様子を見に行く事にした。大隊長から手出しは無用と言われているが、万が一砦が落とされたら、食堂のおばちゃんみたいな人達が戦火に巻き込まれるのだ。
雪の中をズボズボとはまりながらえっちらおっちら登っていく。
こりゃ隠密みたいなやつらでも山中を抜けていくのは無理だな。なら、どんな勝算があって攻めてくるんだ?
そんな事を考えながら進むと人の気配がある。もちろんマーギンは気配を消しているが、山の中にいるやつも少し気配が薄い。
マーギンは進まずにその人達の気配を探り、暗視魔法で確認する。
「領軍の軍人か」
潜んでいるのはこちらの軍人のようだ。恐らく敵陣に奇襲をかけて混乱させる役目なのだろう。砦は自然の大きな岩に石造りの壁。壁の上にはクジラを撃つためのようなバリスタと弓兵と魔法使いが控えてるのか。突破するのはかなり難しそうな砦だ。敵は物量で門を壊して突破するつもりなのだろうか?
マーギンは軍人がいる所よりもっと上まで登っていき、上から見下ろせる位置で様子を伺う事にした。
ー夜明けー
2千名余りのノウブシルク軍の移動する音を雪が吸収する。人数の割に静かな行軍だ。
「多いな」
マーギンが予想していた人数よりずっと多いノウブシルク軍。長方形の隊列の先頭は盾持ち達。そして中央の大きな馬が曳いているソリはなんだろうか? 食糧なら最後尾か部隊から離れた場所で待機してそうなもんだが……
ノウブシルク軍の行軍に気付いた砦は一気に慌ただしくなる。バリスタも射程距離に入ったら即座に撃てるように狙いを定めている。
プォーーッ、プォーーーッ!
ラッパのような音が砦から響き渡る。開戦の合図なのだろう。山に潜んでいた軍人達の気配が動いた。その刹那、ノウブシルク軍の馬が曳いていたソリに人が集まり、幌を外していく。
「あっ、あれは……」
「魔導砲発射用意、馬を退避させよ。魔力充填」
「魔力充填」
「狙いは砦門」
「砦門に照準をセット」
ノウブシルク軍の指揮官が魔導砲を砦に向けて発射準備を始める。
「あいつら、魔導兵器を開発してやがったのかっ」
マーギンはギリッと唇を噛み締める。過去に自分が開発しようと考えていたものだ。ミスティにこんなものを作るなと言われて計画だけで終わったが、マーベリックの日記で魔導兵器が作られ各国に技術供与がされた事を知った。バネッサが拾ったガラクタの中にも魔導銃だと思われるものもあった。しかし、それは遺物だと思っていたのだ。
魔導砲の準備が整う前に山に潜んでいた軍人達がノウブシルク軍に向けて突っ込んでいく。それと同時に砦からバリスタと矢、ファイアボールで攻撃を開始。しかし、射程距離範囲外のようで牽制にはなるだろうが、ノウブシルク側には届かない。
そして、撹乱の為に突っ込んだ領軍に対してノウブシルク軍が持つ魔導銃が火を吹いた。
パンっパンっパンっパンっ
為すすべもなく倒れていく領軍の軍人。
「くそっ、魔導銃で人を撃ちやがって」
「魔導砲発射っ! 撃てーーーーっ!!」
「魔導砲発射っ!」
ドーーーーンッ
ドガッ
バリスタが届かない距離から発射された魔導砲の弾が砦を直撃。壁の上にいたバリスタ隊や弓隊、魔法使い部隊が巻き添えになる。
『手出しは無用』
大隊長からそう言われていたマーギンだが、今の惨状と対魔物用に考えた魔導兵器が戦争に使われた事でブチ切れた。
「それは人を殺す為に考えたものじゃねーーーっ」
マーギンは怒りのあまり、身体から魔力がオーラの様に溢れ出る。そしてそのまま宙に浮いた。
「次撃用意、魔力充填」
「魔力充填」
一度の魔導砲攻撃で崩れなかった砦に向けて次撃の用意を進めるノウブシルク軍。次の攻撃で砦は崩れ、そこへ全軍で突進するつもりなのだ。
「許さんっ」
宙に浮いたマーギンからありったけの威圧が放たれる。
「なっ、なんだっ?」
その威圧に気付いたノウブシルク軍。この恐怖の塊にも似た威圧は空から……
皆が一斉に空を見上げると、真っ黒の羽を広げた人らしき姿。
「な、なんだあれは……」
「出でよ、フェニッーーークスッ! 全てを焼き払えっ」
マーギンは巨大なフェニックスを出した。
「うわーーーっ」
巨大な火の鳥がノウブシルク軍の上空を舞う。
「撃てーーっ! 撃てーーーっ!!」
指揮官が魔導銃部隊に指示を出し、パンパンパンと魔導銃を撃つが何も効果がない。
マーギンは怒りで我を忘れてノウブシルク軍の上に炎の雨を降らそうとしたその時、
『お前はいつか気に入らないという下らない理由で魔法で人を殺す』
ミスティの言葉が脳裏によぎった。
「これも下らない理由だってのかよ……」
脳裏によぎった言葉を振り払おうとしたが、ミスティの悲しそうな顔が浮かぶ。
「クソッ」
マーギンはフェニックスを飛ばすだけで炎の雨を降らせるのを止めた。そして、顔を隠してスーッとノウブシルク軍の指揮官の前に降りた。
「お前は俺の敵か?」
マーギンに声を掛けられても指揮官は恐怖のあまり声が出ない。上空には巨大な火の鳥が旋回し続けているのだ。
ノウブシルクの軍人達は巨大な火の鳥を召喚し、真っ黒な羽をまとったものが人とは思えない。自軍の中央に降り立ったものは恐怖の塊のような存在なのだ。その恐怖の塊が自分達の指揮官に敵かと聞いているのだ。
【死ぬ】
誰もがその感情に支配される。
「うわぁぁぁぁっ」
パンっ
パニックになったものがマーギンに向けて魔導銃を撃った。マーギンはプロテクションでそれを防ぎ、手を前に出して無言でパラライズを強めに掛けた。魔導銃を撃った男はその場で前のめりに倒れる。マーギンはぐるっと皆を見回す。それを見た他の者たちは魔導銃を捨て、その場で手を上げた。
「消えろ」
そう低い声で言うとノウブシルク軍は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
しかし初めに動けなくなった指揮官がその場に残っている。
「戻ったら本国に伝えろ。次はない」
「ヒッ、ヒィィィィィ」
マーギンが耳元でそう囁くと悲鳴を上げながら去っていったのだった。
ノウブシルク軍が去った後に魔導砲と魔導銃をアイテムボックスに回収した。そして、魔導銃に撃たれて倒れた者たちを見る。こいつらはもう死んだのだろう。倒れた身体の周りに鮮血が広がっている。
「ぐっ、うっ……」
しかし、その中で血まみれになった男が1人立ち上がった。そして自らも傷ついているのにも関わらず、隣に倒れていた男を抱きかかえて助けようとしている。
「無駄だ」
「まだ助かるっ、息があるんだ……」
「それだけ血を流しているやつが助かるはずがない。お前も死ぬぞ。見捨てて砦に戻れ」
「嫌だっ。俺は人を助ける為に軍に入ったんだっ」
こいつは助けようとしているやつの息があると言ったが、それもさっきまでのこと。すでに息はない。こいつも死体を抱えて動こうとすれば出血で死に至るだろう。それにこいつ…… マーギンにその男の首にかけられていたネームプレートが見えた。
ズバッ
マーギンは妖剣バンパイアを出して、男が抱えている死体の首を斬り落とした。
「貴様っ」
ドンっ
マーギンはそう叫んだ男の傷口を蹴った。
「グァァァッ」
「弱いクセに人を助けるとかいきがるな」
「き、貴様ぁぁぁ」
尚も向かってこようとする男にマーギンは耳打ちをする。
「次は領都を狙おうか。さぞかしたくさん人がいるだろう。楽しみだ。クックック」
マーギンは倒れているノウブシルクの軍人のパラライズを解除してスマートに飛び去ろうとする。
「あれ?」
なぜ飛べぬ? 何度もえいっと飛ぼうとするが宙に浮けないので仕方がなく、そのままそそくさとホバー移動をしてノウブシルク側に去るのであった。
「な、なんだったんだ今のできごとは……」
領軍の指揮官は目の前で起こった事が現実のものとは思えない。が、現に砦は崩れ、救護班が崩れた砦に巻き込まれたものたちの救助を行っている。それに雪の上で魔導銃に撃たれた者たちの回収も始まっていた。
「アージョン、頑張れっ」
「クソっ、あいつは次に領都を……」
「しゃべるなっ。お前はまだ助かるっ」
その後、パラライズを掛けられたノウブシルクの軍人が捕虜となり、ノウブシルク軍の情報を聞き出すために尋問されることになるのである。