小さな足跡
マーギンはシスコに引き継ぎを終えた翌日に1人で元アリストリア王国があったであろう場所を目指して出発した。
冬の街道は人の通りがほとんどない。去年の冬と比べて幾分寒さはマシだが例年より寒い。
「冷てぇぇぇっ」
フルスピードで走るマーギンの顔に容赦なく冷えた空気がぶつかってくる。身体は走ってるので寒くはないのだが、顔が冷た過ぎるのだ。
中間の町を素通りして、1日で西の領都に到着したマーギン。食堂付きの宿屋をとり、1人で食堂へ。
「うーっ、寒っ。薪をケチってんのか、寒いぞこの食堂」
「お客さん、すいませんね。薪が手に入らないんですよ」
去年の王都も薪がなかったからな。薪の乾燥期間をいれると今年も不足するのは確定事項か。
「薪を寄付するから暖かくしてくれ」
「いいんですか?」
「鼻先とか痛いんだよ」
マーギンはマジックバッグから出すふりをして薪をドサッと出す。
「マジックバッグ持ちですか」
「余計な詮索はすんな。ホットワインとシチューとパンを頼む」
「へっ、へい」
出した薪を暖炉にくべてもらうと他の客から奢りだ飲め、とワインをボトルでもらってしまった。こっそりと魔法で温めて飲もう。
そこそこのワインとシチューを堪能したマーギンは大将の店と孤児院が気になって仕方がない。
「ちっ、戻るか。親父、勘定だ」
「薪をもらったからサービスさせて頂きます」
「いいのか?」
「はい。あれだけあればしばらく持ちますので」
ということで、ここの飲み食いは無料になったが、宿は金だけ払って泊まらずに王都に戻ることに。
王都に戻るのに街道を通らず、森の中に入り、間伐するように木を薪に替えながら進んだ。途中で出くわしたボアは当然倒して肉にしていく。
「眠っ」
明け方まで木を薪にし続け、少し仮眠してから王都に戻ったのは夕方。マーギンはリッカの食堂より先に商業組合へ。
「ミハエルいる?」
「はいっ」
商業組合でも有名なマーギン。すぐにミハエルを呼んで来てくれた。
「あれ? まだ何かありましたか?」
「いや、頼みがあって来たんだ。薪を大量に寄付するから、薪を販売しているやつらに渡してくれないか」
「え?」
「去年薪不足だったろ? 今年も足りないと思うんだよ」
「た、確かにぜんぜん足りなくて高騰してますが」
「あんまり高いと薪を買えない人が困るだろ? 例年の価格で売ると約束したところに渡してくれ」
「いいんですか?」
「いいよ。組合も手間賃ぐらい取るならその分の値段で売ればいい」
組合の裏に案内してもらって、ドサドサと薪を積み上げていく。
「こ、こんなに……」
「じゃ、頼んだぞ」
「かしこまりました。マーギンさんからの寄付と伝えます」
「それならハンナリー商会からの寄付ということにしておいてくれ。新規参入の挨拶代わりだとな」
次は孤児院に行くと、薪小屋がもうすっからかんに近かったので、薪と炭を満タンにして、狩ったボアの肉も渡しておいた。
最後はリッカの食堂に行く。時間がないので声を掛けずに薪小屋と炭小屋を満タンにしておいた。
げっ、もう門が閉まってるじゃないか。孤児院のシスターからのお礼が長かったせいだ。
「あのぅ、外に出してもらえません?」
ダメ元で門番に聞いてみる。
「もう閉門……」
そう言いかけてさっとマーギンに敬礼をする門番。
「小扉を開けますので、こちらからどうぞ」
見たことがない門番だったが、なんか言い含められてんだろうか? すんなり通してくれたので、そそくさと外に出て再出発するのであった。
冷たさで鼻と耳がもげそうになりながら目的地に向けて走るマーギン。西の領都を過ぎると町から村と人里がどんどんと減っていくにしたがい痩せた土地になっていく。
「昔と比べて随分と荒れたんだな……」
アリストリア王国から魔国に続く道は豊かな森だったはずなのに、その面影はまるでない。違う場所なのだろうか? と、だんだんと不安になってくる。
そして開けた何もない場所で野営をすることに。パチパチと薪を燃やして、豚汁を温めてシャケおにぎりを頬張る。
「寒いところで食う豚汁は旨いよなぁ」
と、独り言。カザフ達もいないし、シャケおにぎり旨いわというハンナリーもいない。何か甘いもの作って♪ というカタリーナも、豚汁に唐辛子入れんなよっと文句をいうバネッサもいない。ポケットに手を突っ込んでくるアイリスもだ。
「いると面倒くさいけど、誰もいないとこんな感じだったんだな」
と、返事をしてくれる人もいないのに言葉に出てしまう。そのままゴロンと上向きに寝転がると空に穴があいたのかと思うぐらいの星達が見えた。
「あの三つ星はいつの時代も目立つな。星座を知らない俺でも分かる」
マーギンは小学生の頃に天体観測をさせられたのを思い出す。
「異世界に来ても同じような星があるのは不思議だな」
マーギンは天体観測用の箱の代わりに指で四角形を作り、しばらく三つ星を眺めていた。
それから一週間ほど走り続けたあと、荒れ地が砂混じりになり、砂漠のように変わっていく。
「そろそろアリストリア王国があった場所だと思うけど砂漠になってんのか。そういや河とかもなくなってたからな。こんな砂だらけのところで調査なんてできんのか?」
日に照らされた砂漠を見てマーギンは呟く。石化している間に何があったのかわからないが、元アリストリア王国があったと思われる場所はすっかりと死地になってしまっていた。
「砂地は歩きにくいな。移動するにも時間が掛かり過ぎる」
この砂漠は灼熱ではなく、昼間でもきちんと冬の気温だ。夜には死ぬほど寒くなるだろう。と、思っていると向こうの方で黒い塊が動いている。なんかの群れだろう。
マーギンはその群れに向かって進む。
ズボッ、サラサラサラ〜
「ちっ、こんなスピードじゃ追いつけんな」
黒い塊の群れはそこそこのスピードで動いている。こちらは砂に足を取られて移動スピードが極端に落ちている。
マーギンは何かないかとアイテムボックスを探してみる。
「あっ、こんなのがあったの忘れてたな」
見付けたのはソリだ。
「ミスティに作ってやったんだったなこれ」
ー過去のマーギンとミスティー
「たまには遊ぼうぜ」
「何を言っておるかっ。この下に何かがいるではないか。あれを捕獲するのじゃっ」
丘の上から下を見下ろすミスティ。
「なら、走って下りるより、ソリで滑って下りようぜ」
「ソリとは雪山とかで乗るものじゃろうが?」
「こういう草むらでもできるんだよ。ちょっと木を加工するから待ってろ」
マーギンは木を伐り倒し、板にしてからサーフボードのようなものを作っていく。段ボールみたいなものでも草がありゃ滑って遊べたから大丈夫だろう。
「ほらできたぞ」
「板切れではないか」
「先端を少し削って滑りやすくしてあるだろ?」
「こんなもので滑って下りるのか」
「走るより早いって。それにきっと楽しいぞ」
マーギンはミスティを前に座らせて、後から抱えるように座る。
「変なところを触るなよ」
「お前に変なところなんてないだろうが」
とマーギンは胸の前をストンと手で下ろすゼスチャーをする。
「きっさまっぁ…… あーーーーーーーっ」
ミスティが怒りはじめる前にマーギンは地面を蹴って斜面を滑り下りる。
「ぎゃーーーーっ。止まれっ、止まらぬかぁーーーーーっ」
「いやっほーーっい」
片手でミスティを抱きしめ、反対の手は板に手を置いてバランスを取るマーギン。が、思った以上にスピードが乗る。
「うわっ、うわわわわわわっ」
「止まれっ。止まるのじゃーーーーっ」
「むりーーーーーっ」
そして、そのまま魔物の群れに突っ込み、捕縛どころではなく、いきなり戦闘になったのであった。
「こんのクソ板切れがっ」
魔物を討伐し終わったあと、マーギンが作ったソリをゲシゲシと蹴るミスティなのであった。
「これ、ミスティの足跡が残ってんのか……」
昔の事を思い出したマーギンはソリに残ったミスティの足跡を見付けた。
「小さい足跡だ。あいつ、ホビットかなんかだったのかもしれんな」
子供の足跡のようなものを見て微笑むマーギン。
「さ、こいつに乗って風魔法で移動してみるか」
マーギンはサーフィンのように乗り、風魔法で移動を試みる。
ずずっ
「おっ、いけそうだ」
少しずつ風を強めると砂の上を滑るように動きだした。
「こりゃあいいぞ」
砂煙をあげて進むマーギン。風に包まれていると向かい風も受けないので、鼻や耳がもげそうになることもない。走る時もこうすりゃよかったなと思いながら魔物の群れに向かう。
「おっ、マチョウじゃん。ラッキー」
マチョウとはダチョウのような魔物だ。
マーギンは砂煙をあげて走るマチョウの近くまでいきパラライズをかける。
ドサドサっズザーーーっとコケて転げるマチョウの首を刎ねて群れを狩り尽くした。
普通の人間なら、蹴り殺すか長い首を振って頭で撲殺しにくるマチョウもパラライズの前には無力。
マーギンは解体魔法で肉と羽を取り、羽をマントのように加工していく。
「おーっ、暖ったけぇ」
マチョウの羽は大きく根元がフワフワなので保温効果抜群なのだ。
「布団も作っちゃお」
夜の砂漠は死ぬほど寒くなるだろうと、マーギンは羽を束ねて布団を作っていく。晩飯はマチョウのセセリだ。1羽でも十分過ぎる程の量が取れる。
「旨っ。マチョウのセセリの塩焼き最高だよな。バネッサには甘辛にしてやろ…… って、いないんだったな」
いつものように味付けを変えることもなく、1人で塩焼きにして旨いよなぁと食べたのであった。