友人としか見ていない
宴会終了後、カザフ達と家に帰ろうとするとアイリスが付いて来る。
「泊まるつもりか?」
「はい♪」
「しょうがないやつだなぁ。シスコ、明日空いてるか?」
「空いてるわよ」
「なら仕入れとかの話をどこにしたとか全部伝えたいから朝飯食ったらアイリスを届けがてらそっちに行くわ」
「あら、アイリスはお泊り?」
「みたいだな。パジャマを持ってきてやがる」
「なら私もそちらに伺おうかしら? 泊まりはしないけど」
「まぁ、別にいいけどな」
「ほならうちも行く」
ハンナリーも一応聞いといた方がいいか。
「しょーがねぇなーっ」
いや、バネッサは関係ないよね?
「仕方のないやつらだ」
ロッカも関係ないよね?
「えーっ。ずっるーい。私も行く」
「姫様はダメです。オルターネンとローズは実家に戻りますから、私と一緒に戻りますぞ」
「明日の朝に迎えにきてくれればいいじゃない」
「なりません」
いやーーーっと連れ去られるカタリーナ。大男に連れ去られるのかと間違われるぞ。ホープとサリドンがいるからマシだけど。
結局星の導き達全員が付いてくることになり、マーギン小屋はまたパンパンだ。頼むから寝る時には帰ってくれよ。
マーギン達はぞろぞろと家に戻っていった。
「どうしたローズ? 俺達も帰るぞ」
「ちい兄様なんて嫌いです」
「ちっ、いいからさっさと歩けっ」
オルターネンはローズがなぜ拗ねているのか分かっていた。今も名残惜しそうにマーギン達を見ているのだ。
「父と母が待っているのだ。早くしろ」
オルターネンはローズの手を引っ張って、無理矢理連れて帰るのであった。
マーギンの家でおつまみを作れというバネッサ。
「タジキに頼め。俺はシスコと話があるんだよ」
「えーっ。マーギンが作ってくれよ」
「バネッサ、えーっとか言うなよ。いつもタジキが飯を作ってくれてるんだろうが」
「文句があるならバネッサ姉のだけ作ってやんないからな。ロッカ姉、なんのおつまみがいい?」
「そうだな。少し辛いものがいいかな」
「オッケー!」
「タジキっ、辛くすんなよなっ」
「べーっ。文句があるなら自分で作れよっ」
「てんめぇぇっ」
「暴れるなら外でやれ」
マーギンに怒られたバネッサはブツブツ言いながら引き下がった。まだ飲む人はテーブルに。マーギンはシスコとリビングで打ち合わせをすることに。
マーギンはトナーレ、ライオネル、タイベ、先住民達とした話をシスコに教えていく。
「こんなに声を掛けてたの?」
「全部通り道だからな。明日は職人街に行って、魔道具関係と醤油職人の引き継ぎ、その後に貴族街の商業組合、最後は庶民街の商業組合だ」
「良かったわ、今日先に話を聞いておいて。明日だけでこんなの終わるわけないじゃない」
「マーロック達の事は戻ってきてから話すけど、3分の1〜半分ぐらいの人数はハンターにするからな」
「ハンナリー商会に所属させたまま?」
「そう。ハンターとして稼いだ金は商会には入れさせないで欲しいんだ。あいつらの安い給料の補填って感じだな」
「それは別にいいけど、無駄な給料を払う事になるわね」
「商品運搬の護衛だと思ってくれ。都度ハンターを雇うより安上がりだろ?」
「それはそうかもしれないけれど」
「荷馬車とかは自分で手配してくれ。専用のコンテナは作っておいてやったから」
「専用のコンテナ?」
「あぁ、拡張機能とか付けてある。マジックバッグのコンテナ版ってやつだな。あまり大容量にすると不思議がられて盗まれるかもしれないから、見た目の10倍程度しかはいらんぞ」
「それでも異常よ。危ないじゃない」
「しょうがないだろ? 貨物船でなく、マーロック達が運ぶことを想定してるんだから」
「えっ? ライオネル・タイベ間も海賊達が運ぶの?」
「マーロック達はそのつもりらしいぞ。先住民の港からタイベ領都、そこから船を替えてライオネルまで運ぶらしい。ライオネルにあいつらの拠点も作ってるからな。そこの近くの飯屋に卓上用コンロの魔道具とか販売してくれ」
「もしかして、ライオネルと王都の運搬も海賊達がやってくれるの?」
「そう。だからお前は荷馬車と馬の手配をするんだよ」
仕入れ先や販売先は多くて大変だけれども、流通に関してはちゃんと手を打ってくれているマーギンにシスコは感心する。
「マジックコンテナの代金なんて払えないわよ」
流通革命を起こすであろうマジックコンテナ。こんなものいくら出せば買えるのか見当も付かない。
「自作だから金は不要だ。その代わり、早く利益を上げようとしてあまり高い値段で取引するなよ。特に先住民達からの仕入れは買い叩くな。あいつらは商売とは無縁みたいだったから簡単に騙せる。それを利用しないでくれ」
「買い叩いたりしないわよ」
「本当にやるなよ。あいつらとの関係はまだ生まれたばかりだ。信用を無くせば、王国との関係まで響いてくる」
「脅かさないでよ」
「脅しているわけじゃない。本当の事だ。そのうち他のやつらがきっと揉め事を起こす。その時にハンナリー商会は絶対に信用できると思っててもらわないとダメなんだよ」
「他の人?」
「そう。ハンナリー商会が商売を本格的にやり始めたら、妨害するやつも出てくるだろうし、真似しようとするやつも出てくる。先住民からの仕入れを嗅ぎつけたら、交渉に向かう商人も出てくるだろう。その時に必ず揉める」
「その商人が先住民を騙すってことかしら?」
「多分な。買い叩くか先住民を下に見るような発言をして揉める。タイベの人間が行くならそこまではならんだろうが、王都から出向く商人はやりかねん。ハンナリー商会と同じ価格で販売しようと思ったら仕入れを叩かないとダメだからな」
「だから販売価格を抑えろと言ったのね」
「そう。うちではこの価格ではムリだと思わせたら真似するやつはいなくなる。代わりに妨害とか、嫌がらせみたいな事をされるかもしれんけどな」
「怖いわね」
「だからマーロック達の護衛が必要になるんだよ。あいつらなら戦えるからな」
「マーギンは自分で商売をしていた事があるのかしら?」
「ないぞ。教えてもらったり、そういう場面に出会した事があるだけだ。人のやることは時代が変わっても変わらんよ」
「時代?」
「まぁ、それは置いといて、はじめに他の商売人と競争になるのはライオネルの魚介類だろうな」
「カニのことかしら?」
「そうだ。カニとマグロが王家の社交会で出されて、貴族達の興味を引いたらしい。王妃様がそう仕掛けてくれたんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、カニは1パイ10万Gぐらいだと値段も高く伝えたらしい。ハンナリー商会が取り扱うとも言ってくれたようだ」
「呆れた。王妃様まで使ったの?」
使ったとか言うな。
「カタリーナがハンナリー商会で働く予定にしているからだろ。その援護射撃だよ」
「で、貴族と取引している商人がこぞってカニや魚介類を仕入れに行くわけね」
「そういうこと。俺が仕入れたカニは1パイ5千G。これは向こうの言い値だ。これが10万Gで売れるとなったら、2〜3万Gまで仕入れ値が高騰するかもしれん。割に合わないと思えば無理に買わなくてもいいと思うぞ」
「随分と安く仕入れられたのね」
「多分、北の港の相場なんじゃないか。俺が全部まとめて買ったから安くなったのかもしれんけど。カニは鮮度が命だから、流通と保管に金がかかるんだと思う。お前の知ってる価格は流通と保管代が加算されてんだよ」
「で、うちはマーギンが作ったマジックコンテナがあるからその経費もほとんど不要ってことね」
「そう。貴族には10万Gで売ってもいいけど、庶民相手には高くても2〜3万Gってところかな」
「それでも買う人いないわよきっと」
「大将が欲しいと言えば、1万Gぐらいまで値を下げてやってくれ」
「分かったわ」
こうしてマーギンはシスコにあれやこれやと引き継ぎをした。
「マーギン、なんか作ってくれよ」
話が一段落したのを見計らってバネッサがおねだりにきた。
「タジキがなんか作ったんじゃないのか?」
「ロッカに合わせて辛いのしか作りやがらねーんだよっ」
「はぁ、まったく。つまみとデザートのどっちがいいんだ?」
「甘いの」
「ならデザートだな。ちょっと待っとけ」
マーギンは牛乳にレモン汁を加えてチーズを作る。こしている間にスライスリンゴに砂糖を掛けてオーブンで焼く。小麦粉と牛乳でクレープ生地を焼いて、焼きリンゴとチーズをのせてバレットフラワーの蜜をかけてやった。
「旨えっ」
「成人のお祝いだ」
バネッサはとっくに成人しているが、今日はやり直しだからな。
「へへっ、こんなのが食えるなんて成人様々だぜ」
「私のは?」
「アイリスのも作ってやるから待っとけ」
あとはクレープ生地を焼いていくだけだ。全員食うのは想定している。
そして、全員分を焼き、ロッカのはブランデーを少し掛けて火をつけてやる。
ボワッ
「うおっ」
ロッカよ、驚く時にはキャッとか言った方がいいぞ。おっさんかお前は。
「タジキ、これの作り方も覚えとけよな」
「自分で作れっ」
マーギンの作るものばかり気に入るバネッサにタジキは冷たいのであった。
その頃のバアム家
「オルターネン、あのマーギン君とは何者なんだ」
当主にマーギンの事を聞かれるオルターネン。
「マーギンはマーギンですよ。凄腕の魔法使いです。我々の友人でもあり、師匠でもあります」
「そんなに凄いのか?」
「えぇ、大隊長よりも強いでしょうね」
「信じられん……」
「だからこそ、王妃様も姫殿下のことも安心して任せられておられるのですよ。自分が特務隊の隊長になったのもローズが姫様付きの護衛になったのもマーギンのお陰ですからね」
「そうか。マーギン君はバアム家の恩人なのだな」
「ええ。そうです。やつはそんな事を微塵にも思ってないでしょうけどね」
「ローズ、あなたはマーギンさんとどうなのかしら? パーティーの時にずっと見ていたようだけど」
母親からいきなりそんな事を聞かれて驚くローズ。
「わっ、私はマーギンを友人としてしか見ておりませんっ」
「そう、それなら良かったわ」
「え?」
「あなたに縁談が来ていますのよ。当初の婚約者より良い条件の方が。それに姫様付きの護衛任務が終わるまでお待ち頂けるとも言われています。今度お招きして食事でも一緒に致しましょう」
「は、はい…… ありがとうございます。お母様」
その夜
「ローズはマーギン君とどうにかならんのか? 身分は庶民だが王家からも目をかけられているようなものならローズが嫁ぐには十分な相手ではないか」
「あなた。叶わぬ恋は早く諦めさせた方が宜しいですわよ」
バアム家夫妻は話し合っていた。
「叶わぬ恋?」
「えぇ、ローズはマーギンさんの事が好きなのでしょうね。オルターネンもその事は知っている様子」
「えっ?」
「マーギンさんは他の娘と踊ったでしょ?」
「ダンスとは言えないようなものではあったがな」
「はじめは王妃様、次に姫殿下。そして連れてきた女の子達。ローズは次に自分の番だと思っている時にオルターネンがパーティーを終わらせましたでしょ。それにマーギンさんも賛同した。マーギンさんはローズと踊らなかった理由があるんじゃないかしら」
「理由?」
「えぇ、王妃様はマーギンさんをカタリーナ姫のお相手としてお考えなのでしょうね」
「それでは……」
「ローズとマーギンさんがいい関係になればバアム家は王家を敵に回しますわよ」
「そ、そんな……」
「ですから、ローズには違うお相手が必要なのです。あの縁談の話を受けて下さいな」
「ローズはマーギンくんの事を……」
「貴族にとって恋愛感情は関係ありませんわ」
「それはそうだが……」
「あなたが王妃様からマーギンさんを奪ってくるのならお止めはしませんけれど」
そう言われた当主は黙るしかなかったのである。
バアム家夫妻は微妙に誤解しながらも、ローズにマーギンを諦めさせるように動くのであった。
翌日、そんな事を知らないマーギンはシスコをあちこちに連れ回して、商売関係の引き継ぎを終わらせたのであった。