口を出さない?
「バッキャローっ! もういいっ。好きにしやがれっ」
あーあー、バネッサのやつ、感情が抑えきれなくなったんだな。
皆は特務隊に入って、自分は抜けるとシスコが決定事項のように言った事でバネッサが爆発したのだ。
凄く辛そうな顔をしてパーティー会場から出て行こうとするバネッサ。
しょうがないやつだ。
「領主様、申し訳ないのですが、何かダンス用の曲をかけて頂けませんか」
「あぁ、構いませんよ」
マーギンはバアム家の当主にお願いしてダンスの曲をかけてもらい、出て行こうとするバネッサの元へ。
「止めんなよっ。あんな薄情なやつもう知らねえっ」
「そうか。それよりせっかく綺麗な服を着たお前をダンスに誘いに来たんだけどな」
「う、うちが踊れねぇの知ってるだろうが」
「俺達は庶民だから適当でいいらしいぞ。ほら、手を出せ」
「だからやらねえって言ってんだろうが」
「晴れの日にそんな顔をしていたらお前の父さんが悲しむぞ。せっかくの髪飾りも台無しになるじゃないか。ほら、手を出せ」
「グッ……」
成人の儀のやり直しの発端はバネッサの髪飾りだ。バネッサの亡き父が残した髪飾りと儀式用の服のお金を使ってちゃんと成人の儀をやるのが目的だったのだ。
「恥かかすなよな」
「いや、一緒に恥をかくのもいいだろ?」
「なんだよそれ……」
流れてきた曲はスローなもの。本来はチークを踊るような曲だろう。マーギンはバネッサと手を繋ぎ、反対の手を腰に回して左右に振れるだけのダンスを踊る。
「恥ずかしいからあんまりくっつくなよ」
「離れたら泣き顔を皆に見られるぞ」
バネッサの頬には悔しい涙か悲しい涙なのか分からない涙が流れていた。
「なっ、泣いてなんかねえっ」
「もうそういうのいいから。泣きたきゃ泣け。我慢する方が良くないぞ。俺にケツを見られた時より恥ずかしくないだろうが」
「うっ、うっせぇっ」
そう小さく呟いたバネッサはマーギンの胸にオデコをこてんと当てて、声を殺して泣いた。
「なぁ、バネッサ。今までずっと一緒にいた仲間と離れるのが寂しいのはよく分かる」
「…………」
「でもな、シスコはこの世からいなくなるわけじゃない。会いたきゃいつでも会える」
「そんなの分かってる」
「本当に分かってるか? ある日突然、二度と会えなくなるってこともあるんだぞ」
「誰か死ぬってことかよ」
「それもあるな。他にも突然目の前からいなくなることもある。理由も分からずにな」
「そんな事あるかよ」
「そうなった時に初めて分かる。なぜいなくなったのか理由も分からん。その人が何を考えていたのか、どう思っていたのかも分からん。それって辛くないか?」
「意味が分かんねぇぞ」
「そうだな。意味が分からんよな。でもな、シスコはなぜ自分が抜けるのかちゃんとお前に説明してくれたんだろ? いきなり理由も分からずにいなくなる訳じゃないだろ?」
「そうだけどよ……」
「前にも言ったけど、お前らはいくら強くても女性だ。男より戦いの場から退くのは早い。しかし人生は男より長い事が多い。その後の長い人生を楽しめるようにシスコが居場所を整えてくれるんじゃないのか?」
「それも分かってるんだよっ」
「そうか。ならシスコに自分の気持ちをちゃんと伝えておけ。シスコと離れるのが淋しいってな」
「そんな恥ずかしい事を言えるかよ……」
バネッサはマーギンの胸にオデコを当てたまま、ゆらゆらと揺れながら返事をする。
「お前の親父さんがいなくなった時を思い返してみろ。理由も分からずにいなくなって、後からなぜいなくなったのか知った時にお前はどう思った?」
「…………」
「お前は親父さんと似ているのかもしれんな。お前の親父さんも自分の気持ちを素直に口にできないタイプだったのかもしれん。親父さんもいなくなる前に、お前の事をどう思ってるか伝えてくれたら、当時のバネッサの心も違ったかもな」
「マーギン……」
「気持ちは言葉にしないと伝わらない。だから喧嘩別れじゃなく、お前の気持ちをちゃんとシスコに伝えろ。このままお前がここを去ったら気まずくなって仲間に戻れなくなるぞ」
「今更恥ずかしいじゃねぇかよ。うちら昔っからずっと喧嘩してきたんだぜ」
「でもずっと仲間だったろ。人生の岐路に喧嘩別れをすると元に戻れなくなることもある。しばらく違う道を歩むことになるからな。でも今ちゃんと気持ちを伝えたら、違う道を歩んでも、その先はきっとまた交わる。だから淋しいのも少しの間だけだ。シスコはいなくなるわけじゃない」
「うるせぇよ……」
「本当に嫌いになって別れるなら別にいいんだけどな、そうじゃないならちゃんと素直になれ。俺はお前が辛そうな顔をするのを見たくないんだよ」
「なんだよそれ」
「俺から見たらお前は可愛いんだよ。だから悲しい顔をするな」
「こんな時に口説いてんのかよ」
「そうだな。お前は自分勝手で口が悪くて人の言うことを聞かないし、ワガママだ」
「いいところねぇじゃんかよっ」
「でも俺はお前といると楽しいぞ。多分シスコも同じだろうな」
「えっ……」
「だからお前の気持ちもちゃんと伝えてこい」
「マーギン…… うちの事を好きなのかよ?」
「あぁ、好きだぞ。まぁ、保護者としてだけどな」
ゲシッ
「痛っ」
バネッサにスネを蹴られたマーギン。
「そんなこったろうと思ったぜっ。いい加減離れやがれっ」
「あ、マーギン、蹴られよったで」
皆がマーギンとバネッサが踊るのを見ていたのだ。
「どさくさに紛れてお尻でも触ったんじゃないかしら? マーギンは趣味が悪いから」
相変わらず辛辣なシスコ。
マーギンを蹴飛ばしたバネッサがツカツカとこちらに来た。
「何? まだ文句を言い足りないのかしら?」
「ちょっと、こっちに来やがれっ」
バネッサはシスコの手を引っ張って部屋の外に出ていった。
「ロッカ、止めへんでええんか?」
「マーギンが何も言わずに2人を見送ったのだ。多分大丈夫なのだろう」
「うちマーギンに聞いてくるわ」
マーギンの元に来るハンナリー。
「どうした?」
「あの2人ほっといてええんか?」
「あの服でさすがに取っ組み合いの喧嘩はせんだろ。ハンナも俺と踊るか?」
「え? うちの尻も触りたいんか?」
誰がお前の尻を触りたいと言ったのだ。王妃の前でやめろ。
「触るなら、一緒に寝てる時に触ってるわ」
変な誤解をされないように言い訳をするマーギンはさらにドツボに嵌る。
「うちと踊りたいんやったら踊ったってもええで。ラリパッパ掛けたろか?」
やめろ。
「せっかく音楽を流してくれてるんだからこれに合わせるぞ」
マーギンはハンナリーの手を取ってくるくる回してやる。まったく曲に合ってないが気にしない。
くるくるくるくるっ、とんっ。
回った後にマーギンの胸に背中を預けるハンナリー。
「なぁ、うちは商売人に向いてへんから特務隊に行けて言われたんやろか……」
「そうだな。今は向いてないかもな」
そう答えるとうつ向くハンナリー。
「これからの特務隊って軍人も混じるんだろ?」
「そうらしいわ」
「チャンスだな」
「何がや」
「お前、自分が仲間だと言えるやつは俺達以外にいるか?」
「マーロック達も仲間になっていくんとちゃうかな」
「そうだな。マーロック達ともこれから苦楽を共にする仲間になる。ハンナ、知ってるか?」
「何をや?」
「同じ釜の飯を食った仲間の絆は深くなるんだぞ」
「一緒に飯食ったら仲良うなるってことか?」
「そうだ。特に命を懸けて一緒に戦うようなやつらと一緒に飯を食ってたら強い絆が生まれる。それはお前にとってかけがえのない財産となる。金では手に入らん財産だな」
「なんや、前にマーギンがワー族の首輪をもろた時と似た話やな」
「そうだな。お前にとって特務隊の人達がそうなる可能性が高い。普通に商売だけしてたら手に入らん財産だ」
「マーギンも特務隊に行け言うんか?」
「ハンナの好きにしたらいいぞ。道を選ぶのはお前だ。ただ、お前の魔法は特務隊にとって役に立つのは確かだな。きっとお前は多くの特務隊の守り神になる。勝利の女神ってやつだな」
「うちが女神?」
「そう。お前のデバフ系の魔法は多くの特務隊員の命を救う。これから強くなっていく魔物に新しく特務隊員になるやつらが対応できるようになるまではお前の力が必要なんだろうと思う。皆がちい兄様みたいに強いわけじゃないからな」
「うちの力が必要……」
「それにずっと戦い続けていると心身共にまいってくる。そんな時にお前のラリパッパで皆のストレス解消ができたらいいんじゃないかな。お前にラリパッパを教えたお母さんも喜ぶと思うぞ」
「そ、そやろか」
「もちろん。あれは人を楽しませる魔法だからな。あんな魔法を使えるやつは俺は他に知らん」
「褒めてくれてるん?」
「当たり前だろ? これからどうするかはシスコとよく話して決めろ。お前が特務隊に入って得るかけがえのない財産は商売の役にも立つんじゃないかな」
「なぁ、マーギン」
「まだなんか聞きたいか?」
「ちょっとぎゅってしてくれへん」
「抱きしめろってことか?」
「うん。マーギンの言いたいことは分かってんけど、やっぱりうちは怖いねん。そやから勇気が欲しいねん」
マーギンはそう言われて、ハンナリーを後からぎゅっと抱きしめた。
「なんやろな。マーギンにこうしてもろたら落ち着くわ。テントで寝てる時もマーギンがおってくれたらなんも怖ないねん」
「俺は強いからな」
「そやな。うちが助けて言うたら助けに来てな」
「行けたら行くわ」
「そんな時は嘘でも助けに行ったるて言うてやっ」
「その役目はトルクに託しておくわ。あいつは飛び抜けて強くなるだろうからな。タジキとトルクに守ってもらえ」
「カザフは?」
「あいつは敵に突っ込んでいくだろ? お前が死なないようにサポートしてやってくれ」
「そやな。うちも守ってもらうばっかりやなしに、皆を守れるように頑張ってみるわ」
「そうか。なら皆にそう伝えてこい」
「うん」
ハンナリーはマーギンにおおきにと言って、皆の元に戻っていくのであった。