将来の事には口を出さない
ウッハッも落ち着いた頃に休憩となった。メインの食事も片付けられ、軽いおつまみとデザートに変わっていた。
「あー疲れたな」
「マーギンでも疲れるの? ずっと全速力で走ったりできるじゃない」
そういう疲れたではないのだよカタリーナ。
「なんかデザート取ってきてあげようか?」
カタリーナがそう言うとバアム夫妻がぎょっとする。
「だ、誰かデザートを持ってきなさいっ」
姫殿下にサーブなんてさせられない当主は大慌てだ。
「いや、ちょっと飲もうかな」
「じゃ、ワインでも持って来よ……」
「各種酒もだっ」
いかん、カタリーナが動こうとすると、当主に気を遣わせ過ぎる。
「当主様、お気を遣わせてしまって申し訳ありません」
「いえいえいえいえいえっ、そのような事はっ」
ダメだ。カタリーナのせいで庶民の俺にまでこんな感じになってしまった。話題を逸らそう。
「大隊長、なんか飲みます?」
こういう時に巻き込むべき人は大隊長だ。
「俺は公務中だ」
「あ、そ。カタリーナ、スモークサーモン食べるか?」
「スモークサーモンってなに?」
「鮭をスモークしたものだ。当主様達もお試しになられますか? こちらのおつまみのチーズと合わせて頂いても美味しいですよ。 漬けマグロが大丈夫でしたら、こちらも大丈夫かなと思います」
「鮭とはフライやムニエルにする魚ですな」
「はい。鮭はサーモンともいいまして、生でも食べられるのですよ。寄生虫がいることもあるのですが、凍らせて2日ほど経てば死滅しますからお腹が痛くなることはありません。自分の持ってるものは魔法でそういったものを全て除去していますので、凍らせなくても大丈夫なんですけどね」
「スモークとは燻製のことですな? それでは生ではなくなるのではありませんか?」
「スモークは温燻と冷燻という手法がありましてね、肉類は温燻、サーモンとか生で食べるものは冷えた煙だけで燻した冷燻で作るのですよ」
「ほう、そのような手法があるのですな」
「はい。前菜やこうして少し飲みたい時にちょうど良いのですよ」
マーギンは作ってあったスモークサーモンを出して、箸でチーズに巻いていく。残りはオニオンスライスをのせて香り少なめのオリーブオイルを掛けて完成。
「どうぞ、お試し下さい。当主様は蒸留酒を召し上がるなら炭酸割にしましょうか?」
「あいにく、炭酸は準備ができておりません」
「いや、魔法で出しますから」
当主の蒸留酒のグラスを受け取り、氷と炭酸水を出して入れる。
「そのような魔法があるのですかっ」
「えぇ。フェアリーローズ様にもこの魔法をお買い求め頂きました。それが縁でこのようにお付き合いをさせて頂けるようになったのですよ」
「そうでしたか。では良縁なる炭酸水というわけですな」
「はい」
「ねー、マーギン。私にもなんか出して」
「ん? ハチミツレモンをソーダ割にしてやろうか?」
「うんっ」
「なら、ハチミツレモンの素を出してやるから、スモークサーモンとともにみんなのところに持って行ってくれ。炭酸水はローズかアイリスに頼め」
カタリーナに酒とスモークサーモンを持っていかせようとするマーギン。当主は慌てて使用人を呼び、酒とスモークサーモンを持たせた。
「マーギンさん、私に合うお酒はお持ちかしら?」
王妃も他のものをリクエスト。
「ワインじゃないんですか?」
「少し変わったものを頂きたいの」
「では甘めとスッキリ系のどちらが良いですか?」
「そうね、ではスッキリ系を頂こうかしら」
マーギンはジンジャーシロップを白ワインに入れて炭酸水と混ぜる。
「あまり酔わないように軽めにしておきました。白ワインをジンジャーエールで割ったものです」
「あら、スッキリして美味しいですわ。スモークサーモンとチーズにもよく合いますわね」
そして当主夫人にはシロップを足して甘めにしたものを渡した。エドモンドには蒸留酒をジンジャーエールで割ったもの。
「マーギン君、非常に旨いぞ」
「お気に召して頂いたようで何よりです。タイベのナッツ類をスモークしたのもありますけど、食べます?」
「ナッツもスモークにするのかね?」
「はい。自分は好きなんですよ」
そして、それも絶賛された。
ゴクッ
それを見ていた大隊長は唾を飲んだ。
ゴッゴッゴッ ぷはーっ
蒸留酒のソーダ割をこれ見よがしに飲むマーギン。
「公務中の人は可哀想ですねぇ。こんなに旨い組み合わせもなかなかないのに」
「マーギン殿、スモークサーモンの作り方を教えてくれるかね?」
「作り方そのものはそんなに難しいものじゃないですよ。生で食べられるサーモンを仕入れて、塩掛けて1〜2日寝かせて冷燻するだけです。生食できるサーモンはハンナリー商会が取り扱うと思いますよ」
「なるほど」
「あ、スモークチーズもあるんですよ。北の街で良いチーズを仕入れたのをスモークにしてあるんです。これはワインと食べましょうか」
スモークチーズを切り分けてお皿にのせる。
「マーギン、チーズ食べてるの? 私にもちょうだい」
チーズ大好きカタリーナがスモークサーモンのチーズ巻を食べ終えたのかまたこっちに来た。
「あんまり食べると気持ち悪くなるぞ」
「大丈夫!」
「ほら、これはスモークチーズってやつだ」
つまようじみたいなスティックに挿した一口サイズのスモークチーズを口に入れてやる。
「おいひいっ」
「なら、残りの塊ごと持っていけ。ちい兄様も好きだと思うぞ。タジキに言って切り分けてもらえ」
「うんっ」
使用人がお持ちしますというのを待たずにチーズを持っていったカタリーナ。
「マ、マーギン殿は姫殿下とどのようなご関係でございますか……」
姫殿下にチーズを食べさせたり、自分でものを運ばせたりさせるマーギン。それを見ていた王妃も何も言わない。
「フェアリーローズ様が姫様付きの護衛になられたのはご存知ですよね?」
「は、はい」
「自分はカタリーナのお守りみたいな役割ですよ。あいつは世間知らずですからね。自分達みたいな庶民に混ざって社会勉強をしているのです。この1年で随分とワガママ加減は収まってきましたね」
「姫殿下のお守り……」
「あいつが将来国政に携わるかどうかは知りませんが、農家や職人、それにハンターの魔物狩りとか現場の事をよく見ていますから、国として何か対策を打たねばならないことに気付いて動いてくれるようになればいいですね」
「そんな事をされているのですか」
「一応秘密事項なのですけど、エドモンド様もご存知ですし、フェアリーローズ様もオルターネン様もご存知ですので。他の方には内密に願います」
「も、勿論ですぞ」
そんな話をしていると大隊長がモジモジしているので、ウィスキーのジンジャーエール割とスモークナッツをセットにして前に置いてみる。
「マーギン、自分は公務中だと言っただろうが」
「俺はこのパーティーの後にすぐに出発しますからね。今味わっておかないとしばらくお預けになりますよ」
「ぐぬぬぬぬっ」
セルフマテをする大隊長。これぐらいで酔うこともないだろうに。
結局、大隊長は酒に口を付ける事はなく、スモークナッツも食べなかったのであった。
そしてまたカタリーナがこっちに来る。
「どうした? 向こうのテーブルがつまんないのか?」
「んー、難しい話をしているの。パーティーなんだから恋バナでもすればいいのに」
「難しい話?」
「皆が特務隊に入るかどうかで揉めてるの。シスコは特務隊には入らず商売をするって言ってるから、バネッサと揉めてるの」
「そういう事か。まぁ、自分達の将来の事だ。納得のいくまで意見をぶつけ合えばいいんじゃないか」
「ハンナリーはずっとイヤやって言ってるけどね」
「ハンナも特務隊に誘われたのか?」
「うん」
「なるほどな。あいつのデバフ系の魔法は重宝するだろうからな。アイリスとハンナで後方支援、タジキがその盾をするってところか?」
「うん。シスコがそう言ってた」
「シスコが?」
「自分は皆が引退した後の居場所を作るって言ってたよ」
「そうか。なら俺もハンナが特務隊に入る方がいいと思うな」
「商売人に向いてないから?」
酷いことをさらっと言うカタリーナ。
「あいつは皆が想像するような商売人には向いてないかもしれんが、今までとは違った商売人になれるんじゃないかな」
「他の人と違う商売人?」
「そう。あいつだけだと成立しないが、シスコが要をやってくれるなら成立する。これからの特務隊は軍人も加わるんだろ? なら、顧客獲得の1つだと思って特務隊に参加した方がいいだろうな」
「顧客獲得?」
「そう。シスコだけだと女性向けの商売になる。扱う商品はそれだけじゃないからな。男性顧客獲得も必要なんだよ」
「マーギンからそれを言ってあげれば?」
「決めるのは本人だからな。俺はもう余計な口出しはせんよ。本当にハンナが特務隊に入るなら、トルクがハンナの面倒を見てくれるといいんだがな。あいつならハンナを上手くコントロールしてくれるだろ」
マーギンは特務隊の将来を想像する。恐らくハンナリーはシスコに言いくるめられて特務隊に入るだろう。そして魔物討伐ではデバフ系の魔法で重宝され、その後の宴会とかで盛り上げ役になる。そのうち獣人のメンバーが入ってくるようになった時に橋渡し役になるだろうな。
こんな事を考えながら、大隊長が食べなかったスモークナッツをカタリーナの口にぽいぽいと入れていくのであった。