しゃるういだんす
「おいおい、カタリーナ。俺が踊れないの知ってるだろ?」
「別になんでもいいじゃない」
「あら? マーギンさんはダンスを踊れないのかしら?」
それを聞いた王妃。
「え、ええ。自分はそういうのと無縁でしたので」
王妃はマーギンが踊れないとは思っていなかったのか、わざとそう言ったのかは不明だが……
「では、教えてさしあげますわ」
「えっ?」
同テーブルにいた全員が驚く。王妃が王以外の男性とダンスを踊ることはないのだ。
「王妃様、さすがにそれはまずいのではありませんか」
慌てて大隊長が止めに入る。
「スターム、これはダンスの指導ですわよ。余計な口を挟まないで下さる?」
王妃から凍りつくような視線でそう言われた大隊長。
「も、申し訳ございません」
「お母様ずるいっ。私がマーギンを誘ったのにっ」
「カタリーナ、あなたとちゃんと踊れるように指導してさしあげますから、そう拗ねるんじゃありません。さ、マーギンさん。私の手を取って下さいな」
「は、はい」
誰も王妃に逆らえず、マーギンも王妃の手を取らざるをえなくなった。
「はい、こちらの手はこう繋いで、こちらの手は私の腰に当てて下さいな」
言われるがままに手を繋ぎ腰に手を回すマーギン。
そして音楽に乗せてステップはこうして下さいなと言われた通りにするマーギン。元々運動神経には問題ないのでそれなりに様になっていく王妃とマーギンのダンス。
「やはり筋が宜しいわね。こんなにすぐにできるなんてお上手ですわよ」
「な、なんか恥ずかしいです」
「恥ずかしがって縮こまるより、失敗しても音楽に合わせて堂々と踊った方がみっともなくありませんわ」
「あーっ、マーギンのやつ王妃様と踊ってるっ」
オルターネンとロッカ達の会話にあまり加われていなかったリッカが王妃とマーギンのダンスを見て大声を上げた。ぎゃいぎゃいと言い合いをしていたバネッサとシスコもその声でマーギンの方を見る。
「あいつダンスなんて踊れたのかよ」
「いや、あれは王妃様による指導ダンスだな。しかし、この国で王妃様にダンス指導をしてもらえるやつなんて誰もおらんぞ」
オルターネンは2人のダンスを見て指導だと皆の前で宣言しておいた。余計な誤解をされないようにとの配慮だ。
「マーギンって何者なんだよ、ちい兄」
それを見たノイエクスは信じられない様子だ。
「ん? マーギンはマーギンだな。お前の理解の範疇にはない存在だ」
「自分は王妃様のあのような笑顔は初めて見ましたよ」
サリドンとホープも驚いている。2人も騎士隊とはいえ、王妃の公務の時の姿しか知らないのだ。
「そうだな。俺も公務の時のお姿しか知らん。素の王妃様はあのように少女のように笑われるようなお人なのだろう」
オルターネンは指導と言ったが、王妃はマーギンととても楽しそうに踊っているのだった。
そして、サリドンが立ち上がってローズの前に跪く。
「ローズ様、私と踊っては頂けませんか」
正式なダンスの申し込み作法に則ってローズを誘うサリドン。
ローズがチラッとオルターネンを見ると、好きにしろといった感じの視線を送ったので、ローズもサリドンの申し出を受けた。
「ちい兄、いいのかよ?」
「今日は正式な社交会でもない。問題なかろう。お前も誰か誘ってみろ」
「えっ?」
ノイエクスはオルターネンに誰か誘えと言われて驚く。
「騎士隊にいたらこんな遊びをする機会はないだろ? 誰か踊れるやつはいるか?」
「オルターネン様、庶民にダンスを踊れるようなものはおりませんわよ」
「ん? シスコも踊れないのか?」
「ロッカやバネッサが踊れると思いまして?」
「そうか、なら俺が教えてやろう。ロッカ、行くぞ」
「えっ? 私が踊るんですか?」
「嫌なら断れ」
「べ、別に嫌だとは……」
そう赤くなったロッカの元にオルターネンは跪き、手を出した。
「よ、よろしくお願いします」
ロッカはその手を取り、オルターネンに連れて行かれた。
「しょ、しょうがないなぁ」
そう言ってホープがシスコに手を出した。
「何か魂胆があるのかしら?」
「今日はお前らのパーティだろうが。気を遣ってやったんだよ」
「そう。ならお誘いを受けようかしら」
ホープはシスコを連れていく。残ったのはバネッサ、アイリス、ハンナリー、リッカ。そして男性はノイエクス。バアム家長男は挨拶した後にこのパーティーに参加していない。
「うちはあんなダンス無理やから誘わんとってな」
ハンナリーは自分があぶれるのを察知して先に断りを入れた。
「うっ、うちもダンスなんか無理だからなっ」
バネッサも誘われる前に無理だと断る。
「ならアイリス、行くぞ」
「えっ? 私も無理ですよ」
「いっ、いいから来いっ」
ノイエクスはアイリスを無理矢理引っ張って連れて行った。
「おっぱい、誘われなくて残念だったなー」
それを見たカザフがバネッサをからかう。
「うるせぇっ、うちは自分から断わったんだっ」
「しょ、しょうがねぇから俺が誘ってやろうか」
赤くなったカザフがバネッサを誘う。
「は? うちがなんでカザフと踊らなきゃなんねーんだよっ」
それをあっさり断るバネッサ。
「お、お前のパーティーだから気を遣ってやったんだろうがっ。ハンナとリッカもタジキ達と踊れよ」
「そうだねぇ、僕達はダンス踊れないけど、真似しながらやればいいよねー。ハンナちゃん行こ。リッカちゃんはタジキとね」
トルクがハンナを誘い、タジキはリッカと踊りに行った。
全員が踊りに来たのを見た王妃。
「マーギンさん、ではカタリーナと代わりますわね」
「え、あ、はい」
王妃はカタリーナに手招きをして、くるっと入れ替わるように交替をした。
「お母様とのダンスは楽しかった?」
なんと恐ろしい事を言うのだカタリーナ。
「王妃様には指導してもらったんだよ」
「でもお母様は楽しそうだったわよ。マーギンといる時はいつも楽しそう」
「庶民と話すのが珍しいだけだろ」
「そうかな?」
「そう」
ダンス中にくっちゃべるマーギンとカタリーナ。それを見た王妃。
「脈はなさそうねぇ」
「王妃様、お戯れが過ぎますぞ」
「スターム、あなたは面白みがないわね。少し飲んだ方がよろしいわよ」
「自分は公務中ですので」
「なら、このあとマーギンさん達と飲んだりもしませんわよね?」
「しっ、しません」
大隊長は王妃を王城まで護衛した後に、マーギンと焼肉を食べようと思っていたのがバレていたようだ。
オルターネンを筆頭に貴族にリードされたロッカ達はそれなりにダンスを踊っているように見えるが、カザフ達と踊っているバネッサ達は優雅でもなんでもなく、単にくるくると回っているだけだ。
「なんや、楽しないな」
ハンナリーも回ってるだけで何も楽しくないようだ。
「そうだねぇー。皆で楽しく踊れた方がいいよねー」
「トルクもそう思うんか?」
「うん。ハンナちゃんも僕と踊ってても楽しくないでしょー?」
「そんな事はないねんけど、ずっと同じ相手ってのもなんやなぁ」
「ダンスの相手ってどうやって交替するんだろうねー?」
「そやな。うちも交替のタイミング知らんからちょっと試してみるわ」
「え?」
「ラリパッパっ!」
ハンナリーは皆が入れ替わって順番に踊れるのをイメージしてラリパッパをかけた。ラリパッパは音楽隊にも効果を発揮した。
チャラチャッチャチャラララチャッチャッチャ♪ チャラチャラララーン♪
音楽隊は脳内に流れた初めて聞くメロディーに合わせて演奏をしていく。しかしこの曲はマーギンには聞き覚えがあった。
「これ知らない曲だ」
カタリーナが知らないのも当然だ。
「これなら俺は踊れるぞ。簡単なやつだ」
小学校の時にやったことがあるからな。
マーギンはカタリーナに踊り方を教えて一緒に踊る。
「ほんとだ」
「だろ? で、これは順番に人が入れ替わっていくんだよ」
マーギンはオルターネンとバトンタッチして、オルターネンにも交替していくように言う。そしてマーギンとカタリーナのダンスを見た皆も見様見真似で踊っていく。
「マーギンと私が踊るのか?」
「ロッカはちい兄様とずっと踊っていたかったか?」
「そっ、そんな事はないっ」
真っ赤になって否定するロッカ。
そして次々と入れ替わっていき、ローズとのダンス。
「マーギン、お前は踊れるようになったのだな」
「王妃様に教えてもらったやつだけな。どうして?」
「で、では私を誘ってく……」
そこまで言いかけてパートナーチェンジ。
「マーギンさんと踊るなんて楽しいですねぇ」
「こらアイリス、これはこんなにくっつくダンスじゃない」
「じゃあ、後で踊って下さいね。私も教えてもらったんです」
「まだ続くならな」
そう返事するとアイリスは嬉しそうにした。
そして気が付くと大人達も全員参戦している。これはハンナリーがラリパッパを掛けやがったんだな。まぁ、このダンスなら皆が気軽に楽しめるからいいか。
「シスコムーン、お前とこんな風に踊れる日が来るとは夢のようだ」
シスコの父親、フォートナムはシスコとのダンスの時に涙ぐんだ。
「えぇ、私もお父様と踊る日がくるなんて思わなかったわ」
「お前は本当に母さんとよく似てきた。こうしていると若い頃に母さんと踊ったことが昨日の事のように思える」
シスコの母親はもう亡くなっている。昔は仕事一筋であまり母親を構わなかった父親の事を冷めた目で見ていたが、母親の事を覚えているんだなとシスコは思った。
「お父様」
「なんだ?」
「私、商人になるわ」
「家に戻ってくるのかっ」
「いいえ、仲間と商会を立ち上げましたの。フォートナム商会より大きくしてみせますわ」
「えっ? それはどういう意味……」
そこまで話した時にパートナーチェンジになった。
エドモンドもアイリスとのダンスをとても嬉しそうに踊っていた。
王妃も踊っているので、バアム家の当主が王妃との番になったところで卒倒しかけ、大騒ぎになる。
「これ、男女で踊るのあかんかもしれんなぁ。ほならこれや。ラリパッパ!」
音楽隊の脳内に新しいメロディーが流れ始める。
ジャンッ♪ジャンッ♪ジャンジャジャーン♪
メロディーに合わせてウッハッウッハッと声を出す音楽隊。
「これなんだよ?」
今はバネッサと踊っていたマーギン。
「あ、これ知ってるわ。ステップはこうやるんだ」
「どうやんのか教えろよ」
「地面に四角をイメージしてな、左上が1、右上が2、右下が3、左下が4だ。で、右足が1、次に左足が2、で、右足が3、左足が4と曲に合わせて順番にステップを踏むんだよ」
「こ、こうか?」
と、足が絡まるバネッサ。
「うわわわっ」
コケそうになったバネッサを支えるマーギン。
「慣れない服を着てるから動きにくいんだろ。ほら、手を持っててやるからいつものように軽く動いてみろ」
マーギンがバネッサの手を持ちながら一緒にステップを踏む。
「なんだよ、簡単じゃねーかよっ」
「だろ? 俺でもできるステップだからな。ほら次はウッハッウッハッだ」
それを見ていた皆も同じようにウッハッウッハッとやる。
「これならうちにもできんぜっ」
皆がだんだんノリノリになってウーハッ! とやっているのを見ているシスコ。父親に商会の事を教えなさいとテーブルに連れて行かれていたのでラリパッパが掛かっていない。
「カオスね」
父親に教えなさいっと言われているのを聞かずにつぶやくのだった。
そして、誰がパートナーというわけでもないダンスを王妃が気に入り、次の王家の私的な社交会に取り入れられる事をマーギン達は知らないのであった。