波乱
楽しいパーティーのはずが仕事のような話ばかりのマーギンテーブル。それに対して、特務隊隊長のオルターネン達は楽しそうに騒いでいる。
「ローズさん、その服お似合いですね。とても素敵です」
ローズを褒めるサリドン。
「サ、サリドン。歳下のクセに先輩をからかうなっ」
「歳下と言っても1つしか変わらないじゃないですか」
「うっ、うるさいぞ」
「いや本当に服ってその人のイメージをガラッと変えますよね。マーギンさんもあんな服を着ていたら、本当に宮廷魔道士かと思いますよ。王妃様とも普通に話されてますし、とても庶民とは思えません」
「マーギンはうちの国の宮廷魔道士なんかより遥か高みにいる魔法使いだ。比べるだけ失礼ってもんだな」
オルターネンはマーギンをチラッと見てそう言った。
「オルターネン様、マーギンってそんなに凄いの?」
リッカはマーギンがどれ程強いか知らないのでオルターネンが宮廷魔道士よりずっと凄いと言った意味が信じられない。
「そうだ。いつもひょうひょうとしてはいるが、ここにいる誰よりも強い。というか住んでる世界が違うな。リッカはマーギンの事をあまり知らないのか?」
「うちでタダメシ食べて安酒飲んでる姿しか知らないわよ。アイリスが来るまでは毎日そう。食べて飲んで娼館に行っての毎日よ」
「そうか」
「マーギンは娼館に飯をよく差し入れに行ってんぜ」
とカザフ達が今でも娼館に顔を出しているとご飯を頬張りながら言い合う。
「孤児院にも時々行くよねぇー。今度魔道具を寄付するって言ってたー」
「タイベの孤児院は領管轄からハンナリー商会管轄にしましたよね。蚊取り線香とか作ってもらうって言ってました」
そこへアイリスが補足。
「マーギンってそんな事をしてんの?」
「そうだぞリッカちゃん。あいつは面倒見の良い男だ。リッカちゃんのところもマーギンのおかげで大繁盛しているじゃないか」
「そりゃそうだけどさ。そんなの私の前では全然見せないじゃん」
「私達にも別に見せてないわよ。一緒に旅に行った時に知っただけ。マーギンにとっては普通のことなのかもしれないわね。バネッサのこともよく構うけれど、孤児達と同じような感覚なんじゃない」
シスコはまたバネッサにいらぬことを言う。
「なんだとっ」
と、バネッサが大声をあげるが、マーギンがよく構うのは、カザフ達、バネッサ、アイリス、ハンナリー。皆捨てられた事のあるものばかりなので、誰も否定できない。
「ローズだけかしらね、そのカテゴリーじゃないのは」
「ローズさんだけ特別ってこと?」
「そうね。女性として扱ってるのはローズだけじゃないかしら。ロッカも私にもそんな感じじゃないわよ」
「わ、私のことも女扱いなんてしてくれてないぞっ。ピーマンにミミズを詰めたものをぶつけたりしてくるのだっ」
「なにそれ?」
皆は口々に辛かった特訓の事をリッカに説明をする。
「そんな事をさせられてたの? あいつサイテーねっ」
「いや、あれは必要なことだった。自分の弱さを理解し、次へ進む道標になった。おかげでこの前の北の魔物討伐でもほとんど苦戦することがなかった。マーギンが戦闘訓練だけでなく、心も鍛えてくれたんだよ」
1番自惚れが酷かったホープがそう説明した。
「こんな子供でも乗り越えられた訓練なんだろ? ホープは大袈裟なんだよ」
バアム家3男のノイエクスはカザフ達もその特訓を受けていたのを知り、さほど厳しいものではなかったと思ったようだ。
「ノクス、お前だとこの3人の誰にも勝てんだろうな。コイツラは強いぞ。なんなら特務隊にスカウトしたいぐらいだ」
「俺はダメで、こんなガキの方が使いものになるってのかよ」
「当然だ。コイツラはマーギンが見込んだガキ共だからな。カザフ、お前ら本当に特務隊に入らないか?」
「ちい兄っ!」
「えっ? 俺達は孤児だぜ? 国の仕事なんて無理じゃんかよ」
「出自は関係ない。特務隊の人選は俺に一任されているからな。2年間は他のやつらと一緒に戦い、成人したら小隊長とかどうだ? ハンターの方が稼げるとは思うが国を守る仕事は誉れだぞ」
「マジで言ってんのかよ?」
「あぁ、本気だ。それとロッカ達も同じく特務隊に入らないか? ずっと前線で戦ってくれというわけじゃない。カザフ達と同じく2年後ぐらいには小隊長として自分の隊を率いてくれたらなと思っている」
「私達もか?」
「そうだ。通常の騎士隊は小隊長の下にたくさん部下がいるが、特務隊は4〜6人程度のパーティのような小隊が必要だと考えている。それプラス人数の多い隊とな。この前のような魔狼、ボアとか数の出る魔物は人数の多い部隊が対応、強い魔物や特殊な魔物は選りすぐりの少人数が対応するって感じだな」
「どうして私達なのだ? この前みたいにヘルプで参戦とかでも問題ないのでは?」
「いや、この前のキルディアの戦いを見てそう思った。マーギンの読みではあの状況が常態化するようだ。俺達がマーギンにやってもらったような訓練や実戦経験をより多くの人数にやらねばならない。正直我々だけでは時間が足りないのだ」
「うちらに人の指導ができると思ってんのかよ?」
「自分の隊のやつらに戦っている背中を見せてやって欲しい。隊長や小隊長になるものは憧れにならないとダメだと思うからな」
「憧れ?」
「そうだ。自分もこうなりたいと思わせてくれるような人間にな」
「うちに憧れるようなやついるかよ?」
「俺はバネッサの戦いを見ていつも惚れ惚れしているぞ」
そうオルターネンに言われたバネッサは真っ赤になった。
「私も憧れられる存在になれるのだろうか?」
「ロッカも問題ない。お前の戦い方は人を惹きつける。ハンターにはすでに憧れの目で見ているやつもいるだろう」
「う、うむ……」
ロッカも面と向かって褒められて照れた。
「私は無理ね。とても特務隊なんて務まらないわ。私よりハンナの方がいいんじゃないかしら?」
「えっ? うちなんか無理に決まってるやんっ。めっちゃ弱いねんでっ」
「あなたは皆のサポート役。アイリスと2人で魔物を弱体化させたりするのに役立つわ。タジキはその盾役ってところかしらね。マーギンもそんな役割をさせているでしょ?」
「そうだな。アイリスとハンナリーが強敵相手の時にサポートをしてくれると助かる」
「う、うちは商売人になりたいねん……」
「商売人は歳を取ってからでもできるわ。あなたが戻ってくるまでは私が代わりに商会長の代行をしておいてあげるわよ」
「シスコは星の導きから抜けるつもりなのか?」
と、ロッカがシスコの言葉に反応する。
「前に話した時にパーティの解散は5年後くらいかと思ってたけど、ロッカ達が特務隊に入るなら話は別よ。それにロッカ達が戦うのを止める年頃になった時の働き口も必要でしょ? 私がその準備をしておくわ。ハンナリー商会はマーギンにたくさんの借りができてしまっているから、早めに商売を軌道に乗せないとダメだしね」
「私達が特務隊に入ると、星の導きは解散ということか?」
「ハンターじゃなくなるからそうなるわね」
「シスコ、てめぇっ。冷てぇじゃねぇかよっ」
バネッサも参戦。
「そう? 今が私達の人生の転機なんじゃないかしら? 孤児みたいだったあなたが国の重要機関の一員になれるなんて大出世じゃない。カザフ達も孤児からそうなれるチャンスなのよ。オルターネン様が本気で皆を誘っているなら受けた方がいいわ」
「今まで喧嘩しながらも、仲間として一緒にやって来たじゃねーかよっ。うちらが話を受けるなら、お前も受けろよっ」
「バネッサ、私の代わりは他にもいるわ。弓使いなんて軍人にはゴロゴロいるでしょうしね。でも、バネッサやロッカみたいに戦える人はほとんどいない。ゴロゴロいるならオルターネン様があなた達を誘う必要もないわ。そうですよねオルターネン様?」
「まぁ、そうだな」
「そして、アイリスとハンナリーも特殊。マーギンが教えた特殊な魔法を使える人もいない」
「お前もプロテクションとか特殊な魔法が使えるだろうがっ」
「私の魔力量が多ければそれも役立つでしょうけど、ほんの僅かな時間のプロテクションが数回使えるだけなのよ。パーティだけで動いている時ならともかく、これからは各部隊で魔物と戦っていくなら使い物にならないわ」
「シスコてめぇ……」
「バネッサ、いい? 私はね、あなた達と対等でいたいの。このまま一緒に特務隊に入ったら私は足手まといになるわ。あなたは私にそんな惨めな思いをさせたいのかしら?」
「うちはお前を足手まといだなんて思ったことはねえっ」
「いずれそう思うようになるわよ。そうなるより、私はあなた達の帰ってこれる場所を作っておくほうが向いている。特務隊を引退した時に下働きとして雇ってあげるから心配しないでいいわよ」
「誰がお前の下働きなんかするかっ」
こうして、オルターネンのお誘いは星の導き達に波乱を巻き起こしたのであった。
同席していたカタリーナはその場を離れ、マーギンのテーブルに行く。
「どうした?」
マーギンはバネッサがなんか怒ってるな? と気付いていたが、いつものことだと知らぬ顔をしていたところにカタリーナがやってきたのだ。
「あのねマーギン」
と、少し間をおいたカタリーナ。
「踊ろっ。バアム、音楽流して」
「はっ、はい。かしこまりした姫殿下」
カタリーナに命令されたバアム家当主は慌てて、演奏隊にダンスの曲を演奏するように命じたのであった。