あ、どうも
カザフ達が戻ってきたのは元日を過ぎた1月3日だった。マーギンはシャングリラに餅と雑煮を差し入れた以外はのんびりと1人で過ごしたのだが、戻ってくるなり「餅つきやろうぜっ」というカザフ達には俺は寂しかったんだぞとは言えないのだった。
「お前ら、戻ってきたばかりなのに元気だな」
「それがよぉ、ほとんど見てるだけだったんだぜ。オルターネン隊長が他のやつらにやらせるからって。あっ、でもキルディアは俺達でやっつけたぜ」
「おっ、やっぱり出たか」
「うん、魔狼の群れがいなくなった後に出やがったんだ。瞬殺だったけどな」
北の領地でも縄張り争いしてやがったのかもしれんな。しかし、瞬殺か。一度経験してるとはいえ、大したものだ。
そして餅つきの準備が終わる頃にロッカ達もやってきた。
「お疲れ」
「新年早々お邪魔して良かったのか? アイリスがきっと餅つきをしてるから行こうと言ってきかなくてな」
「来ると思ってたくさん用意してあるぞ。トルク、ロッカ達に餅つきのやり方を教えてやってくれ。俺は見ておく」
俺が抜けるとこのメンバーで返し手ができるやつはおらんな。杵3つでやらせるか。
初めにつくのはカザフ、タジキ、バネッサ。
「はいっ、はいっ、はいっ」
3人で呼吸を合わせて餅をついていくが、徐々にカザフとバネッサが競争するかのようにスピードをあげていく。
「はい、はい、はい、はいはいはいはい」
それに付いていけなくなるタジキが離脱。
「はいはいはいはいはいはいはいぃぃぃ」
こいつらがいたら餅つき機いらずだな。
「もういいぞ。餅が飛び散ってなくなるじゃないか」
マーギンが2人を止めさせた。
「マーギン、餅つきってしんでぇぞっ」
「お前らがそんなつき方をするからだ」
バネッサが地面にへたりこんではぁはぁと息を切らしている。
「バネッサ、風呂入ってこい。こんなに寒いのに汗まみれになってんじゃねぇか。カザフお前もだ」
「えっ、おっぱいと一緒に入んのかよっ」
真っ赤になるカザフ。
「お前らがそれでいいならな」
「一緒に入るわけねぇだろバッキャローっ」
バネッサはカザフをゲシッと蹴って先に風呂に行ったのだった。
アイリスとシスコとハンナリーで餅を丸めてもらい、次の餅つきはトルクとタジキとロッカ。トルクが返し手をやるようだ。
「ロッカ姉、お願いだから僕の手をつかないでね」
「分かっている」
トルクは予めロッカに絶対につかないでねと念を押している。トルク、知ってるか? それはフラグというものだぞ。
「ヨッ」
ドゴンっ
ロッカはちゃんとハッのタイミングで杵を振り下ろしたが杵が砕けたような音がした。
「ロッカ、杭打ち機かお前は。交替だ」
あーあー、杵が割れて木片が餅に混ざってんじゃねーかよ。もったないけどこいつは廃棄だな。
「ちゃっ、ちゃんとタイミングを合わしたではないかっ」
「杵が砕けただろうが。力加減というものを学習しろ」
「ぐぬぬぬぬぬっ」
こいつまたこっそりと筋トレしてやがるんじゃなかろうな。
ロッカが木片だらけにした餅を廃棄して、次の米が蒸し上がるのを待って、結局マーギンが返し手をやり、トルクとタジキにつかせたのだった。
その後、風呂から出たバネッサとカザフが餅の早食い競争みたいな事を始める。喉に詰まって死ぬぞと言っておいたのにだ。本当にヤバいからやめとけ。
その後、成人の儀のやり直しをするまでロッカ達もハンター業を休みにしたようで、カタリーナがしばらく城で社交会に出させられてこっちにこない代わりに、ロッカ達が毎日来るのであった。
そして成人の儀のやり直しの日が来た。ロッカは両親、シスコは父親、アイリスも父親が参加した。リッカは大将と女将さんも参加だ。
「マーギン殿、このような場を設けてくれた事を感謝する」
女性陣が着替えにいった時に、アイリスの父親エドモンドから両手を握られてお礼を言われる。
「あの時はまだ誤解があってきちんとアイリスの成人の儀の姿をお見せできませんでしたからね。アイリスのお誘いを受けて頂けて良かったですよ」
「先ほどバウム家の当主にも挨拶にいかせてもらった。我が屋敷で開催させてもらっても良かったのだが……」
「奥様のこともありますからね。アイリスも気を遣うのでバウム家のご厚意に甘えさせて頂いた方が良かったですよ」
「君にまで気を遣わせてしまってすまない。王都に戻ってから家内と大喧嘩になりましてな」
「奥様も複雑でしょうけど、もう済んだ事ですので、家庭円満を優先された方がよろしいかもしれませんね」
エドモンドとそんな話をした後に、オルターネンがやって来た。
「マーギン、うちの家族を紹介させてくれ。父のゼートレア、母ダリル、兄のフォルガー、弟のノイエクスだ」
「初めまして。魔法書店の店主をしておりますマーギンと申します。日頃より、オルターネン様とフェアリーローズ様に大変お世話になっております。今回も見知らぬ我々の為このような場をご用意下さり誠にありがとうございます」
「君がマーギン君かね。こちらこそ息子と娘が世話になっているようでお礼を申し上げる。それにボルティア子爵とも懇意にされているとか驚きましたぞ」
「エドモンド領主との縁はたまたまです。仲間がタイベと王都で商売をさせて頂くことになりましたので、お力添えをして下さる事になったのですよ」
「もしやその仲間とはハンナリー商会では?」
「えぇ、ええ。よくご存知ですね。オルターネン様からお聞きに?」
「いや、先日の王都の社交会で話題になりましてな。魔カイコの繁殖がタイベで行われるとか。それを取り扱うのがハンナリー商会だと伺いました。カニやマグロなどの取り扱いもすべてその商会が行うと」
「は?」
「カニクリームコロッケなるものが婦人方に評判で、男性陣にはマグロの漬け丼が評判だったのです。それら全てを扱うのが聞いた事のない商会だと。どの貴族もその商会を知らぬので騒ぎになったのです。ボルティア子爵も御婦人方に詰め寄られておられましたな」
「まだ取り組みが始まったばかりなので、答えようがなく困りましたな。いや、あっはっは」
そしてエドモンドから当日の様子を説明される。王妃がセールスをしてくれたのか。カタリーナにはこっちでやるからと言っておいたのに。これはどうやってお返しするか難しいじゃないか。
そして、バウム家の使用人がバタバタと慌ててこちらにやって来て、ゼートレアに耳打ちをする。
「なんだとっ。マーギン殿、失礼するっ。ダリル、お前も来るのだっ」
ものすごい勢いでその場を去ったバウム家当主夫妻。何があったのだろうか?
その後、バウム家長男のフォルガーとたわいもない話をする。オルターネンやローズと違って、あまり背は高くなく、インテリって感じの人だ。
「マーギン、こいつも特務隊志望らしいぞ」
オルターネンは弟のノイエクスの肩をドンっと叩いてマーギンの前に出してくる。
「ノイエクスだ。お前の噂は色々と聞いている。まさかローズ姉を狙ってるのか?」
「ノイエクス様、オルターネン様と同じくローズ様にも懇意にはさせて頂いておりますが私は庶民ですので、そのような不届きな考えは持っておりませんよ。それより特務隊志望というのは本当ですか?」
「特務隊の隊長様には断られたけどな。俺だと力不足なんだよと。それもお前の差し金か?」
「誰を特務隊に入隊させるかの判断を私がするわけではありませんよ。オルターネン様がそうおっしゃられたのであればそうなのでしょうね」
「俺は同期で2番目に早く正騎士になったんだぞ」
「ちなみに1番は?」
マーギンがそう聞くと、ノイエクスはぎりっと唇を噛んで、
「ホープだ」
「あー、ホープと同期なのですか。あいつも多少は使えるようになってきましたね。カザフ、この前の北の討伐でホープは活躍してたか?」
「他の騎士の指揮をしてたぞ」
「そうか。あいつは教え方が上手いからな。慣れれば指揮を取るのも上手そうだ」
「ホープがそこそこだと?」
「そうですね。今のところまだそこそこです。もっと経験を積まないとダメですね」
「あいつは同期の中で群を抜いて強かったんだぞっ。それがそこそこだとか適当な事を言うなっ」
「ノイエクス様、あの程度の実力では魔物討伐をおこなうにはまだまだなのですよ。騎士隊の中では強かったのかもしれませんがね」
「なんだと貴様ぁぁぁ」
「マーギン、これが俺の弟だ。お前の弟にする気はあるか?」
オルターネンがマーギンに突っかかろうとしたノイエクスを抑えてそんな事を言い出す。
「ちい兄っ、何を言い出すんだよっ。誰がこんなやつの弟になるってんだっ」
「ちい兄様、それは無理だと言ったじゃないですか」
「そうか、それがお前の最後の返事なんだな?」
「え、えぇ」
「どうして他人のお前がちい兄様なんて呼ぶんだっ。失礼にも程があるぞっ」
「これは失礼致しました、オルターネン様」
「かまわん、ノイエクスの言うことは気にするな。それより後でローズのドレス姿を見て後悔するなよ」
そう言ってオルターネンはノイエクスの首根っこを掴んでズルズルと連れていった。
「マーギン殿、今のオルターネン殿の言葉は姫殿下の護衛に就かれているローズ殿の事ですな?」
隣で今の様子を見ていたエドモンド。
「え、えぇ」
「もしや婚姻の話でも出ておられましたか」
「いえ、オルターネン様は私を揶揄われたのですよ。オルターネン様と私は身分が違いますが、友人のように接して下さっていますのでね」
「では、ローズ殿との婚姻はありえないと?」
「はい」
「それはアイリスを選んだとの理解で宜しいか?」
「違います」
エドモンドの斜め上の理解に即答するマーギン。
その後すぐにバンッと扉が開いて、
「マーギンっ!」
大声で叫ぶ声の主はカタリーナ。
「やっぱり来たのか。全然顔を出さないから来ないのかと思ってた……」
ザッと跪く使用人達。エドモンドも膝を付いて頭を下げる。
あー、こいつは姫殿下だから本当はこうしないとダメなのか。大将達はどうして良いかオロオロしてるし、シスコの親父さんは慌てて跪いてんな。
「こんにちはマーギンさん」
そして、その後ろから王妃がやって来た。
王妃が来ちゃったテヘペロしてんじゃねーっ。
「あ、どうも」
マーギンは心の中で突っ込んだあと、そう答えたのだった。