お金より仕事
ハンナリーがシスコに連れて行かれた後にカニ鍋にデンプン麺を投入。
「これは何かしらぁ?」
「じゃがいもや豆からとったデンプンを麺にしたものだ」
シシリーにマロ…… はるさめ的なものを説明する。
「あら、美味しい。じゃがいもからできてるなら安くで作れそうねぇ。この麺は売るのかしら?」
「誰かが作って売るならそうすれば? 言っとくけど俺は売る程作らんからな」
「魔導具で大量に作れるかしら?」
「んー、手作業も多くなるだろうけど、工業用魔導具で作ればできるとは思う。でも単価も安いだろうから儲からんと思うぞ」
「孤児院とかで作らせたらどうかしらぁ? お金を寄付するより仕事を与えた方がいいわよぉ」
シシリーは俺が孤児院に寄付してるのを知ってたのか。
「なるほどね」
「あの子達が卒院する時には何か手に職をつけておかないと搾取される人生が待ってるわ。皆がハンナリーみたいに恵まれた出会いがある訳じゃないのよぉ」
シシリーの体験談からくる話か。そうだよな、お金を寄付するより、道具を寄付して仕事を依頼した方がいいかもしれん。タイベの孤児院も蚊取り線香だけでなく、米粉で麺を作るなら同じ魔導具でいけそうだな。これは今年中に作るか。
そしてシメの雑炊を食べてカニパーティーは終わり。結局、カニはそのまま、焼き、鍋だけで終わってしまった。茶碗蒸しやカニ焼売は正月料理にとっておこう。クリームコロッケやグラタンの元は家の飯にするか。
そして解散となった時にマーロックがシシリーに話しかけた。
「シシリー、俺は明日タイベに帰る」
「そう……」
「お前を必ず迎えにくる。そして、シシリーからエルラに戻してやる」
「私はそんな事を望んでないわ。これからもシシリーとして生きていきたいの」
シシリーは下を向いたままマーロックにそう返事をしたのだった。
ー夜のシャングリラー
「うっ、うっ、うっ」
自分の部屋で声を殺して泣くシシリー。
「はぁ、まったくうっとおしいったらありゃしない」
ババァは部屋から聞こえてくるシシリーの泣き声にうんざりしていた。
別に身請けじゃなくて、もう客を受けることもしてないんだから、結婚してもこのままここで働きゃいいものを、なに意地を張ってんだい。と、呟くのであった。
ーマーギンの家ー
「親分、夜のシャングリラってすげえ店なんだな」
「見に行ったのか?」
「あぁ。孤児院から連れて行かれた女がどこに行ったかは知っていた。金持ちの愛人や娼館だということをな」
「そうだったな」
「俺はエルラが無事でいてくれただけでも良かった。たとえ遊女だったとしても海賊をやるよりずっとまっとうに生きてきたってことだ。それにあんなすげぇ店のNo.2だったってことは血の滲むような努力をしてきたに違いねぇ」
「あそこの店主は厳しいからな。あそこの遊女はみんな接客員としても有能なんだ。引退したあとはシシリーが手伝ってくれている魔導具の店や近隣の店で働いてくれてるぞ」
「そうなのか?」
「あぁ。身請けされずに引退する人は自分の力で生きていくことになる。だけど元遊女だと働ける場所が少ないんだとよ。それもおかしな話だろ? だから働きたい人は働いてもらうんだよ。職人達はきれいどころが働いてくれるのを喜んでるぞ。だから店の名前も昼のシャングリラにしたんだよ。そのうち職人と結婚する元遊女が増えるんじゃないか」
「本当か?」
「あぁ。シシリーもみんなのマドンナだ。嫁持ちのおっさん連中も舞い上がってるな。マーロックも本気でシシリーを娶ろうと思うなら頑張って働かないとな」
「お、おう……」
カザフ達が寝たあとにマーロックとこんな話をしたのだった。
翌日
「マーロック、ライオネルまで送るわ」
「子供じゃねぇんだから、来た道ぐらいは帰れるぞ」
「いや、俺もライオネルのハンター組合に用事があるんだ」
「マーギン、ライオネルに行くのか?」
「お前らは討伐に行くんだろ?」
「ロッカ姉がしばらく休みにするってよ。マーギンがいない間ずっと働いてたからな」
「そうか。なら一緒に行くか」
「うんっ」
ライオネルまでは馬車に乗ることにする。海が荒れるかどうかが分からないので、早めにライオネルに着いた方がいいのだ。
家を出ると、目を腫らしたシシリーが来ていた。
「見送りに来てくれたのか?」
「えぇ、もう会うこともないかもしれないから見送りぐらいはね」
「いや、またすぐに会える。俺は必ず稼いで迎えにくる」
「そう。でもあの時みたいに無理はしないでね。今度は死んじゃうわよ」
「俺は死なん。だから待っててくれ」
「マロ兄……」
シシリーの最後の呟きで脳内が汚染されたマーギンは馬車が出るから行くぞ、と急かして出発した。シシリーはその馬車を真っ赤なスカーフを振って見送ったのであった。それ、似てるけど違う船だからな。
夜にライオネルに到着したマーギン達は地引網漁師の頭の所に行くと、お留守番をしていた船員達はすっかり馴染んでいた。
「おう、マーギン。こいつらよく働きやがんな。網をいれるのもやらせてみたがよ、操船もバッチリだ。タイベで働き口がないならここで雇ってやるぞ」
頭は上機嫌だ。
「ダメだよ。やることたくさんあるんだから」
晩飯は売れない魚がどっちゃりと入った鍋だった。アクアパッツァみたいなもんだな。シメはリゾットにしちゃお。
皆が食べ終わったのを見計らって米を投入。煮えたところにチーズとオリーブオイルとにんにくを入れて味をみる。
「うん、上出来だ。白ワインで食べよ」
「なんか旨そうだな?」
「頭達はちゃんと食っただろ?」
俺達が来るとは分かってなかったので、材料は3人分だったのだ。カザフ達も食ったのでマーギンとマーロックはあまり食べていない。
「珍しいものは別腹だ。一口よこせ」
と、頭が言うので渡すと、カザフ達も食べると言い出して足りなくなってしまったので、手持ちの魚やエビやイカで作りなおしたのだった。うむ、さっきのより旨い。
翌日、タイベに向けてマーロック達は帰っていった。
マーギンはカザフ達を連れてハンター組合へ。
「あっ!」
この受付嬢はいつも俺を見るとこの反応だから印象は宜しくない。そしてすぐさま奥に走って行きトッテムを呼んでくる。
「マーギンさん、ようこそライオネルハンター組合へ」
トッテムの症状も緩和されたのだろうか?普通の対応だ。
「海の魔物は何か出てるか?」
「あのクラーケン騒ぎからは大丈夫です。季節的に漁をする船も減ってますので」
「そうか。前にも言ったけど、ライオネルで討伐が出来ないような魔物が出始めたらタイベの組合と協力してくれ」
「タイベのハンターならなんとかなるのでしょうか? 手紙は送っておいたんですが、タイベでも難しいとの返事がありました」
「いま対策中だ。来年の今頃にはなんとかなるかもしれん。それにタイベではソードフィッシュも増えているみたいだから、水温が上がるとこっちでも出るぞ。それと、フィアースやマルカも出ると思う。 北の街の港側にも組合はあるか?」
「はい」
「じゃ、そこにも手紙を出しておけ。タイベはフィアースが、北はマルカが出る可能性がある。ライオネルは両方だな」
トッテムはフィアースもマルカも知らなかったので説明をしておいた。
「あ、ありがとうございました。情報料としていかほどお支払いすれば……」
「別にこれの情報料は不要だ。王都の組合にも魔物情報は無料で提供したからな」
お礼を言うトッテムに手を振って組合を出ようとすると、
「マーギン、この討伐受けようぜ」
「なんの討伐だ?」
「超大型オーキャンが出たんだって」
「どこだ?」
「分かんない」
というので依頼書をみてもこの地名がどこか分からん。
「トッテム、これはどこだ?」
「受けて下さるんですか?」
「倒せないから残ってんだろ?」
「はい。そこは前に魔狼を討伐してもらった廃村の近くです。そこから北の森に入った所で超大型オーキャンを見たとのことで。まだ被害は出てませんが」
「これは多分キルディアだ。オーキャンとは別の魔物だな。こいつの特性を知らずに討伐に向かうと全滅するぞ」
ついでにキルディアの説明もしておいた。
「マーギン、今から行こうぜ」
「こいつは魔狼と違って誘き寄せる事ができんからなぁ。見付けられなかったら時間を結構食うぞ」
「そっかぁ、俺たちもロッカ姉達が待ってるからなぁ」
「トッテム、まだ人里まで来てないんだな?」
「はい」
「なら、今回はパスだな。魔狼は増えてるか?」
「去年ほどではありませんがそれなりには」
「多分、魔狼の群れとキルディアが縄張り争いをしている最中だろうな。魔狼の数がパタッと減ったら王都に応援依頼を出せ。それからでも間に合う」
「マーギンさんが来てくれるんですか?」
「いや、星の導きか特務隊が来るだろ。その時にライオネルのハンターを見学に出せ。そのうちキルディアが出るのも常態化するだろうから倒し方を見て覚えろ。討伐報酬はそれなりに高くなるだろうから、領主にもそう言っとけ」
「わ、分かりました」
そうか、こっちにもキルディアが来てるのか。こりゃ、北の街にもキルディアが出るのは確実だな。
マーギンはそう思いながら、地引網の所でフグをもらい、帰り道にカザフ達に鴨の狩り方を教えて王都に戻るのであった。