100年の孤独
マーロックはヤケ酒のようにウイスキーを飲んで潰れてしまった。よくない酒だな。
洗浄魔法を掛けてからズルズルと引っ張ってリビングの床に寝かせておく。
寝るには早い時間なので、じゃがいもデンプンや豆デンプン、コーンスターチを水で溶いて塊を作り、トコロテン突き器のようなものを土魔法で作り、そこに詰めてお湯の中に出していく。確かこんな作り方だったはずだ。シスコが戻ってきたらカニ鍋をする予定なので、そこにこいつを投入しよう。
できた透明の麺を魔法で水分を抜いて乾燥させ、せっせとお鍋の具材として作っていったのだった。
ー夜のシャングリラー
「シシリー、逃げても過去は消えやしないよ。ちゃんと向き合ってケリを付けて来な」
「ママ……」
シシリーは誰もいない時にはババァの事をママと呼んでいた。
「マーギンが連れてきたのはあんたの幼心に住み着いた男なんだろ?」
シシリーはコクリと頷く。
「マロ兄ちゃんには私が遊女だった事を知られたくない…… もし知られたらどんな目で私を見るのか怖いの」
「お前を蔑んだ目で見るような男ならお前も諦めが付くだろ。しょせんそれまでの男だったってことさね」
「でも……」
シシリーは手が震えていた。
「いいかい? その男にとっちゃお前はエルラかもしれないが、お前はいずれここを背負って立つシシリーだろ。胸を張りなっ。それとも何かい? 遊女を蔑むようなやつはお前が1番嫌ってただろ。それをお前自身が遊女を蔑むつもりなのかいっ。もしタバサが生きてたらなんて言うか考えてみるんだねっ」
「タバサ姉さんが……」
シシリーにとってタバサは1番尊敬できる姉のような存在だった。弱いものには優しく、強いものには立ち向かっていく憧れの女性。自分というものをしっかりと持ち、遊女というものに誇りを持っていた。そして私もそうなりたいと思っていた事を思い出す。
「ママ、明日マーギンの家に行ってくる」
「そうかい。ならきっちりとケリを付けてくるんだね」
翌日
「マーロック、起きろ」
「ん…… もう朝か」
「そうだ。風呂に入って酒を抜いてこい」
「いや、あれぐらいの酒はどうってことねぇ」
「いいから、風呂に入ってヒゲも剃ってさっぱりしてこい」
マーギンはマーロックをどんと風呂場の方へ突き飛ばした。ババァが話しておくと言ったのだから、きっとシシリーはここに来る。どんな話になるかは分からないがキチンとした身だしなみで話す方が良いのだ。
そしてマーロックが風呂から出て身支度が整った頃にシシリーがやって来た。
「ハイ、マーギン」
いつもと変わらぬ感じのシシリー。
「おはよ。中に入る? それともどこか外に出ようか?」
「うふふ、マーギンの家に入るの初めてだから、入れてもらっちゃおうかな」
目を真っ赤にしたシシリーはそう言ってマーギンに腕を組んで中に入った。
「エルラ……」
「お久ぶりね、マーロック。昨日は驚いて逃げちゃってごめんなさい」
「こら、シシリー。腕をほどけ」
「あら、いいじゃなぁい。私とマーギンの仲なんだからぁ」
そう言ったシシリーはマーギンにベタベタする。
「エルラは親分の女なのか……」
「そうよぉ。私はマーギンのお嫁さん…… 妾になる予定なの」
「妾だと?」
「そうよぉ。マーギンはモテるもの。誰を娶るのか分からないけど、私はその次の女でいいの」
「シシリー、冗談はやめろ。マーロックが本気にするだろうが。お前らのことは詳しくは分からんが、話があるならキチンと話せ」
「親分、エルラの話は冗談なのか?」
「本当のことよ。だって私は遊女だった女。マーギンの正妻にはなれないわ」
「遊女だと……?」
「そうよぉ。夜のシャングリラという、この街で1番大きな娼館の遊女だったのよぉ。もう歳だから現役は引退しちゃったけど。マーギンはそのお店の常連さんなの」
「お前、常連って、言い方ってもんがあるだろうが」
「だって毎日のように来てたじゃなぁい」
「そりゃそうだけどさ……」
「親分」
「はひ……」
なんかマーロックから怒りのオーラが出ているような気がする。
「エルラ…… いや、シシリーと二人で話をさせてもらえねぇか」
「俺は元々そのつもりで……」
「ダメよぉ。マーギンはここに居て。そしてちゃんと見届けてちょうだい」
きっちり巻き込まれるマーギン。そしてそのまま2人の重い話を聞かされることに。
「エル…… シシリー。あの時はすまなかった」
「私に何を謝る事があるのかしら?」
「あの時にお前を守れなくてすまん。孤児院を出た後もお前の行方をずっと探していたが分からずじまいだった」
「私を探し出してどうするつもりだったのかしら?」
いつものような甘ったるい遊女口調ではなく、素のシシリーとしてマーロックに問いかける。
「俺は…… 俺は…… あんときゃまだ幼くてこの気持ちがなんなのかよく分からなかった。しかし、お前の事は一時も忘れたことはねぇっ。俺はお前が好きだっ」
マーギンに組んだシシリーの腕に力が入る。
「そっ、そっ、そんな事を言われたって困るわよ……」
「俺は今度こそお前を守ってみせる。だから俺と結婚してくれないかっ」
「マロ兄……」
とても緊迫した場面なのに、その呼び方を聞いて昨日の晩に作っておいたぞと言いかけるマーギン。
「わっ、私は遊女だったのよっ! まともな結婚なんて出来るわけないじゃないっ!!」
「そ、そんな事は関係ねぇ。エルラはエルラだっ。そ、それより俺には誰かと結婚する資格がねぇかもしれねぇんだけどよ……」
「資格ですって?」
マーロックは自分が海賊であったこと、それをマーギン達に討伐され、その後に救ってもらった事をシシリーに話した。
「俺は元海賊だ。しかし、これからは親分の元で死ぬ気で働く。だから俺と結婚してくれないかっ」
「マロ兄……」
その呼び方止めてくれないかな。その呼び方を聞く度にあのCMが脳内で再生されるのだ。
ポロポロと涙を流すシシリーに腕を組まれながら口の中でふふふんふん♪と口ずさみかけるマーギン。
「私はシシリーよ。夜のシャングリラでナンバー2だった女なの。私が気に入ったなら身請け金を用意しなさいっ」
「身請け金って、お前……」
「エルラはあの時に死んだのよ。あなたの前にいるのは夜のシャングリラを背負って立つシシリーなの。それを娶ろうと思うなら当たり前でしょ」
マーロックはギリッと唇を噛む。そして、
「いくらだ? お前を解放するのにいくら必要なんだっ」
シシリーはキッとマーロックを睨み、
「1億Gよ」
「1億G……」
「そうよ。私を身請けするにはそれぐらい甲斐性がないとダメよ…… だから…… もう放っておいてちょうだい」
マーギンにぎゅっとしがみつくシシリー。
「シシリー、お前1億Gって、無茶言ってやるなよ」
「なら、マーギンが私を買ってくれる? マーギンなら私を買えるでしょ」
確かに今はお金がある。本当に1億Gでババァがシシリーを解放するならお金を出してやってもいいのだが、それをするとシシリーは一生俺に尽くそうとするだろう。まぁ、俺がシシリーの身請け金を払うと言ったらババァは有り金を吹っ掛けてくるだろうけど。
「シシリー、俺はお前が結構好きだ。美人だしスタイルもいいし、頭もいいしな」
「でも買ってくれないんでしょ……」
「お前を金で買うとかしたくはないな。俺が本気でお前に惚れてたなら、力ずくでも奪いに行くけどな。だが俺はお前に惚れてない」
心にダメージを負ったであろうシシリーにはっきりと言い切るマーギン。
「もうっ、こんな時ぐらい気を遣ってくれてもいいじゃないっ」
「で、マーロック。お前はどうすんだ? シシリーがこう言い出したんだから、何を言っても引き下がりはしない。それに夜のシャングリラを背負って立つという話は本当だ。ババァが今1番信頼しているのはシシリーだからな」
「親分……」
「確かに俺は今金を持っている。それをマーロックに貸してやることもできる。だが、俺から借りた1億Gをババァに渡してもシシリーを手放す事はないだろう」
「どういうことだ……」
「そんな金に意味がないからだ。お前が本当にババァからシシリーを奪おうと思うなら、お前の男気を見せる必要がある。どうする?」
「俺がもらえる給料は月に10万G程度…… 全部貯めても100年近くかかっちまうな。エルラ、100年待ってくれるか?」
真っ当に働いて1億Gを貯めるのはほぼ不可能に近い。マーロックは自分の甲斐性のなさにそう答えるしかなかったのだった。
「そうね、100年待てればいいわね」
シシリーもそう答えるしかなかったのだった。
2人の再会はこうして苦いものを残して終わったのだった。