再会
「親分、女がいると騒がしいんだな」
男だけの世界で生きてきたマーロックは女性陣の騒がしさに驚いていた。
「まぁ、あいつらは特別かもな」
カザフ達もハンナリーも討伐に行ってしまったので、マーロックと2人でロッカの実家、武器防具の店グラマン工房に行くことに。
「おう、帰って来やがったか。そいつは新しい仲間か?」
店員に親父さんを呼んできてもらいマーロックを紹介する。
「こいつはマーロック。元海賊でね、ハンナリー商会のタイベからライオネルの海運とライオネルから王都の陸運をやってもらうんだよ」
「大丈夫か?」
親父さんは元海賊なんか仲間にして大丈夫か? と心配する。
「初めやしてグラマンさん、俺はマーギンの親分に助けられやした。仲間共々、一生付いて行きやす。自分が海賊だった事を隠すつもりはありやせんが、自分のやってきたことをこれほど悔いた事はございやせん。俺の言葉が信用されないのは理解しておりやすが、これからの働きを見てもらえたらと思いやす」
「そうか。ならしっかりと働け」
「はい」
「まぁ、マーロック達は色々と訳ありでね。それより作って欲しい物があるんだよ」
「どんなやつだ?」
マーギンは船に付けるバリスタと手持ちのバリスタを説明する。
「船に付けるやつはクジラを仕留めるやつか?」
「知ってる?」
「知ってるぞ。 うちで作ったからな」
「なら話は早いね。でもあれ以上のものを作って欲しいんだ」
「あれ以上弓を硬くしたら引く事ができんだろ?」
「そこは工夫するから心配しないで。限界まで威力を上げたいんだよ」
「何用だ?」
「大型クラーケン」
「そんなに強いのか?」
「あまり近付くと危ないからね。遠距離から攻撃する必要があるんだよ」
「船でそんなに離れて当てられんのか?」
「それも工夫する。親父さんに頼みたいのは本体なんだよ。細かい工夫は俺がするから」
どう工夫するか教えろと言われて、家に案内される。そしてマーギンはバリスタに魔道回路を組んで、魔力の力で弦を引くシステムと命中率を上げるためのスコープの説明をした。
「お前ならではの工夫か。こいつはバレるとまずいんじゃねーか?」
「これは兵器になるからね。なんかカモフラージュが必要だよね」
マーギンはしばらく親父さんと打ち合わせをして、春までに完成させてもらうように依頼をした。値段も正規の価格で請求してくれと言うと、手持ち用5台と合わせて3000万Gとなった。
「こっちからは魔導窯を発注する。いくらだ? そっちも正規の値段を言え」
「どれぐらいの規模のがいい?」
「大型のだ。鋳造剣も作る」
「大量生産すんの?」
「魔物が増えるんだろ? そこそこの値段で買える武器を数作る必要が出てくるんじゃねーのか? 鋳造っても、その辺の武器屋の剣より高性能の武器を作るつもりだから心配すんな」
「了解。なら2000万Gもらおうかな」
「お前しか作れん魔導窯だろうが。そんな値段で出来るわけねーだろ」
「その代わり窯そのものはそっちで用意してよ。俺は窯の強化と回路を組むから。それで2000万Gでどう?」
「ったく…… 分かった。差し引き1000万G払え」
ということで前払いして工房を出た。
「親分は魔道具も作れるのか?」
「うちの風呂とか全部俺が作ったやつだ。かなり高性能なんだぞ」
「おぉ、しゃべる風呂なんて驚いちまったぜ」
そんな話をしながら職人街へ移動。ゴイル達が刈ってくれた草を渡さないとダメなのだ。
「マーギンっ、お帰りなさいぁい」
デレデレのお出迎えのシシリー。魔道具総合店、昼のシャングリラは盛況のようで何よりだ。
「あら、この人は……!?」
と、シシリーがマーロックを見て固まる。
「怖がらなくていい。こいつはマーロック、ハンナリー商会の……」
と、マーギンが紹介しようとした時に、
「エルラ? お前、エルラかっ」
「マーロック、こいつはシシリーといって……」
マーギンの声が聞こえないマーロックはシシリーの元に駆け寄る。
「エルラっ。お前はエルラなんだなっ。お前、王都にいたのかっ。ぶ、無事で良かった」
シシリーの手を掴んで涙ぐんだマーロック。
「ひっ、人違いよ…… 私はシシリー。エルラなんて名前じゃないわ」
「何言ってやがんだっ。俺はマーロックだ。エルラっ、俺を忘れたのかっ」
「離してっ。人違いだと言ってるでしょっ。私はエルラなんて名前じゃないっ。シシリーよっ」
シシリーはそう叫んで走り去ってしまった。
「マーロック、シシリーと知り合いだったのか?」
「あいつはシシリーと名乗っているのか……」
「あぁ、俺はシシリーだとしか知らない。もしかして同じ孤児院だったのか?」
マーロックはマーギンの問いかけに静かに頷いたのだった。
そうか、シシリーはタイベの孤児院出身だったのか。あそこからシャングリラに売られて来たんだな。しかし、この2人……
「マーロック、とりあえずやることを終わらせる。その後時間を取るからシシリーと話せ」
「わかった」
マーギンは植物研究者のゼーミンに防刃服の素材になる草を渡し、漁具の網にするための太さの糸も作ってもらうように依頼をした。これは騎士隊と軍からの注文が終わってからになるけど。
次にガラス工房のリヒトの所に行き、スコープを作るためのレンズを発注。ハルトランとスコープの形にまでしておいてもらう。
「マーギン、様々な色のガラスを作れるようになったんだがよ、なんか良い使い道はないか?」
「安価なアクセサリーとかは?」
「宝石代わりか?」
「そうそう。庶民街でも安かったら売れると思うぞ」
「なるほどな。他はないか?」
「んー、ステンドグラスとかは?」
「なんだそれは?」
マーギンはステンドグラスの説明をする。
「ほう、ガラスで絵を描くみたいなもんか」
「そう。それを窓にはめると綺麗だぞ。ハンナリー商会の店にもあるといいかもしれんな」
「売り先はどこになる」
「値段が高くなるだろうから、大手商会の店か貴族になるだろうね」
「貴族の売り先なんて知らねぇぞ」
「昼のシャングリラの窓にサンプル作って展示代わりにしたら? 気になった人が勝手に注文してくるんじゃない。それか貴族街の商業組合の窓とかなら口を利いてやれるかもしれん」
「おぉ、そうか。ならとりあえず昼のシャングリラの窓用に作ってみるわ」
「うん、じゃ、スコープを頼んだよ」
今日しないといけない事はこれで終わりだ。
シシリーの事も気になるから店に戻ろう。
しかし、昼のシャングリラに戻ってもシシリーはどこかに行ったきり、戻って来てないとのことだった。
マーギンは一度家に戻ってマーロックと話をしてみることに。
「親分、エルラはなぜ俺を知らないと言ったんだろうな」
落ち込んだ様子のマーロック。
「シシリーは過去を捨てたんじゃないかな」
「エルラにとって孤児院は嫌な思い出だったのかもしれん」
「どうだろうね。あまり自分の事を話さないタイプだしね。俺もシシリー自身の事はあまりよく知らないんだよ。頭がいいから仕事は手伝ってもらってるんだけどね」
「エルラとはどう知り合ったんだ?」
「俺がこの国に来た時に、使える金も身分証も持ってなくてね、入国出来なくて困ってたところを助けてくれた女性がいたんだよ。シシリーはその人の後輩ってやつになるのかな」
「そうか。どこにいるか見当は付くか?」
「まぁね」
マーギンはシシリーが遊女であったことをマーロックに言わなかった。シシリーはマーロックに自分が遊女だった事を知られたくなかったんじゃないかと思ったからだ。
「マーロック、ちょいと心当たりのある場所にシシリーを探しに行ってくる」
「なら俺も……」
「いや、ここで待っててくれ。シシリーを見付けたとしても、マーロックを避けた理由が分からん。どうしても会いたくないと言えば連れて来ることはできん」
「そうか。ならここで待たせてもらう」
マーギンがパシッと言い切った事でマーロックは何かを言いかけて止め、ここで待機することになったのだった。
「ババァ、シシリーは帰って来てるか?」
「血相を変えて帰ってきたかと思ったら、部屋に閉じこもってるさね。何をやらかしたんだい?」
「これから一緒に働くやつをタイベから連れて来たんだけどさ、どうやらシシリーと知り合いだったみたいでね」
「そいつはタイベの孤児院出身かい?」
「そう」
「そうかい。ならあたしが話をしておいてやる。明日は家にいるのかい?」
「予定は組んでないよ」
「なら、家で待ってな。午前中にシシリーがお前の家に行かなければ、そういう事だと思っておくれ」
「わかった。悪いけど頼んだよ」
マーギンはババァに任せて家に戻る。
「やっぱり会いたくねぇのか……」
1人で戻ってきたマーギンを見てマーロックはがっくりと肩を落とす。
「明日の午前中にここに来なかったら、マーロックとは会いたくないということだ。来るか来ないかは俺にも分からん」
「そうか」
重っくるしい雰囲気に耐えられなかったマーギンはチーズとウイスキーを出す。
「晩飯前に少し飲むか」
そして酒が入ったマーロックは少しずつ過去のシシリーとのことを話し始めた。
「あいつは俺より少し年下でな。ガリガリのやせっぽっちの女だった」
今ではナイスバディのシシリーの子供の頃はそんなのだったか。
「泣き虫なやつでな。誰とも口をきかず、飯を他のやつらに取られた時もグスグス泣くだけで抵抗もしやがらん。仕方がないから俺が取り返してやってから懐いたのか、俺から離れなくなりやがった。そのうち俺の事をマロ兄ちゃん、マロ兄ちゃんと呼ぶようになってな」
マーロックはそれからシシリーを守るような役割を続けていたらしい。
そして、
「やめろっ、エルラをどこに連れて行きやがるんだっ」
「うるさいっ」
バシッ
「こいつは貰い手が見つかったんだ。邪魔をするなっ」
「マロ兄ちゃんっ、マロ兄ちゃんっ」
「エルラを連れて行くなっ」
孤児院の人が無理やりシシリーを連れて行くのにマーロックは抵抗したが、大人には敵わず、シシリーは連れて行かれてしまったのだった。
「エルラーーーっ」
「エルラはあの時にあいつを守ってやれなかった俺を恨んでるのかもしれんな……」
マーロックはそう呟いてウイスキーをぐっと煽ったのだった。
その話を聞いていたマーギンは、お鍋にいれる具材の事を思い出していたのだった。