当然なんだけど
元鉱夫の村人達は領主からの援助もあり、裕福ではないものの、食べていくのには困らないようになったらしい。アイリスの親父はまともに領主をしているんだなと感心する。
翌日、領都に向けて出発した。
「街道を通るのか?」
「もう魔物討伐訓練も終了でいいだろ? ライオネルで時間がとられたから、予定していた滞在期間より早く戻らないと、冬の間タイベにいることになるぞ」
「冬の間タイベにおったらええやん。ここやったら真冬でもそんなに寒ぅならへんのやろ?」
ハンナリーはそれでもええやん、てな感じだ。
「お前、年明けたら成人の儀をやるんじゃないのか?」
「あっ、そうやった。ちゃんと帰らなあかんやん」
「だろ? 俺もやりたい事があるから冬をタイベで過ごす訳にはいかないんだよ」
「ハンナは来年成人の儀なの?」
と、カタリーナが聞いて来る。
「い、いや、とっくに成人してんねんけどな、儀式には証をもらいに行っただけやから、やり直ししたらええんちゃうかってなってん。で、ロッカ達も一緒に成人の儀の服を着てパーティーすんねん。うちの服はマーギンが買うてくれてんで」
「えーっ、いいなぁ。どこでするの?」
「マーギン、場所決まってるん?」
「どうだろうな? シスコがどっか手配したんじゃないか?」
「やって。うちもどこでやるか知らんわ」
「もし場所が決まってなかったらうちでする?」
おい、カタリーナ。お前の家は城だろうが。
「えっ、お城でやるん? めっちゃ凄いやんか」
「やめとけ。冬は社交シーズンだろうが。城には色々な貴族が出入りしてるだろ」
「成人の儀の日にやるんでしょ? その日に社交パーティーは誰もしないわよ」
「それでもだ。城はお前の家でもあるが、私邸ではないだろ」
「えーっ。私も参加したいーっ。あっ、ローズも一緒に参加しよっ」
「えっ? 私が成人の儀にですか? もう成人を過ぎてから何年経ってると思ってるのですか」
と、ローズは笑う。
「だって、ロッカも参加するんでしょ? マーギン、ローズとロッカって同じ歳ぐらいじゃないの?」
「多分な」
そういえば、ローズとロッカは同じ歳だっけな。
「ほら。だからおかしくないって。ねっ、一緒に参加しましょっ」
まだカタリーナを誘うともなんとも言ってないのに、既に自分の参加は決定で、ローズを巻き込もうとしている。
「し、しかしですね。王城でやるとしたら私は無理です。誰かに見られでもしたらどうなるか……」
「えーーっ」
「それならうちでやるか?」
と、オルターネンがバアム家でやるかと言い出した。
「ち、ちい兄様。私は参加するとは……」
「お前は儀式だけ参加して、パーティーはしていないだろ? 普通は成人の儀が終わったらその冬の社交会でデビュタントをするものだが、お前は騎士見習いになってパーティーをやらなかったからな」
「わっ、私はもう良いのですっ」
「お前が良くても、母上は残念がっていたのだぞ」
「そ、それは分かっておりますが」
「ちい兄様、パーティーは仲間内の遊びの範囲でやるようなものを想定してるから、カザフ達も来るし、もしかしたらロッカとシスコの親も来るかもしれないんだよ」
マーギンは星の導き達がちゃんとした成人の儀をしていなかった事を説明する。
「なら、うちと同じだな。親は親の役割をちゃんと果たしたいと思っているはずだぞ。城なら無理だろうが、うちなら庶民が来ても別に構わんだろ。父上も母上もローズのデビュタントをしてやれなかった事を後悔しているはずだからな。今更やるにはちょうどいいではないか」
どんどんと話が大きくなる成人の儀のやり直し。
「し、しかし… 元々はロッカ達のパーティーですから」
「そうだね。俺も賛成とも反対とも言えないわ。本人達の意向を聞いてみないと」
「それもそうか。しかし、うちでやらないとなっても、ローズはもう一度ちゃんと考えておけ」
「はい」
「もしそれがロッカ達と別のパーティーになれば他の貴族を招いてデビュタント代わりのパーティーになるからな」
「えっ?」
「今までのツケが回って来たということだ。遅かれ早かれやらねばならん」
オルターネンはちょうど良い機会だと思って、ローズのパーティーの事を切り出したのであった。
貴族のデビュタント。それは見合いみたいなものを兼ねている。婚約者がいても、より良い条件の人がいれば乗り替えるのもありだ。ローズにも婚約者はいるが、名ばかりの婚約者。ローズがこの歳になっても何も言ってこないということは、既に結婚する気はないと思った方が良い。
オルターネンはローズがこれ以上マーギンに好意を寄せないように何か手を打つつもりだったのだ。
「マーギン、それでいいな?」
「えっ? あ、うん」
デビュタントがそういう意味を持つパーティーだとは知らないマーギンは、オルターネンに念を押されるような感じで聞かれたが、よく意味が分からないまま返事をした。
そしてマーギンがあっさり了承の返事をしたことでローズの顔が曇る。
「そうですね。貴族の娘は貴族の娘としての責務を果たさねばなりませんね」
そしてオルターネンにそう答えたのであった。
「ローズの成人の儀の服ってどんなの?」
カタリーナはそんな事を気にすることもなく、屈託のない笑顔でローズがどんな服を着たのかしつこく聞くのであった。
街道を歩き続けたマーギン達は野営するのにマー様呼ばわりされた村をパスすることに。きっとまたややこしい事になりそうな気がしたからだ。
そして街道の休息ポイントでテントを設置してご飯を食べる。ちょっと肌寒いので何にしようかと思っていたら、ハンナが魚を希望したのでアクアパッツァみたいなものにする。
アイテムボックスから、なんやかんや魚介類と野菜を出して炒めてから煮込むだけ。魔法で魚の解体が出来ればとっても楽チンな料理だ。
ナムの村でもらった海老がとても良い出汁になっている。海老の塩焼きも食べちゃお。皆にはハードパンを渡したので、アクアパッツァのようなものと共に食べてくれたまへ。
マーギンは自分用に立派な海老に串を刺して塩水に浸けてから殻付きのまま炭火で焼いていく。
「うちのもあるん?」
ハンナリーがない尻尾を振りながらこっちに来る。
「お前はそっちを食ってただろうが」
「焼いたやつも食べたいねん」
「しょうがないなぁ」
他にも希望者を聞くと、鍋にも海老がたくさん入ってるから大丈夫と言われた。鍋……
アクアパッツァを鍋と呼ばれて複雑な心境のマーギン。まぁ、いい。似たようなものだとその気持ちを飲み込む。
「殻まま食うか?」
「ちゃんと剥いてぇや。もっと小さいのやったら殻付きでもかまへんけど」
「自分で剥けよ」
「そんなん自分の手があちちやん」
「俺も熱いだろうが」
「ええから、はよ剥いて。焦げるで」
こいつ……
マーギンは魔法でパッと殻を剥く。
「ほれ」
「魔法で出来るんやったら、熱ないやんかっ」
「うるさい。早く食べろ。せっかくいいタイミングで渡してやったのに」
そう言うと慌ててパクつくハンナリー。
「めっちゃ旨いやん」
「あといくつ食べる?」
「3本っ」
と答えたのはカタリーナ。
お前はいらないって言っただろという言葉をぐっと飲み込む。すでにめっちゃ嬉しそうな顔で俺の焼き上がりそうな海老を見ているのだ。
それを魔法で殻を剥き渡してやると、旨そうに食ったので、追加で10本ほど海老を焼くマーギン。
さて、オルターネン達はどんな対応をするんだろうな。
マーギンは海老を焼きながら今夜に発生するであろう事件を考えている。すでに森の中に多数の気配が集まっているのだ。
マーギンが対応するならパラライズを放って襲うこともさせないが、これは特務隊の訓練も兼ねているから黙って見ていよう。
就寝の時間となり、各々のテントに入ろうとする。初めの見張りはローズのようだ。
「カタリーナ、こっちに来い」
「いいのっ」
こっちのテントで寝ろと言ったらめっちゃ嬉しそうな顔をするカタリーナ。
「ローズがいないと肌寒いだろ? ローズの見張りが終わったら自分のテントに戻れよ」
「えーーっ」
と言いつつもいそいそとこちらのテントに来る。めっちゃ狭い。
カタリーナがこっちのテントに来ても誰も何も言わないので、周りを囲んでいる気配に気付いてはいるみたいだな。とすると、1番目の見張りをローズにしたのは囮か。シスコンオルターネンはよくそれを決断したな。
そして寝静まったのを見計らってゾロゾロと賊共がやって来た。
「敵襲っ」
ローズがそう声を上げると、待ち構えていたようにオルターネン達がテントから出てくる。すでに抜剣済だ。
「へっ、その人数で何ができる。大人しく女と金目のものを置いていけ。そうすりゃ命は助けてやる」
「お前らに問う。我々を襲うつもりなのだな?」
オルターネンは淡々と賊に話しかける。
「それ以外何があるってんだ?」
「では確認が取れたので遠慮なく斬る」
スバンっ
「えっ?」
自分が何をされたか分からないうちに首が落ちる賊。
「てってってっててめえっ。いきなり何しやがるっ。殺っちまうぞ……」
2人目はホープが首を刎ねた。いきなり2人が斬られた事でその場から逃げ出そうとする賊達をサリドンがファイヤバレットで撃ち抜きつつ、オルターネンとホープも1人も残さず斬り殺したのである。今の特務隊からすれば賊に対しては完全なるオーバー斬る…… いやオーバーキルだ。
マーギンはテントの中でカタリーナとハンナリーに睡眠魔法を軽く掛けて起きないようにしていた。オルターネン達がどう対応するか分からなかったからだ。
終わったようなので外に出るとあちこちに賊の屍がある。
「全部殺したんだな」
マーギンは皆を褒める事なくそう呟く。
「自分たちが賊だと認めたからな。姫様がいるのだから甘い対応をするつもりはない」
と、オルターネンが答える。確かにそれが正解だろう。
「マーギン、姫様はどうしている? 怖がられてはいないか?」
ローズはカタリーナの事を心配する。
「魔法で寝かせているから問題ない」
「そうか。それは助かった」
その後、皆で死体を集める。本来であればいくつか首を持って賊討伐の報告をせねばならないが、領主エドモンドも自分の領でカタリーナが賊に襲われたとか聞きたくないだろう。
《インフェルノっ》
マーギンがそう呟いて賊の死体を一気に燃やす。これで骨1つ残らない。
マーギンの使ったインフェルノは人の焼ける嫌な臭いをさせることなく、賊達の死体はこの世に初めからいなかったように消えたのだった。