心を鬼にして生贄
「撤収っ!撤収っ!カタリーナっ、ハンナ、ここから離脱するっ。テントから出ろっ」
マーギンはあいつらの大群を殲滅するのは無理だと判断し、この場から速やかに撤退する事にしたのだ。
「ぎゃーーっ、汁がっ、汁がっ」
ホープがあいつを斬った時に返り血ならぬ、返り汁を浴びたようだ。そして、あいつの汁は仲間を引き寄せる。
ドンっ
「うわっ。ぎゃーーーーーっ」
マーギンはホープを向こうに突き飛ばして生贄にした。あいつが集られている間にここを離脱するのだ。
「早くテントから出ろっ。捨てていくぞっ」
オルターネンとローズもホープに合掌してテントを素早く収納した。サリドンはホープに手を伸ばしかけたが、あいつでまみれているホープを見て手を引っ込める。自分までカサカサカサカサされることを想像してしまったので仕方がない。
テントからカタリーナとハンナリーが飛び出てきたのでテントをそのままアイテムボックスに収納してその場を離脱しようとする。
「おのれぇぇぇぇっ」
あいつを山盛り身体に付けたホープがマーギンに迫って来る。
「ぎゃーーっ! 来んなっ。こっちに来んなっ!!」
「道連れにしてやるぅぅぅ」
「ひぃぃぃぃっ。パラライズっ」
尚も非情なマーギンはホープにパラライズをかけてこっちに来させないようにする。
「ぐぎぎぎぎぎっ。フンッ」
げっ、自力解除しやがった。
「撤退ーーーっ!」
マーギンはカタリーナの手を引っ張ってその場から走る。オルターネン達は既に離脱済だ。
「ほなお先っ!」
ハンナリーは先にピュッと走り去る。
「カタリーナ、乗れっ」
手を引いて走っていてはあいつを引き寄せる臭いを纏ったホープに追い付かれてしまう。マーギンはカタリーナを背負って走る。
「待てぇぇぇぇぇっ」
「ひぃぃぃぃっ」
あいつも嫌だが、ブチ切れたホープも怖い。完全に俺を殺ろうとしている目だ。
《フリーズッ!》
マーギンは追い掛けてくるホープとあいつらに氷魔法を放つ。
ピキピキピキピキッ。
「フンッ」
ホープは身体の表面に氷が張るもそれを跳ねのけてマーギンを追い掛けたのだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。ホープ、お前成長したな……」
少しゴツゴツとした岩場みたいな所であいつらを振り切ったマーギン達は座り込んでいた。氷魔法を放ったことであいつらは動けなくなり逃げ切れたのだ。
ホープは体力·気力·魔力を使い切ったようで立てなくなっている。
「酷いじゃないかっ。あいつらの所に突き飛ばすなんてっ」
「お前がむやみにあいつを斬るからだろうが。ムカデ系のやつもそうだけど、共食いする虫系のやつは死んだ仲間の臭いは餌の臭いと同じなんだよっ」
「そんな事は教えてくれてないだろうがっ」
「そんなことぐらい自分で気付けっ。ムカデの時になぜ寄ってくるか考えないから気付けないんだ」
マーギンはまたあいつらが寄ってきたら嫌なのでホープに洗浄魔法をかけておく。
「それでも生贄にする事はないだろうがっ」
「自分で蒔いた種は自分でなんとかしろ。こっちにはカタリーナがいるんだぞ。巻き込んだらどう責任取るつもりだったんだよ」
マーギンはホープに反論できない理屈をぶつける。
「そ、それは……」
「自分が下手を打ったことで、姫様に被害が及ぶ。そんな事になったらお前はそれに耐えられるのか?」
答えられないホープ。
「だから俺はお前にそんな思いをさせたくなくて、心を鬼にしてお前を突き飛ばしたんだ。感謝しろよ」
「い、生贄にしたと言ってすみませんでした……」
「あぁ、今回は失言だったということで勘弁してやる」
マーギンはホープをこうして言いくるめたのであった。
ようやく気持ちも落ち着いてきたけど、寝るにはここはゴツゴツしすぎている。それに空も白んできているからもうすぐ夜明けだ。
「ちい兄様、これからどうする? みんなほとんど寝られてないだろ。下に降りて昼まで仮眠取ってから移動にする?」
「そうだな。 体調を整えておくほうが良いな」
ほぼ睡眠を取らずに全力ダッシュしたから疲れが出てくるのは間違いない。ホープの魔力回復もさせた方がいいとの判断で下に降りて仮眠することにしたのであった。
岩場を降りて平らな場所にテントを出す。
「ほら、お前らも昼まで寝てろ」
「マーギンは寝ぇへんの?」
「ホープは見張りができないから代わりに俺がやる。ちい兄様達も寝てくれ。見張りは1人でいいから」
マーギンはホープを言いくるめはしたものの、ちょっと悪かったかなと罪滅ぼしの代わりに見張りを買って出たのであった。
見張りだけしているのも暇なので虫よけの薬を作っておく。おそらくあいつらにも効くはずだ。
焼酎からアルコールだけを魔法で抽出して、そこにスーッとする草を刻んでどんどん入れていき撹拌する。そこに酒の旨くなる魔法をかけた。
魔法で熟成されたことで、スーッとする草の成分がアルコールに溶け出したようだな。ここにレモンの皮を絞って匂いを付け、少し加水をしてアルコール度数を調整してっと。
できた虫よけを顔や手足に塗る。
「おー、涼しいっ」
まるでメントールの入ったボディペーパーで身体を拭いたみたいだ。後でみんなにも分けてやろう。
その後はご飯を作っていく。移動しながら食べられるものがいいかな。
アイテムボックスから買っておいたハードパンでサンドイッチを作る。食べるときに表面を炙ってやれば完成だ。ちなみに中身はローストマギュウ。豪勢なサンドイッチである。
「マーギン、お腹空いた」
1番初めに起きて来たのはカタリーナ。
「もう寝なくて大丈夫なのか?」
「うん」
「先にこれを飲め」
レモンの皮を虫よけ薬に使ったので、中身はジュースにしたのだ。カタリーナに渡したのはアイスレモネード。
「美味しい」
「ほら、サンドイッチだ。このまま食うか? それとも表面を炙ってやろうか?」
「炙って♪」
マーギンはパンの表面を焦げないようにこんがりと炙る。
「熱いから気を付けろ」
「パリッとしてて美味しい」
人が食べているのを見ると自分も食べたくなるのが人の性。マーギンも自分のサンドイッチを軽く炙ってうまうまと食べたのであった。
他のみんなも起きてきたのでレモネードを飲ませて出発。サンドイッチは歩きながら食べてもらおう。
そして、魔蛾を育てている村に到着するまでの何日かは魔犬や小型の猫系の魔物を討伐していったのだった。
「あそこの村が魔蛾を育てる予定の村だ。先に魔桑木が育っているか確認しに行くから」
前に植えた魔桑木はちゃんと根付いたようで、少し大きくなっていた。このまま何事もなければ、魔カイコの養蚕が始められるだろう。
魔桑木を確認した後、元鉱夫達の村に入り、これからの事の話をする。領主であるアイリスの父エドモンドも視察に来たようで、村人達は鉱夫を諦めて養蚕に力を入れる決心が付いたらしい。
「なんか変な魔物とか出てないか?」
「いえ、魔蛾の出る頻度が増えてきたぐらいですね」
「魔蛾が植えたばかりの魔桑木に卵を産んだら、全部取り除いておいてくれ。孵化したら全部食い尽くされるからな。今はまだ木を育てる時期だから葉を食い尽くされたら枯れてしまうかもしれん」
「分かりました。毎日確認します」
話が終わると村の中で宴会に。ここでもハンナリーのラリパッパがみんなを楽しませてくれている。
「酒飲むのも久しぶりだな」
「久しぶりと言うほどでもないけどな」
少しだけ踊ったマーギンは踊りに参加しなかったオルターネンと焼酎の水割りを飲みながらみんなの踊りを眺めている。
「ホープのあれは本当に姫様の安全を守る為にやったのか?」
「そそそそ、そうだぞ」
慌てるマーギンを見てふんっと笑ったオルターネン。
「まぁ、いい。あいつの群れに突っ込ませても死にはしなかったのだろ?」
「どうだろうね。多勢に無勢って言葉もあるから」
「死んだ可能性もあったのか?」
「動けなかったら食われるかもね。あいつらは死体とか死にかけのものを食うから」
「なるほどな」
ポリポリ
「マーギンは何を齧っているのだ?」
「キュウリのピクルス。この村で作ってるみたいでね。作り方を教えてもらったから王都に戻ったら俺も作るよ」
「ひとつくれ」
オルターネンもマーギンからピクルスをもらって食べる。
「旨いかこれ?」
「酒のつまみにちょうどいいだろ? 他にはこうして単体で食べるんじゃなくて、料理のアクセントに使ったり、ソースの一部に加えたりとかだね」
「例えば?」
「スライスしてハンバーガーの具材の1つに使ったり、マヨネーズとゆで卵とピクルスを混ぜてタルタルソースにしたりとかかな」
「そう聞くとなんか旨そうだな」
「だろ? ここで作ると村人達の分まで作るハメになりそうだから王都に戻ったら作るよ」
「そうか、それは戻る楽しみが出来たな」
「飯ぐらいで大げさな」
と、笑って飲みながら久しぶりにのんびりとした時を過ごすのであった。