悲鳴を上げるマーギン
ほか
その後も森の中を進んでいくマーギン達。マーギンは先に魔物の気配を感知しても教えたりはしない。それに伴い襲撃を受ける度に皆の気配察知の感度が上がっていった。
「ホープは右、ローズは左、サリドンは上のやつを殺れ」
特務隊達もリンマーにも慣れて来てたので安心して見ていられるようになった。こんな日々が続く。
「うわっ 木に虫がいっぱいいるっ」
カタリーナがマーギンにしがみつく。木にびっしりと黒い塊がくっついているのだ。
「それ、一つ摘んで食ってみろよ」
「いやよっ」
「そうか? お前が好きな味だと思うぞ」
「甘くてもいやっ」
「ふーん」
マーギンは一つちぎって口に入れる。これは木の幹になる果物の一種だ。もう時期的にも終わりかけなので完熟していて非常に甘い。
ハンナリーもマーギンと同じくひょいひょいと採って口の中に入れていく。
「それ、虫じゃないの?」
「果物やねんて。前に来た時も食べたけど、今日のヤツの方が旨いわ」
「ほんと?」
「ほら、口を開けろ」
カタリーナの口を開けさせて、一つ放り込んでやる。
ぷちゅっ
「あっ、甘いっ」
「だろ、虫の幼虫は甘いんだよ」
「うぇぇぇぇぇっ」
虫の幼虫だと言われて口から出すカタリーナ。姫ともあろうものがそんな事をするんじゃない。
「嘘だよ。これはれっきとした果物だ」
マーギンが冗談だと言っても、一度これは虫の幼虫だと精神に刻み込まれたカタリーナは食べられなくなってしまったようだ。悪い事をしたな。
そのうち食べられるようになるかもしれないと、マーギンは幹からズザズザズザと大量に採取していく。すぐに味が落ちる果物だが、収納しとけばいつでも新鮮なまま食べられるからな。
しかし、こいつがたくさんあるということは、動物や魔物にとってもオヤツポイントであるということ。この辺りにリンマーが多いのはこれがあるからなのかもしれんな。それと……
「熊だっ」
ローズが皆より先に熊を見付けた。王都周辺の熊と比べて小型ではあるが熊は熊。力強さ、スピード、タフさを兼ね揃えているので油断は禁物だ。
小型の熊はローズと対戦をした。
「ガウゥウッ ゴアッ」
ここはこいつの縄張りなのだろう。ローズの攻撃に引く事もなく戦いを選んできたのだ。
「速いっ」
熊の左右の爪攻撃とローズの剣を躱した後の噛みつき攻撃はなかなかのもの。熊は小さくても迫力もあるしな。
パワーは熊の方が上、スピードはローズの方が上か。
しばらく良い戦いをしていたが、やがてローズの剣の方が上回った事で熊は血だらけになって弱っていく。
「さっさと止めをさせ。苦しませてやるな」
オルターネンにそう言われたローズは身体強化をして熊の首を刎ねたのであった。
「はぁっはぁっはぁっ」
肩で息をするローズ。
「熊って強いだろ?」
「あぁ。小型だと侮ってはダメなのは分かっていたのだが、想像していたより遥かに強かったぞ」
ローズは普通の小型の熊でさえこの強さがあるのを初めて知る。今なら雪熊相手にマーギンの特訓を受けていない騎士隊が全滅すると言われたあの時の事がよく理解出来たのであった。
「普通の人なら一撃で殺られるからね。さ、こいつは動物だから食ってやらんとな」
ローズに解体のやり方を教えて自分でやらせる。これも大切なことなのだ。
結構時間が掛かったので、ここで野営をすることに。今夜はちゃんと見張りをしないとまずそうな場所である。
熊の調理方法を皆にも教えておく。熊肉は脂を楽しむ肉だ。血抜きをしっかりしてやれば、他の野生動物の肉より臭くはない。
薄く切って塩コショウで焼いて食べるのと、味噌鍋仕立てで食べる事に。
「おっ、熊肉は初めて食べたが旨いのだな」
「この木の実をたらふく食ってたのか、臭みがなくて脂身も甘いね。残りの肉は塩漬けにしてベーコンかなんかに加工してやるよ」
ローズも自分で仕留めた熊を堪能して満足したようだった。
ー就寝時間ー
「マーギンさんも見張りをするんですか?」
野営の1番目の見張りはサリドンだ。マーギンはいつも野営の見張りをしておらず、特務隊に任せていた。この森に入ってからはその見張りにローズも加わり、4交代で行っている。
「ここはリンマーも熊も出たからな。木の幹に果物がたくさん生ってるだろ? これを食うやつらにはここは一等地なんだよ」
「やはり場所によって危険度が違うのですね」
「そうだな。普通はこういった場所では野営を避けるのが鉄則だ」
「マーギンさんはいつもテントの中から気配を探ってるんですよね」
「気配を探れないやつもいるからな。特に虫系の気配を探るのはほぼ無理だ。植物系も探れないが、植物系は待ちの狩りをするからこちらから動かなければ問題はない。が、虫系は音もなく忍び寄ってきたりするから厄介なんだよ」
同じ説明を何度かしたけど、こういうのは言い続ける事で刷り込まれていくものだ。くどいなぁと思われようが言っておく方が良い。
そして、そろそろサリドンがホープと交代するという時にやつが来た。
「うわわわわわっ」
「待てっ ファイアバレットを撃つなっ」
と、サリドンに忠告したのが間に合わず、いきなり出て来た虫系の魔物にファイアバレットを撃つ。
ボウッ
ぶーーーーんっ
「うっぎゃぁぁぁっ」
悲鳴を上げるマーギン。
「ヒィィィッ」
マーギンの悲鳴を聞いて怯えるサリドン。
マーギンは慌ててその場を離れてライトの魔法を使って辺り一面を照らした。すると、無数のカサカサ動くあいつがいた。
「いやぁぁぁぁっ」
「どうしたっ」
慌ててテントから飛び出て来るオルターネン達。
「いやぁぁぁぁっ」
マーギンはオルターネンを楯にする。
「何をそんなに怯え…… ゲッ」
「魔物かっ」
ローズが出て来た時にぶーーんとそいつが顔目掛けて飛んで来た。
「いやぁぁぁっ」
ローズもオルターネンの後ろに隠れる。
「ホ、ホープ。お前が行けっ」
「たかが虫に何をそんなに……」
カサカサカサカサカサカサカサカサ
ゾワゾワゾワゾワっ
皆の前に現れたのは30cm程の大きさの黒光りするあいつの群れ。熊の血に引き寄せられて集まって来たようだ。
「死ねっ 死ねっ 死ねっ」
ボウッボウッボウッボウッ
「ばっ、バカやめろっ」
サリドンは熊の血があった所に集まるあいつにファイアバレットを連射する。そして燃え上がるあいつがこっちに向かって飛んで来る。
「うっぎゃぁぁぁっ」
あいつらは日頃は飛ばない。しかし、生命の危機を感じ取ると攻撃したものに向かって飛んで来るのだ。
燃えたあいつは途中で羽が燃え尽きてその場に落ちると、それを食べる為に他のあいつが集まって来る。まさに地獄絵図。
その様子を見たハンナリーはテントの入口をギュッと閉め、マーギンを見捨てる。
「何が来たのっ」
「見たらあかん。見たら後悔すんでぇ」
わーぎゃーー騒ぐマーギン達の声を聞いて静かに合掌するハンナリー。
「た、助けにいかないとっ」
「あかん。うちらはここをギュッと閉めといたら大丈夫や。マーギンは自分が危機に陥っても助けが来ると思うなと皆に言うてたやろ。うちらが行ってどうなるもんともちゃう」
「だっ、だって」
「ほなら姫さんもちょっと開けて覗いてみ」
ハンナリーにそう言われたカタリーナはテントの入口を少しだけ開けて外を見る。
カサカサカサカサカサカサ
「ひぃぃぃぃぃっ」
悲鳴を上げたカタリーナはテントの入口をギュッと閉めて、外を見なかった事にしたのであった。
ー星の導きとカザフ達ー
星の導き+カザフ達は組合の依頼をバンバンこなしていた。カザフ達に、星の導きの寄生虫とか、見習いのクセに目立ちやがってと悪態を付いていた他のハンター達も、合同の討伐依頼でカザフ達の活躍を見て何も言えなくなっていた。
そして、
「タジキ、この唐揚げそんなに旨くねぇぞ」
「バネッサ姉は文句が多いんだよっ」
「お前が毎回味の感想を言えって言ったんだろうが。正直に言ってやっただけだろうが」
「何作っても旨くないって言うじゃんかよっ。前までは旨いって言ってたクセにっ。何がどう旨くないんだよっ」
「不味くはねぇんだよ。でもなんか違ぇんだって言ってんだろうが」
最近、毎食バネッサとタジキのバトルに発展する。皆は旨いぞと言ってくれるのに、バネッサだけが旨くないと言うのだ。
「バネッサ、いい加減にしろ。タジキの腕もどんどん上がって、店で食うよりこうして遠征先で食う方が旨いではないか」
ロッカはいつものようにバネッサをたしなめる。
「だから不味くはねぇって言ってんだろ。ただなんか違ぇんだよっ」
「だから何がどう違うってんだよっ」
バネッサとタジキはお互いにうーっと顔を近付けて睨み合う。
「私もバネッサさんの言うことはなんとなく分かります」
「えっ?」
そう言ったのはアイリスだ。
「タジキの作ってくれたものはマーギンさんの味とよく似てるんですけど、やっぱり違うんです。特にハンバーグと唐揚げが」
「アイリス、どう違うんだ?」
タジキはアイリスにも言われて理由を聞く。
「んー、私にも上手く説明出来ないんですけど、なんかやっぱり違うんです。美味しくないって言ってるんじゃないですよ。違うんです」
「だから何が違うんだ? マーギンに教えてもらった通りに作ってるぞ。バネッサ姉の唐揚げは甘辛にしてるし、その調味料の分量もマーギンに教えてもらった通りなんだぞ」
「私にも上手く説明出来ないんですよね」
ロッカとシスコはタジキの飯は本当によく出来ていると思っている。たまに他のハンターにも食わせる事があり、その者達も必ず絶賛するのだ。
トルクは前にマーギンが大将が作った賄いとタジキが作った賄いは似たような味でも違うと言った事を思い出していた。その時はバネッサも、旨けりゃいいじゃんかと言っていたはずのにな、と思っても口に出さないのであった。
あーあー、マーギンが早く帰って来ないかなぁと、ぎゃーぎゃー騒ぐバネッサ達の所からスッと離れるのであった。




