手繋ぎデートとは程遠い
「ゴイル、マーイ、世話になったな。多分秋にもう一度来るよ」
「世話になったのはこっちだ。遠慮せずにまた来てくれ」
今日でこの村に滞在するのも終わり。他の神を祀る村にも行きたかったが、ゴイル達にもやらないといけない事がある。これ以上、手を焼かすのも悪いなと思ったのだ。
「これから何をするんだ?」
「森とかに入って探索とかかな。ガキ共にも色々と見せておきたいし」
「そうか。魔物以外に動物も子育てシーズンに入る奴が多いから気を付けろよ。日頃は大人しい奴でも襲ってくるぞ」
「わかってる。ロッカ達も強いから大丈夫だ」
「まぁ、ドラケの事を見たからそんなに心配してないけどな」
長老に挨拶に行った後に村を出る所までゴイルとマーイが見送りに来てくれた。また来るぜーっとカザフ達が手を振って出発する。
「ロッカ、このまま北進して森を通って、領都に向うか…」
と、話を途中でやめるマーギン。
「向うかの次はなんだ?」
「いやな、タイベのハンター組合でバンパイア討伐の依頼断っただろ?」
「お前が報酬が合わないと言った奴だな」
「そう。あれ、報酬無くてもいいか?」
「討伐に向かうのか?」
「いや、バンパイアは居ないと思うんだよ。でも場所が鉱山だろ?」
「そう言っていたな」
「で、長い間使われてなかったみたいだから、もしかしたらロックワームが育ってんじゃないかと思うんだよね」
「魔鉄の元になるやつか?」
「そう。鉱夫が居たらすぐに退治されて育たないけど、使われていない鉱山なら少し育った奴がいるかもしれないんだよね」
「居たら簡単に見付かるのか?」
「あいつ等は虫系の魔物だから気配がない。けど、鉱夫が誰も居ないなら鉱山の中も静かだろ?大きな奴がいればゴリゴリと鉱物を食ってる音が聞こえるかもしれないんだよ」
「おぉ、ならば鉱山に向おう」
「ただ、金のことより魔物の巣窟になっていたら危険かなと思ってさ」
「そうだな… では、一度見てみてヤバそうならすぐに引き返そうか」
「無駄足になるかもしれんがいいか?」
「私は行きたいぞ。シスコ達はどうだ?」
「ロッカが行きたいなら良いわよ」
「うちもいいぜ」
と、バネッサも素直に行くと言ったので森を抜けて鉱山を目指す事に。
森の中ではカザフ達に夕食用の狩りをさせるのと、ハンナリーにパラライズの練習をさせる事に。
「トルク、あそこに黒い鳥がいるのわかるか?」
マーギンが示した場所はそこそこ離れた森の開けた場所。
「えっ?どこ?」
「開けた場所の右に草むらみたいになっている場所だ。あの中に鳥がいる」
「わかんない」
「あっ、ほんまや。結構大きい鳥やんか」
ハンナリーは見付られたようだが、他の皆はまだ分からないようだ。
「よし、もう少し近付くか。こっちに気付かれたら逃げるからな、気配を消して音を立てずにそっと近付くぞ」
「わかった」
カザフ達の気配を消して動く能力はすでに一流だ。この中でヤバそうなのはアイリスだけだな。
「アイリス、俺におぶされ」
アイリスを背中に乗せてそっと近付いていく。
「トルク、見えたか?草の下らへんに顔がある」
「あっ、わかった!」
「よし、次はハンナ、あれにパラライズを掛けろ。トルクは鳥が痺れて倒れたら射れ。矢が当たった場所が首なら満点、合格は身体だ。どっちを狙ってもいいぞ」
「ハンナちゃんが魔法で動けなくしてくれるなら首を狙ってみる」
ハンナリーはよっしゃぁ、やったんでぇとパラライズを掛けてみる。
シビビビビ
ドサっ
ちゃんとパラライズが発動し鳥が倒れた。その刹那トルクが矢を射る。
パスッ
トルクの放った矢は鳥の首の根本に刺さった。首か胴体か迷う場所だな。しかし、この距離であそこに当てられるとは凄いな。
「トルク、ほぼ満点だ」
と、褒めるとヤッターっ!と喜んだ。
「マーギン、これなんて鳥?」
「ホロメン鳥だ。旨いんだぞこれ。それに羽が矢の材料になる。タジキが解体したら作り方を教えてやるよ」
「うんっ♪」
ロッカ達もトルクの矢の腕前に感心していた。
タジキにホロメン鳥の解体を横で教えながらやる。
「鳥の解体のやり方はどれもだいたい同じだ。で、こいつは部位別に別けて焼くか、丸焼きかどちらがいい?珍しい焼き方なら塩釜とかもあるぞ」
「塩釜?」
「これはやったことなかったな。じゃ、それにするか?」
「うん」
羽を毟ったホロメン鳥にスパイスをすり込み、お腹の部分に玉ねぎとじゃがいもを詰める。卵白と混ぜた塩で肉を包んで用意終了。それを焚き火に突っ込んで焼けるのを待つ。
「これで終わり?」
「そう。出来るまでに時間掛かるからその間に野営の準備をするぞ」
あちこちに蚊取線香を置いて蚊対策もバッチリ。
「まだ焼けないのか?」
「丸のままだと時間掛かるからな。他のおかずも用意するか。なんか食べたいものあるか?」
「カツオ食おうぜ」
「鳥とカツオか?変な組合せになるけどいいのか?」
「俺達に変な組合せなんてねぇぜっ」
まぁ、それならいいけど。
カツオを解凍して、タジキにさばかせる。
「出来たっ」
「骨に結構身が残ってるぞ。スプーンで身を取っておけ」
こそいでグチャグチャになったカツオの身にネギと味噌、生姜を加えてなめろうにするためにタジキにナイフで叩かせる。
タジキはカツオの身をチタタプと言いながら叩く。なぜそのネタを知っているのだ?
「ハンバーグみたいだな」
「これはこのまま食うんだぞ。まぁ、焼いても良いけど生のままの方が美味い。先に食ってていいぞ」
と、言うとハンナリーとアイリスが先に食いやがった。
カツオの身を焚き火で炙り、全部タタキにする。味付けは油醤油バージョンだ。
カツオのタタキを先に食べ終え、ホロメン鳥の塩釜を取り出す。
「タジキ、これを割って中身を取り出せ。熱いから気を付けろよ」
と、塩釜をナイフの背でコンコンと割って取り出して切り分けていく。
「旨ぇっ」
カザフがそう口火を切ると、皆もガツガツと食い出す。
「マーギン、凄くしっとりしてて旨いな」
タジキは焼いた鶏肉より旨いと言う。
「蒸し焼きになってるからな。ホロメン鳥が旨いってのもあるけど、コンガリ焼けたのとまた違った旨さがあるだろ?腹に詰めた野菜もその旨みを吸ってるからな。ジャガイモも旨いわ」
「これは他の肉でも出来るのか?」
「出来るぞ。肉でも魚でもな。店で出すなら塩代が高くなるから大将の店では無理かもな。でも塩の代わりに土を使っても出来るんだぞ」
「土でも出来んの?」
「土でやる場合は、肉を海藻や葉っぱで包んでやる必要があるけどな。もしお前が店を持ってこれを作りたいなら予約制とかで注文を受ければいい。宴会料理とかにいいかもな」
と、タジキの将来の構想を話してやると、鼻息をふんふんと荒くしていた。
翌日からも、小さな鳥やウサギとかを狩りつつ鉱山を目指す。ロッカ達も狩り慣れているような奴はカザフ達に教えてやっていた。
「マーギン、本当に鉱山に向かって進んでいるのか?もう着いても良さそうな気がするのだが。まさか迷ったのか?」
5日ほど同じような行動を続けていたロッカがまだか?と聞いてくる。
「迷ってはないけど、進んだのはまだ半分ってところだな」
「カザフ達に勉強させるのに遠回りしているのか?」
「それもあるけど、ヤバそうな気配を避けて進んでるんだ」
「何がいたんだ?」
「熊の親子とか色々だ。魔物なら狩ってもよかったんだが、動物の熊の親子とか狩りたくないだろ?」
「そうか?別に狩ればいいではないか」
ロッカはそう言うが、俺は小熊とか狩りたくない。ここらにいる熊は小型だし、小熊は可愛いのだ。しかし、出会ってしまったら向こうは襲ってくるから殺さないといけなくなる。
「夏の熊の肉は旨くもないし、討伐依頼も受けてないから、無駄な狩りをする必要がないんだよ。それよりこの領にしか居ないような奴を探しながら進んだ方がお前らも楽しいだろうが」
「まぁ、それはそうなのだが、この蒸し暑さがどうもな…」
ここは王都よりずっと蒸し暑いから、それに嫌気が差して来ていたのか。すでに、珍しい果物や薬草の類もたくさん採取出来たし、そろそろ本格的に向かうか。
そして、その夜、野営している時に異変の前兆が訪れる。
テントの中で寝転んでいたマーギンがむくっと起き上がり、何かを探るように集中し始めた。
「どないしたん?」
今日こっちのテントに寝に来ているのはハンナリー。バネッサとアイリスと入れ替わりで寝に来ているのだ。
「ちょっと外を見てくる。ガキ共を起こしておいてくれ」
「そやから、どないしたんよっ。なんか来てるんか?」
「いや、分からんから見に行ってくる」
「えっ、なんか来てるんやったら側におってぇな。怖いやんか」
「まだ分からん。鳥や虫の鳴き声が一斉に止んだんだ」
と、マーギンに言われてハンナリーも辺りが静まり返っていることに気付く。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、うちらを置いて行かんといてぇなっ」
「わかった。ロッカ達のテントで待機しろ」
カザフ達を起こし、隣のテントで寝ているロッカ達も起こす。
「なんかいるのか?」
ロッカ達も警戒態勢を取る。
「まだ分からん。けど、ヤバい気がするから起きてそのまま警戒しててくれないか。俺が調べてくる」
「うちも行ってやんぜ。暗視魔法も使えるんだからよ」
一緒に来ると言ったバネッサにマーギンはここで待機しろと言いかけて止める。目の届かない所で飛び出して行かれるより一緒に居た方が良いと判断したのだ。
「わかった、一緒に来てくれ。そのかわり俺から離れるなよ。シスコとトルクは弓を構えておいてくれ。ロッカも抜刀して待機を頼む」
いつにもなく真剣な表情でそう言ったマーギン。皆は本当にヤバいのだろうとゴクリと唾を飲んだ。
「マーギン、なんの気配もねぇぜ。魔法使って見ても何もいねぇ」
「そうだな。何もいないのが気になるんだよ」
「お前、比較的安全なルートを選んでたから遠回りになったんだろ?だから何もいねぇんじゃねえのかよ?」
「遠回りしたの気付いてたのか?」
「いや、ロッカから聞いたんだよ。いつもそうだがよぉ、そういう事先に言えよなぁ。うちらも迷ったのか?とか気になるじゃねーかよ」
「あぁ、悪かった。ガキ共に色々教えるつもりで、変な先入観を持たせたくなかったんだ」
「まぁ、それならいいけどよ。で、お前は何を警戒してんだ?魔狼がいやがんのか?」
「この地域には魔狼はいない。似たようなやつがいるとしたら山犬だな」
「犬?」
「犬といってもかなりデカイけどな。滅多にいないレア物だし、山犬はこっちから危害を加えない限り襲っても来ない」
「そんな魔物がいやがるんだな。なら何を警戒してんだ?」
「気配を掴めん奴だ。いるとしたら虫系か爬虫類系の魔物だな。俺らも気配を消してるのに鳥や虫の鳴き声がしないだろ?」
「そういやそうだな。毎晩あんなにうるさかったのによ」
「そう、寝る前までもうるさかったぐらいだ。それが今は全くない。魔物どころか動物の気配すらない。おかしいんだよこの状況は」
と、言った時にマーギンが気配を察知した。
「バネッサ、音を立てるなよ。このまま気配を消してゆっくりと皆の所に戻る」
「な、なんかいやがったのか?」
「しっ 声も出すな」
マーギンはバネッサの手を握る。勝手に飛び出されたら危ないのだ。
「なっ、なっ、何しやがっ」
「しっーーっ」
マーギンはバネッサを黙らせて、手を握ったまま皆の所に戻った。ドキドキしながら警戒態勢を取っていたロッカ達は手を繋ぎながら仲良く戻って来たマーギン達を見てイラッとする。
「デートでもしてきたのか?」
「そっ、そんなんじゃねーっ」
と、照れたバネッサは慌ててマーギンから手を離す。
「ロッカ、そんな状況じゃない。皆はこの太い木に登ってくれ。地面から4m以上高い所で待機してくれ」
「何が来るのだ?」
「いいから早くっ」
皆を木に登らせていると苦戦するのはアイリスだけ。ロッカが下から押し上げ、バネッサが上から手を引っ張る。
「魔物が木に体当たりしても落ちないようにしっかり掴まってろ。ロッカも早く登れ」
「強敵なら私も手伝おう」
「いや、俺がやることを見ていてくれ。対処方を見て覚えておいて欲しい」
と、マーギンが言った時にガサッと木の影からそいつが現れた
「キュルルルーっ」
見た目とは裏腹に可愛い声で鳴く魔物が首をかしげてマーギンを見ていたのだった。