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聖女の姉の肌荒れは治らない

前話のあらすじ


妹がこの世界で聖女として生きていくことを決めたようです。

 部屋のドアがノックされる音で、まどろみから完全に目が覚める。

 カーテンの入っていない部屋は明るく、日が昇ってしばらくたっていることがわかる。


 体を起こしてぼんやりしていると、もういちどドアがノックされた。返事をする前に失礼しますという声とともにドアが開く音がする。妹の部屋とつながっている方の扉ではなく、廊下に面しているほうの扉が開いた。


「何度かノックしたのですが、お返事がありませんでしたので、申し訳ありませんが扉をあけさせていただきました。」


 メイドの格好をした女性が入り口から声を張り上げる。

 少し怒気がはらんだような声に聞こえる。私が何をしたというのか。

 いや、これだけ日が昇っているということは実際何度も読んで返事がない状態で待たせてしまっていたのかもしれない。


「起きてませんでしたー、すみません。」

 

 同じくらいの大きな声で返す。


 ベッドからのっそりと出る。部屋には鏡がないからたぶんひどい顔をしているが、よく寝てすっきりしているので本当にひどい日に比べたらましな顔をしているかなと思う。

 

 手櫛でといた髪を後ろで一つにまとめようとするが、手元に束ねるゴムがないことに気が付きそのままにする。今日は白衣を着るわけでもないので、肩に髪がついていても問題はないだろう。


「聖女様と、あなたの朝食をお持ちしました。本日も部屋に運ぶようにアレク殿下言われていましたので。」


 さっきの怒気をはらんだ声と違う声で話しかけられた。

 4人のメイドさんたちが食事のワゴンを部屋の中に押してきた。


 一人が奥の扉を開け「こちらに洗面などがございます」、一人がクローゼットをあけて「こちらにきがえがありますので」と着替えが入っていることをアピールする。着の身着のままで寝ているのが気になったのだろう。

 何もしていない一人は、こちらを睨みながら唇を尖らせている。おそらく怒気をはらんだ声の持ち主だと推測した。

 部屋に運ぶように、というのは殿下の気配りらしい。あまり周囲に気を回せるタイプには見えなかったので、近くの人間が助言しているんだろうと勝手に推測する。


「ありがとうございます。」


「姉君が聖女様の側仕えとして働かれると伺っております。お二人の食事の際はワゴンを運び、必要に応じて世話をするよう申しつかっていますので、御用がありましたらこちらのベルで及びください。もちろん給仕したほうがよろしければ何人か置いていきます。お食事がおすみでしたらまた廊下にワゴンをお戻しください。」


 とても丁寧な対応をされ、こちらもつい頭を同じだけ下げそうになる。

 ワゴンを私の部屋に入れて、メイドさんたちは出ていく。直接聖女様の部屋には入らないよう言われているらしかった。



「お姉ちゃんおそようございますおなかすいたー!」


 ドアがしまう音の後、部屋同士をつなぐ部屋のドアからアリスが顔を出す。どうやらすでに起きて食事が来るのを待っていたようだ。申し訳ない。

 着替えも済んでいるようで、立派なドレスに身を包んでいる。


「朝から元気だねー」


 10代の勢いがなせるものなのかもしれないが、私が10代だった時にできていた記憶はない。


 すでにこちらの服に着替えているアリスは、装飾などはなくシンプルな装いであるにもかかわらず、黙っていれば本当に聖女のように何かが神々しい。


 …神々しい?


 改めてアリスに目をやると、髪の色が昨日とは明らかに変わっていることに気が付いた。

 光が当たると銀色に輝き、虹色の艶が出ている。

 これが聖女様仕様というものだろうか。



「先に着替えてもいい?」


「いーよー、あんまりかかるようなら先に食べちゃうからねー。おっスープがいい香りだよ!」


 ワゴンのふたを開けて喜び、スープを大きな器からよそっている。準備を全部やってくれる気でいるようだ。急いで顔を洗いクローゼットに入っていた洋服を着て部屋に戻る。


 丈の長い落ち着いたワンピースで、裾の生地は軽く動きやすい。

 鏡を見て、自分の髪色もわずかに変わっているような気がした。ほんの少しだけ青みのかかった、ほぼ黒だ。


 すでにアリスはカトラリーをもって待ち構えている。


「待たせてごめん。」


「つまみ食いしてるから大丈夫!」


 確かにアリスのお皿のパンはすでにかじられた跡がある。

 まあ私の仕事と言われていることを全部やってもらっておいて文句が出るはずもない。斜め向かいに用意された椅子に座り、手を合わせて朝食を食べ始める。


「こっちの世界は毎日パンなのかなあ。ご飯のほうが太らずに済むのに。」


「太っても聖女の力とかがあれば元に戻るんじゃない?」


「そこまで万能かなあ。だったらいいけど。」


 へへっとアリスがパンを頬張りながら笑う。

 太る太らないを気にしなくてはいけない体系ではそもそも全くないだろうとうらやましい。



「そういえば、昨日治療魔法を使ってたじゃない?」


「うん、朝も陛下のところに一回使いに行ったよ。」


「ものは相談なんだけど、ちょっと私の肌で試してみてくれない?ニキビの薬を最近縫ってたんだけど、こっちには持ってこれてないし、昨日より悪くなってそうだから。」


 ニキビやそばかすとは無縁のアリスの肌と違い、私の肌は荒れやすい。ニキビといっても侮るなかれ、不規則な生活と不摂生の窮まった私のニキビは塗り薬で治らないどころか、うっかりするとすぐに化膿して大きく立派な毛嚢炎になってしまうのだ。

 飲み薬が必要なくならない範囲で、何とかしておきたい代物である。


「いいよ。やってみるねー。」


「まあ、昨日の皇太子さま方が知ったら怒りそうだけど…」


 たぶん聖女という言葉そのままの意味で奉られているとすれば、市販薬を塗る感覚で使っていい魔法ではないのはなんとなく察せられる。


「いんじゃない?まだするなって言われてないし」


 アリスがパンを食べながら私の額に片手をかざすと、その場がぱっと明るく光る。

 

 体があたたかいものに包み込まれるような感覚。ニキビがあったところに手を当てると、跡形もなく消えていた。肌の全体的な乾燥も期待していたのだが、こちらは少し改善されたというか、元々のコンディションの中ではいい方であるものの、いわゆるすべすべ肌からは程遠い。


 ニキビが治るのに肌状態自体は変わらないということは、その場での状態を改善させる能力はあるけどもとからある性質は変えられないということか。


「疲れもあったら一緒に取れますようにっておまけしといたよ!」


 誇らしげにアリスが言う。いい子過ぎて感動する。


 聖女って言って中の人間も必ずしも優れているとは限らないんだろうけど、うちの妹は間違いなくいい子なんだろう。確かに体が軽くなっている。寝不足で疲弊していないからだなんていつぶりだろうか。


 食事を続けながらいると、私の部屋のほうのドアがノックされ、開けるぞ!何かあったのか!?という大きな声とともに何人か人を伴ってアレク殿下が入ってきた。

 部屋同士をつなぐドアを開け放したままだったので、その隙間から二人が確認できた。向こうもこちらに気づいたようだ。

 ノックからノータイムでの入室だが、礼儀とかはないのだろうか。

 妹の部屋に入るには礼儀正しく、ドアが開いているものの「入っていいか」と確認してから入ってきた。


「おはようございます。」


 アリスは座ったまま挨拶する。


「ああ。いい、座っててくれ…大きな魔力をここで感知したようなんだが、何か心当たりがあるか?」


「あ…」


「今お姉ちゃんのニキビを直していました。」


 殿下がじろりとこちらを睨んでくる。

 少ししてクリス様とローブを着た女性が入ってくる。殿下が入ってくるときに私の部屋から前に続くドアもあけたままにしてきたからか特に断りの言葉はない。


 ローブの下からは化粧っ気こそないが、一目でだれもが美しいと認めるであろう顔と艶やかな髪の束がのぞく。見覚えがある。アリスと私が召喚されたときに、広間にいた一人がこんな顔立ちだったような気がする。その時も確かローブを着ていた。


「魔力の痕跡は、そちらの女性から感じ取れますね。今感知した魔力はそちらで間違いないかと」

 

 ローブを着た女性から発せられたのは、鈴のなるような声だ。

 ニキビを直してもらったことがここまでつまびらかになることに恥ずかしさを隠せない。



「あの…なんかすいません。」


 すごい勢いでアレク殿下が私を睨んでいる。くだらないことで…と思っているのが見て取れる。

 それが彼の手間を煩わせたからなのか、聖女様の魔力の無駄遣いをしてしまったからなのかはわからないがアリスの視線が彼に向くときには無表情を装い怒りを隠す。なので私が代わりに睨むことにした。もちろんアリスの視線がこちらに戻るタイミングで愛想笑いに戻す。


「おはよう。二人ともよく眠れた?大きな魔力って魔力持ちには感知できてしまうんだよね。朝から驚かせて済まない。」


 間に割り込むような位置に立ってクリス様が話しかけてきた。


「で、君たちの部屋から大きな魔力があったから何かあったんじゃないかと思って心配になって集まったということだ。まあまあ、アレクも落ち着いて。とりあえず外敵が来たとかでなくてよかったじゃないか。」


 食事はゆっくりたべてね、と小学校の先生のようなことを言いながらアレク殿下とローブを着た女性を連れて出てこうとした。


「…突然入ってきて失礼した。食事が終わったら魔力と使い方を学んでもらいたいのだが、かまわないか?それと、父上のところにも顔を出してほしい。昨日今日のおかげでかなり調子は良くなっているようなのだが、できれば毎日顔を出してやってほしい。」


 アレク殿下がアリスの方だけを見て言う。


「いいですよー。じゃあまだ食事中なので。あ、今日殿下とお話しする機会はありますか?」


 出て行けと言わんばかりの言い方をした直後に思い出したように付け加えた。

 アリスの一言一言で表情を変えている。聖女を嫁にするためにご機嫌を取っているのかと思っていたが、それだけではなさそうようだ。



「アリスが許可してくれるなら、昼は外で仕事のため難しいが夕食を共にしたい。」


「いいですよ、いいよねお姉ちゃん?」


「は…?側仕えもいるのか?…別にいいが。」


 私もいるのは前提か、いや今のは食事に同席という意味だな。

 アレク殿下は明らかに嫌そうな顔をしている。


 本音を言えば明らかに私のことはお気に召さない様子なので、私もアリスが殿下と食事をしたいのなら、私は抜きで2人で食事をしてもらいたい。得たい情報はアリスに聞いてもらえばいいのだし。


「あたりまえです、私の姉ですよ!」


「いやアリス、私は遠慮しておくよ…」


「わざわざ食事別にしてお姉ちゃんは一人でご飯食べるってこと?そんなの味気ないでしょ!」


 気を遣う食事よりはそのほうがいいんだけどなと思うがそんなふうに言えるはずもない。


「じゃあ姉君は僕と食事をとる、というのでどうだい?もちろん急の仕事がなければになるけど、それはアレクもそうだろうから。」


 クリス様が笑顔で提案してきた。


 いや別に私は一人でいいんですがといいかけて、アレク殿下から受けろという圧を感じる。

 ここで断ったら自分とアリスの食事が成立しないもしくは私が混じることを避けたいのだろう。」


「…じゃあ、それでおねがいします。」


「…じゃあアリス、また夕食時に会おう!」


 ぱっと表情が明るくなり、だれが見てもうれしいことがあったんだろうとわかるような足取りででは失礼する、と殿下は部屋から出て行った。


 ドア閉めてけよ、と心で少しだけ毒づいておいた。

拝読ありがとうございます。


次回は明日更新予定です。

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