追記1 彼女の髪が短い理由
ミシェル嬢視点の、聖女召喚の儀式の時の話(1話)です。
普段の連載1.5話分くらいの長さがあります。
「そういえばさ、ちょっと魔法陣にいたずらしちゃったんだよね。」
「はあ?」
聖女召喚の儀式をはじめた瞬間に、隣の男がそんなことを言いました。
色素の薄い金髪の彼は、私の婚約者候補の一人です。
候補の一人というのは、私が産まれたとき国一番の魔力を持って産まれたことから、早々に成人後王家に取り込まれる方針が決定されたことによります。
ちょっとあまりに簡潔すぎて、世界線が違う方には説明不足であることを考慮して追記いたしますと、私は皇太子に皇太子妃として嫁ぐことが決まっています。後継第一位がだれになるかも決まらないまま、私の立場だけが決められました。
当人としては、こちらにもあちらにもどちらにもその気は微塵もありませんしお相手も同様ですが、当人同士の結婚の意思など基本的には考慮されることはありません。喜んでいるのは王家とつながりができたという、権威欲の強い私の父だけです。
とはいっても幼少時からずっと城で暮らしているので、父親とは言っても王子に取り入れとたまに圧力をかけてくる知り合いのおじさまでしかありません。(いわゆるくそジジイですね)
母は父に何かで逆らったということで、私が産まれてすぐに父に殺されたそうです。私のことをおもいやってなのかそうでないのかも誰も教えてくれないのでわかりませんが。そういうわけで私には肉親の情というのはよくわかりません。
ですので私はそれなりの立場に置かれようとはしておりますが、自分自身も望んでいたいとも思っていませんし、対して嬢もわいていない父親の為に何か積極的に動こうとも思いません。そのまま婚約者として働けと言われれば働きますし、やめろと言われれば生きていくのに困らない範囲での代替案があれば一切の躊躇なく引くつもりでいます。(むしろそうしてほしい)
幸いたぐいまれな魔力とスキルのおかげで、自分よりも皇太子妃にふさわしい人間をみつけられたので、その方をお呼び立てすることで、お役御免となることを期待しております。
もっともその方が望まなければ申し訳ないことこの上ない計画ですが、占星の能力で見えた将来像から考えると、その方にとっても望まない未来にはならないだろうと確信しております。
ただ、皇太子妃にふさわしい女性を一人召還したことで、皇太子妃になることは裂けられたとしても、この国の後継者候補は二人います。このままでは皇太子妃になることを避けられても、もう一人の婚約者にされてしまうでしょう。
占星のスキルとはたまたま見える未来があるというだけで、見たい未来を選ぶこともできなければすべてがわかるわけでもありません。あくまで「こうしたらこうなる」ことを断片的に占いで見せてくれるだけなのです。
もちろん皇太子妃になることを避けられれば一番の面倒ごとは回避できるのでそれは望ましいのですが、今となりにいる愛国心のかけらも見られなければ自分に対する興味を微塵も持っていない殿方と一生を共にするのもあまり望ましいとは思っておりません。
そしてなんなら、彼も聖女様にどうやら興味を持っているようです。
アレク殿下とは違い私に直接依頼をしてくることはありませんでしたが、私の不在の時に私の仕事場に入り魔法陣を眺めていたようです。すれ違う彼からは時々異世界転移の魔法を使ったと思われる魔法の残滓を感じられました。
もしかすると聖女様とは関係なく異世界を覗いている可能性も否定できませんが、ただでさえ異世界に関わる魔法は魔力を消費します。私の真似をして我流でされている魔法で、それも自分に元々向いていないスキルの習得と使用。
そこまで彼を突き動かすのは何があるかと聞かれれば、私には聖女様くらいしか思い当たる節はありません。
とはいっても、それなら聖女様を呼ぶことには何も問題はないはずで、今こんなことを言い出す理由にもなりません。
血筋的にはアレク殿下の方が皇位には近いですが、能力や魔力量からは圧倒的にクリス殿下がふさわしいのは誰の目から見ても明らかでした。
クリス殿下が皇位継承に全く乗り気でなく、アレク殿下が10歳になった時に自ら皇太子の選抜を辞退を志願したことでアレク殿下が皇太子に決定しましたが、名乗りを上げればクリス殿下が皇位を得ていたのは確実だったと思われます。
私が聖女のことを予言したのはそれより前でしたが、当時は興味がなかったもののあとになって興味が出てきたのでしょうか。それなら気の毒だとは思いますが、それでもその後やはり皇太子にと名乗りを再度挙げずに年月を過ごしたのならそれはもう受け入れるべき運命だとも思います。
そのせいで聖女召喚の儀式にいたずらをしたのなら、内容によっては何年も準備をしてきた儀式を止めなくてはなりません。
いたずらをした、というクリス殿下を睨みつけました。
「はあ?とは貴族令嬢にはあるまじき発言ではないかい?」
「貴族にあるまじき、という言葉はこの儀式に余計な手を加えたと仰る貴方に言えることではないと思いますが。いったい何のいたずらをしたのですか?」
もう魔法陣には魔力を組み込みだしてしまっています。今から書き換えは不可能です。
あくまで魔法陣は魔法の補助ではありますが、そらんじて魔法を組み立てるには異世界転移はあまりに煩雑です。一文字でも間違えればうまく発動しなくなってしまいます。
「魔方陣を少しいじったんだよ。」
「一番大切なところではないですか。何のために……」
手を止めて問いただそうとしましたが、やめました。
今なら魔力のロスは大きいですが、なにをいじったかによってはそれでも取りやめたほうがいいでしょう。そもそも下手に集中を切らすこと自体が、この儀式の成功を妨げてしまう可能性も十分にあります。
何人もの魔法使いで囲んでいる魔方陣を確認します。
魔法陣に沿って魔法を発動させていますが、主な発動は国で1,2番の魔力を持つ私とクリス殿下で担っています。あとの魔法使いは魔力を供給するための補助として参加いただいています。それも、自分たちだけの魔力では不足するので、魔力のこもった供物から魔力を供給しているのです。
供物からの魔力の抽出と魔法の展開を同時にするのは負担も大きく間違いがあってはいけないので、彼らにも参加していただいているのです。
国で指折りの魔法使い総出でかかっている儀式なので、簡単に中止して、予定としても何度も組むことはできません。
「具体的に何をいじったかを教えてください!」
ざっと魔法陣を確認するが大きく変わっているところはなさそうです。部分的に何かを変えたのでしょうが、そこを買えたのかは一目ではわかりません。
「話が早くて助かるよ。このまま続けても聖女召喚の儀式は成功するから安心してくれ。ただ少し、召喚する範囲を広げてあるので魔力が足りないんだ。だから今伝えた。」
そういうとクリス殿下は自分の髪をさっと切り落とし、供物の中に入れました。
聖女召喚の儀式には、もとで準備してある供物で若干の余裕をもって十分なはずですが。
「…何か追加で召喚したいということですね?」
「そうだね、それでね、計算すると、僕とあなたの髪を供物として追加すれば足りそうなんだ。」
そういって自分の髪を切り落とした短剣を差し出す。
はあ?とまた口をついて出てしまいました。
そんな教育は受けていないが、アレク殿下に付き合って異世界転移で異世界の文化を除くうちに、普段使うべきではない言葉遣いが混じってしまっているようです。いえ、これは言い訳でしょう。
「何をしたのか、聞いていいですか?」
よく聞いてくれたね、と言わんばかりの笑顔を浮かべました。
「もう一人、僕のお客さんを呼びたいんだ。」
聞いてもよくわかりません。
「えっと……」
「つまり、召還する座標を少し広げたんだ。」
何をしたかはわかりました。
つまるところ、他に誰かを共に呼び出しているから魔力が足りないということですね。
魔力を持っている人間は、体中に魔力が巡っています。その中で余った魔力は髪の毛や爪に蓄積されていくのです。ですので、何かあった時の為に髪の毛を伸ばしております。私も例外ではありません。
こだわっているわけではありませんが、それなりに側仕えが整えてくれる腰までの銀髪は愛着があり、いきなり切れと言われて納得できるものではありません。
かといって、この場で拒否すれば二人分を呼び出す魔力には足りず、召喚には失敗してしまうでしょう。次の機会がいつあるかはわかりませんし、そもそも、失敗によって召還する対象を危険にさらしてしまうかもしれません。
仕方がないので、差し出された短剣を手にとって髪を切り落とし、供物の位置に放り込みました。
どうせ髪はまた伸びます。
嬉しそうに笑みを浮かべるクリス殿下を睨みつけます。
「……事前相談もなしに、このような暴挙、承服できるとお思いですか?」
「駄目だったら、君と手紙のやり取りをしているサクラ男爵の息子を引き合いに出すつもりだったよ。」
どうやら弱みを先に見つけていたようです。わざと興味はない風を装う。
「別に他意はありませんし、検閲されたとして何も問題ないやり取りしかしていませんよ。」
彼とはあくまで相手の希望があって手紙のやり取りをしているだけなのですが、確かに手紙のやり取りをしていることそのものを知られるのは中身を知られることよりも私の立場を脅かされるということでしょう。
お互い中身を公表して何の差支えもないのですが、この言い方だと中身を公表させてもらえず、やり取りをしているという事実のみ流布されそうな気がします。
「やり取りしていること自体が問題になることがわかっているから、魔法を使ってわざわざ内密にやり取りしているんだろう?そもそも困るのは君よりも彼の方だろうから。」
婚約者が他の異性と内密にやり取りをしていることが問題にならないはずはない。言外に、私が今の地位に執着していないことはわかっていると匂わせてきます。
既に、私が力を貸すのは既定路線だったようです。
召喚儀式が終わり、二人の女性が呼び出されました。
予定通りの聖女様と、もうお一人は見覚えはありますがどなたかははっきりと思い出せません。
おそらく聖女様に近しい方なのでしょうが、魔力はあまり感じられません。
クリス殿下の顔を見ると、とても嬉しそうです。
その視線は聖女様ではなく、ともに来られた女性にだけ向いています。
そのまま彼女に駆け寄っていこうとしたクリス殿下の袖を慌ててつかみます。
「お待ちください、異世界とのはざまをまだきちんと閉じられていませんよね。私一人では荷が重いです。」
彼女の方を向いてまるで少年のように綻んでいた顔が固まり、こちらを見ました。
「……一人では……いやそうだな、わかった。」
「きちんと最後まで務め上げられたら、貸しは一つにしてさしあげますから。」
「女性の髪が安くないことくらいは想定しているよ。誠心誠意借りは返そう。」
……そう思うのなら事前に教えていただきたかったのですが。
まあ、事前に言われて私が承服していたとは思えませんし、私自身が動かなくても、その情報を仕入れた誰かが彼人にとって望ましくない妨害や説得をしたのは想像に難くありません。
私も今の嬉しそうなクリス様のお顔を見て、そのまま駆け寄らせてあげたい気持ちがないわけではありませんでしたが、さすがに一人で異世界と通じる魔法を完遂するのは困難です。
異世界の転移には時空を開いて、呼び出して、そのあと閉じる作業が一番大切なのです。
出産で胎盤が出るまでが出産なのに感覚的には近いでしょうか。子供を産んだこともなければ、立ち会ったこともございませんが。もしくは遠足は帰るまでが遠足というのに近いかもしれません。
魔法を完遂すると、クリス殿下は急いで彼女が向かった先に駆け寄っていかれます。
弟君であるアレク殿下にも何も伝えていなかったようで、不審者のような扱いを受けて連れていかれてしまったのです。あれは完全にクリス殿下の落ち度でしょう。
決して一人で魔法を完遂出来ないからと言ってクリス殿下を呼び止めた私のせいではございません。
殿下とは名目上は婚約者ではありますが、事務的な会話以外ほとんど交わしたことはありません。
それでも公式な場で顔を合わせたことは少なくないですし、付き合い自体は10年以上にわたります。
そんな彼が、見たこともない顔をしている。
それだけで、彼らの幸せを願わずにはいられないものです。
次回、クリス様視点の話です。




