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最終話 聖女の姉は帰りたい

「あと聞いておきたいのは、クリス様が黒幕をそそのかした、という件ですが。」


 王宮に戻り、クリス様の部屋で軽食を運んでもらいくつろぎながら過ごしていた。


 靴を履いたまま一日過ごすというのは想像以上に不快で、靴を脱いで食事をしたいと言ったら、彼の部屋に招かれたのだ。

 とはいっても茣蓙みたいなものがあるわけではなく、ベッドの傍に軽食を運んでもらい、ベッドに座りながら食事をとるという大変だらしないことをしていた。


 クリス様はたぶんまだ何か謝罪することがあるからだろう、傍の椅子に座り何やら神妙な顔つきだ。


「ああ…それはきちんと謝罪しなければと思っていた。ブルーベル侯爵はそもそも聖女の召還に反対していてね…まあ呼ばなければ自分の子が最も徴用される立場にいたのだから、無理もないのかもしれないけどね。

 それに、望んでいないことをどれだけ明確にしても僕を後押ししていたことや、まあ他にも細かなことがいろいろあってね、どこかで失脚してもらわないと困る状況になっていたんだよ。


 だからその…少し情報を流して、唆す方向には持って行ったかな。」


 そういえば、フリート王国に迎えに来た時、何度か謝罪していた。あれはそういう意味だったのかと思いだす。


「大麻のこともブルーベル侯爵ですか?」


「いいや、あれはブルーベル侯爵家の主導ではなくて、サクラ男爵が自分の庭で育てていたものを、誰かが意図的に持ち出して栽培していたそうだ。まあ育てているだけで罪だから、彼も何かしらの罪は免れないけどね。

 そっちの背後にはフリート王国の影響があると考えているんだけど…まだ調査中だ。そちらは僕は関与していない。」


 ふうん。

 極刑もありうるのかと思っていたが、そういうものでもないらしい。


「まあそういう経緯で、僕の浅慮さが今回君を危険にさらしたともいえる。謝罪で済むことではないが…」


「とりあえず謝ってください。」


「待ってくれ。あと、これも謝罪で済むものでもないかもしれないが、君をこの世界に呼んだのは、僕だ。」


「…ミシェル嬢は、人為的なミス、と言っていましたが。」


「彼女が統括していたから、彼女の確認不足という意味では彼女のミスだ。」


 しれっと言った。涼しい顔で続ける。


「でも、故意か偶然かは言っていなかっただろう?僕が故意に、魔法のシステムを一部書き換えたんだ。」


「…それなら、もう少し早くいってほしかったですね。」


 それなら、始めの頃肩身の狭い思いをすることなく、もう少し厚かましい態度でいられただろう。

 怒っていたかもしれないから、そう思うと言いにくかった気持ちはわかるが。


「それもそうだな。」


「とりあえず、あわせて謝ってください。」


「…済まない。」


 クリス様は私の手を取り、跪いて頭を垂れる。

 申し訳ないという気持ちは、いやというほど伝わってきた。


「いいですよ。跪かれるのは性に合わないので、戻ってください。」


 強いていうのなら、とうに許している。


 許すきっかけをつくるために、謝罪を求めただけのことだ。


 彼はベッドに座り、靴を脱いだ。

 横たわって私の膝に頭を乗せた。

 どうもこのお方は、本来甘えるのが好きらしい。


「女性の膝とは、気持ちいいものだね」


「そうですか・・女性には困っていないんじゃなかったんですか。」


「うーん。女性に困るっていうのは、自分に好意を寄せてくる女性が途切れないかという意味で言ったつもりだったんだ。不特定多数の女性から好意を向けられている自覚はあるからね。」


 そういうことを言っているつもりではなく、何なら若干嫌味や探りを入れたつもりなのだが、気づいていないのか気づかないふりをしているのかそのまま彼は続ける。


「…必要な女性が想いを通わせてくれていないという意味では、僕は女性に困っているということになるな。」


 じっとこちらを見つめてくる。


「…いうなら、もっとはっきり言ってください。」


 意図が伝わっているかという意味では、流石に伝わっている。


「私、騎士と兵士の違いも側仕えと侍従とメイドの違いもあまりよくわかっていません。そんなレベルでこの世界の常識に馴染んでいないですけど。」


「いい、と言われてわからないことを区別のつかないままにする性質でもないだろう?」


 じっとこちらの顔を見てくる。それはそうですけど、と目をそらして手元に目線を落とすと、手を重ねられた。


「…そもそも、どうしてクリス様が私にそこまで執着されているのかがわかりません。」


「ずっと見ていると特段の理由もなく愛着がわくものだよ。執着される理由がないと不安かい?」


 私が不安かと聞き返されるとは思わなかった。

 少しすねた少年のような顔をしている。


 そもそも、特段の理由なく個人をずっと見ることもないと思うのだが、そのあたりは言語化できないということにしておく。肝心なことは言語化するのが下手そうだ。

 


 きっとこの人は、受け取るのが下手なのだろう。


 受け取るのが下手で取りこぼしてきたのに、人には零してほしくない。


 だから、絶対に受け取ってもらえる確証ができるまで出すこともできないー臆病者なのだ。



 それは誰にでもある気持ちであって。


 でも私はまだ―こぼさず受け止められる自信がない。


 今後元の世界に帰らないという選択肢は、今の私には微塵もないからだ。


 だから、その足枷になりうる気持ちは今は育てられない。


 

 でも、断ってしまう勇気もないし、今後同じ気持ちが続くという保証だってない。


 私から言わずにいられないくらいに気持ちが育ってしまったらー




「正直に言うと、はじめから帰りたい気持ちはあります。今もなくなってはいません。」


 もちろん、彼が同じ気持ちである保証はない。


「まだ時間はあるからね…急ぎはしないよ。」


 クリス様も靴を脱いで過ごすのは気持ちいいね、といい寝たまま果物に手を伸ばし、頬張る。

 靴を脱いで食事をしたいとは言ったが、ベッドに寝ころんだまま食事をしたいとまでは言った覚えはないのだが。



「時間があるから考えてほしい、という意味では私からも提案なのですが…なんなら、クリス様が私の世界に一緒に帰る、というのはどうでしょうか。」


「え?」


 さすがに思いもよらなかったらしい。

 体を起こす。


「私の元の世界での収入はー今はまだ低いですが、順当に研鑽を積めば、クリス様が家で過ごしていただいても何とかなるくらいには稼いできますよ。

 もちろんここの暮らしとは比べ物になりませんけど。見てたのならどういう暮らしかはなんとなくわかりますよね?」


「えっと…」


「何でも人を使える立場ではなくなりますし、自分のことはすべて自分でしないといけなくなります。魔法もきっと使えないので、今までと比較すると不便極まりない生活になるでしょう。それでもいい、何とかしようと思えるならーいかがでしょう。」


 これだけ整った顔があれば、その気になれば何でも飯のタネにはできそうな気もするが、彼の望まないことをさせてまで私の世界に引き込むつもりはない。


「嫌ならいいですよ。」


「いや…嬉しいよ。」


 彼は起き上がって私を強く抱きしめる。


 振りほどくことも動くこともできないほど強く。

 そのまま体重をかけられ押し倒される。


「な!?あの…」


 クリス様はうれしそうに微笑んでいるのがわかる。


 きっと今私の顔はまた真っ赤になっているのだろう。

ここまでご覧いただきありがとうございました。感想などあればお気軽にどうぞ。


一人称で進めてしまったので、他の登場人物の心情や裏設定がほぼ書けなかったのが心残りなので、そのうち追記できればなあと考えております。


続編ではありませんが、同じ世界線の、すこしだけ後の時間軸を舞台にした物語をはじめました。サクラ男爵の息子(一応出てきました)が主人公です。(恋愛要素は薄めですが)もし興味があればよろしくおねがいいたします。

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