聖女の姉は首に穴をあけた
目が覚めると、まずはハンスさんはじめ治療院の人たちに取り囲まれていた。
ミシェル嬢の首に穴が開いているのはその後どうしたらいいのか、ということだったらしい。
今呼吸が落ち着いているのに下手に筒を引っこ抜けないが、のどに管が刺さっているのが®治療と言われても他のものではどうしていいかわからないから来てくれと。
とても丁寧に治療魔法をかけてくれたしく、全身のぼうっとした感覚だけでなく、手の擦り傷から足のねんざのような痛みまできれいになくなっていた。
水をかけられた分風邪をひきそうだったが、それも治療魔法のおかげか心配いらなさそうだった。
ひとまず気道の炎症を取り除いて、問題なさそうなら管を抜くように言うとちゃんと見に来てほしいと怒られた。
軌道に治療魔法をかけてもらったが完全に良くなった気配はなかったので、一日待ってもう一度治療魔法をかけ、完全に炎症がひいたと思われてから管を抜いた。管を抜いた後は治療魔法で閉じたところ全く痕が残らなかった。
そこからは状態の回復のためと言われ、強制的に入院させられた。
面会謝絶と言われているようで、ーそうしないと色々な人が私にもミシェル嬢にも状況を聞き取りに来るらしいーほとんど誰にも会わなかった。
私は回復していたので、重症だったミシェル嬢に話を聞くくらいなら私が聞くと言い張ったのだが、向こうも同じことを言っているとのことで、結局二人とも軟禁状態が続くことになったらしい。
なお自分で転移魔法を使えるアリスとクリス様は何度か来た。
話し声のたびに治療補助師が来ては追い出されていたが。
数日して、退院する前に、ようやく起きているミシェル嬢と会うことができた。
ミシェル嬢は、会わない数日の間にさらにやつれているように見えたが、傷などの後は全くなさそうで、改めてこの世界の治療魔法の存在がうらやましいと感じる。
「-今から思えば姉君をあの場から連れ出してしまったこと自体が間違いでした。」
ミシェル様は部屋を訪ねるなりそう言って私に頭を下げた。
「いえ、こちらこそ本来必要のない危険に巻き込んでしまってすみませんでした。」
お互いが深々頭を下げる。
向こうは私を誘ったことがきっかけになったことが、私からすればアリスの身代わりになって誘拐されてしまったことが申し訳ない。
強いて言うなら、どちらも悪くないのだが。
「まあ二人ともにもう少し気を付けるよう事前に促しておけばよかったよね。ーまあ、ミシェル嬢に関しては、黒幕じゃないかと疑っていたし、そういう意味では姉君の警戒不足感は否めないけどね。」
いやいや、私も立場で言えば完全に被害者だと思うんですけど。
なぜか退院の付き添いに来ているクリス様が横からものをいう。
口には出さず心の中で文句を言う。
外国に「聖女」の存在を漏洩し、あまつさえ外部からフリート王国の人間を手引きしたのは、ブルーベル家の当主、つまり、ミシェル嬢の父親だったのだ。
あったことがない人間が黒幕が聞いても「そうか」という感想しか出てこないが、隣の国の王族が動くなど、聖女が来てから情報が洩れて計画を立てるには、あまりに期間が短すぎた。
「占星」のスキルを持っている彼女の言っていることを信じて、情報を広く事のできる人間―そう考えるとミシェル嬢の身内であることは納得できる結果だった。
聖女がトランバル王国で次の皇后につくことになり、一番損をするのはミシェル嬢本人ではなくーもちろんミシェル嬢もなりたいわけでなければ得をするというわけではないがーその父親だったということだ。
始めは情報提供を拒否していたそうだが、自分の娘が人違いで誘拐されたことを知るとすべての罪を白状したそうだ。
ミシェル嬢は感づきずっと父親に自首を促したが応じる気配はなく、それを伝えるためにあの日は陛下に相談しに来たとのことだった。
「父のことは、残念に思っています。でも私のことを想いやってしてくれたこと、と言われると私だけは攻め立てる気になれないのも事実です。」
今回のことで、少なくとも本人は謀反で投獄、家族も爵位は剥奪されることになるだろうとのことだった。爵位がはく奪された後貴族がどうやって生きていくのかは知らないが、今後大変なのは間違いないだろう。
すでに家族も含め身柄は拘束されているとのことで、今後はミシェル嬢自身も王宮の敷地内にある「占星」の魔法使いとして与えられた部屋の中でだけ自由が許されているそうだ。
「まあ、元々占星のスキルというものも好きに発動もできず見たいものを選べるわけでもないので、私自身が何か便利なことがあるわけではないんです。今までも家に帰って居心地がいいところがあるわけではなかったので、今まで通り仕事をこなすと思えば、私に関しては何も変わらないですね。ーまあ、立場としては自由になりましたが。」
「父上も今回のことさえなければ優秀な方だからね、どうにかしたい気持ちもあるんだけど。」
クリス様が言う。
「父はしかたないです、幼少期から何か起こすことはわかっていたので何度も何年もかけて説得したんですが、結局聞き入れてもらえなかったので…。」
「娘思いという面も否定はしないけど、権力にも貪欲な人だったからね。・・いや、失言だったかな、すまない。」
「大丈夫です、その通りですから。まあ母と弟だけなら、彼らが治療師としていただけるお給金だけでも、過分なぜいたくさえしなければ十分他の家族も養って暮らしていけるだけの稼ぎはありますから大丈夫ですよ。」
ミシェル嬢は笑顔を全く崩さないが、疲れた顔をしている。疲れた、というよりは覇気のない顔といったほうが正しいだろう。
「それより…クリス様も言わないといけないことがありますよね。私の口からは控えますが、きちんとお話されるのですか?」
お茶を吹き出しそうになるのを済んでのところでこらえたのだろう。かちゃりと音が鳴った直後にソーサーに紅茶が滴っていた。顔は平静を装っているようだ。
「なんのことかな。」
声は平静を装えていたが、瞳孔は明らかに開いていた。
「しらを切るつもりでいらっしゃるならこの場でお話しますがー」
「いや、待って。何のことをー」
ミシェル嬢はクリス様を睨む。
「今回の黒幕をそそのかしたのは誰か、ということです。」




