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聖女の姉は首に穴をあけるー2

 ミシェル嬢の首筋に刃物を突き立てようとしている私を、クリス様が止める。


「待って待って、何をしようとしてるんだい。」


 他に治療師がいないので説明をせずにとりかかろうとしていたのだが、流石に喉に刃物を突き立てようとしているのを黙ってみるだけにはいかないようだ。クリス様が慌てた様子で止めた。


「輪状甲状間膜切開です。おそらく煙を吸い込んで気道熱傷が起きています。」


「さっきの火事でかい?離れているように感じたけど…」


「それとは別に先ほど大麻も吸わされまして、それについては後で説明します。気道熱傷が起きると空気の通り道が腫れ上がるんですね、ふさがると呼吸ができなくなります。


 その場合の緊急措置として、気管切開などの処置が必要になります。大体気道熱傷、のどのやけどですね、それで腫れるのは首のこの位置よりも上なので、この部分を切って開ければ呼吸ができるようになります。」


 本来なら気管切開のほうが位置的にも望ましいが、甲状腺のような出血しやすい臓器があることや、あとで治療魔法で傷口の修正が可能な可能性を考えると、少し上でより簡便な輪状甲状間膜切開のほうが望ましいだろう。


「それなら…もう少し小さな刀のほうがいいんじゃないか。ミシェル嬢の首にネックレスがかかっていないか探してみてくれ。10年以上前の話だが…今も持っているならもっと細くて小さな刀がついているはずだ。」 


 言われるがまま首まわりを探ると、ネックレスの鎖が見つかった、引っ張ると胸の谷間から細く短い剣が出てくる。有事の際に持たされているものか何かだろうが、このほうが余計な傷はつけなくて済むだろう。


 呼吸は今にも止まりそうだ。今も満足な呼吸ができているとは言えないだろう。


 局所麻酔の代わりになるかはわからないが、できるだけ痛みを取るようにと念じながら魔法をかけ、甲状軟骨と輪状軟骨の間の膜、輪状甲状間膜ーいわゆるのどぼとけの下の部分に剣を突き刺す。


 空気の通り道ができたからだろう、大きく息を吸い込む気配がある。傷口を開くように、ボールペンの筒を突っ込んで通り道にする。


 幸いある程度の内径の大きさがある筒だったので、治療院までは持つだろう。

 大麻のことも合わせて、治療してもらわなければならない。


 呼吸が整うのを確認した後、紐でボールペンの筒を固定した。明らかな出血に関しては治療魔法で止血できた。一段落したと判明したのだろう、クリス様が声をかけてくる。


「お疲れ様。大麻って言っていたけど、君も吸ったのか?」


「多少吸ったとは思いますけど、ミシェル様に比べれば微々たるものだと思います。彼らが大量に持っていたので。」


「…そうか。まず王宮に転移するが、そのあとすぐふたりとも治療院に運ばせよう。」




 転移魔法を使い、王宮に戻った。

 ミシェル嬢は王宮の侍医の一人が来ていたが、首の筒を見て驚く。

 治療の一環だということと今は落ち着いているということを説明したが、ろくに聞いてもらえず治療院まで連れて行きましょうとすぐにはこばれていく。

 まあ、気道は確保しているし、対処の仕方がわからなかったとしてもあとは体から薬物が抜けてからでもいいだろう。


 落ち着いたことに安心したのか、力が抜けてその場に座り込んだ。


「ゆっくり休むといい。治療院までは僕が運んであげよう。」


 そう言ってクリス様が持ち上げてくれるが、さすがの彼にも疲労の色が見えている。


「いえ歩きますよ。下ろしてください。」


「いや、せめて運ばせてくれ。こうなったのは…僕にも責任があるんだ。」

  

 どういうことかはよくわからないが、今の私には関係ない。私も意識が落ちるのをこらえるのにそろそろ限界だったのでそのまま運んでもらうことにした。



 抱きかかえられていることに、ひどく安心する。

 この気持ちはきっと、誰でもいいわけではない。


 軽く、頭をもたれてみた。反応はないが、押し戻されるわけでもない。


 吊り橋効果というやつかもしれないが、それでもいい。



 もう少しだけ、休ませてもらおう。


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