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聖女の姉は助けを求めるー2

「じゃあ私は向こうの部屋でこの後の段取りを整えておきますから、よろしく。」


 そう言ってハイネは出て行った。


 煙を吸わないためにだろう、こちらを見張っている兵士も何やら分厚いマスクをしている。


「聞こえる!?大丈夫!?」


 妹に敬語を使うのは不自然なので、ため口で大きな声をかける。反応はあるが、ピクリと動く程度だ。

 会話をするのは難しそうだ。


 ミシェル嬢は部屋の奥側に連れられているのに対し、私は警戒されていない分部屋の手前に転がされている。すぐ近くに大きな窓があるので、少しではあるが風は通っている。風が入るタイミングで呼吸をすれば、わずかだが煙にしても薬物にしても体の中に入る量は減らせるだろう。


 私は彼女に近づくふりをして、窓の傍まで移動する。割れた窓の破片をそっと後ろ手のまま拾い上げる。


 三角座りに体制を変え、スカートに顔をうずめる。成分が布を通すかどうかはわからないが、布を通せば、粉末の吸入は減らせるはずだ。

 

「大丈夫か…?」


 さっき暴れたことを忠告してきた兵士が近寄って声をかけてくる。気分が悪いと思われたようだ。


 顔をスカートにうずめたまま、泣いているふりをして軽く肩を震わせる。


「ハイネ様は冷酷な部分がほとんどだが、根は悪い方ではない。大人しく協力してくれれば本当に悪いようにはしないと思うから、落ち着きなさい。」


 年の頃は40代中ごろといったところだろうか。自分の子供のことでも思い出しているのかもしれない。

 部下に冷酷な部分がほとんどと言われるということは、本当に温情は期待しないほうがよさそうだ。


「ここにあと…どのくらいいないといけないんですか…」


 泣いているふりをする。


「もうそろそろ次の転移魔法だ。準備をしている部屋は別にあるから、それまで少し煙は吸ってしまうかもしれないがそれもあと少しだと思えばいい。副作用でふらついたりすることもあるが、俺たちの国に帰れば治療師が治してくれるから大丈夫だ。」


「何を無駄話をしている。お前も出ておけ。いくらマスクをしていても煙を吸うぞ。」


 他の兵士が声をかけてくる。


 転移魔法を準備している部屋がどれだけ離れているのかはわからない。相手が何人いるのかも。

 ただ、この部屋に入れられている間が一番手薄なのは間違いなさそうだ。


 部屋から見張りが出て行ったのを少しだけ顔を上げて確認する。

 後ろ手にガラスで手首の縄を切ろうとする。なかなか切れないが、物理的に切れないものというわけでもなさそうだ。手が滑るたびに手が切れているのがわかるが、もうろうとしかかっている意識のせいか、そこまで痛みを感じない。


 見張り同士は雑談しており、みはっているのが弱そうな女性二人というのもあるだろうが、完全に気は緩んでいる。ただ、私が全速力で不意打ちしてもかなわないことくらいはさすがにわかる。


 -手が自由になった。

 次は足だ。見張りから死角になっている方の手をスカートに入れて、両足をつないでいる縄を外した。


「そろそろ時間だから、準備をするように。」


―そんな声が聞こえる。


 マスクをした見張り2人が入ってきて、ミシェル嬢の両脇を抱えるように立ち上がらせる。

 部屋の入り口にはハイネが戻ってきていた。

 

 大きく息を吸う。ーまだ動ける。




 逃げようとすればすぐに殺す。


 そう言っていたが、聖女は手の中にあると相手は思っている。しかも簡単には逃げられない状態であり、聖女にとっての人質だけが手元から離れているだけ。


 転移の魔法は準備が整っており、手足を縛っている人質を回収さえすれば、次の場所への転移ができる。


 もちろん誰がかけたかわからない防御魔法が発動していることを考えれば悠長にはしていられないだろうが、目の前の作戦の成功の放棄をするには、惜しいと考える人間が多いだろう。


 だからこそ、転移魔法を発動するという直前まで待ったのだ。


 二人の兵士とミシェル嬢が入り口に向かい背を向けたタイミングで、窓から飛び降りる。

 部分的にガラスが残っていたため擦り傷ができたが、今はそんなこと構っていられない。




 地面に落ちる直前に、金の壁が現れる。


 防御魔法は発動したが、本当に気付いてくれるだろうか。

 気づいてくれて、助けが来るまでどのくらいの時間のロスがあるだろうかー


 運よく足側が下になって落ちたものの、防御魔法で全ての衝撃は吸収しきれなかったようだ。すぐには立ち上がれそうもない痛みが足に響いている。


 ーと、大きな炎が落ちてきて視界を埋め尽くす。

 金の壁が再度現れ、護ってくれる。

 

 上を見上げると、まどにあしをかけているハイネが手をこちらにかざして制止していた。

 おそらく、彼の魔法による攻撃だろう。


 彼らの優先順位としては、当然ながら私はいなくても成り立つ、おまけである。

 不快なら消してしまえばいいくらいの、とるに足らない存在だ。


 周囲の木も燃えており、その一切のためらいの無さにぞっとする。


 少しでもここから離れなければ。


 死角に逃れるため中庭から出ようとあたりを見渡すが、さきに外につながる中庭の出口になるのであろう門が壊される音が響く。使えるのは炎の魔法だけではないらしい。


 中庭にはティートツリーやユーカリなど、燃えやすい植物もたくさん生えていた。おそらくそれが盛大に燃えているのだろう、生木なのによく火が上がっている。

 水をかけられていた分衣服に燃え広がらないのは不幸中の幸いだ。


 中庭からつづく部屋の扉を順番にあけている。

 どこかは外につながっているはずだ。


 フリート王国の兵士の制服を着た男が視界に入る。階下まで降りてきたようだ。

 どこまで逃げられるか。逃げようとしないほうがいいか―

 迷っていると背後に人の気配があった。




「ごめんね。」



 肩に外套をかけられた。

 そのまま後ろから抱きしめられる。


「大丈夫です。」


「無事で、よかった。本当に、よかった。」



 聞きなれた声にほっとして体中から力が抜けそうになるのをぐっとこらえる。

 まだ解決していないはずなのに、もう無事だという安心感が押し寄せる。

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