聖女の姉は魔力の使い方を考える
前話のあらすじ
あまり大きく話は進んでいません。
明日更新と言っていましたが準備ができたので前倒しします。
「お姉ちゃん。疲れてるのにごめんね。大丈夫だった?」
体をゆすられ、起こされる。
当直の翌日はいつも体が重いが、今日は特にー
あたりはまだ暗い。
ゆっくり体を起こすと、部屋に明かりがついた。
ベッドの横にアリスがいる。
不思議な夢を見ていた気分だったが、夢ではなかったらしい。
寝不足でなお途中で起こされた頭はきちんと働いておらず、立ち上がりにはまだ1分ほどかかりそうだ。
頭の中の情報を整理しながら、後ろで一つにまとめていた髪をほどいで手櫛で整える。
「ごめんアリス。寝てたわ。」
見たらわかるよ、とベッドの横にしゃがみこんでいる妹は言う。安堵したことを全身で表現しているのがわかる。
自分の方がはるかに年上なのに、私は自分のことでいっぱいいっぱいになっていたことに気づいて恥じた。
「大丈夫だよ。昨日も寝てないもんね。でも少しだけ話したいから、隣の私の部屋にお茶を準備してもらったの。少しだけでいいから、お願い。」
そう言われて断るわけにはいかない。
ベッドから足を下ろす。スニーカーすら脱いでいなかったようだ。我ながらあきれる。
「アリスの部屋って隣って聞いたけど?」
「お姉ちゃんの部屋との間に扉があってつながってるの。」
私の部屋の奥にある扉をあけると、陛下の部屋ほどではないものの、かなり広く豪華なつくりの部屋があった。
アリスを召還することは事前に決まっていたのだから事前に準備していたのだろう。豪奢さほど数段上なものの、元の世界のアリスの部屋の仕様に雰囲気は近づけられており、おそらく好みを事前に把握していたものと思われた。完全にストーカーのすることだと思ったが黙っておく。
コネクティングルームのように中でつながった隣の小さな自分の部屋はーといっても元の自分の部屋からすれば十分広くはあるのだがー「側仕え」としての私の部屋は掃除こそされ布団もかろうじて用意されているものの、カーテンはついておらず、簡素な棚はあるもののほこりが溜まっている。いかに自分がここで想定外の存在かを思い知らされる。
とはいっても来てしまったものはしょうがないし、自分で現状この世界で即時生きていく手段を確保できないのだから、世話してもらえる間は何とかしてもらうしかない。
アリスの部屋と比べるからこじんまりしているようにも感じるが、一人暮らしをしているワンルームマンションよりは十分に広いし、絨毯や寝台も立派なものだ。文句をつけるのは罰当たりというものだろう。
「ありがとう。」
夜風が気持ちいいからバルコニーで一緒に食べよう、と言われアリスの部屋のテーブルの傍に置かれたワゴンをバルコニーまで押していく。
中で待っていたメイドらしき女性がついてこようとするのをあとは自分たちでするから下がってちょうだい、と言って追い出す。
「まあ、まさか妹の召使になるとは思ってなかったわ。」
「ごめんね。」
メイドが部屋から出て行ったのを確認してから、アリスはワゴンのカバーを外す。
先ほど夕食を食べたばかりな気もするが、美味しそうな軽食が乗っていた。当直中食べられなかった身としては正直夕食では少し足りなかったのでうれしい。
アリスもおいしそうと歓喜の声を上げ、バルコニーにおいてあるテーブルもちゃんと拭いてあったから綺麗だよ、と言いながら皿を並べる。
お茶をカップにそそぐ。花の香りがする紅茶のようだった。
「おねえちゃん。私の巻き添えにしちゃったみたいで、本当にごめんね。」
一口飲んでから、アリスがまた謝罪の言葉を口にした。
「アリスのせいじゃないでしょ…。あ、でもこれからも環境としては全然ありがたいんだよ、アリスが口添えしてなかったらもっとまずい環境に置かれてた可能性が高いんだし。」
慌てフォローを入れる。
「そういってもらえたら少し楽になるけど、それでもやっぱり申し訳なくて。あのクリス様って人、大丈夫なの?」
物理的な距離が近いことを除けば間違いなくいい人だろう。
「すくなくともあんたと食事をしたアレク殿下とやらよりはずっと丁寧な人だと思うけど…わたしはあんたも被害者だと思ってるからそこは気にしないで。陛下の治療の前に呼んでくれたのに、役立たずでごめん…」
「ううん、そんなのはいいの。っていうかお姉ちゃんは私の巻き添えでこっちに来させられたようなん だからもっと怒っていいと思うけどね。」
大分責任を感じているようで、自分の巻き添えという言葉を又使った。
「そうかもね…」
否定はしないことにした。
あのアレク殿下に腹が立つ態度を取られすぎてそこに全部怒りを取られている。
「お姉ちゃんがどこに連れていかれたのかもわからなかったし、とりあえず逆らっていいことはないかなと思ったからおとなしくしてたの。ある程度従順にさえしてれば、言うこと聞いてくれそうだったからね。ご機嫌取りっていうの?」
ニコニコ笑いながら言う。
妹はかわいく、強かだ。
聖女という役割が何をするのか知らないが、彼女なら大体のことは上手にこなして見せるだろう。
「私、とりあえず聖女様になってみるよ。殿下のことももしかしたら好きになるかもしれないし、そうなったらイケメンの旦那さんもできていいことづくめじゃん。」
「前向きだねえ。」
「あとは、陛下を治せたらいいなとは思うんだけど。治療魔法は怪我を治したり体力を回復したりは程度はそれぞれだけどある程度はできるんだって。傷は見えてる傷は簡単に直せるけど、深いところの傷はきちんとイメージできないと直せないって言われたから、またお姉ちゃんに教えてもらっていい?」
「解剖書があれば一番いいんだけどね。流石にそれぞれの血管がどう走行してるか、全部が全部はちょっと自信もないからね。」
たとえあったところで、周囲組織への浸潤をしていれば、イメージで取り去ってしまってもその切断面から血が噴き出て止まらないかもしれない、この世界に来たのができる外科医ならそれでも除去しきるのかもしれないが、ないものを考えても仕方ない。
転移していればすい臓だけ取り去ったとしてもどうしようもない。またすい臓そのものを取り去ってしまって、欠乏したホルモンをどう補うのか、まさか24時間不眠不休でだれかが付き添って魔法で補充するわけにもいかないだろう。
そもそも手術するにもここには電気メスも全身麻酔もたぶんなければ、そもそも全身に転移している可能性の高い癌に対しては現代医学でも緩和治療と化学療法での延命がメインになることが多い。
「まあ思いついたら教えてよ、二人で考えたら何かいい考えが出るかもしれないじゃない。素人考えでしかないのは間違いないけど、魔法に関しては二人とも素人なんだから、突飛だと思ってもできることもたくさんあると思うよ。」
「それもそうだね。…うん、アリスは凄いね。」
私は妹のあれこれに巻き込まれた側ではあるが、妹も決して巻き込んだ側ではなくこの国の事情に巻き込まれた被害者のはずなのだが。
こうも状況に対するの見込みと姿勢が違うとは。
妹が聖女としてふさわしい、改めてしっくりときた。
「とりあえず乗り掛かった舟だし、できることをできるとこまでやって、そのあと元の世界にもどりたいと思ったら買える方法を探すよ。お姉ちゃんが先に帰りたいなら、元の世界に帰る手段は先に探して送ってあげる。」
「まあ、私は仕事もあるし早めに戻りたいかな。あんまり長く開けると頸になってるかもしれないけど。」
アリスが転移魔法とやらを習得してくれれば帰れるそうなんだけど―
すぐそばにすべきことがある状況にある妹に、自分の都合ばかり言っていていい状況なのか。思い直して、飲み込んだ。
「そうだねえ。探してもらいながらしばらく二人で頑張ろうかー。元の世界に帰る手段が早めに見つかったら先に帰っててもらうから、お父さんとお母さんとお兄ちゃんにはよろしく伝えておいてね。」
もしあの殿下に惚れたら帰らないかもしれないし、と笑って付け加えた。
冗談っぽく笑っていたが、案外本気なのかもしれない。
そういえば、クリス様の自分の妻になればとか言っていたな。
意図はわからないが、言われて悪い気はしなかった。本気ではなさそうなので、アリスのようにたとえ長期にこの世界に居座ることになったとして、残留はしないだろうが。
「そうなったら伝えておくよ。」
何もかもが真新しく、現実からかけ離れた一日目が終わろうとしていた。
空に浮かぶ月は、地球から見ている月と変わらず美しいように思う。
バルコニーからはベルサイユ宮殿にあるかのような立派な庭園が月明かりに照らされている。
冷めてしまったお茶を飲みながら、髪をかき上げた。
ありがとうございました。次回は明日か明後日投稿予定です。