聖女の姉は交渉したいー2
アリスに会わせてほしい、といったが即座に却下される。
「私が状況をコントロールできない事態になるのは当然ながら避けさせてもらわないといけません。それに、勘違いなさっているかもしれませんが」
薄ら笑いをやめて続ける。背筋がぞっとする。
「こちらは、協力いただけないのなら聖女の首を持ち帰るように言われています。ー首二つで国の脅威を消せるなら、安いものです。」
盗れないくらいなら弑せよ、ということか。すぐに薄ら笑いが顔に戻る。
「さあ、どうされますか?」
「ここでする口約束を守るかどうかなんて、ハイネ様にはわからないですよね?なので正直に言いますね。条件が、圧倒的に足りないですね。」
「ほう?」
「ハイネ様の提案だと、フリート王国では私も妹も、あくまで「悪いようにはしない」程度にもてなされるということですよね?トランバル王国では、アリスは皇太子妃、私はクリス様の配偶者になる予定だと聞かされていました。王族に名を連ねて権利をもらい、なお自由に行動できるという条件に比べて、とても待遇としては足りないと思います。」
クリス様とについてはまあ提案はされていたので全くの嘘ではない。
「なるほど、何を言い出すかと思えばそんなことですか。」
ハイネは手を顎に当てて考えるしぐさをした後続ける。
「まあ、聖女様はあれだけの器量なら兄上たちならだれでも欲しがるだろうな。聖女という肩書があれば第一夫人の座に就くだろうし、そちらは問題ないだろう。姉君は…仕方ないから私が受け入れよう。」
「はは・・・」
得意そうな笑顔にひきつった笑顔で会わせながら、死んでもごめんだよと心の中で毒づく。
彼の兄上ということは、あきらかに私より年上だろう。
自分で言いだしておいてなんだが、アリスが妻として考えられる対象になる時点でロリコンという言葉が想定されてちょっと引いた。
そしてハイネに関しても、クリス様の妻と自分の妻で立場がイコールだと思っているということは、鏡を見たことがないかクリス様を見たことがないかどちらかだろうなと思った。
「じゃあ、連れて行ってやろう。ただ悪いが、逃げる算段を立てられては困るから、聖女様には意識を落としてもらっている。」
連れてこい、とハイネが兵士に命令する。
「わかりました。おい、立て。」
手も足も不自由な状態でどうしろと。
手は後ろ手のまま立ち上がらせられる。
「あまり乱暴に扱うなよ。将来的には、私の妻かもしれないのだから。…ああ。それなら走れなくても困らないから、片足の先くらいは落としておくか。逃げられても困るしな。」
ハイネが剣を抜く。
本気の顔だ。
「ハイネ様!防御魔法が発動します。」
兵士が止めた。
「ああ。忘れてた。そうだったね。じゃあ担いでいってもらおうか。重たいだろうけどよろしくね。」
ハイネは兵士に指示して私を肩に担がせた。少し離れた窓から外が見える。大体3階くらいの高さだろうか。飛び降りれば間違いなく怪我をするだろうから、防御魔法が発動する距離だろう。落下の衝撃に魔法が弱かったとしても、足から降りれれば死なない可能性のほうが高い距離だ。
問題は飛び降りた後、防御魔法が発動した後である。
二人同時に逃げられるタイミングがあるかはわからないが、防御魔法が発動し、クリス様が気付いて救援を向かわせてくれたとして、それがどれだけ先になるかはわからないのだ。
そもそもどれくらいの詳細な位置まで検知できるのかもわかったものではないし、位置が感知できるというのも袖くらいのタイムラグがあるのかは分かったものではない。
最悪殺されるとは言っているが、敢えて立場のある人間が出てきている以上、単なる暗殺が目的であるはずはない。出てきた以上は可能な限り連れ帰り、聖女を納得させたうえで自国の発展の為に連れてくることが目的だろう。
もっとも納得ずくでの協力はとうにあきらめているようで、現段階での目的は交渉しつつ聖女の協力を自国に持ち帰ることになっているようだ。
殺すのは、最終手段だろう。
ただし対応を誤れば、殺される可能性を考えて動かなくてはならない。
クリス様は、防御魔法をかけなおしてくれた。ということは、2回くらいは使えるのだろうか。
直接首を絞められる、毒物を盛るなどの行動で防御魔法が働く保証もない ふと見覚えのある植物が目に留まりもう少し見れないかと身を乗り出す。少しずり落ちていたらしい私を兵士は担ぎ直したのだが、その時肩を覆う装甲がみぞおちにあたり悶絶する。
「暴れるな。むやみに逆らうとこの場で殺されるぞ。」
兵士が小声で声をかけてくる。意外と優しいではないか。担ぎ方は全く優しくないが。
そもそも会わせてくれるのだから、あえて今逆らう理由はないんだけどと思いながらも黙る。
そして連れていかれた隣の部屋には、アリスではなく、捕らわれたミシェル嬢がいた。




