聖女の姉は影響するー5
侍医の交代要員が来たようなので、退室する前にお辞儀と挨拶をする。
防犯上の問題なのだろうが、陛下の部屋は建物の中では奥まったところにあり、機密事項でもない限りは部屋の前で話をしても大きな問題なさそうだった。
「陛下の痛みの治療について聞きたいのですが、使っているのは治療魔法だけですか?」
「そうですね、治療魔法を交代制でかけるようにしています。」
「痛み止めは使っていないということですか。」
この世界にも痛み止めの効果があるものはある。
「薬もありますが、劇的に聞くものはないので、今使っているのは…」
聞いてみると、おおむね非ステロイド系の抗炎症剤(市販の解熱鎮痛剤)を使っているようだった。
「副腎を活性化してホルモンを増やす、というようなことはされていますか?」
病気のステージで言えばステロイドを使用してもいい段階だと思われるが、それは実践されていないかもしれないと思い聞いてみた。
「副腎皮質ホルモンの増産ということですね。それはこの国では悪性腫瘍に対しては実験段階ではありますが、陛下にはすでに行っています。そこまで大きな効果はないようにも感じますが、かといって大きく害が出て入りうわけではなさそうなので継続している状態です。異世界ではされているのでしょうか?」
どんな知識も役に立つというのはさすがに思い上がりだったようだ。
「そうですね。じゃあ、麻薬は使われていますか?」
「いえ、確かにあなた方の着た世界では麻薬が鎮痛薬として使われることがあることは存じておりますが、我々には治療魔法がある分、副作用の多い麻薬を治療として導入することはありません。」
言い切っているが、実際治療魔法で追いつかない痛みが今あるじゃないかと思う。
「…麻薬も。量さえ間違えなければ、有効な痛み止めとして活用できると思います。依存性を含む副作用もありますが、治療魔法と併用すればうまくコントロールできるのではないでしょうか。」
歴史的には古代から大麻はし好品として広がってきているが、19世紀にはすでに治療に使用が検討されているはずだ。
「そうかもしれませんが、過去大麻をめぐって世界戦争になった後、この国を含め近隣の国でも、全ての大麻は処分されているのです。ですので、現在手に入れるすべはないのです
クリス様がない、と言い切ったのはそういった経緯があるからか。
「この国に来てから、見たことがあるんです。もし見つかれば、使うことを検討していただけますか?」
「栽培が意図的なものであれば、重罪人が見つかるということになりますね…ですがそれは私のあずかり知らぬところです。最近の陛下は自分の施される治療を魔力の無駄遣いと拒否され頻度を減らされる傾向にありますから。もしうまい使い方ができて、陛下の治療に有用なのであれば、尽力いたしましょう。」
「クリス様にはここに戻る馬車の途中で先に話したのですが、手に入れられる可能性がある方面は探し始めてもらっています。実際手に入ってから使用されるかどうかについてのお話は、私から先生にした方がいいというように言われまして。」
「そうでしたか。ところで差し支えなければ、興味で私的な質問をしてもいいでしょうか?」
「はい。」
「貴女は、治療院への務めを希望されていると聞きましたが、クリス様の婚約者としての責務は忙しくないのでしょうか?」
「え?えっとーそれはどこで聞かれたのでしょうか?」
そもそも婚約者になった覚えもないのだが。
カマをかけている様子でもなさそうだ。
否定するのは簡単だが、何らかの対外的な事情のために婚約者にしておけば処理しやすかった案件があるのかもしれない。
となれば外で勝手に嘘だということを広めるのもその実態を確認してからでなければー
「どこでーというよりも、皆が表立って言わないだけで全員そうだと思っておりますが。」
「姉君が外で倒れられた後、何日かクリス様の部屋に泊まってお二人とも部屋から出てこなかったのは有名な話ですから。」
鈴のなるような声に振り返る。
「ミシェル様。」
「おはようございます、陛下にお話が有ってまいりました。」
何人かの護衛を伴って、ミシェル嬢が立っていた。
王宮に勤めているといっていたのだから、ここにいるのは確かに不自然ではない。
「そうなんですね、でも今ー」
「取り込み中なんですか。」
仕事の話だと陛下もクリス様も話を切り上げてしまうだろう。
「…たぶん、でも急ぎの用事なら大丈夫です。」
「でしたら、姉君にも無関係なことでもありませんから、先に姉君にもお話させていただいてよろしいでしょうか?」
傍にいる護衛も勝手しったると言った様子で待合室の扉を開ける。
扉の兵士も陛下がお手すきになりましたらおこえがけしますね、と声をかけてくる。
貴族として扱われ貴族として育っておりお嬢様は、それに対して軽くうなずいたり目で合図する姿すら様になっていて美しい。




