聖女の姉は影響するー3
深呼吸して気を取り直し、部屋に入る。
中には起き上がれるようにまでなっている陛下がいた。
寝台の上だがうしろにもたれることなく体を起こし、両の手も腿に置かれている。
初日に見たときからは見違えるほど元気になっている。
とはいってもやはりからだのあちこちは痩せこけており、服の上からでもわかるくらい鎖骨が浮き出ていた。体調が少々よくなっているとしても、病気そのものはやはり回復できていないし、不可逆な部分は改善されないことがうかがえた。
「お待たせして申し訳ありません、陛下。」
「いい、楽にしなさい。そこにかけて。」
やはり、人の上に立つ人間というのは何か不思議なオーラのようなものをまとっているようで、明らかに寝間着一枚しか身にまとっていないのに、彼が国王である、というのはその佇まいからも伝わってくる。
長話をするつもりだろうか。
「いえ、お心遣いだけで十分です。どういったご用件でしょうか。」
陛下の治療法がないか探している―というのは、自分であちこち言っているわけではないが、もしかしたら耳に入っているのかもしれない。とはいっても、進行した悪性腫瘍を治すというのは難しいと感じたため、聞かれても困るのだが。
「治療のことなら、気持ちだけで十分だ。貴方が気に病むことではない。」
まだ何も言っていないのに意思疎通が成立したような発言に、下げていた頭を思わず上げる。
「えっ」
「ああ、私のスキルの一つでな、一字一句ではないが、なんとなく考えていることは伝わってくる。貴方の感情は読みやすいようでね、意識しなくても勝手に伝わってくるんだ。もっとも、自分より魔力が高い人間の感情は読めないから何人かは読もうとしても読めないがな。
感情が読まれるというのは不快かもしれないが、こちらもわざとではないんだ。私と話すうえでは仕方ないことだと思ってほしい。ああ、他にこのスキルを持っている人間はこの国にはいないから安心してくれ。」
気になったことを先回りして答えてくれる。考えが伝わるというのは本当なようだ。
「読める分、こちらが言わなくなってしまうのは問題だとは思っている。」
「…それはもちろん、私の話ではありませんね?」
なぜ私に話すのだろう。
「わからないことは、独り言だと思ってくれていい。実際、病に倒れて、考える時間が増えた。でもそれと反比例して、考えたことを伝えたい相手は、忙しくなってしまって伝えられなくなってしまった。」
殿下のことだろうか。
「二人とも、私にとっては大切な息子だ。亡くなった妻とも、そう決めていた。王位は望む方に、双方が望めばひいき目なくふさわしい方にと。
でも、こちらが伝える前に先回りして引いてしまうのだ。諍いにならぬように、火種にならぬように。
アレクは魔力がそこまで高くないのとわかりやすいのでなんでもくみ取れるのだが…」
クリス様のことをいっているのだろう。
部屋の前にいるけど。でもクリス様は部屋の外で待つように言われていたはずだ。
「だが、いまさら、顔を合わせてもうまく話せないだろう。」
王様は首を振る。私は独り言に延々と突き合わされるためによばれたのだろうか。
「いや、すまない。申し訳ないが、少しだけ治療魔法をかけてくれるかな。背中が痛くてな。」
側にいるーいつだったか侍医、と言われていたー男性が身を乗り出したのを陛下が手で制する。
何か思うところがあり発言しようとしたがやめさせたというところだろう。治療魔法が使えるのかどうかも怪しい女が国王に使えるかどうかもわからない治療魔法をかける。
うん、誰でも止めるだろう。
私が魔法をたいして使えないことなど承知しているだろうに、なぜー
そう思いながらも、自分にできる魔法をつかう。
「痛みは持続的にありますよね。どうされているのですか。」
「王宮付きの侍医が数人いて、交代で痛みを抑える治療にあたってくれている。とはいっても効果は持続しないので、動くときと仕事で集中が必要なタイミングで繰り返し魔法をかけてもらっている状態だ。」
「それは…夜寝られてないですよね。」
うまくかける言葉が見つからなかった。
「寝れていないが、聖女殿に治療魔法を頂くとしばらくなくなるな。…もっとも、聖女殿の魔力をいつまでも私のためだけに使うわけにはもちろんいかないから、即位の準備が整い次第、彼女からの治療は終わりにしてもらうつもりだ。」
黄疸は侍医とアリスによって抑えられているのだろう。初日に診断魔法が使えなかったので比較はできないが、少なくとも何度魔法をかけているからと言ってすい臓付近にあると思われる淀み、おそらくがんによるものだろうーはアリスに聞いた時と比べて小さくなっている印象はない。
治療魔法をとめるとーおそらく、制御しきれない疼痛と倦怠感が押し寄せてすぐになくなってしまう可能性が高い。
背中に今あるという痛みもおそらく脊椎の転移からきているものだ、転移巣がどうにもならないとどうしても治療魔法をかけた瞬間と直後くらいにしか痛みはとれていないのだろう。痛いといっている背中の部分に手を当てて、治療魔法をかける。
私の魔力では全身にかけることはできない。
「少し、よくなっているような気がするな。」
「きいていない、とはっきり言っていただいて構いません。」
間違いなく嘘だ。私の魔法ではおそらく痛みを抑えるすらほとんどできていないだろう。
「確かに物理的な痛みはとれていないがね、気持ちとしては痛みがやはりよくなっているよ。」
そう言ってにこりと笑う。
陛下の笑みは殿下ともクリス様とも血がつながっていることを感じさせる品のある笑みだ。
「いたいのいたいのとんでいけ」が痛みを軽減させられた気になるという程度ではあるだろうが、手を当てて治療することが手当の語源だという俗説が広がるくらいには効果があるのかもしれない。。
「落ち込む必要はない。私はね、歴代国王の中でも治療魔法の整備に力を入れてきた方だが、それでも、人を治すのは人であって、治療魔法ではないと思っているからね。
人はいつか死ぬだろう。
それはどんな魔法を使ったって変えようのない事実だ。
治療魔法は、どんな風に生きるか、少しだけ変える力があるものだと思っている。」
病気は、治せないもののほうが多いーそれは、元の世界でも思い知ったことだった。
ほとんどの病気は治る、というよりも症状を抑える、もしくは悪くならないように進行を抑えるものた。もちろん治る病気も多々あるが、病院に長居してより長く付き合う患者ほど、当たり前だが「治らない病気の患者」になる。
何のために医療をするのか。
何のために治そうとするのか。
それは、生きるためだ。




