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聖女の姉は親の代理

「おねえちゃーん、お疲れのところなんだけどおきて―。」


 目が覚めると、王宮で割り当てられた自分の部屋にいた。

 視界には数日ぶりの妹が入っている。


 昨日はクリス様の屋敷から帰ってくることにして、帰り際襲撃に会って―


 とりあえず起きろと言われたのでそちらが先か。

 

 体を起こした。



「お姉ちゃんおはよう。」


「…おはよう。」


 あのあと王都の治療院まで治療を続け、入り口で患者の到着を待っていた治療院のスタッフに患者を引き継ぐ形で用意されていた可動式ベッドに兵士を乗せた。


 同行していた治療師が直後に魔力切れで倒れ、とはいっても眠っているだけだったのだが、大の男が人手の足りないところで路上で眠ったからといって、そのままにしておくわけにもいかず


 ―なんだかんだで、帰ってこれたのは夜中を大きく回っていたのだ。


 クリス様が部屋まで運んであげるよ、というのを拒否して自力で歩いてきたのをはっきり覚えている。

 

 仕事柄睡眠不足には慣れている。


「靴下くらい脱がないと気持ち悪くないのー?」


「うーん、忘れてた…靴だけでもちゃんと脱いだんだから誉めてほしい。」


「靴下はいたまま寝たら睡眠の質が悪くなるって言わなかった?」


「言ったけど昨日のは睡眠というより気絶だから仕方ないと思ってる。」


 ベッドに自分で上った記憶すらあやふやだが、本や鞄まで机に置かずそのまま寝台に持ってきているということは倒れて誰かに迷惑をかけ運ばせたという可能性は低そうだ。


「そうなの、とりあえずごはんたべるよね?準備してあげるよ、先にシャワー浴びてくる?」


 アリスを見ると、とうに朝の支度は終わっているようだった。

 少しずつ頭がすっきりしてくる。


「今、何時?」


「どっちかというとお昼のほうが近い朝かな。ゆっくりでいいと思ってたんだけど、さっき殿下とクリス様がお姉ちゃんにも話があるって言っていたから、そろそろ起こさないといけないかなと思って。昼からでいいとは言ってたけど、汗のにおいもしてるし体をきれいにすることも考えると…」


 昼に近い朝。道理で頭がすっきりしてきているはずだ。

 私は慌てて服を着替えた。




 支度を終え、数日ぶりに側仕え用の服を着た。

 やはりこちらの方が動きやすい。


 アリスの付き添いという形で執務室らしきところに通された。部屋には誰もいなかった。


「アレク殿下は?」


「聖女様のことはお伝えしておりますので、直にお戻りになられるかと思います。こちらにかけてお待ちください。」


 通してくれたメイドさんがそう返す。数日前までは事情を知っている数人以外には「遠方から来た貴賓であるアリス様」という扱いだったはずだ。


 廊下を歩いてくるときのメイドさんたちの態度が今までよりも恭しく、お辞儀も深かったような気がしていたが、は気のせいではなかったということか。


「もう聖女様ってよばれてるんだ。」


 アリスにいうと、少し照れたように笑う。


「そのうち公表することになるからね。特に傍で面倒を見てくれてる人には隠すのも変だよねっていう話になって、昨日から王宮で働いている人は聖女様って呼んでくれてるよ。」


 照れた顔は、聖女様と呼ばれたことではなくそれまでの経過で何か話したいことがあるようだ。

 慌てて朝の支度をしていたので気づかなかったが、話したいことがあるときアリスは小鼻が膨らんで唇が少し前に突き出る癖がある。


 まあなんとなく、どういった話をするのかは想像ついているのだけれど。


 ふと、アリスがずっと左手を隠すような、かつ左手をなでるような動作をしていることに気づいて何の話化もなんとなく察する。




「…まだ殿下こなさそうだし、私から話すね。実は一昨日」


 アリスが言いかけたところで部屋の扉が開いた。殿下と側近が何人か入ってくる。


「待たせた。すまなかった。」


 別にどちらの口からきいても一緒なのだが、殿下は早足できたようだ。側近と仕事の内容をしゃべりながら前の椅子に掛ける。

 部屋に入ってくる事前通知がなかったので座ったままだった。腰を浮かそうとするとそのままでいい、とこちらを見て言う。


 一段落したのだろう、ついてきていた側近の一人がでは、といって抱えていた書類とともに部屋を出ていく。


 殿下はすぐにしゃべりだすかと思っていたが、奇妙な沈黙が流れる。




「…あの。」


 忙しいのなら私に話すことはさっさと済ませたほうがいいのでは、と思い用件を聞こうとしたが、先に殿下が話し出した。


「聖女の「祝福」というスキルの発動条件なんだが、昔の伝承を拾い集めるとおそらく聖女が魔法を使った地域では食物の実りが上がったり領民の病気の罹患率も減少するのではないかと仮説を立てていた。そして実際、魔法を使った前後で土地の土壌や大気を「鑑定」したところ、ほんのわずかだが、以前と比較して実りを期待できる土壌と澄んだ空気に変質していた。」


 気になっていた話ではあるが思っていた話と違う。


 顔色を窺うと、目線はそっぽを向いている。よくある、本題に入れなくて関係ない話をしてしまうという状態になのだろう。


「それが、サクラ男爵のところでの話ね。それで、その過程が正しいかもしれないってあちこち外遊させてくれる予定だったんだけど、襲撃にあったでしょ。それで「国を愛する」っていうふんわりした基準が全くなくても発動するのかの確認と安全の確保のために、私と殿下の単独であちこちに転移魔法を使ってもらって魔法をあちこちの地域で使ってきたの。」


 アリスはアリスで、一瞬「あれ?」という顔をしたが報告の話を先にしているというふうに理解したようだ。

 私がわかっていないところを上手に補足している。


 それよりも魔法をあちこちで使用してきたと?自慢げにアリスは笑っているが、姉としては妹を酷使させるなと怒りたい。


 私が睨み殿下は察したらしく、目線をそらす。



「その後も何日か転移魔法を使っていたことから想像はつくと思うが、結果として、「聖女が何らかの魔法を使うこと」そのものが「祝福」の発動条件であることが確認できた。」


 話し始めてしまった手前、すぐに本題には入れないのだろう。こちらも気になることを聞くことにした。


「祝福のスキルって、農作物が少し取れるとかそういったことくらいの話なんですか?」


 もちろん衣食住は大切だし、食物自給率で言うと全く自足時給ができていない国の出身者に農作物確保の有用性がどれだけわかっているかは自分でも疑問である。


 でも少なくとも現段階でこの国は自給で経済が回せると聞いている。そこに敢えて他の世界から人身御供のように聖女を呼び出す必要があるのだろうか。


 今回の呼び出しに国の中での個人的な事情に加えて殿下の私情が入っているにしても、聖女を召還するためのコストに見合うだけのリターンがあるのだろうか。


「それも、わかっていないし、祝福スキルの発動も、たぶんしたのだろうという推測にしか過ぎない。なにせ、今まで他に祝福スキルが発動した状態を見たことがあるものがいないのだから。

 でも、アリスが魔法をかけた後のその地は…なんというか、護られているという感じになっていたんだ。具体的にどう、というのが説明できるわけではないのだが。」


 まあ前例もない魔法と伝承にしかないスキル、拠り所が大昔の文献と占星のスキルによる一人の少女の発言のみ、と思えば致し方ないことなのかもしれない。


「おねえちゃん、わたしも言われたらこれが祝福しているって感じなのかなって感覚はあるんだよね。うまく言えないんだけどさ。護ってるーって感じ?」


 全く分からないが、これ以上説明を求めても誰も説明できなさそうなので彼らの言葉を信じるしかないのだろう。


「とりあえず、祝福のスキルは国の主要な領地では発動できたと。それについては納得しました。」


「ああ。で、アリスを正式な聖女としての任命儀式をひと月後に行おうと思っている。」


「はい。」


 まだ私をわざわざ呼んだ理由にようやく入るのだろう。殿下が咳払いをして居住まいをただす。


「アリスはこの国の聖女として迎える、それと同時に、この国の皇太子アレクセイの妻となってもらいたいのだ。」


「そうですか。」


「アリスには了承してもらっている。この先、王妃になって共にこの国を支えてもらう予定だ。もちろん、なにがあっても彼女を守るし、決して不幸にはさせないと誓う。」


「そうですか。」


 そこでふと、殿下の言葉への熱の入れ方が少し弱くなってきたことに気づく。

 こちらの用をうかがうような視線である。


「…あの、お姉ちゃんごめん。殿下は本来なら親に挨拶するはずができない分お姉ちゃんに誓うって言ってくれていて…。」


 小声でアリスが言ってくる。


 親へのあいさつの代わりということだろうか。そういうことならもう少し早くいってほしい。どんなリアクションが求められているか事前に知らないと難しい。


 親に挨拶しないのもどうかと思わなくはないが。


 そのあたりはまあ、殿下はもともとするつもりなくアリスを連れてきちゃったとか、アリスが私がいるのだから代わりに挨拶してほしいとか何らかのやり取りが理由があったのだろう。


「そういうことならそういってくれないと…。殿下が幸せにすると誓ってくれていて、アリスがついていくと決めたのなら、姉からは言うことはありません。アリスを宜しくお願いします。お幸せにどうぞ。」


 未成年で妹が結婚なんて考えたこともなかったが、それを考えると異世界に本当に飛ばされるなんてことも考えたこともなかったのだ。多少元の常識で許容できないことがおこったくらいではどうとも思わなくなっていた。


「お姉ちゃん、見て。この世界では中指なんだって。」


 ずっと隠すように覆っていた左手をあらわにすると、中指に宝石の着いた指輪が現れる。


 見たこともないくらい大きな宝石をつけて笑うアリスは、とても幸せそうだ。


「綺麗だね。」


「それは花嫁姿を見たときに言ってよ。」


「その時も言うよ。」

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