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姉は帰れるかどうか思案する

前話のあらすじ


国王陛下はおそらくがんの末期である。聖女と呼ばれる妹のアリスが治療魔法をかけたが、治ったという状態にはなっていない。

いっぽう、蚊帳の外にいる私は今後の身のふりを考える。

 アリスはアレク殿下と食事をとるということで、なぜか私はクリス様と二人で食事をとる流れになっていた。

 順番に運ばれてくる料理はどれも美味しく、異世界から来たからと言って新たに披露する料理はなさそうだった。

 食事は西洋料理でフォークとナイフが並べられており、なんとなく、アリスがテーブルマナーに四苦八苦しているような気がした。社会人になれば友人の結婚式のために勉強する機会があるが、たぶん妹はまだ出席したことがないので覚えたことがないのではないかと思う。



「私がこの世界に呼ばれる理由がなかったのであれば、キリが付いたら元の世界に返していただきたいのですが。元の世界では仕事をしていましたので、明日穴をあけることになると困ります。」


 今の研修医には大体指導医がついている。いきなり休んだからと言って担当している患者さんには害がないようにシステムは組まれているが、無断欠勤をしていい理由にはならない。

 そもそも始めの対応を見ていると私がこちらに来たこと自体が想定外なのだろう、

 出直しをしてもいいので、一度帰りたい旨を伝えた。


 どうせアリスの宿題を手伝う予定だったのだから、自分の時間がつぶれることには変わりない。


「うーん、材料に予算がかかりすぎてちょっと難しいかなあ。」


 クリス様は少し演技がかかったような口調で、困ったように言った。


「予算?」


「そうそう、人の召還ってそうそうできるものじゃなくて、すごく大掛かりな魔法なんだ。大きな魔法を使うには、膨大な魔力を持った人間と大量の魔石によって発動する魔法が必要なんだけど、ここ数十年そういったものはいなかった。これまで国家予算で何十年とかけてためてきた魔石と普段他の仕事に魔力を使っている人間を一同に呼んで、ようやく召喚が実現したんだよ。」


 ただ、とちらっとこちらを見る。


「大掛かりな魔法を使えるほどの魔力を持っているのは現時点で君の妹ただ一人、大量の魔石を使っている。国家予算クラスで、そうそう準備はできないよ。」


 王子の嫁探しには使うくらいなのに…と文句を言いたくなったがうっかり不敬罪にでもされたらたまらないので黙る。

 今回の主目的は陛下の治療だが、それまでにすでにアリスに目をつけていたということは、遅かれ早かれアリスは呼び出されていたということだ。


 そこでふと気が付いた。


「あの・・・妹が魔力を持っているのなら、妹と帰りますけど…」


 もしもアリスが陛下を治療してから帰るというなら、とりあえず先に送ってもらいたいんですがと付け加えた。


「妹君は今まで魔力が使えない世界にいたんだ。転移魔法の才覚があったとしても、ろくに学ばないまま使って、座標がずれてしまっては変えるどころか海の藻屑になりかねない。」


 それはたまったものではない。


「君たちは魔力が使えない世界で育っているから、どこまで僕の言っていることが本当か疑う余地は多々残っているとは思う。でも一つ言えるのは、僕たちは君をぞんざいに扱って未来の聖女様、この国の王妃様の機嫌を損ねるわけにはいかない事実がある分君のことも丁重に扱う意思がある。」


 どうだ、とこちらに微笑みかけてくる。

 正直一度取り押さえられている身で首を縦に振りにくいが、あの時点ではお互い訳が分かっていなかったので仕方ないだろう。


 彼の話したかだとアリスは今後も元の世界に返してくれる気はなさそうな言い方に聞こえるが、彼らの決めることでもないものの私が決めることでもないのでいったん目をつむる。



 まあ、ともかく聖女様とやらの姉君のご機嫌を損ねるわけにいかないのは間違いなさそうだ。


「言っていることはわかりました、では妹のご機嫌取りのために私はここに留め置かれるという解釈でいいのでしょうか。」


 実質人質ではないか。


「そうだね。さっきは側仕えって言ったけど、実質は来賓という形で過ごしてもらうのがいいかな。」


「それだといつまでもいると穀潰し扱いを受けてしまうと思いますので、他の方法がいいですね。」


 始めは佳くてもあとから絶対に居心地が悪くなるだろう。どれだけここにいなければならないのかめどが立たない以上、地に足がつかない生活は足元が救われやすくなるだろう。


「君一人分くらい一生穀潰しでいても大丈夫だとは思うけどね。」


 自分で穀潰しというのはよくても人に言われるのは思っていたより不快だった。


「選択肢はいくつかある。もちろん飽きれば途中で変えてもらってもいい。

 ひとつは妹君が聖女となった場合そのまま側仕えの一人として働いてもらうこと。正式に聖女になったら側仕えは何人も必要になるからね。


 ふたつ、妹君が転移魔術を習得次第帰るのに備える。ただ申し訳ないけど妹君に覚えてもらいたい魔法としての優先順位は下がるから、当面は転移魔術を教える予定はない。繊細な魔力の操作が必要になるから、習得もどれくらいかかるかめどは立たない。ちなみに今回中心となって君たちを召還した貴族は、一番短くて10年転移魔術を中心に訓練している。


 みっつ、穀潰しが嫌だ、この世界に順応したいということであれば僕の妻にでもしておくから、好きに過ごしてもらってかまわない。最低限の行事にともに出て、ともに出るマナーさえ身につけておいてくれれば、それ以外は一生不自由ない生活を約束しよう。

 まあ来賓として過ごしてもらってもこの中のどれかはそのうち選んでもらうことになるかもしれないけどね。」


「妻はクリス様が困りませんか。」


 こんな申し出をする以上未婚なのだろうが、立場のある貴族に今後も結婚の予定がないとは思えない。


 どう見ても女性に困るタイプには見えないのだが。

 決して妻に恋人にと望まれる性格も見た目もしていない私に持ち掛ける提案としては、裏があるとしか思えない。


「本気で言ってるからね。」


 冗談を言うタイプには見えない。かといって本気だとするとあまりにクリス様にメリットが感じられない。


「…情婦が欲しいということでしょうか?」

 

 クリス様がナイフを落とす。手を滑らせたようだ。

 口に物を入れていたらきっとむせていただろう。


「いやそんなつもりは一ミリも、いやそもそもどうしてそんな発想になった。」

 

 少し早口になっている。驚かせたうえに若干いら立たせてしまったようだ。


「女性に困るタイプではないかとお見受けしましたので。」


「あ―いや、確かに困らないけど…寄ってくる女性という意味では困らないがそういうことではないんだ。婚姻を結ぶとなるとその帰属が後ろ盾につくことになるし、実際僕に取り入ろうとする貴族は多い。かといって弱小貴族と婚姻を結ぼうものなら今度はその家門が取り込まれるなりつぶされるなり、つまりあれだ、僕が婚姻することに国としてメリットがないから僕はどこの家とも婚姻関係は結べないんだ。君が妻という形で入ってくれればその間だけでも断る理由ができるし、聖女の身内だから家門はなくてもー」


 急に我に返ったようだ。別にこちらはどうとも思っていないのだが、ばつが悪そうに咳払いをする。

 よほど混乱させる質問をしてしまったらしいが、


「とまあ、そういうことだ。魔力の量が多い人間は国外には出せない決まりがあるから、他国に婿に行く予定もないからね。」


 すこしだけ頬が赤い。少し彼の素が見えた気がした。しかし今は重要ではない。


「クリス様。治療のスキルを私は持っているということなので、ゆくゆくはそのスキルを使って医療職で自活できればと思っているのですが。」


 あのあと、どういった魔法の習得に向いてるかという鑑定ができる魔法を持っているおじいさんが来て、「しょぼいけど治療魔法が使える」とお墨付きを頂いた。


 能力の大小にかかわらず、治療魔法が習得できれば治療師として仕事はできるようになるとのことでどうせ帰れないならその間も人を治す職業に就きたいと思ったのだ。


 見るに治療魔法は万能ではない。

 もとの世界でも、治療を生業とする職についていたこと、自分の持っている知識を生かすことで、この世界の医療に貢献できることがあるかもしれないということを説明した。 


「魔力を持っている人間はそれを生業とするのが理にかなっているから、自分で生計を立てるのならそれがいいだろうね。」


「もとの世界でも、私は治療を生業とする職についてますので。」


「なるほど。じゃあ魔力の使い方さえわかれば実践はできるのかな。じゃあまずは治療魔法を妹君と一緒に学んでもらって、実地へどう加わるかは治療魔法が習得で来てから、どれくらい習得できているかで考えようか。ちなみに君たちの世界の医学をもってすれば、陛下の容態は佳くなる見込みはあるのかな?」


「こちらの治療魔法というものが何をどこまで直せるものなのか予想でしかないので、今はっきりしたことは言えないです。状態を上向きにするのはともかく、治すのはかなり難しいと思います。」


 さっき王の体調が悪いのは魔力で一時的に底上げはできるが、聖女でも不老も不死もできるものではないといっていた。ということは、魔力でできるのは一時的な回復力や体力の底上げのようなものではないだろうか。


 放っておいて治せる、体力があれば回復できるものはなんとかなるが、致命的なものは治せない可能性が高い。現代医学で実際にしている全身管理の難しさを考えれば、それが魔法という動作一つで解決できるのはうらやましさしかないが。


「なるほど。ちなみに妹君もそういった知識を持っているのか?」


「ないですね。」


 アリスはまだ高校生だ。

 大学受験すらまだ先だ。

 何なら進学する学部の希望すら決まっていない。



 ーだが、私もまだひよっこだ。それも医学の勉強を仕事の合間にしながらで、必要な医学や医療の知識が十分に得られているかというとそんなのは微々たるものでしかない。


 医者や看護師の転生・転移ものでよくある私が助けます!というようなことはむしろ直接手を下してしまう可能性のほうが高い。

 

 医療水準が進んでいればなおのこと、遅れていても医療水準を引き上げることができるほど医療のシステム全体を把握できているわけではない。


 何ができるか何もできないのかも分からない段階で、あまり詳細を目の前の人間に話すのはやめておいたほうがいい。


 多少の知識はあるかもしれない、でもできないーそれくらいのほうが自分の身を護るためにはいいだろう。


「なら、妹君と一緒に魔法の習得に励んでもらって、知識面で支えられそうなら妹君を支えてもらうことにしようか。それなら、立ち位置ははじめに話していた通り妹君の側仕えという形にさせてもらっていいかな。」


 食事が終わり、部屋の前で別れる前にまた握手を求められた。

 部屋はアリスの部屋の横に用意されているとのことだったが、わからないので送ってもらった。


「当面の間、よろしく頼むよ。」


「よろしくお願いします。おやすみなさい。」


 気の利いた言葉は特に思い浮かばなかったので、促されるまま部屋に入った。

 着替えるのも忘れ、そのままベッドに倒れこみ、眠りについた。

ありがとうございました。

次回は明後日更新予定です。

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