聖女の姉は魔法の世界で現代の医療をするー2
「クリス様、非魔法治療院から治療具を持ってまいりました!」
馬車に並走してまたほかの兵士が外から声をかける。
「治療師は?」
「いましたが、診断魔法のみで治療魔法の使える治療師は王都までいないそうです。」
「王都がすぐ近くだからな…王都まで持つといいのだが。」
荒い運転の馬車に明らかになれていない様子ですこしふらつきながら乗り移ってきたのが、治療師だろう。声をかける。
「貴方が治療師ですか?」
「ああ、診断魔法だけなら多少は…。」
「私の見立てでは元々の肺障害と、左の気胸と血胸を起こしていると思います。治療器具は何がありますか?」
「これだ。」
治療師は自分の鞄を開けて私の方にやり、患者の肩に手を置く。
手がほのかに光っているが、おそらく診断魔法とやらを使っているのだろう。
鞄の中には濃縮酸素と点滴が入っている。よかった。滅菌個包装はさすがにされていないが、世界が違うのだからどうしようもない。
魔法治療院に行くのであればそもそも矢傷もあるのだから全身の治療魔法をかけてもらえることには違いないから、今は多少の雑菌の混入には目をつぶることにする。
酒精と書かれた瓶はあるので消毒は可能だ、清潔そうなガーゼに塗布して針を消毒する。
「この世界の治療器具をほとんど触ったことがないのですが、準備はこれでいいですか?」
といっても点滴を点滴棒らしきところにつないだだけなのだが。治療補助師とやらは連れてきていないのか、来ていても馬車の中はもう定員オーバーだろうから入ってこれないのかもしれない。
やってきた治療師は手を放しこちらに向かって怒鳴る。
「やっている途中に話しかけないでくれ!明らかに状態は悪いだろう?」
怒鳴られて気分は佳くないが、相手からすればこちらが治療師がいないと連れてこられてその仕事を邪魔されれば怒るのは当然であることに気づく。
黙って酸素ボンベらしき機械にマスクを取り付け、吸わせるように側についている兵士に渡す。
次に上腕を駆血帯の代わりなのであろうゴムひもで縛る。
アルコールでさっと消毒し、大きな静脈が前腕に走っているのを見つけてほっとした。元の世界で使っているプラスチックの外筒を差し込む点滴ではなく、針をそのまま留置するタイプな上、針自体もやや太い。針がきちんと血管の中に入ったことを表す逆血を確認し、テープで留置する。
そして次の処置に備えて準備をしていると、診断が終わったらしい。
「何をして…いや、いい、このままで。」
どうやら勝手に治療を始められていることに対して怒りかけたものの、されている処置自体に大きな誤りはなく引っ込めたというところだろうか。
「矢傷による肺障害と気管支が傷ついています。大きな血管を傷つけたわけではありませんが、おそらくその後動いたのでしょう、左の胸腔の中に血液が溜まっています。ここでは止血できるものはいませんので、点滴で血管内の水分を補充しつつ持たせるしかないかと思います。また、もともと肺の病気をお持ちでいらっしゃるのではないかと思いますが、それも今の呼吸状態の悪化に拍車をかけているものを想います。」
「それはそこの女性の言ったことと同じということでいいか?」
クリス様が私を指さして言う。
「ああ、そうですね。…点滴も彼女が?治療師はいないと伺っていましたが…」
私が刺した留置針や点滴を眺め、こちらをうかがいながらクリス様に言う。;
「彼女はまだ見習いだ。少し顔色が戻ってきたようだが、他にできることはないか。」
患者の呼吸の粗さは少しばかり落ち着いてきているが、顔色は佳くはなっていない。
「あの、今酸素を吸わせてもらっているかと思いますが、その量を使い続けるとおそらく王都まで持ってきた量では酸素は足りない可能性が高いですね。空気の組成を調節する魔法を使える方はいませんか?」
治療師が言う。
酸素ボンベのような機械は大いが、かなり軽い。中は圧縮されているわけではないのかもしれない。
「いないな。そこの兵士が電気魔法、僕が土魔法といくつかの魔法を使えるが、空気の組成を扱う魔法使いはいない。試しては見るが…酸素をより分けるだけのスキルを今習得というのは難しい。」
「そうですか。あとは、胸腔内の血液が、まだ新鮮な血液であれば少しずつ抜いていく方がよいかと思います。」
「矢は抜かないのか?」
私のことはそこまで信用していないのかと言いたくなるが、矢が刺さったまま放っておいていいのかと確認したくなるのは仕方ないのかもしれない。
そもそも肺がしぼんでいるのなら、当たり方によっては抜いても構わないのかもしれない。
「今は矢頭が大きな臓器にあたっていないので抜いても問題ないかもしれませんが、矢じりに返しがついていることを考えると、治療院についてからの抜去のほうがいいのではないかと思います。」
「そうか。」
「クリス様、それより電気魔法を使える方はいるんですよね。」
治療師が何やら考えこみだしたようだったので、横から口をはさむことにした。
「ああ。」
「積んである水と、水を通さない袋を持ってきてください。大きなものが一つと、小さなものが2つ以上必要です。水を電気分解します。」




