女装が似合いますね
「襲撃です!」
「よりによって今か…」
よりによってというのは狼の捜索に人手を一部渡してしまっているからだろう。
「市街地を抜けるまでまだしばらくあります!」
「わかった。そこまで何とか持たせてくれ。狙いは聖女だろうか?」
「相手は何も言わずに攻撃してきているので不明です!持っている武器や馬の種類からは、活動拠点がこの付近ではなく国境付近にある盗賊と思われます。
ただ今までに彼らから被害を受けた報告があったのは貴族ではなく商人がほとんどなので、今回の狙いは聖女様関連である可能性が高いと思われます。適宜応戦していますが、まだ全容を把握できておらず人数は不明です。かなり多いことは間違いないです!」
「王都に近いから近づけないだけかもしれないがな。他の馬車は無事か。」
おとりとして同じような馬車を複数側に走らせる、といっていたのはそのためだったのか。
クリス様は動いている馬車から腰を浮かせ、護衛越しに外を覗く。目が光っているので、何かの魔法を使っているのだろう。しばらくして口を開いた。
「襲ってきていているのは少数だが、もっと離れたところにこの国のものではない、強い魔力の人間がいるな。南南西に5㎞ほど、捕らえるのは難しいかもしれないが君はそちらに向かってくれ。」
どうやら探知のような魔法を使っていたのだろう。
「はっ!了解です!」
護衛のはずなのに守らなくていいのか…と言いたかったが、口を挟める雰囲気ではない。
護衛の兵士が離れると、馬車のスピードが上がった。
「少しだけついてきてくれ。回り道はするが、危険な目には合わせない。」
返事を待たずに、彼は馬車の外に体を出す。北東の民家がないところまで全速力で、と指示している声が聞こえる。今度は隣に馬車が横付けされた。
どきりとしたが中に乗っているのは側近たちである。少し待っててくれ、とこちらに言ってさっと隣の馬車にクリス様は乗り移る。違う馬車に移動するのかと思ったがそのまま馬車は並走し、数分もしない間にまた馬車からフードの着いた黒く長い外套を被った人影が出てきた。
こちらの馬車に乗り込んで、外套についているフードを脱ぐ。
「…似合いますね。」
「ありがとう。」
目の前には絶世の美女といっても過言にならないほどの美しい女性の格好をしたクリス様がいた。
時間がないからか化粧はされていないが、美しさをひけらかすための化粧はなくても十分だろう。銀の長髪に白いドレス、この世のものとは思えないレベルである。
「聖女の存在自体がごまかしようがないものなら仕方がない、それなら簡単に手を出せないものだと思わせるほうがいいだろう。」
「聖女の振り、ということですか。」
しかし仕上がりはどう見ても仕方がなく女装した人間のものではない。
声は完全に男性だが、今ここで実は僕が聖女だったといわれても信じてしまいそうだ。
「ああ。アリス殿と同じ髪色のカツラは特殊過ぎて準備できなかったけどね。終わるまでは中で待っててくれ。この追われている馬車に乗っているのは、あくまで、僕という聖女一人だけだ。」
すぐにまた馬車の外に体を出す。並走していた馬車は離れており、着替えのためだけに並走していたようだった。
彼が外に出てしばらくして、何かをはじくような音が聞こえる。攻撃を受けているのだろうか。
窓のカーテンは閉められているが、隙間から光が入っていることから魔法が使われていることがわかる。
何の助けにもならないのは十分承知しているので、おとなしく待つことにする。
外に姿を見せているだけで、馬車からはおりていないらしいらしく、ドレスの裾が馬車の扉に挟まっている。
外を覗こうと窓の隙間からそっとカーテンを開けると、その窓からクリス様がかがんで顔を出していた。
驚いてのけぞったが、向こうもわざとではなかったらしく驚いた顔をしている。
「…覗いていてもいいけど、相手も必死になってくるからね、見つからないように覗いてくれ。」
照れたような顔をして上品に笑い、また襲撃相手がいるのであろう後ろを向いた。
馬車は王都への方向から向きを変え、明らかに閑散とした方向へと進んでいく。
舗装された道から、足場の悪い野原へ。揺れが大きくなり蹄の音が変わる。
建物はまばらになってきた。
木々もまばらになってきたころには傍に並走している、囮にしていたという馬車がどれかがはっきりしてくる。と同時に、襲ってきている相手がいるのもはっきりわかるようになってきた。
相手は直接馬に乗っている集団だ。
こちらは数台の馬車で応戦しているのに対し、数十人は少なく見積もってもいそうだった。
銃なのか弓なのか魔法なのかは判別できないが、何らかの攻撃が飛んできては彼の周りの障壁のようなものに弾かれている。クリス様は姿を見せているだけで、特に積極的に応戦する様子はない。
「なにか、できることはないですか。」
前にいる御者に声をかけた。
おそらくできることはないだろうし何か出張ったところで足手まといにしかならないことはわかり切っていたが聞かずにはいられなかった。
「ない!」
御者はこちらも向かず答える。
もう一度外を覗くと、クリス様はこちらを向いて、「静かに」という所作を人差し指を自分の口に当てて微笑む。全身白と銀で覆われた彼は、遠目に見れば間違いなく聖女に見えるだろう。
あたりは暗くなってきているとはいっても完全に日が沈んだわけではなく、開けたところでの視界は殆ど良好だ。
長く追いかけられていると思っていたが、あたりに全く民家が見えなくなった頃、勝負というか、決着は一瞬でついた。
クリス様が手を集団に向かってかざした瞬間、地面が液状化したのだ。
馬は頭だけが出た状態で、人は腰ほどまでが一瞬で地面に埋まる。
漫画では攻撃の前に合図が合ったり魔法を使ったりする前に呪文を唱えているのがないからというのもあるだろうが、外から見ているだけの部外者から見てみれば「あっけない」と思ってしまうような終わり方である。
馬車を止めてくれ、とクリス様がいいゆっくりと馬車は止まった。
盗賊は体の上半分だけ、馬も顔だけが地面から出ている状態のままだ。絵面は地獄絵図だが、相手の身体を損傷せず捕らえる、動きを制限するという意味では他にないくらいの平和的解決方法である。
市街地から出てきたのは、地形に影響するからだろうか。
「クリス様、数人取り逃がしていますが追いかけましょうか!。」
「せっかくこんな格好までしたんだから、何人かは戻って報告してもらわないと。捕まった人だけ回収しておいて。」
カツラのはずなのだが、髪をかき上げる動作一つにもなぜか女性らしさが表れている。
そばを走っていた馬車も止まり、1か所に集まる。もう襲撃相手は襲ってこない前提なのだろう。
「このまま、城に戻られますか。」
「そうだね、次の襲撃の準備をされる前の、早いほうがいい。念のため馬車は変えようか。」
「準備します。」
ドレスを着たクリス様が馬車の中に戻ってきた。ドレスだと思っていたが、よく見たら軍服の上からドレスに見えるような白い布を巻いていただけだったようで、かつらと布を取ると、すぐに元の格好に戻った。
「ドレスじゃなかったんですね。」
「襲撃自体はあるかもしれないとは予想していたけど、僕の入るドレスをしつらえる暇まではさすがになかったからね。ちなみに、趣味ではないからね。」
いたずらっぽく笑う。




