聖女の姉は失態に気づく
外遊先で渡された小箱が盗聴器だったと知って、王宮へ向かいながら、これまでの行動を思い返していた。
馬車は少し急ぎ足だからか、よく揺れる。気持ち悪くなりそうだがそんなこと言っていられない。
そんなに前のことではないはずなのに、小箱を渡してきた商人の顔もあやふやであれば渡された前後の出来事の時系列も定かではない。自分の記憶力の悪さを呪う。
ただはっきりしたのは、襲撃に会ったのは夜であり、それはあの場に聖女がいると確信したうえで行われたということだろう。盗賊自体は雇われだったらしいが、行動を共にして指示していた人間がいたということが後日捕まった盗賊の一人からわかったそうだ。
刀を所持していた男は捕まらなかったということなので、なんとなく、あの刀の男がそうなのではないかと思う。
ほとんどの騎士が直線形の剣を携えているのに対して、しなりのある刀を持っている人をここまで他に見たことがなかった。
ーあれ。
「クリス様、持っている武器がいつもと違いますね。刀ですか。」
「そうだよ。よくきがついたね。」
「いえ、朝温泉に剣ごと入っていらっしゃったので。錆びるかもなと思っていたこともあって…」
朝のことを思い出して顔が熱くなる。
またのぼせてきたようだ。
「その通りで、錆びるから今朝持っていた分は手入れにまわしているんだよ。
それに、慣れているのはいつもの両刃の剣なんだが、フリート王国では刀産業が盛んでね。普段の剣だとフリート王国で一般的に使われている刀と比べると間合いが少し短くなるからこちらにして対策としてるんだよ。
ーまあ、剣で対応できなければ魔法で倒すからあくまで一応なんだけど。」
「そうなんですか。てっきりー」
てっきり、クリス様が私に刀を向けてきたあの張本人かと一瞬疑っちゃいました。
さすがに口にしてはいけないと思い、途中で止めた。
「てっきり?」
「いえ、てっきり先日の襲撃の時の武器に対抗して同じものを準備したのかと思っちゃいました。」
彼は少しきょとんとした顔をして、そのあと笑う。
「…僕を疑っているのかい?」
ごまかしたつもりが、ごまかし切れていなかったらしい。
「いえいえ疑っているわけじゃないですよ。一瞬頭をかすめただけです、一瞬。」
「まあ、動機もなければメリットもないからねー。王位が欲しいなら、正攻法で手に入れられるから。」
不敵に笑う。
「クリス様、もう市街地に出ます。誰が聞いているかわからない場所では冗談でもおやめください。」
側近が御者の隣から振り返って小窓から声をかける。
王位だけなら正攻法で手に入れられる。それはきっと、真実なのだろう。
王位にメリットがないというのも、嘘ではないだろう。
なのになぜ、疑念が張れない気がしてしまうのだろう。
ただ私の性格が疑い深いだけなら、いいのだけど。
「聖女様の姉君も、主を疑うような発言はやめてください。主があなたにかけている防御魔法は、本当に高度なもので、本来ならご身内でもない方に割けることなどできない量の魔力を使って行っています。
サクラ男爵の領地での襲撃の際、賊たちは中にいる女性を可能なら捕縛、それが不可能と判断した場合は殺害し体の一部を持ち帰るよう指示されていたとのことです。
主の防御魔法がなければアレク殿下たちにとって優先順位の低い貴女などとっくに死んでいます。」
もっと感謝しろ、と怒っているようだ。
側近はまだお叱りの言葉を続けようとしていたが、クリス様がそれを手で制しやめさせた。
感謝していないわけではないのだが…それを聞くと、防御魔法がなかったらと思うと恐ろしい。
実際今も行動をともにすることで守られているのだろう。
「失礼しました。」
素直に謝る。
確かに受けている恩に対して失礼な質問だった。
思っても言うべきではない。
「気にしないで、むしろ心の内に留められるより言ってもらったほうがいい。ただ、そうだとしたらこの盗聴器の入った小箱は説明がつかないからね。」
盗聴器だった小箱自体はすぐに壊したー今から思えばあれもわざとだったのだーものの、発信機のような機能もついており、そちらは壊さず置いてあるらしい。
壊れた箱を見せてくれた。どこに持っていたのかはわからない。
「何度かあえて囮にもなってみたんだけど、盗聴器を外してしまったからかな、怪しい人間の接近は今までない。さっきの話を聞くと相手の全貌が見えてきたからね。ここからは安全を取ろうと思う。」
わざわざ外を歩いていたのはそういう理由があったのか。
「召還した一般市民の囮に皇太子ってランクづけがおかしい気がするんですが。」
「聖女様がいるなら、この国の発展は聖女様ありきだと僕らは思っている。
王様なんて、一番その時向いてる人間がやればいいだけの話で、実際のところ血縁なんてそんな重要じゃないだろう。だけど、聖女の能力というのは唯一無二だと言われている。アレクも僕も、やむを得なければ君たち姉妹のためなら命だってさしだすだろう。」
「私も入ってるんですか。」
「妹君の性格を考えれば、君の安全はありきだろう。」
「そうですね。」
この世界の人間の価値観は推し量るしかないが、改めて聖女というのは神格化された存在なのであると感じた。
馬車の扉が叩かれる。
クリス様が開けると、馬に乗った護衛が数人並走していた。
「失礼します、クリス様、襲撃です!」
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