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聖女の姉は膝枕をする

「つまり、隣国が聖女が本当に来ているのか探りを入れに来ている、ということでしょうか。」


「そうだろう。あちこちで治療院の許容量を超えて病人が発生すれば、すべてではなくてもいるのなら聖女が出てくる可能性が高い。治療院の許容量がもともとかなり不足している地域が狙われていたから、おそらくそういうことだろう。」


「治療師って足りてないんですか。」


「治療スキルを持っていないと足りない治療を行うものが多い、といったほうが正しいかもね。ただ、狼となると足も付きやすいし、あまり同時に大量に運ぶと大きな魔法には魔力反応が伴う.

そんな大きな転移の魔法が王都に近いここで使われれば誰かが気付くはずだから、1匹ずつくらいしか運べないだろう。今の被害の程度からはいるのは数頭と考えているが、気づくのが遅かったら危なかったかもしれない。」


 聖女の存在の有無を確認するために、わざわざ病人やけが人を増やす手段を選んだということか。


 別に正義漢というわけではないが、目的以外の人間の生活や安全を蔑ろにするというのはどういった立場のものであっても許せるものではないだろう。


「今回の狼に関しては、王都にも近い場所でけが人を増やし、場合によっては王族や聖女などの政治的に重要な人物を呼び出すことが目的だった可能性も高い。早い段階で気が付けて良かったと考えるべきだろう。」


 いやいや、あなた王族ですから王族出てますよねと言いたくなったが自分のことは頭数に入れていないのだろう。


 先ほど狼を確認してから、創作の為に兵を大勢出動させるという指示をしていて、そんな警察隊の出動よりも軽いフットワークで出られるものかと内心驚いていた。

 だが、実際はフットワークが軽いというよりは、そういった裏事情まで読んで被害を出さないための判断だったのか。


「あの…アリスが危ない、ということでしょうか。」


「ん?聖女である以上狙われる、というのは避けられないが、狙われていること自体が想定済みであれば彼女に手が届く前に全てのものが体を張って守る。アレクが傍にいる限り、それについては心配しなくていい。以前は非公式な訪問だったこともあって少数で移動していたのがあだになったから、あれからは公式な訪問として優秀な護衛で固めてある。次期国王である彼の周囲は、この国で僕の傍の次に安全だよ。」


「笑うところですか?」


「本気だよ。」


 確かに冗談を言っている顔ではない。


 まあ、護衛がついているのに護衛の仕事をしていなさそうな所や、一人で出歩いても周りが何も言わないのは、それだけの実力があってのことなのかもしれない。

 

「クリス様が一番強いなら、アリスの傍についててはくれないんですか?」


「アレクの護衛も優秀だから、大丈夫だよ。そもそもアリス殿の成長具合では、もうどんな攻撃も意味をなさないくらいかもしれないからね。」


 どれくらい凄いのかはわからないが、確かにアリスは順に魔力を習得しており、今のところほぼすべての分野に聖女らしい才能を発揮しているそうだ。

 前回の襲撃の時は腰を抜かしてしまっていたが、一般的な物理攻撃なら大体防げるようになっているとのことだ。



「だから僕が君といることは、実益も兼ねているんだよ。」


 私の頬をなでる。

 

 目を閉じるのを見るに、キスを期待しているようだ。


 顔を近づけて、頬に口づける。


「…あれ?」


「すみません、体が硬いので届きませんでした。」


 恥ずかしいからどうせ頬に、とは思ってはいたがそもそも届かなかった。


 膝枕からのキスは結構体が柔らかくないとできないな。

 いや柔らかくても厳しい気がする。

  


 クリス様は起き上がったので、今度は私が膝枕をしてもらうことにする。


 期待してたことと違ったのか、えーという声が聞こえたがきこえないことにした。


「アレク殿下自身は、あまり強くないということですか?」


「基本的には今は平和だからね。最低限の護身はさせているけど、それより国の発展の為に学ぶことや習得することは山ほどあるんだよ。適材適所ということだ。」


「クリス様はそれで言ったら逆行してしまいませんか。」


 全部マルチにできるとかなんとか。


「才能がありすぎるのも困りものなんだよ。」


 本気で言っているのだろう。


「そうですか。」


 現に流しても気にしている様子は全くない。ただ事実を口にしただけといった風だ。


「アレクも、ないわけではないんだよ。ただ、アリス殿を迎えて即位するために必要なことを優先しようとすると、物理的な強さは周囲に任せてしまう方が確実というだけで。ちなみに弱いわけじゃないから安心してね。」


「ミシェル嬢から、アレク殿下はアリスのことを度々こちらの世界から眺めていたときいて引いていたんですが、それだけ頑張っていたということですね。」


「ミシェル嬢は、そんなことを言っていたのか?」


 少し焦ったような顔をしている。


「アリスにはわざわざ言いませんから。」


 部屋がノックされ、食事が用意できております、と声がかかる。

 すぐ行く、とクリス様が返事をしたので体を起こす。

 膝枕をされてみたが、なかなか心地よかった。しいていうなら筋肉の塊過ぎて少し硬すぎるのが難だろうか。


 ずっとアリスのことを眺めてきていた、という言葉を聞いてストーカーという印象しかなくなっていたのだが、いやのぞき見をしていたのは事実なのだからストーカーで間違いはないんだろうが、それだけアリスに対して本気なのだろう。


 殿下のアリスに対する忠犬のような態度を思い出す。


 はじめに私に気が付かなかったのも、一途さの表れと思うと今は腹が立たなくなっていた。


「…他に、ミシェル嬢は何か言って…いや、いい。」


 いろいろ聞いてみたかったが主に遮ったのはあなただろうとため息をつく。


「初めて聞いた情報はそれくらいでしたよ。」


「そうか。」


 扉をあけようとすると彼がさっとあけてエスコートをしてくれる。




「あ、そういえば伝えなくてはいけないと思いながら忘れてたんですけど、先日、本屋に迎えに来ていただいたじゃないですか。今になって申し訳ありません。」


 不意に思い出したことを口に出す。


「そうだったね。」


 もうたまたまを装うのはあきらめたらしい。

 まあそのあとここに連れてきておいてたまたまも何もないだろう。


「本屋の店主さんが倒れて治療をしていたのですが、ご存じですか?」


「話はその日ついていた護衛から聞いている。旧知の友人が来て、言い争いで興奮したと。」


「その言い争いになったことなんですが、その旧知の友人というのが他国の商人らしいです。聖女様の文献を探していたとのことで、王宮への出入りをしている彼は禁書庫の本を複製や閲覧ができるのではないかということで話を持ち掛けてきていたそうです。

 ちょっと何日か前のことになるので多少あやふやな可能性もありますけど、とりあえず聖女に関する文献を他国の人間が欲しがっていたという情報になるので、今朝言っていた聖女に関する情報の漏洩とも関係しますし、私の記憶が正しければですが、その商人はフリート王国からきたと言っていたように思います。」


 えっ、とつぶやいて彼は持たれいていた椅子から目を見開く。


「それは…もっと早く…いや、教えてくれてありがとう。」


 確かに言うのであればもっと早く言ったほうがよかったのだろう。


 聞いたときはそこまで重大なことだとは思っていなかったし、思い出したことが今なのだからしょうがないといえばしょうがないのだが。


「すみません。でも、来ていた友人は元々店主と幼馴染だそうで、つてがあるかもと思ってやってきたそうです。もしかするとまだ滞在している可能性はあるのではないかと思います。」


「そうか、ありがとう。」


 クリス様は起き上がり、最側近の名前を呼ぶ。すぐそばまで来た側近に早口で何かを伝えると、側近は早足で部屋の外に出ていく。




「…あの。」


「今すぐ出る準備は整っているかい?」


「そもそもほとんど身一つできてますから、準備も何もほとんどないんですけどね。」


「そうだね。その本屋に来ていた商人のことも気になるし、一度今日中に王宮に戻ろうか。僕が完全に引き上げてしまうとここは今狼のことで人が出払ってしまったから手薄になる。

 一度一緒に王宮まで戻ってほしい。遅くとも明日には二人とも戻ってくるだろうし。」


「わかりました。準備します。」


 遅くとも明日?アリスは未成年なんですけど…と言いたいところをぐっとこらえた。

 彼に言っても仕方ないし、現実アレク殿下とクリス様が実質私たちの保護者と言って過言ではないのだから安全面については言っても仕方がない。

 もしも万一私が心配するようなことだったとしても、アリスは思ったことは殿下に言える立ち位置だし、あれでいて意外としっかりと自分を通すところは通すので、そこはそれだろう。


 この屋敷に来る前に買った本を取りに部屋に戻る。

 出る前に最低限綺麗にしてからと思ったが、既に部屋は清掃されていて、私の雑な掃除をする余地はどこにも残されていなかった。何なら今からここに新しく客が泊まるといっても何も問題はないだろう。


 机の上にある本が開いたままになっていた。栞紐をはさんでいる頁とは違うところが開いている。ページをめくる向きと窓が対角線上にあるから、窓が開いている間に風で頁が捲れたのだろう。


 めくった先は薬草一覧のページになっていた。元の世界の医学書では元々の薬草の形態なんて記載されていないし知る由もないが、加工して精製された薬品が多く出回っていないことを考えると、この世界ではこちらのほうが自然なのだろう。


 荷物をまとめておいで、と言われて本だけ持ってきても時間を持て余すだろうと思い数ページパラパラと眺めながらめくる。




 ふと、見覚えのある植物に目が留まった。


 どこでみたのだろうか。確か、この世界に来た時もどこかで見たことがある、と思った。


 すぐに思い出して、すぐに階下に降りる。もう出る準備を整えおわったのだろう、クリス様がロビーの出口付近で手袋をはいていた。


「クリス様、確認していただきたいことがあるのですが。この植物はクリス様、ご存じでしょうか。」

 本のページをあけてを差し出す。


「かいてあるね。大麻だそうだ。」


「この植物は、今この国ではどういう取り扱いをされているのでしょう?」


「この国でも隣の国でも、ずっと昔に全部処分しているはずだよ。僕も実物を見たことはないな。」


「わたし、この国に来てからこの植物を見たことがあります。といっても、どこに生えているのかはわかりませんが。」


「ーどこにだい?」


「サクラ男爵の領地で会った、商人です。彼が持っていました。」


「それは、あのオルゴールの着いた盗聴器を君に渡したという商人か?」


「はい、……え?」




 盗聴器?



 オルゴールがついていた小箱は自分で持っていたのだから一つしか思い当たらなかったが、返事をしてからただの小箱でなかったことにようやく気が付いた。


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