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聖女の姉は犬より猫の方が好き

「ソーヤー、野犬について歩きながら話を聞こう。現れたのはここ最近か?誰かが買っていた犬が逃げ出したのか?」


「家畜が食われたって話を聞くのは1週間くらい前からですね。犬みたいな見た目だけど、ここらで飼ってたのとは見た目からして違いますよ。なんというか、ずんぐりむっくりする感じで見たことない種類です。何匹かいるんですけど、だれもやっつけられてなくて。とりあえず罠を一昨日仕掛けたんですけど、昨日又3軒隣の家がやられたって聞いたんで何匹かかかってないか見に行こうとしてたんですよ。」


「家畜は何がやられたんだ?」


「うちは馬とヒツジが1頭ずつ、昨日3軒隣の家では馬が3頭ですね。鳥を飼ってるところは入れなかったんだと思います。」


「馬をか?」


 犬だって獣だ、腹を空かせれば馬だって襲うだろうがあまり穏やかな話ではない。


「うちの近所はどこも1回ずつ被害にあってますね。数も1匹じゃなさそうです。裏手の森の中で1匹   かかっているのを確認はしたんですが、なにせこの足だったので、回収できずに帰ってきました。」


「罠は人間にはわかるように隠してあるか?被害が大きいのなら早めにこちらからも人を出そう。」


「そのはずなんですが…自分が怪我したのでなんともいえないですね。あ、でも引っかかっていた奴は一番手前の罠のところだったから、帰って弟にでも案内させれば問題なく回収できると思いますよ。」


 ソーヤーさんを担いだところから一番近い民家についた。勝手知ったるという態度で裏手に回る。

 裏手には水道があった。


 ソーヤーさんを運んでいた護衛に回収してくるように、と指示した。

 今大の大人を担いでたところですけど…と思ったが護衛として雇われているのに実質護衛として仕事をしていないからだろうか。

 もう一人の護衛に変わってもらおうとする様子もなく民家の表に周り家の中の人間に声をかけている。


 クリス様はためらうこともなく、裾をまくって傷口に水をかける。


「クリス様けが人の手当て、慣れてらっしゃるんですね。」


 顔立ちだけで判断すれば、血を見るのが怖いといいかねなさそうな繊細なつくりなのだが。


 とはいっても血が出るのを見ると倒れる人なんて現実では早々いるものではないし、解剖実習で倒れた同級生は一人もいなかったことを思い出した。

 一人だけ気分が悪いといっていたが、解剖で気分が悪くなったのか、ご検体を長期保存するためのホルマリンで気分が悪くなったのかははっきりしない程度の症状で、単位が取れる程度には問題なく解剖に参加できていたのだから、人間以外と強くできている。


「まあ、この国は概ね平和だが小競り合いもあるからな。野営の経験などもなくはない。」


「クリス様、治療師がいるのだからそちらにさせてください。」


 見かねて、といった具合に残っている護衛が口を出してきた。確かにいくら知識があって慣れているとはいっても他に人手があるのに殿下の手を煩わすものではない。見習いではあるがそこには触れず無言でクリス様を押しのけ、水道の前に陣取る。


「ソーヤーさん、治療師見習いですが簡単に手当てさせていただきます。よろしいでしょうか。」


「ああ。ありがたい…痛!」


 出血量は大したことはなかったから、大きな血管は傷つけていないだろう。傷口に土もついていたので、閉じかかっている傷口を開いて洗う。


「傷口が深そうなので、しっかり洗い流させてもらいます。これをしっかりしておかないと確実に治療院に通う必要が出てきますよ。」


 うめき声がやむ。顔を見ると我慢という文字を書いてあるのが手に取るようにわかる。

 気にしていて適正な処置ができるようになるわけでもなく、この状態で洗うのを手加減すると後々化膿するリスクの方が高くなる。気にせず訊ねる。


「この国では野犬が出るのは通常のことなのですか?」


 呻くのを我慢しているソーヤーさんの代わりにクリス様が答える。


「いや、愛玩動物としても経済動物としても、ある程度以上の大きさの動物はすべて人と同じように登録して出産、死亡の届け出は義務図けている。愛玩動物で飼い主が一定以上の年齢の場合は虚勢を義務づけている。犬種さえわかれば放った人間の同定は可能なはずだ。ところで、その罠は自作か?ずいぶん危ない罠のように思うのだが。」


 たしかにトラバサミは踏めば歯が食い込む形の罠であり、誤って踏んだら人間もただでは済まないし、動物がかかったとしても傷をつけるのがありきの罠である。

 しかし傷口から想像される罠は、トラバサミにしても一つあたりの歯が大きく深い。大きな動物でも住んでいない限りおおよそこのあたりで想像されそうな大きさの害獣向きではないように感じられる。


「いや…半年くらい前かな、商人さんが売りに来たんだよ。この国では野犬がいないからいらないっていうと、タダだからっていっておいていったんだ。」


「野犬がいない国で野犬の集団発生って、動物園でもあるんですか?」


 半分冗談で聞いてみたところ、クリス様は真面目な顔で答えた。


「あるけど、犬は飼ってないな。」


「クリス様、罠にかかっていた犬です!」


 早くも罠にかかった動物を捕まえに行った護衛が帰ってきていた。


 思ったよりも近くだったのだろうか。こんなに近くに野犬が出るのではそれは気が気でないだろう。そして持って帰ってきた罠にかかった動物を放り出すー


「これ、犬じゃないですね。」


 犬よりも一回りずんぐりした首回りと尻尾。口の部分と手足は暴れないようひもで縛られているが、頭の骨も発達しており、顎の力は犬よりもはるかに強いことが想像される。飢えたドーベルマンでも放たれたのかと思ったが、それよりとんでもない。


「犬じゃない…であれば僕は実物をみたことがない動物だが、これは、もしや。」


「狼です。」



 トラバサミにかかって弱っている狼が返事をするように呻った。

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