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聖女の姉は恋敵?と会う―6

 帰りの馬車に乗って少しすると、クリス様は大きなため息をついた。


「ふう…。」


 後ろにもたれて、目を閉じる。馬車の揺れに合わせて頭を壁が何度もぶつかっている。


「痛くないんですか?」


「痛いけど…じゃあ膝枕してくれるかい?」


「私は酔いやすいのでご尊顔に吐くかもしれませんが。」


「それは嫌だなあ…。疲れた…。」


 言いながらかってに隣に座り膝の上に頭を乗せに来た。


「今日は楽しそうに見えましたけど。」


 アレク殿下の婚約者ということは、クリス様とも昔からの顔なじみということだ。二人の思い出話に花を咲かせていたように見えたのだが、違ったのだろうか。


「彼女の立ち位置を考えると、僕の女性に対してのいつもの振る舞いと距離感でいいかがわからないからね…。」


「私に対するのがいつもの距離感なら駄目だと思いますけど。ミシェル様は、クリス様の婚約者でもあるんですよね?」


「だよね。大丈夫。今の君との距離は、君とだけのものだ。」


 当たり前だ。

 

 ほかの女性とも今私との距離を保っているのなら、ただの浮気野郎である。



「先ほどの二人のやり取りを見る限りでは、私の感覚の尺度でいいのであれば極めて紳士的で問題ない距離感だと思いましたよ。」


「あれは僕の本気を出した外面だよ。」


「彼女…ミシェル様は、クリス様に好意を寄せているということはないでしょうか。」


 あまりそういった感情に聡い方ではないので、当たらない可能性の方が高いとは思うが、一応聞いてみた。

 自分が好ましく思っている相手だから、欲目もあるのかもしれないが。


「えーそんなことないと思うよ。僕がそもそも好みじゃないし、彼女はそれを十分知っているだろうし。全部が顔に出るアリス殿みたいな素直な子も悪くはないけど、僕は素直すぎないようでいて、でも程よく顔に気持ちが漏れ出てるくらいの子のほうが可愛げが合って好きだなあ。」


 こちらをじっと見つめる。


「ほめたつもりかもしれませんが、あんまり褒められた気持ちにならなかったですよ。ところで、彼女に直接は何か聞いたりされなかったですよね。」


 何か彼女に裏があるのではないかというような発言をした割には、彼女のことを探るような発言もなく、ごく平時の日常会話だけで話が終わったのだ。

 陛下の体調の話も上がったが二人とも昨日会いに行っているようで、話から察するに体調は少し良くなった状態から相も変わらず横ばいのままだということだ。


「彼女は聡いから、少し疑っているくらいの段階で口にしてしまうと、警戒されてそのあと却って何もしゃべってくれなくなる可能性が高い。それだけならいいがこちらの手の内だけ明かさせられて、ということだってありうる。

 魔力や魔法に関してはまだ彼女が国で一番の使い手だからね、何をするにもむやみに首を突っ込むのは得策じゃないんだよ。」


 まだ、というのはこれからのアリスの伸びしろによって、ということだろう。


「あ―お腹が痛い。」


 最後にパフェを食べていたからだろうと思ったが言わないことにした。

 柔らかで艶のある髪が馬車の隙間から入る光を浴びてキラキラと輝く。

 

 触りたいという欲求のまま髪をなでる。彼はうれしそうに微笑んだ。


「気に入ってもらえたかい?」


「お店のことですよね。」


 いくら貴族様とはいえ、まさか人に膝枕をさせておいて自分の頭の乗せ心地を聞いてきているということはないだろう。


「さすがにね、お店のことだよ。」


 彼は苦笑しながら答えた。


「お店のことならそうですね、ありがとうございます。」


 この世界に来てからは、元の世界にいたときの普段の食事から考えると信じられないレベルでのご馳走を毎日ふるまわれているのだが、やはり甘味専門のお店での甘味は別格だった。


 よく異世界物や転生ものの漫画や小説で新しい世界には甘いものや変わった食事が普及していないから既存のレシピを開発したように見せかけて広める、という筋立てがあるが、この世界に関して言えば既存の料理を開発したように見せて成功するのはすでに難しいと考えられた。


「ご機嫌取りができてほっとしたよ。」


「ああ…昨日と一昨日のお店も、大体の女性は喜ぶものだとは思います。ご機嫌の取り方が難しくて申し訳ないです。」


 ご機嫌取りができないときにしていたのなら、適当に服でも仕立ててもらっておけばよかっただろうか。


「ん?仕立て屋や商人のことを言っているのなら気にしなくていい。きっと君は断ると思っていたから。」


「…はあ。断ると思っていたのに呼んだんですか。」


 まるで私のことをよく知っているような言い方だ。


「それがなかったら今日ここについてきてくれなかったかもしれないからね。」


「うーん…そうかもしれませんけど。」


 甘いものを食べにくる誘いくらいなら出ただろうとも思うが、違うとも言い切れない。

 事前にいくつかの断った案件があるからこそ、今日の誘いを受けたといわれればそうかもしれない。


「ということは、昨日一昨日の方は今日外に出すために呼んだんですか?」


 気の毒に。そんなに出てきてほしいのならそういえばいいだろう。自発的とまではいわなくても、外に出てほしいといわれてこもるほど外出が嫌いなわけではない。

 あえて出ようと思わないだけだ。


「外に出すこと自体が目的じゃないよ。まあ、彼女が付いてきたのは想定外だったけどね。」


「そうですか。まあいらっしゃったのが想定外だったのでしょうから無理もないですけど。」


 ミシェル様の態度からはクリス様へ抱いている好意がほのかだとしても、相手がほかの女性と2人で出かけるのであればついてきたくなることは無理もないだろう。


 ひざの上の重みと温かみが外の程よく暖かくなってきた風と相まって心地いい。小さいころ買っていた猫を思い出し、頭をなでる。当たり前だが、毛の感触が違う。


「…思ったより、単純なのかもな。」


 クリス様が照れたようにわかるが、その真意は測りかねる。


「クリス様のことですか?」


 しばらく沈黙していたので、話は終わりかと思い馬車の外をカーテンの隙間から眺める。

ふと、彼が私の顔を先ほどからずっと見ていることに気づく。


「…どうしました?」


「僕は、わかりやすいかい?」


「いいえ全く。何を考えているのか察してくれというのは私にはどうも苦手なので、言語化して伝えてもらえたほうがありがたいなと思っていました。」

 

 彼は残念そうな、ほっとしたような顔をしてそうか、と呟いた。


「ああ、少し腹ごなしがしたいな。天気も程よいし、ここからは歩こうか。」


「そうですね。」


 クリス様は腹痛と言っていたはずの体をさっと起こし、御者に馬車を止めるよう話しかけて、馬車がとまってから先に降りた。続いて降りてから、手を差し出されていたことに気が付いた。


 柔らかい風が頬にあたる。

 薄い雲に覆われた空は、太陽の形を淡く映し出す。


 エスコートするという意味だろうか、腕が差し出される。

 少し逡巡した後、彼の腕に手を添えた。

 

「今日は珍しく仕事をしなくていいようにできた日なんだ。」


「朝も仰っていましたね。大変ですね。」


「そうだろう。ところで朝、君が言っていた「あとで」はいつにする?」


「えっと…そうですね、それももう少し考えさせてください。」


 彼の視線を感じるが、恥ずかしくて顔を見られない。

 これは、私がこういう扱いに慣れていないからだ。

 顔が赤くなるのは、もはや条件反射だ。


 そう自分に言い聞かせながら、風に乗って聞こえる人の話し声に耳を澄ませた。

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