聖女の姉は治療魔法と現代医学を考察する
前話のあらすじ
あんまり話は進んでいません。前回のあらすじ参照ください。
陛下の侍医という男性は立ち上がり、私の方を向いた。
頭を下げて、丁寧に名を名乗ってくれるのでこちらも同じように返す。
「私の魔力でできるのは体力向上と皮膚の黄染の軽減ですね。それも私の魔力だけでは追い付きませんので、数人で交代して行っております。」
現在進行形で陛下に魔法をかけているように見えるのは、継続して治療魔法をかけているということらしい。
「先ほどお話しされていた”がん”の件についても、おっしゃった理屈は理解できますが、どんなものかということと、そもそも体の中のできものをとる、というイメージがわきませんね。イメージができないものは治療魔法に限らず、どの種類の魔法でもできませんので難しいと思われます。」
侍医によると、治療師の魔法とは「治れ!」と念じて対象に魔力を込めれば発動するものだそうで、魔力を込めた部分が一時的に回復することはあっても、少しずつ生命力のようなものが削り取られていくことは変えられないとのことだ。
またこの侍医は治療師としては魔力が高い方とのことだが、黄疸を毎日少し回復させては翌日には元に戻っているかそれ以上に黄色くなっているというのを繰り返しているようだ。
物質を切断する魔法は使えることと、侍医自身は治療師に必須ではないものの体内の臓器の位置は把握しているというので、できものの場所がわかって消えろということができないか聞いてみたが、周囲の正常組織にどのようなダメージを与えるかまでイメージしたうえで魔法を使わないと、最悪体の内部に切断痕だけを残すリスクがあるのでできないといわれてしまった。
つまり魔法は進行を遅らすことができる程度のものということだ。
全身の状態からしても、徐々に悪くなったという言葉からしても、がんは進行して既に全身に転移している可能性が高い。
「お姉ちゃん…頼ろうとしてごめんね。私、イメージできたら魔法が使える、という意味でなら何となく魔法の使い方わかりそうなんだ。とりあえず、できそうなことをしてくるね。」
こちらは魔法のまの字も理解できていないのだが、妹はすでに魔法を理解できているらしい。
アリスは寝台のほうに行ったかと思うと、あたりがまばゆい光に包まれた。
待て待て、一人でできてそうじゃない、私来なくてよかったじゃないと思いつつ、きっともう少し姉が頼りになると思って呼んだのに役に立たなかったんだろうなと思うと姉としては情けない気分になった。
寝台に行くと、陛下が体を起こしていた。
「大分体が楽になっていますよ、体の怠さも嘘のようだ。」
なにがどこまで回復したかは全く分からないが、全身の状態はだれの目に見ても回復している。
「ありがとう、アリス!」
アレク殿下が感動したのだろう、アリスをだきしめる。なにするんですかと真っ赤になってアリスは腕を振りほどいている。
「魔力が桁違いです、やはり聖女様はさすがといったところでしょうか。」
侍医だといった男が陛下の手を取りながら言う。
脈を診ているようでもなさそうだが、手の先が光っているところを見るとこれがこの世界での診療の方法らしい。あれでわかることがどれだけあるのだろうか。
「でもよくなってほしい、と魔法をかけただけなのでしばらくしたらまた戻ってくるんじゃないかと思います。」
「我々の治療はその繰り返しですよ。」
「私が元居た世界での治療とは少し違うところもあるので、やっぱりお姉ちゃんが必要だとおもいます。」
アリスがじっとアレク殿下の目を見る。
魔法で病気が治せてしまう世界で私に何を期待できるのか、私自身にもわからないので過剰な期待はやめてほしいが口を出せる雰囲気でもない。
「そうか…でも聖女はアリスの称号だし、姉だからといってどうしたものか…」
照れた様子でアリスから少し目を背けつつ、それでも視界には入れておきたいらしくちらちらアリスを横目で見る。
「別に私をお客さんとしておいてくれるなら、もう一人くらい増えたってかまわないでしょう?」
「それなら、側仕えという形でおいてはどうだろう。聖女様の言う異世界での治療の方法も役に立つかどうかわからないし、かといって客人という名目で聖女様の隣に人を置くのは目立つだろう。外の世界からお輿入れされた聖女様が、心細くて気心知れた側仕えを連れてきた、という名目でいいんじゃないかな。同系統の見目をしているとはいっても、瓜二つというほどではないし、同じ一族の出身といえば、周囲も納得するんじゃないかな。」
そう提案するアレク殿下をアリスがにらみつける。
「お姉ちゃんが付き人ってー」
「僕の恋人兼客人でもいいけど、どうかな?」
クリス様が私の肩に手を回してきた。
人目もある中やめるよう声を大にして言える雰囲気でもない。
「お断りします。」
勤めて冷静に答えた。
側にいた秘書だか執事のような風体をした男性が口をはさんだ。
「僭越ですが申し上げます。表向きは聖女様の側仕えとしていただければ、この世界の魔力の使い方や基本を聖女様が学ぶ時に一緒に学べますし、この世界のマナーや常識も同じタイミングで手に入れることができます。側仕えといえばあとは身の回りのお世話ですが、失礼ながら元いた世界では、入浴も着替えも自らでされると伺っております。多少お召し物や扱いに差が出るのは致し方ない部分にはなりますが、それでも暮らしとしては十分な環境をご用意できるかと思います。」
「お姉ちゃん、私の判断でいいのか自信ないんだけど、信用していいの?」
「たぶん…」
私もあって間もないので保証はできない。
「わかった、お姉ちゃんと私の身の保証をしてくれるなら、少なくとも当面は聖女として働きます。輿入れって言葉は引っ掛かりますけど。当面以降のことはおって相談させてください。あと殿下、お姉ちゃんに対してぞんざいな扱いをしたことは忘れませんからね。」
不敬だとどこからか声がしないか周りを見渡したが、だれも何も言わない。
聖女様とやらは皇太子に偉そうにモノ申しても許される立場なのか、それともそれだけ既に惚れ尾まれているのか。私に対しては偉そうな殿下が、アリスの前では飼い主に叱られた子犬のように悲しそうな顔をしている。
殴りたくなる扱いの差だが、私が殴ったらまず許されないのでぐっとこらえた。
腹が立っているのは顔に出ているらしく、クリス様が口パクでかー、おー、と顔面を指さしていた。
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