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聖女の姉は恋敵?と会う―5


「お待たせいたしました。これでも急いだのですが。」


 クリス様が彼女に声をかける。

 嘘つけ、と突っ込みたくなるのを我慢した。


 少しでも急いでいたというのなら髪くらい生乾きでも構わないだろうし、向かう足取りは少しくらいいつもより早くなっているだろう。

 あのあと部屋に戻ってメイドに支度してもらった私を迎えに来るまで、いたって急ぐ様子はなくいつも通りだったと思うが―口をついて出そうになるのを我慢した。

そんな事実を知ってか知らずか、令嬢は立ち上がり上品に笑う。


「ふふ、クリス様。護衛の代わりに同席とおっしゃっていましたが、少し姉君と、二人にしていただいてよろしいでしょうか?女同士で話がしたいんです。」


「許容できない。」


「都合の悪い話をされると困るということですか?彼女にとって不信感につながりませんか?」


「…貴女は二人で話をしたいか?」


 クリス様はこちらを見る。

 まあ屋敷の中で何が起こるということはそう滅多にないだろう。防御魔法もかかっていることだし、相手にもお付きはいるが、私からも彼女からも十分に離れている。


 なんならクリス様抜きの方が得られる情報もあるかもしれないと思ったりする。



「そうですね。」


「…ならば私に留める権限はないな。」


 あきらめたように部屋から出ていく彼に、ミシェル嬢は声をかける。


「盗聴なんて無粋な真似はよしてくださいね。」


 返事をせず部屋からクリス様が出ていくと、ミシェル嬢は指先を動かしてあちこちを指さす動作をした。


「返事をしないのはノーの代わりだったようですね。あちこちに盗聴魔法をかけていらっしゃいますので盗聴防止の壁を貼らせてもらいますね。」


「盗聴されると困るような話をするということでしょうか。」


「女性同士の話を聞こうとする野暮な殿方の言いなりになる気はございませんわ。」


 私が訊ねると、先ほどまでの上品な笑顔のまま答える。


「姉君には箝口令がついていますね。クリス様からのものでしょうか。ご希望があれば外しますが。」


「外したらばれません?」


「ばれると思いますけど、黙ってつけられている理由もないでしょう。」


「…そうですけど、このままでいいです。」


「そうですか。」


 正直魔法をかけるどうのといっても、こちらからすると何をかけられているのか分かったものではない。

何をしようとしているのか事前に通達があるだけクリス様よりましかもしれないが、意図が読めない以上警戒をしないわけにはいかないだろう。


「何を聞きたいんですか。」


「本当にお話ししたかっただけですよ。」


 こちらが警戒していることにはもちろん気づいているだろうか、そんなことは関係ないといわんばかりの余裕のある態度である。

 かといって不快を感じさせるわけでもない。


 ミシェル嬢は私より年下のはずであり、顔立ちもその年相応であるが、佇まいから発する雰囲気や風格はとても年下の少女から出ているものとは思えなかった。社会人経験が長いからかもしれない。


「私は、貴方のことを信用していいのかわかっていないです。」


「クリス様やアレク殿下は信用できると?」


 それを言われると言葉に詰まる。


「…害成す意思がない、という意味では信用しています。」


「彼らの庇護下から抜け出ることをすすめるような話はしませんよ。私もあなた方は彼らの庇護下にいるのが一番いいと思いますし。」

 

 アリスを聖女候補と認めて元の世界から呼び出したのはこの少女なのだ。

 その行動理念が理解しがたいとのことではあるが、正直疑うにしても何が疑うところなのかすらわからない。

 何を考えているかわからない、という意味ではクリス様に似ているところがあるから、同族嫌悪なのかもしれない。


「そうですか。」


「…」


「…」


 沈黙。


 相変わらず目の前の少女はにこにこしているが、しばらくして戸惑いの色が見えてきた。


 私は無言でじっと彼女を見据える。


 何か意図があるわけではなくて、何を聞いていいかがわからないのだ。

 聞いてみたいことはあっても、初めてのあいさつを交わした直後に心の内まで踏み込んだことを聞いていい間柄でもないだろう。


 しばらくして相手が話し出した。


「…すみません。実は私、同世代の友人というものがおりません。ですので、こういったときに何を話せばいいのかがわからなくて。」


「私も多くはないのでお互い様ですね。」


「ふふ。ありがとうございます。…姉君は、この世界に来てつらいことはありますか?」


「特にないですよ。アリスには会ったのですか?」


「殿下のガードが固くて、お会いできていないですね。…といっても、物理的に移動を多くなさっているようなのでそうでなくともお会いできないとは思いますが。」


 婚約者相手にガードするということは、やはり何かあるのだろうか。


「殿下…というか、お二人とは婚約者なんですよね。」


「そうですね。聖女様がいらっしゃったので、もうすぐ破棄されると思いますが。」


 自虐的な様子は見られないが、ずっと変わらない笑顔なのでどう思っているのうかがい知ることはできない。彼女自身は発現してからこちらの様子を見て何かに気づいたようで、言葉を続ける。


「ああ、気になさらないでください。小さいころに私は「占星」のスキルで聖女様がいらっしゃることを知りました。

 婚約者の立ち位置も、外野のために残してあるだけでいずれ去ることは察しておりましたわ。幸い、殿下に思い入れもできる前でしたので好きになることもなければ、執着による嫉妬心などもおこらずにすみました。」


 といっても心の中はわからないでしょうし証明もしようもないのですから、姉君としては心配になるかもしれませんねと付け足す。


 こちらが何を考えているかはお見通しだということだろう。


「婚約破棄される、というのも「占星」の魔法でわかっているということですか?」


「いいえ、でも異世界から聖女を私が呼ぶのが運命だ、ということが魔法でわかった時、候補となる女性を異世界に視点を「転移」することで殿下に見せたのはほかでもない私です。どの女性がいいと選んで、そののちたびたびその女性を愛しそうに見守る殿方を見て、あえて惚れることはないと思いませんか?」


 彼女の話によれば、異世界に視点を「転移」するという方法で異世界を覗き見ることができるようだが、聖女候補になりうる女性を「占星」の魔法で知った範囲で殿下に見せたそうだ。


 アレク殿下はアリスを選び、その後聖女として召喚する準備が整うまでミシェル嬢と会うたびに転移の魔法を使ってアリスの姿を見せてくれるよう要求していたとのことだ。


 確かに幼少期からその話が事実なら、婚約者であっても恋慕の情を抱くことはあまりないかもしれない。


「そうですね。ではやはり、こちらには何か目的が合っていらしたわけではないのでしょうか…?」


「いったではないですか、姉君に会うのが目的だと。」


「私に会って何か知りたかったのですか?」


 現状彼女が私に会うメリットはないはずだ。謝罪と言っていたが発現からはそこまで謝罪の意が込められているとは思えないし、流石に本当に謝罪の気持ちがあるのならばたとえ忙しかったとしてももう少し早くに来れているはずだ。


 少し強い目線を彼女に向ける。笑顔が一瞬揺らいだが、すぐに元と同じような笑顔に戻る。


「…そうですね、強いて言えばクリス様があまり周りの人にご興味を示されることはないですから、いちどお会いしてみたかったのです。本当にそれだけなので、それ以上を勘繰られても困るのですけどね。」


「そうですか。」


 …あれ。

 ふと思い立つ。

 アレク殿下にそう言った気持ちを持たなかったとして、婚約はどちらかの殿下とという話で内定していたとのことだ。その後皇后にならなかったとしても、アレク殿下との婚約の話がなくなったとしても、婚約者は一人残っているではないかー?


「アレク殿下もクリス様も、友人関係という付き合い方ではありませんがお互い幼いころからの長い付き合いです。何か困ったことがあれば、うまいこと手を回しますので…まあ、クリス様に関しては、そうですね、男女の関係には外野は口を出さないかもいいかもしれないですけどね。」 


 えっと、男女の関係…?いや、えっと…?


 今もう少し踏み込んだ質問をしたかったのだが、先に混乱させられてしまったためにできなくなった。


 どこまでを男女の関係と定義しての発言だろうか。


 失言をしたくはないが、誤りがあれば訂正したいとぐるぐるしていると…



「そろそろいいかな。」


 ノックされ、部屋から出て行ったはずのクリス様が入ってきた。


「ノックと同時に入ってくるのはどうなんですか。」


 しかもゆっくり話をするほどの時間は殆ど与えられていなかったといってもいい。


「応接室なんだから問題ないだろう…何か問題のある話でもしてたのかい?」


「今ある信頼をなくすような話はなかったですよ。」


 私がそう伝えると、ほっとした顔をする。


 信頼をなくすような話があるのだろうか?



「じゃあなんで盗聴を防止されていたんだ?盗聴魔法をかけていたんだが何も聞こえてこなかったぞ。」


「そりゃあ…女性同士の話を盗聴するなんて野暮なことをする男性になってほしくないからでしょう。」


 小声で耳打ちしてきたので近いです、と言いながら頬を押しのけてわざと大きめの声で返事する。

それを聞いてクリス様は一瞬きょとんとした顔をした後、訳が分からないとでもいうように眉を顰める。空気が読める男性なのであえて気づかないふりをしているという可能性も考えたのだが、どうやら、全く伝わっていないようだ。


「そうか、ところで朝言っていたカフェなんだが、そろそろ出ないと予定していた時間になるんだ。」


「そうですか、なら出ましょうか。」


「カフェに行かれるのですか?」


 向かいからミシェル嬢が口をはさむ。


「ああ。昼食がてらね。」


「…差し出がましいのは承知していますが、ご一緒してもよろしいでしょうか?」



 同じような笑みだと思っていたが、見慣れると笑顔の中に様々な表情があるようだ。笑顔の上にあふれんばかりの期待が現れていた。


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