聖女の姉はAEDの代わりを探す―3
金曜日に更新できませんでした。もし気にしてくださっていた方がいたら申し訳ありませんでした。
「また世話になったな、すまない。」
「今回助けたのは俺じゃなくてな、こっちのお嬢さんだ。」
私のほうに目線を送る。店主は体を起こして頭を下げた。
「助かった…ありがとう。お礼と言っちゃなんだが、好きな本を持ってってくれ。どうせ本も金も冥土には持っていけないからな。」
「それは結構です、ちゃんと払いますよ。」
どうせ元手は私のお金ではない。
「はは。まあ本屋は儲からないから、助かるといえば助かるわ。」
「だからビル、俺の話に乗ってくれれば金の心配だっていらない、情報だけ手に入れてくれたらそのあとは俺と一緒に隣のフリート王国で暮らせばいいだろう?」
店主はビルというのか、幼馴染と名乗った男は興奮させるなと言われたばかりなのに先ほどの話の続きらしき交渉を始めようとした。
「しつこい。やらないといっているだろう。それは国を売るのと、同じことだ。」
「禁書って言ったって、先方が欲しがってるのは聖女に関する記載のあるものくらいだよ、近代のものではないし、伝承レベルのものばかりだ!内容を写して持って行ったって、それが国に影響するかどうかなんて関係ないだろう。」
「高い金が動くってことは、それだけ裏に何か隠れてる可能性があるんだろう。ーお前、20年も商人やっててまだそんなこともわからないならやめたほうがいいぞ。」
ハンス先生に小声で尋ねる。
「禁書がどうのって言ってますけど、ここの本屋さんにそんな権限があるんですか?」
「権限はもちろんない。ただ、禁書庫の中身の閲覧こそ許可されていないそうだが、王宮内に本を卸しているのはこいつだし、王宮の禁書も含めて本の補修もしているそうだから、触ること自体は可能だろうな。
ここはあいつが親父さんから継いだ店なんだが、親父さんの時からもともとそういったことを請け負うのが主体でこっちの本屋は赤字らしいぞ。」
確かに儲かっているとは言えないくらい店の中に客はいない。
いたら店主を奥に運ぶ時にもう一人くらい人手を確保できただろう。
「ちなみに王宮の仕事をしてることって守秘義務には入らないんですか?」
タバコ屋の主な収入がたばこではなく、卸しやそのほかの流通を行っていることによるのと同じような状態ということだろうか。
「守秘義務かどうかまでは知らないが、酔うとなんでもペラペラしゃべってるからな。親父さんも酒に弱かったといっていたから、ある程度仲が良い奴は仕事内容も把握できているのかもな。
そこまでしなくても、ビルが親父さんの代から王宮に出入りしているということは周知の事実だから、それだけの情報でやってきたのかもしれないがな。」
「聖女の記述がどうのって、今こちらの男の人が言ってましたけど、そういう本って最近需要があるんですか?」
「禁書に需要も何もないだろう。」
そらそうだ。
「伝承レベルなんですよね?」
「そうだ。ただ、今まで何度か大きい魔力の反応があったから、何かあったんじゃないかと考えている奴は多いと思う。聖女に関する記載を欲しがっているということは、妹さんにも関係がでてくることかもしれないな…」
聖女という単語に前の男たちが反応しないかちらっと見たが、また揉めだしている。そんな奴だとは思わなかった、などお互いの罵り合いに発展している。
「とりあえずビルさんが元気になられたようなので、私は失礼しますね。」
「俺はもう少しだけ様子を見て、もう一度倒れないか確認しとくわ。落ち着いたら釘さして帰る。本は何を持って行ったかだけ、この紙に書いてその辺に置いといてくれたらいいだろう。在庫だけはきちっと管理してるからな。今この店にあるぶんでひとまず読んどいたらいいかと思うのはこれで全部だから。」
内ポケットから紙とペンを出して渡してくる。
「さっき出してもらった3冊持って帰らせてもらいますね。」
「わかった、伝えとく。じゃあメモはいらないな。」
「そうですね、ではお先に失礼します。」
成人男性の言い争いに付き合う気は私にはないので、表の店に戻り、値段を確認する。渡された貨幣で足りることを確認し、代金をそっと自宅のほうの机の上に置いて帰った。
いろいろなことがおこりすぎて、この世界に来てまだ1週間もたっていないことに驚く。
あたりは薄暗くなっていた。特に出るともいつ帰るとも言っていないが、治安もわからない以上夕食時には帰ったほうが賢明だろう。
重たい本を3冊抱え、店を出るとこの世界に来てから何度も見た顔があった。
「護衛もなしに一人できて、いいんですか?」
護衛はもはやいらないことは知っているが、一応そう尋ねた。
「通りがかったんだよ。夜道は危ないから、馬車で戻ろう。」
「迎えに来てくださって、ありがとうございます。」
歩ける距離ですが…とは言わないことにする。
「たまたまだって。」
エスコートに差し出された手は冷たかったが、馬車の中は暖かい。
「馬車が温かいということは、かなり長いこと待っててくれたんですね。」
手が冷えるほどに。
「待っている時間すら愛しく感じられるから大丈夫だよ。」
歯の浮くようなことを言う。どこまで本気なのだろうか。
私が馬車に乗ると、動き出す。
護衛の人は、と聞くと御者の座席を指さす。御者の隣に座るらしい。
クリス様の顔を見ると、彼もこちらを見ていた。
「疑っているかい?」
「好いて頂く理由がありませんから。」
強いて言うなら聖女の身内という意味での政治的価値ならあるのだろう。
だが、王位に興味はないというのが本当なら彼自身が私を囲い込む必要はないし、むしろ王位を考えるのであれば狙う相手が端から間違っている。つまりあえて彼が、私にここまでする理由というのが思い当たらないのだ。
適当にもてなしておけばそれでいいのだろうから。
「別に疑ってくれてていい。本気かどうかは時間が伝えてくれるだろう。」
手にキスをされる。
上目遣いでみられるとこれまたとんでもないイケメンという名の破壊力だ。
中世的な顔立ちと裏腹にごつごつしている手のひらにさえときめいてしまう。
好かれるのに理由がないと思うのは本当だが、好かれている気持ち自体を疑う気持ちは本当はもうない。
ただ、自信がないのだ。
目の前のこの人に、好いてもらえるだけの何かを自分は持っているのかという自信。
与えられるものを享受するまま、彼自身には現段階では何も返せていない状況で甘んじるのは、どうも足元がおぼつかなく感じる。
じっと顔を見ていると、何かついてるかと聞かれたので、そちらこそ私の顔を眺めていますが私の顔にも何かついてるのかと聞き直した。
少し考え、全てを常に視界に収めていたいと変態じみたことを言われた。
「クリス様は…いえ、なんでもないです。」
「なんだ?」
「なんでもないです。」
クリス様は少し唇を尖らせた。はじめてみる顔だ。
思わず笑ってしまう。
好かれる自信がないのに、確かな言葉が欲しいと思ってしまう。
言葉なんて不確かなもので証明されても、何にもならない。
伝えるのをやめたのは理性からではない。
私は、今でも帰りたいと思っている。
やりがいのある仕事をしに、元の世界へ。
ただそれは、言葉をもらえた場合、もし彼の気持ちが本心だった場合、裏切りに等しい気持ちになるだろう。
言葉を欲しがるなら、それ相応の覚悟を。
覚悟をしたからと言って、もらえるとも限らないけど。




