聖女の姉は魔力がしょぼい
前話のあらすじ
皇太子のアレク殿下は、妹のアリスを聖女として召喚した。それは、自分の父親である国王を治療させるためだそうだ。治療魔法というのはなんなのか、元の世界の医学とは相反するものなのか。
クリス様というイケメンから情報収集をしました。
私と妹のアリスが飛ばされてきた世界についてまとめると、おおよそ以下のような感じだった。
コンラトバス王国は、一方を覗いて周囲を海に囲まれた島国で、貿易と海の資源によって成り立っている国だ。周囲の島々や隣接した大国との間に時々小競り合いはあるけれど、国際同盟のようなものもあり概ね平和に暮らしているそうだ。
国の重要機関は王族と貴族が世襲制で担っており、平民と貴族の間には基本的に大きな壁があるとのこと。そして王族貴族を中心に魔力を持っているため、魔力と魔力が込められている魔石というものを使いながら日々国を治めたり運営したりしているとのことだった。
またよくある異世界物と同様にこの世界にも魔法が存在し過去魔力の高いものを貴族として取り立ててきた経緯があることから魔力は貴族が持ち、能力に見合った職務を与えるのに適していることから、鑑定スキルを持っている貴族が管理職のような役割を担うらしい。
「現在の王と王妃の間には長らく男子が生まれなくてね。僕はアレクからすると本来は従弟なんだけど、養子にされたんだ。けど、養子になった次の年にもう王妃様が産んだ子供がアレク、ああ、アレキサンダーの愛称だよ。それがさっきの彼でね。一回養子に取った手前僕の処遇はそのままなんだけど、やっぱり跡継ぎは本来の子供でってなったから弟が皇太子なんだ。」
日本生まれの一般人にはあまり馴染みのない習慣なので、どう思っているものなのかどう返すものなのかも見当が付かなかった。
聖女というとゲームや漫画でその役割は様々ではあるが、この世界での聖女というのは魔力が突出して高い人間のことだそうだ。
概ね平和なこの国に聖女様が呼ばれたのは国の加護とかがどうではなく、王の体調が思わしくなく、国内の術師では対応できないから聖女なら何とかなるのではないかということで呼ばれたらしい。
「聖女なら何とかなるんですか。」
聖女、というくらいだからチートな魔力があるのだろうが、なんでもできるならば不老不死が実現できてしまうだろう。
「いやあ、無理だろうね。それなら聖女が現れたといわれる世代は王だってずっと変わってないはずだから。そもそも治療魔法自体、万能じゃないからね。」
にべもない。
「そんな一人の体調が悪いから、という理由で呼んでいいんですかね。」
公私混同甚だしい気がしないでもなかったが、そこまで言及するのは身内を前にやめておいた。
「しょうがないんだよ、跡目争いを起こすわけにはいかないからね。」
「跡目争い?」
「いや、正確には跡目はアレクに決まっているんだ。なんだけど僕が優秀なんだよね。僕の生家なんだけどなまじ権力を持ってて欲もある。皇太子として一度は立っていて血統も先代の王の血は引いていて問題なしときた。このままだと周りが放っておいてくれない。」
「えらく他人事ですね。」
「いやあ実際他人事だよ。跡継ぎとしての教育をしっかり受けたのは初めの1年と少しだけで、あとはスペアとしての役割くらいしか回ってきていないからね。生家に顔を出せばいろいろ言われることはあるけど、基本的には適当に過ごしていて何を言われることもなく、気楽なものさ。まあ僕の話はいいんだけど」
聞いてもないのに話してるのはあなたですけどと言葉を呑み込む。
「アレクもまあまあ優秀だが、王位を受け継ぐにはまだ未熟だ。魔力だって僕には大きく劣る。だけど陛下の体調は思わしくなくて、このままだと跡目争いが起きて最悪国が傾いてしまう可能性がある。まあ僕が王位なんて継いだらそれこそもう碌にやる気もないのだから国を傾けてしまうとしか思えないけどね。」
そこで聖女様が必要になってくるんだ、と付け加える。
「まずは世界中の聖女候補を占星の魔法が使える人間に探させる、そうして年の頃が近く尚かつ皇太子の好みの女性がいればその女性を召還する。王の体調が復活すれば譲位は先になるし、最悪だめだったとしても聖女自体が信仰の対象だからね、婚約者が皇太子であれば即位にだれも文句は言わないよ。」
「ちょっと待ってください。聖女って何人もいるんですか?」
ゲームや漫画では大体世界に一人か代替わりするようなもののイメージだったのだが。
「あくまで強力な魔力を持っている女性を聖女と呼んでいるだけだからね。僕が生まれてからはこの国にも近隣の国にもいなかったから実情がどうかまでは知らないけどね。」
聖女という役回りがあるというよりは、チート級の魔力を持っている女性のことを聖女と呼ぶということなのだろう。
「それが妹ってことなんですね。」
事前に召喚対象を好みかどうか調べているから、私と二人して現れた時も間違うことなくアリスを聖女と認識したのか。好みだから読んだとしたらとんだ誘拐ではないか。
「そうだね。」
「妹はこれから聖女になって皇太子の婚約者になるってことでしょうか?」
「妹君に受け入れていただければそうなる。」
一応決定権が妹にあると繰り返し言われほっとする。
この世界が何かの具体的なゲームに当てはまっているかどうかはぴんと来ない。そもそも異世界から召還されているのだから主人公ルートで間違いはないのだろうと信じることにする。
となるとひとまず妹の心配よりも、自分の心配だ。
クリス様に連れていかれたアリスのいるという部屋は、私が待っていた部屋の数倍広く、数倍豪華だった。
広い部屋の奥には寝台があるようで、手前のソファにはアリスと先ほどの皇太子らしい青年がふんぞり返りつつ座っていた。
もてなされていたとはいっても、ここで知らない人に囲まれて待つには心細かっただろう。
アリスの目には涙こそ浮かんでいなかったが、不安の色が入り口からの遠目でも見て取れた。
「お姉ちゃん!」
こちらにかけよって袖をしっかりつかむ。震えているわけではなさそうだが、袖をはなす気もなさそうだった。
成人している私ですら心細いのだ、まだ未成年のアリスが心細くないはずがない。
「アリス、大丈夫?」
「大丈夫、お姉ちゃんは大丈夫だった?」
「大丈夫よ、ありがとう。」
「父上を治せるかとアリスに聞いたら、姉のほうが詳しいから姉を呼べと。」
納得いかない、という顔をしたアレク王子に睨まれた。睨み返してやりたいのをこらえる。
「その前に、私は何も説明を受けていないのでいきなりそれだけ言われても困るのですが。」
「何だその態度…」
王子は王子でも兄とは沸点の高さが全く異なるらしい。見た感じ年もかなり離れているようだし仕方ないいかもしれないが、何も説明せずに怒り出すのはあまりに傲慢ではないか。
クリス様がなだめるようにアレク皇太子の肩に手を置いて奥の寝台を指さした。
「あそこの寝台に陛下が寝ている。まずは見てもらえるかい。」
寝台の傍には見張りらしき武人と従者らしき人間が何人かいる。従者は交代でなにかをしている。手元が白く光っているのを見るとあれが魔法なのだろうか。
寝台のカーテンをそっとよけると、病人特有のにおいときつい消毒液のにおいがした。
清潔は保たれており余計なことはしないのだろう、香のにおいなどはしない。
横たわっている初老の男性の体は痩せこけて眼窩は落ちくぼんでいた。
「どこが悪いんですか。」
「全部だよ、全部。見たらわかるだろう?」
陛下の傍でおそらく魔法を使っているらしい男が苛立ちながら怒鳴ってくる。
その全部悪い、がどこが元になって悪いかを聞きたいのだが、もう一度訪ねられる雰囲気ではなかった。
「触れさせていただいてよろしいでしょうか。」
私が何なのか何しに来たのかは事前に通達されているらしく誰も文句は言わないが、いぶかしげな眼でこちらを見ている。
白目の部分、眼球結膜も強い黄染を認めている。
「この状態はいつからですか?」
ソファに座っている王子に問おうとすると、本人が起きていたようで目を開く。
「あなたが聖女様の姉君とやらか?…ふむ、あまり魔力は多くなさそうだが、人のことを想う、治療師向きの目をしているね。」
ありがたいことを言ってくれるが、いまはそういう話をしている状態ではないのだろう。
「ありがとうございます。元の世界では医師、たぶんこの世界で言う治療師のような役割をしていました。あの、起きてるならお答えください。いつからこの状態なのですか。」
研修医といっても通じないかもしれないので、細かいことは言わないでおくことにした。
「そうだね…いつからかといわれても。どんなに食べても痩せ始めたのは半年ほど前からだ。それと前後してひたすら体が重たくなっている。皮膚が黄色くなりこうも動けなくなったのはここ数カ月かと思うがなあ。」
「今は皮膚は黄色くないですね。」
「朝は黄色いが、治療魔法をかけてもらうと、ましになるんだよ。」
「寝汗はありましたか。」
「あったあった。すぐシーツが汚れるので頻繁に変えさせている。…起き上がったほうがよろしいかな。」
「いえ、寝たままで結構です。その前にやたらのどが渇く、というようなことはありませんでしたか。」
「ああそうだなあ、やけにのどが渇くと思っていたわ。」
「お腹を触りますね。」
病院偽のようなガウンの前を開き、体の状態を確認する。やせ細っている手足と裏腹に、下腹部がポッコリと膨らんでいるが、ゆすってみると水が多量に溜まっているというよりは、ある程度の水が溜まっているほかに、中身が多いような印象だった。
「ここでは画像や血液の検査というものはないんでしょうか。」
血液検査なんてあったとしても基準値が違えば何の役にも立たないだろうが、もしかしたらなにか手掛かりになるかもしれない、そう思って傍に控えている人間に聞いてみたもののどちらもないとのことだった。
「いったん診察を終わりますね。」
ソファの席に戻ると、アレク殿下が睨みながら訪ねてくる。
「治せるのか。」
「わかりません。」
怒ってこちらにつかみかかろうとでもするかのように立ち上がったアレク殿下を、アリスとクリス様が納めてくれる。
「このー」
「話を最後まで聞いてください。私のいた世界でしていた治療だと、抗がん剤という薬の注射になると思います。ただ、この世界には治療魔法があるんですよね。治療魔法が何にどれだけ寄与しているのかもわからない現状で、適当なことはお答えできません。元の世界の医学のの知識という意味ではそこの妹より少しばかり知っていることが多いのも事実ですので、まずこの世界の治療魔法と相談できればと思います。」
話し合いますのでお休みください、というと陛下は気絶したかのように眠りについた。
体はかなり疲弊しているのだろう。
アリスは私が医者だからという理由で姉にと言ったのだろうが、ことはそんな簡単ではない。
ここには検査機器も薬品もないのだ。
イライラした態度をあらわにしたまま、アレク殿下は座る。
「陛下はおそらく膵臓がんではないかと思います。それもかなり進行していると思われます。」
半年前からの急激な進行、強い倦怠感と食事をとっているにもかかわらず進む急速な体重減少。教科書的にも悪性度の高い癌を疑う所見だ。
皮膚まで黄色くなるほど黄疸が進んでいることを考慮すると胆道系、それもその前から喉が渇いているということは糖尿病を事前に発症している可能性が高い。
すい臓がんは時々急速に進む糖尿病で発見される。
以上のようなことをかみ砕いて説明し、アリスには通じているようだが二人には通じていないようだ。
「この世界ではなくなった方の解剖などは定期的にされますか?」
え?、とクリス様も怪訝な顔をする。あまり一般的ではないということだろう。
「そもそも解剖とは体に刃物を入れることだろう。負傷した兵士の治療をするためにある程度は学ぶが、そんな定期的に、ということはしていないだろう。治療師の生育過程ではしているかもしれないが…。」
それでもある程度は学ぶということか。ある程度がどのくらいかにもよる。
そもそも魔法で病気を治せてしまうことが多いのなら、解剖なんて学ぶ必要自体ないのかもしれない。
「…父上の病気が体の中にいわゆる何かのできものができていて、それが父上の生命を奪ってしまっている、ということは理解した。それを消し去ってしまうということでいいのか?」
解剖学が浸透していないなら、癌という病気自体があまり知られていないということなのだろう。
それとも、治療魔法は終末期の癌も治してしまうようなものなのだろうか。
「それができれば一番ですけど、その治療魔法というのがどこまでのことができるかがわからないので、お抱えか担当されている治療師がいますよね?その方とお話をさせていただけないでしょうか。」
「私です。」
話を横で聞いていたのだろう、白い服を着た男性が陛下のベッドの傍らから立ち上がった。
ありがとうございました。
しばらく連日更新予定にします。よろしくお願いいたします。
誤字修正いただき、ありがとうございます。
修正しております。




