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聖女はしんどい

外遊先で、謎の集団アレルギーが発生。

原因はアレルギーというよりも、ヒスタミン中毒だった。

原因を突き止め、妹のアリスが聖女として治療を施し、解決した。

 その晩、宿で私はアリスに魔力の使い方を教わっていた。


「お姉ちゃん、その調子その調子。そこからふわーっと上に流す感じで。」


「うーん、使い方はふわっとわかるようになってきた気もするんだけど、こう?」




 天才型によくあることではあるのだが、非常に感覚的というか、理解できていない人間にとっては超理論に近く感じてしまうような部分が多くほとんど言っていることがわからない。


 高校生の時の同級生で同じようなタイプがいたのを思い出す。必死に机にかじりついて勉強しているタイプではないのに成績は毎回学年トップだった。



 勉強のコツを聞いても参考にならないし、わからなかった問題を教えてもらおうとすると模範解答とは違う解き方をしているのではないかというレベルの考え方が出てくる。説明は決して下手ではないのだが、話している思考回路が理解できていないのだろう、それで教えてもらってもそのあとその解き方を再現できたことはなかった。


 同級生のそれを感覚的というのは失礼なのかもしれないが、なぜできるのかというと「なんとなくわかる」と言っていたのでやはり同じようなものだろうと思っている。彼女からすればむしろなぜ周りの人間がこんな簡単なことをわからないのかと言いたげだった。


 できる天才が教える才能を持っていることなんてごくわずかなのだ。

 教えるのが上手な天才に見える人間のほとんどは、天が才を与えた「天才」ではなく、秀でた才を自ら伸ばした「秀才」だと思っている。


 ーまあ最も、その秀でた才も一定以上になれば凡人からすると天才と何ら変わりないので、本質的に多少違ってもわけで。



 そしてそんなことに考えを巡らせたところで、魔力に関しては秀才どころか凡才未満である自分にはどうしようもないのだけれど。


 さらに言えば教えてもらっている立場で文句を言うわけにもいかず、かといって100%善意でできるから教えてあげる!と意気込んでいるかわいい妹の行為を無下にすることもできず、わかるようになってきた気がすると非常にあいまいな言葉で濁すしかない状態である。



 わかるようになってきた気がする、つまり、なにもわかるようになっていないのである。



 宿は私とアリスを同じ部屋にしてもらった。一人ずつ部屋を取る、という殿下の提案に別に私はお姉ちゃんと一緒でいいです、しゃべりたいこともたくさんあるのでとアリスが無邪気に言い放ったためだった。


 一人のほうが気が休まるだろう、一人部屋にしてしまうと私とアリスの部屋に本来格差ができてしまうのを、姉君にも謝罪の意を込めていい部屋を取ってやろうというようなことを言ってはいたものの、本音はアリスに一人部屋でいてもらったほうが夜に会いに行きやすいからという理由らしかった。


 こちらも彼が妹に夜這いでもするつもりなら止めるが、そのつもりなら今までにとうにしているだろうから、その点はあまり心配していなかった。



 そんな思惑にはアリスは全く気が付いておらず、一緒のほうが何かと便利だし外出中くらい一人部屋じゃなくていいですよ、いきなりこっちに来て聖女様とかと言い華麗に自分の希望を押し通したのだった。

 好意に気づかれないというのは漫画で見ているとほほえましいが、現実こうも見事にから回るのを見ると好意そのものに気付かれていないというよりは意に沿わないためにスルーされているのだろうというのが伝わってきて哀れである。




「そういえばさあ、お姉ちゃんと久々に会って宿題をするはずだったんだよね。」


 ベッドの上にあおむけになってアリスは独り言のようにつぶやいた。


「そうだね。」


「いきなりこっちに来て聖女様とか言われてさ。わけわかんないよね…。」


 どんな表情をしているのか見えないが、声のトーンは暗い。


「アリス…」


「治せますよってまあ、実際治せているんだからそれはいいことなんだろうけど。元の世界の現代医学から考えたらきっとすごいことなんだろうし。

 聖女様の加護の魔法って言っても、なんとなくこの地が豊かになりますようにっていうのでできてるみたいだから難しいことでもなかったし、それで感謝されるのはありがたいんだけど。」


「けど?」


 アリスは黙っている。

 

 促すべきか悩んだが沈黙がかなり長くなってきた時点で、寝ていないかの確認も兼ねて一度促した。


 間違いなく凄いことではあるが、そういう事実を知りたいわけではないだろう。


「…しんどいの?」


「なにが、ってうまく言語化できないんだけどね。今やってることが怖いんじゃない…えっと、この先ずっと期待に応えていけるのかが不安なんだ…」


「おお」


 思った以上に前向きだった。

 アリスは眉をひそめて体を起こす。


「ちょっとお姉ちゃん、まじめに悩んだ話をしてるんだけど。」


「ごめんごめん、私はてっきり、聖女をやりたくないって話かしんどいからいやだって話にシフトするもんだと思ってたから。」


「それはないかなあ。魔力っていうの?使ってもしんどくなるわけじゃないし、集中力はいるけど、それくらいでだれかを楽にできるならそれでいいかなって思うし。自分で言うのもなんだけど、魔法を使う才能はありそうだなっていうのはわかるんだよね。」


「まあ聖女様だもんね。」


「だもんよ。けど、聖女様って言って今日も治療魔法を使ったけど、結局私のできたことはその場しのぎだけだよ。お姉ちゃんが知識を持っててくれて、それがなかったら解決してなかったと思うよ。」


 うーん、それはいささか買いかぶりすぎだろう。


 あれだけ多方面に被害が出ていればそのうち私でなくとも誰かしらが原因を突き止めたとは思うし、というかそもそも現段階では仮説であってこの仮説が正しいかどうかはしばらくたたないとわからないわけで、たまたま私がアリスに同行してたからわかっただけのことなのだ。


 アリスが言いたいのはそういうことではないのだろうが、私は妹のの布団に座る。

 年は離れている妹だが、年の割には周りのことをよく見ている。私がどちらかというと目の前のことしか見えなくなるタイプなので、実際離れている年齢の差の割には関係性は対等だとおもう。


「アリスは、聖女様の役割ってなんて聞いてるの?」


「一番は国の加護をすること。定期的に、国のあちこちに加護の魔法をかけるんだって。」


「具体的にどういうこと?」


「わかんないけど、加護の魔法が使えてるっていうのはなんとなくわかるよ。」


 魔法はイメージできないものはできない、と言われていたが、具体的なイメージでなく抽象的な概念でも発動できるということなのか、アリスが特殊なのか。


 考えても私が使えるわけではないので考えないことにする。


「殿下はそれもわからないから今調べてるって。聖女って伝承に残るレベルで昔にしかないって言われるから、わからないかもしれないって。呼べる状況と、呼ぶ人間と魔力の元がそろっていることと、他にもいくつか条件がそろってると思えるようなことはめったに起こらないって言われたよ。」


「そうなんだ。」


 聖女の候補は元の世界にも他にも居てそのなかでアリスが選ばれている、ということは伝えられていないのだろう。


「何かわからないものに、期待されて、何ができるかわからないから、なんていうか、こう、気持ち悪さみたいなのがね。」


「自分の偶像が独り歩きするのって、自分が乖離するみたいで気持ち悪いよね。」


「そう、そんなかんじ!…わかる?」


「アリスほどじゃないけどね。」


 自分の職務と責務と、求められる人格と能力。


 能力があるからと言って、能力にふさわしい自信と人格がそろっているかというと全く違う話だ。

 

 医師はうつ病になる率が高いと言われている。自分でうつかもしれないと自己診断に至りやすいというのもあるだろうが、自分が乖離する感覚に陥ることが多い職業はなりやすいのではないかと考える。


 正論を言えば自信がつくまでの能力をつけられれば問題ないのだろうが、自分でも解決できていない方法を教えても仕方ない。



「じゃあアリス、伝承に残るくらいだからすごいのか、それとも伝承になるにあたって美化されて改変されてる可能性がものすごくあるかどっちだと思う?」


「え…わかんない。」


「そうだよ。昔の聖女様が何しててどういったことをできようが、アリスはアリス。祝福なんてものはあってできるのならしてもいいし、みつからなければそういうものなんだよ。」


 そんなことを言われてもと、アリスは納得いかない顔だ。



「殿下は、聖女様が来ると国が栄えるって伝承があったって言ってたの。聖女になるなら、そういった力が必要になるってことでしょう?」


 あのクソ殿下はアリスに無理をさせたくないのか重圧を背負わせたいのかどっちなんだ。


「そんな伝承レベルの話をされても。国が栄えたのは聖女様のおかげじゃなくて、たまたまそういうめぐりあわせがあっただけかもしれないじゃない。もしくは国が栄えてるときに聖女として持ち上げられていた人が有名になって残っているだけかもしれないじゃない。一人の人間が全部背負うものじゃないと思うよ。」


 嫌なら転移の魔法だけ習得して帰ろうよ、と言いたいところだが我慢する。


「そうかなあ…。」


「私が今日アリスの手助けになったっていうなら案外、私はそのためにアリスにつれてこられたのかもしれないしね。私はこの世界でまだ魔法も使えないし役に立つことは少ないかもしれないけど、可愛い妹のためならできることはするから。」


「…うん、ありがとう。」


 まだ言語化せずにため込んでいる心のうちはありそうだが、私はそこまで踏み込むことはできないだろう。もしくはまだアリス自身が言語化にすら至っていない気持ちなのかもしれない。

 アリスはもう一度布団に転がり、天井を見つめる。


「少しだけ、すっきりしたかも。」


 私が言ったことがどうかというより、気持ちが言語化できた分だろうと想像した。


「本当に少ししかすっきりできてない顔だね。何かあれば聞くことはできるから、いつでも言ってね。」


「うん。…あ、聞こうと思ってたのが、陛下の病気って、どうして行けばいいのかな。今はとにかく回復をっていうつもりでかけているんだけど、お腹の真ん中の部分の生命力の滞りが全く取れないの。」


「そうだね…魔力を習得してからできることを探そうって思ってたけど、私が病態を考えて、アリスが治療する方がはやいよね。」


 どちらにせよ陛下の病態に関しては、この世界の治療レベルで追いついていないのだから一国の主があの状態になっているのだろうから、私が魔力を習得したところで役に立つとも思えない。


 メモ帳にすらすらと人と腹部臓器を書いてアリスに見せる。


「生命力の滞りってこのへんのことかな?どっちかわかる?」


 陛下は黄疸が出ているのだから胆管は閉塞している。糖尿病らしき症状が出ていることと急激な進行を考えるとすい臓がんだろうと思われるため、すい臓と一応隣の胆管を指さした。もっとも、膵癌にしても胆管がんにしても余命が厳しいのにはおそらく変わりないだろうが、魔法による治療がイメージからなるものならイメージしながら治療すると変わるものもあるのかもしれない。


「どっちも止まってる。あと、他にも流れが滞っているところは何か所かあるよ。こことここと、この辺。」


 平面的な位置ではリンパ節か腹膜か肝臓かはわからないが、すくなくとも下腹部にあることからリンパ節か腹膜に遠隔転移があるのだろう。ステージⅣ、一番進んでいる状態だ。


「そっか…」


「陛下も殿下も、王宮専属の治療師さんもね、最低限の業務をこなせるくらいまで回復出来れば御の字で、ひとまずアレク殿下が少しでも強い立場をとれるようになるまで伸ばしてくれればそれでいいって。悪性腫瘍…がんのことだよね?悪性腫瘍は治癒魔法では治せないから、そこに魔力を使うことはしなくていいって。」


「強い立場をとれるようになるってえらくふわっとしてるけど、具体的にはなんかあるのかな。」


「どれくらい?って聞いてみたんだけど、この外遊が終わってから話をさせてほしいって言ってた。」


「アリスって殿下とはもう恋人なの?」


「え?ううん、殿下はいずれ考えてほしいって最初の日に言われたっきり…あ。」


 アリスも気が付いたようだ。自身が聖女として地位を確立し、殿下と婚約すれば確実な地位が得られるようになるだろうとクリス様が言っていた。


 あの状態で、少しでも延命をしたい状況、仕事を続けるのが望ましい状況。崩御によるなし崩しでの譲位ではなく、殿下がふさわしいと認められたうえでの譲位を望んでいるのだろう。


 年齢が若いのはどうしようもない。そして仕事の能力自体に問題があるわけではない。短期間でどうにかなることと言えば、聖女との婚約なのだろう。


「そうだね。…でも、聖女だから結婚したいっていうのはちょっと嫌だなあ。」


 まあ聖女の中で見染めた人間を連れてきたのと、一人しかいない聖女と権力のために結婚したいと思っているのでは全く違う。だが殿下に援護射撃をくれてやる義理もないので黙って聞く。



 突然とびらが開いた。アリスの護衛についてきていた女性兵士が二人入ってくる。


「お二人とも、無事ですか!?」


「えっはい何が?」


一人はこちらを向き、もう一人は外に合図を送る。他の兵士と殿下も中に入ってくる。着替え中などを考慮してくれたのだろうか。一刻一秒を争う事態というわけではないのだろう。


「下に盗賊が来ています、裏口は事前に聞いておりますのですぐに逃げましょう。ついてきてください。」


 ほぼ同時に窓際のガラスが割られた。

 

 一刻一秒を争う事態だっかもしれないと思いなおした。

ご覧いただきありがとうございました。

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